色香を盗め、クラン大尉!   作:立花つかさ

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第1話

「またやってしまったのだ……」

 

 クランは小柄な体をさらに縮めるようにしてため息をつく。

 今回は、子供扱いされたことに対して。

 その前は、知り合いの女の子にちょっかいをかけていたから。

 その前は――

 クランは考えを追い払うように頭を振る。

 ビュンビュン、と二つに束ねた髪が空を切る。

 

「はぁ……、せめてもう少し、大人びた体つきなら」

 

 クランがを下に向けると足元がはっきり見える。

 マイクローン化していないときなら、胸に邪魔されて、体を曲げないと見えないというのに。

 マイクローン化による遺伝子の異常。

 遺伝子がマイクローン化に耐えきれずに死に至ることを考えれば、幼くなってしまうことくらい、幸運なのかもしれない。

 

「それでも、もう少し……」

 

 クランは、真っ平らと表現しても間違いない胸に手を当てる。

 ぐにぐに、と周囲の肉を寄せてみるが、そのサイズが目に見えて分かるほど変化しない。

 

「はぁぁぁ……」

 

 再度、クランは大きなため息をこぼす。

 そして、疲れきった表情で顔を上げる。

 

「――っ!」

 

 同時に悲鳴にならない声を上げ、硬直する人影があった。

 すらりとした長身に、長い黒髪。

 一見すると美少女に見える人影――早乙女アルトがいた。

 

「……見たな?」

「み、見てません!」

「嘘をつくでないっ! 一体いつからそこにいたのだ!」

「今来たばかりです! クラン大尉が自分の胸を触って、ため息ついていたなんて、ぜんぜん見てません!」

「しっかり見てるではないか!」

 

 怯えるアルトに、クランは顔を真っ赤にして飛びつくのだった。

 

***

 

 どうしてこうなった。

 アルトは全身に噴き出す脂汗を感じながら、何度目かわからない自問自答をする。

 

「あの、クラン大尉……」

「………………なんだ?」

 

 上から降ってくる重々しい声。

 アルトはチラリ、と目線をあげる。

 

「ひぃ!」

 

 アルトは思わず悲鳴を上げる。

 

(マイクローン化しているときは、どこからどう見てもちびっ子なのに、元に戻るとどうしてこうも体型が変わるのだろうか)

 

 口には出さずにアルトは呟く。

 彼の目の前に聳えるクランは、大きな胸をすくい上げるように腕を組む。

 彼女の顔に表情はなく、ただ冷たい瞳でアルトを見下ろしている。

 

「ど、どうしてわざわざ元に戻ったんですか?」

「貴様に立場を分からせるためだ」

 

 クランは淡々と答える。

 もしこれがマイクローン化したクランならば、迫力はなく、アルトは、むしろ微笑ましい気持ちになったかもしれない。

 だが、元のサイズに戻ったクランの大きさは人類の約五倍。

 ヴァルキリーのバトロイド形態より小さいとはいえ、その気になればアルトなど簡単に踏み殺すことが出来てしまう。

 射抜くようなクランの視線に物理的な圧迫感を覚えながら、アルトは状況を打開するために必死に思考を巡らせる。

 

(そもそもの原因は何だ? クラン大尉がため息をつきながら、寄せ上げている姿を目撃したからだ)

 

 間が悪い、運が悪い、そんな思考をアルトは頭を振って追い出す。

 それは本質的な部分ではないと彼は判断したからだ。

 

(何のためにやっていたのか? 女心は分からないが、胸を大きく見せるため。つまりは体型を気にしていたことになる。普段はそんなことを気にした素振りはない。ということは――)

 

「からかわれたのか、ミシェ――」

 

――ズドン!

 

 腹の底に響く重低音と体が浮かび上がるほどの衝撃。

 アルトの真横に数センチの位置に、クランが右足を踏み込んでいた。

 床を陥没させるほどの威力に、アルトは顔を青ざめさせる。

 

「なにか、言ったか?」

「な、なにも言ってないです!」

 

 獲物を狙う獣のような迫力を放つクラン。

 アルトは反射的に答える。

 噴き出す汗で上着はもちろん、パンツまで肌に張り付いてくる気持ち悪さがあったが、アルトは微動だに出来ない。

 クランは硬直しているアルトを見据えながら、ゆっくりと右足の位置を戻す。

 

「貴様は、歌舞伎の女形――つまり女の役を演じていたな」

「……はい」

 

 いつもなら反抗する言葉が飛び出てくるが、クランの迫力に言葉は喉の奥に引っ込んでしまう。

 

「『たまたま』、『偶然』にも、貴様の演じていた歌舞伎を観る機会があった。もちろん、録画した映像だが」

 

 クランが露骨に偶然を強調する。

 公演がいくら有名であろうとも、数年前の映像など簡単に手には入るはずがない。

 伝統文化と言われる歌舞伎はさらにマスメディアへ流れる情報も限られている。

 オズマがシェリルのライブチケットを手に入れたときのようにSESのありとあらゆる手段を用いて映像を入手したに違いない。

 そこまで推察したところで、アルトにはクランにツッコミを入れる勇気は微塵もなかった。

 

「えっと、その、それで……」

 

 クランの無表情な瞳に圧倒され、アルトの声は喉の奥へと逃げ込んでしまう。

 

――ずどん!

 

「ひぃ!」

 鼓膜をぶち抜くような衝撃と振動にアルトは絹を裂くような悲鳴を上げてしまう。

 ミハイルが居たのならば、ツッコミを入れていただろう。

 いや、クランの殺気に呑まれてそれどころではないかもしれない。

 恐る恐るアルトが状況を確認すると、すぐ脇にクランの両腕があった。

 床にくっきりと手形を刻み、クランが土下座のような姿勢をとっていた。

 

「貴様……」

 

 重々しく口を開くクラン。

 獣じみた光を宿した瞳はまがまがしさと強い決意を感じさせる。

 

「私に色香を教えてくれ!」

 

 あまりの声量にアルトの髪がなびく。

 アルトは惚けた表情のまま、クランを見つめてしまう。

 

「………………なんで?」

 

 数分が経過して、アルトは言葉を引っ張り出す。

 

「演じている姿は女の私でも目を奪われる色気があった」

「え、あ、いや、色香って言われても……」

「私に色香など身につかないといいたいのか!」

 

 ギンッ! と睨みつけてくるクラン。

 肌越しにビリビリと伝わってくる殺気。

 

(へ、下手に動けば、殺される)

 

 この場から逃げ出せと警報を鳴らす生存本能を必死に押さえつけ、アルトは何とかこの場に留まる。

 もしルカがこの場にいたのならば、泡を吹きながら失禁しながら気を失っていたかもしれない。

 クランの鬼気迫る気配。

 彼女の真剣な眼差しに、アルトは嘗て感じてた気配――舞台上で感じるようなピリピリとした気配を思い出す。

 舞台に立つ役者だけでなく、演出や照明など、舞台に関わる全ての人が本気で挑んでいる時に生み出される気配。

 アルトは、彼女が本気で頼み込んでいることを理解する。

 彼は恐怖心で震える手で拳を作り、下唇を噛む。

 そして、真っ直ぐにクランの瞳を見返す。

 

「俺が、色香を教えることはできない。俺は役者を辞めたんだ……」

 

 本物の空を飛ぶために、早乙女一門を飛び出したアルト。

 彼にとって演じ偽ることは、今の自分を否定することになる。

 例えクランに折檻されることになったとしても、彼は自分の信念を曲げることはできなかった。

 アルトの言葉に驚き、目を見開くクラン。

 しばらくして、クランは口元に手を当て何か考え込むような仕草を見せる。

 彼女の反応の意図が掴めず、もう少しオブラートに包んだ言葉にすれば良かったと、脂汗を流しながらアルトが少し後悔し始めていると、「パン!」と大きな音が響き渡る。

 心臓が止まるほど驚いて、その場で腰砕けになってしまうアルト。

 バクバクと伸縮する心臓を手で押さえながら彼が周囲を確認すると、目を輝かせるクランがアルトを見下ろしていた。

 

「つまり教わるものではなく、盗むものだというわけだな。古来より技は教わるものでなく、盗むものというらしいな」

「は? なに言ってるんだ?」

 

 呆然としながら、思わず突っ込むアルト。

 准尉であるアルトが大尉のクランにため語を使うことは許されない。

 上下関係をキッチリするクランなので、普段なら確実に指摘しているはずだが、今の彼女にアルトのツッコミは耳に届いていない。

 クランは不敵な笑みを浮かべながら、アルトを見下ろし、人差し指を突きつける。

 

「覚悟しろ、アルト。私は貴様から色香の極意を盗んでやるからな」

「いや、だから……」

 

 アルトの声はクランには届かない。

 クランは何故か自信に満ち溢れた顔で、その場から去っていった。

 

「なんだったんだ……」

 

 取り残されたアルトがポツリ呟いた。

 




お読みいただきありがとうございます。

このあとは
・学園でクランに付きまとわれるアルト
・ミシェルがそれをからかう(内心やきもき)
・ミシェルが限界突破して、クランを呼び出して、なんでアルトに付きまとうんだとか、そのままのお前が好きなんだよとか言って、クランが勝確して大円満で終わり?
みたいなことを妄想してましたが力尽きてました……。
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