――ルナがタバコを吸い始めて、5分ほどが経過した頃。
茜とクローネは、お互いにスマホを出して、何かをしているようだったが、すぐにお互いにお辞儀をして、こちらへと駆け寄ってきた。
「そっちの用事は終わったようだな、こっちもそろそろ吸い終わるかね、と」
ルナは屋上の床に短くなった吸い殻を押し付けて火を消すと、制服のポケットから小さい吸い殻入れを出し、その中に吸い殻を入れると、蓋を閉じてまた制服へと戻した。
「うん、バッチリ。……それじゃ、聞かせて。ルナ君の事」
その茜の言葉にクローネも頷くと、ルナは話しはじめた。
「……結論から先に言う。晴女の言ってる事は半分正しくて、半分が正解がわからないものだ」
――俺は生まれつき、魔力体質と呼ばれる、魔力を溜め込みやすく、その上限も高いというものだ。
そしてこのアルビノと呼ばれる身体とは相性が良く、魔力が循環することで身体の健康を保ちやすいので、俺は生まれてからあまり大きな病気をしたり、体力に困った事はなかった。
問題は、この魔力体質が、他の魔力体質の人間と比べて、魔力を溜め込める量の上限がとても高い事だった。
普通の魔力体質なら、通常の人間の数倍程度で収まるんだが、俺の場合だといくら魔力を注ぎ込んでも上限に届かなかった。
端的に言ってしまえば異常体質だ。底の空いた鍋みたいなもので、どれだけ食っても魔力に変換されてしまうから、この通り、俺はどれだけ食っても太らないし、むしろ大量に食わないと痩せていくんだ。
……話を戻そう。その体質を持っている事で、喜ぶ奴がいた。俺の父親だ。
俺の父親は、当時新興宗教であった「月神降輪会(つきのかみのふるわのかい)」、通称月神会の上位幹部だった。母さんも、そこのメンバーだったらしい。
父親は俺の体質を神の思し召しと喜んだ。まぁ、その父親はあんまり家にいなかったから、母さんの言葉だけどな。
それで、俺の魔力を使って何かしようとしたのか、俺の6歳の時の誕生日、俺は、父親、母さんと富士樹海の、富士山に一番近いらしい所に行って、父親主導で儀式をした。
月明かりが綺麗な中、俺は祭壇の上で、じっとその時を待った。
祭壇の近くには数十人の信徒がいて、祭壇に一番近い所で、母さんが心配そうに見ていたのを覚えてる。
すると、祭壇から魔力が流れ出てきて、俺へと注ぎ込まれた。
俺はそれを受け入れた。子供っぽいかもだが、俺がどこまで魔力を溜め込めるのか、知りたかったってのもある。
まぁそれは間違いだったんだがな……。で、魔力を受け入れ続けてたら、周りにいる信徒の人達の様子がおかしいことに気づいた。
もがき、首を押さえて苦しむ人。その場に倒れ込む人。
服を脱ぎ始めたり、髪を掻きむしったりする人達。
中には、髪の毛が短くなっていく人達もいた。これは、身体に髪の毛として溜め込んでいた魔力が抜けたことで起こった事だと思う。当時の俺は知る由もなかったが。
それを見ていたら、急に、声が、聞こえ、いや、聞かされて、……済まない、記憶がこのあたりは曖昧でな。
とにかく、次の瞬間、――俺に駆け寄ってきた母親が、目の前で蒸発した。
何を言ってるかわからないだろ?俺も適切な言葉が見つからないんだが、多分それが一番正しい表現だ。
続いて、俺の中から何かが溢れ出たと思った瞬間、光に包まれて、眩しくて目を閉じた瞬間――
――次に目を開けた時には、祭壇、信徒達、儀式会場が、まるまる消えて、俺は半径数十メートルもあるクレーターの中心で座り込んでいた。
本当にそれだけ、それだけのことだ。
だが、俺は確証を持って言える。
『俺、月読ルナは、母親及び月神会の信徒数十人を殺した、大量殺人犯だ』……と。
――
「――その後は、当時のヤクザの桐生会の会長とその息子の桐生 嵐のところに拾われて15歳の時まで過ごして、その後は一人暮らしして現在に至る。何か質問は?」
ルナが語り終わり、しーんとした静けさが屋上を包んだ。
(……全て、話せたつもりだが……)
静けさの中で、数秒、あるいは数分かもしれない――兎に角、時間が経ってから、茜がルナに聞いた。
「……晴女さんの両親は、そこにいたの?」
「父親が富士樹海まで運転していった時に、俺と父親、母さんの他に2人、大人が乗ったのは覚えてる。ただ、それが五月さんの両親かはわからない」
ルナが答えると、茜は続けて質問する。
「……。じゃあ、ルナ君のお父さんはどうなったの?」
「行方不明扱いだったが、重大な命に関わる事故から1年経過してるから死亡扱いになった。それで、父親が溜め込んでた遺産を唯一の血族である俺が受け継いだ。勿論母親のもだ。生きてるのかどうかは知らないが……、生きてはいないかもしれない」
それを聞いて、今度はクローネがルナに問う。
「ルナが、この前夜悪夢を見たのは、それが原因?」
「……ああ。その事件に関連する話をしたり、俺の心の中で何かあると寝てる間に思い出したり、もう死んでるはずの人達から、声が聞こえるんだ。お前の方が、死ねば良かった……なんてよく言われてるよ」
ルナが苦笑いすると、クローネは拳を握り、震わせながらつぶやいた。
「……貴方は悪く無いじゃない……。全部、父親が儀式なんてしなければ、こんな事には……」
それを聞いてしまったルナは思わず立ち上がり、叫んだ。
「お前に何がわかる!?俺が未熟でなけりゃ、あんな事起きなかった!俺のせいで、母さんは死んだ、他の皆もだ!それなのに、偉そうにお前は!!」
その悲痛な叫びに、クローネは固まる。
立ち上がったルナがゆっくりと歩き、クローネへと近づく。
ルナの拳が握られ、振りかぶられた瞬間――、
「ダメ!」
――茜がルナの後ろから抱きついた。
「ッ!何しやがる!離せよ茜!」
「ごめん、ルナ君!でも、このままほっといたら、また一人ルナ君の前からいなくなっちゃうかもしれないんだよ!?」
その言葉で、ルナはハッと冷静になることができた。
ルナは力強く握った拳を開き、手を下ろした。
「……そうだよな、殴る程じゃないよな。ごめんな、クローネ、月出里さん」
ルナはクローネに向けて頭を下げた。
茜は抱きついたまま、続ける。
「……ありがとうね、ルナ君。ちゃんと話してくれて。誰だって、言われなきゃわかんないことだってあるよね」
「……。そうだな。言わなきゃ、わかんないこともあるよな……。ありがとな、止めてくれて」
ぽん、と、ルナが茜の頭の上に右手を置くと、そのままゆっくりと撫で始めた。
「ぁう、また撫でてる……」
「っと、すまん」
と言いつつも、ルナは手を止めないし、茜も嫌がる素振りは見せない。
「……ごめんなさいね、ルナ。安易に慰めようとすると、逆の効果を生む事を失念していたわ」
「いいんだ、割り切れなかった俺が悪いんだ今のは。ありがとな、慰めようとしてくれて」
そう言うとルナは今度は左手をクローネの頭に乗せようとしたので、クローネは両手でガードした。
「……ルナ、貴方女の子の頭を撫でる趣味でもあるの?」
「え?ああ、すまん、手持ち無沙汰でな……。嫌ならやらないよ」
「……別に、嫌とは言ってないわよ。ほら、ルナがしたいようにすればいいじゃない」
そう言って、クローネが手をどかしたので、ルナはそのまま左手をクローネの頭の上に置き、撫で始めた。
「ん……ルナの手、優しい感じがするわ……。気持ちいい……」
「ぇへへ、そうでしょ~。私も何回か撫でられてるけど、ルナ君の手、気持ちよくて……」
「そうか……?普通に撫でてるだけだけどな……」
ルナが二人を撫でていると、不意に頬に何かが伝った。
「……ルナ、貴方涙出てるわよ?」
「……え?」
ルナが一旦両手で二人を撫でるのをやめ、頬を触ると、確かに、涙が零れ落ちていた。
「……俺、は」
ルナの声が上ずる。涙はとめどなく溢れ続け、床に落ちると、黒い染みができた。
「大丈夫?どこか痛かった?」
茜が心配そうにルナを見つめる。クローネは、それを見て言った。
「……多分、そうじゃないわね。ルナ、貴方もしかして、自分が幸せになっちゃいけない、とか心の中で思ってない?」
「な、んで、それを?」
ルナが震える声で聞くと、クローネは呆れたように答えた。
「やっぱり。ダメよ、そういう考え方は」
それを聞いて、茜も続けた。
「……授業で前習ったけど、日本国憲法には、幸福追求権ってのがあるんだよ。個人は公共の福祉に反しない限り、自分の幸福を追求していいって」
「……でも、俺、人、殺して、何人も」
クローネが、ルナを前から抱きしめる。
「それは昔の話でしょう?大体、貴方は儀式に巻き込まれて、生き残った側の人間。それに、仮に貴方が殺していたとしても、もう十分苦しんだのよ。これ以上罰を受ける必要なんてないわ」
それに、茜が続ける。
「ルナ君、私はルナ君が悪い人だなんて、これっぽっちも思ってないよ。優しくて、困ってる人を頬っておけない、そんな人だと思う。私、そんなルナ君の事、好きだよ。だから、もっと笑ってる所が見たい」
二人の優しさと、温かさに包まれて、ルナは言葉を詰まらせる。
「……俺は、母さんを、目の前で……」
「……でも、ルナ君は生きてる」
茜がルナを後ろから抱きしめて言う。
「生きてるなら、きっと幸せになれるよ。……私、ルナ君の隣にいたい。ルナ君の幸せ、一緒に探してあげたい」
クローネはそれを聞くと、頷いて続けた。
「私もよ、ルナ。だからもう、自分を責めなくていいのよ」
ルナは二人の言葉に、黙って、しかし何度も頷いた。
涙は止まらなかったが、それでも、彼の心には、二人の温かさが染み込むようだった。
――
「……ありがとうな、二人とも」
数分が経っただろうか。ルナの涙は止まり、その顔は(泣きはらした跡があるとはいえ)柔和な笑みを浮かべていた。
「もう、大丈夫?」
クローネが心配そうに聞くと、ルナは頷いて言った。
「ああ、俺はもう大丈夫だ。……だが、俺にはもう一人、幸せにならなきゃいけない人がいる。それに気づいた」
「……もしかして、五月さんのこと?」
「ああ。あいつが狂ったのは俺のせいだからな、多分。その疑いを晴らすにしろ何にしろ、俺はあいつにも、俺がされたことをしなきゃいけない、と俺は思った」
茜の問いに、ルナは答えながら言う。
「こうなった以上、晴女にも、俺は彼女の幸せの形を見つけて欲しい。わがままだと思うか?」
「……そうだね。私、五月さんに傷つけられたけど、もうどうでもよくなっちゃった」
「いいのか?あいつにも事情があるとはいえ、結構ヒドい事言われたし、されたんだろ?」
ルナが茜に聞くと、茜は頷いて言った。
「いいの。五月さん、私をいじめてた時は虚勢張ってたように見えてたんだけど、前謝りに来てた時は真剣な目、してたし。本心から私の事嫌いな訳じゃなかったんだと思う」
それが今日になってまた、今度は別の感情の方が強くなってたみたいだけどね、と茜は続けた。
「……そっか。晴女を許すってんなら、話は早いかもしれないな。さて、問題はこの後だな……」
ルナが空を見ると、すっかり暗くなり、夜の様相を見せていた。
すると、茜の耳がぴんと立って、何かを察知した。
「……!誰か大人が、階段を登ってくる!」
「おっと、クローネ、どうする?」
すると、クローネはルナから離れて、こう言った。
「ここに私がいるとバレるとマズいから、今後の事は別の場所で、可能ならルナの部屋でまた会いましょう。それじゃ、またね」
そうして、彼女は晴女と同じくフェンスから飛び降りたかと思うと、背中の羽をぱたぱたと羽ばたかせ、その場を去った。
それからまもなくして、屋上のドアが開いたので、ルナと茜は離れて、誰が来るのかを待った。
「――まだ帰ってない生徒がいたのか。二人とも、何かあったか?」
現れたのは、懐中電灯を持った男の教師だった。
「すみません、ちょっと晴女さんといざこざがありまして、それで怪我したんで、月出里さんに治療と、会話をしてもらってました」
「はい、それで合ってます」
ルナと茜は事情を話すと、教師はうーんと唸り、こう言った。
「……つまり、ルナ君と晴女さんの喧嘩があった、という事でいいのかな?それだと、ルナ君と晴女さん、双方とも短い間だが停学になるが……」
「……。はい、晴女さんの煽りに乗ったのは俺なので。申し訳ありません」
ルナがそう答えて頭を下げると、教師はこう続けた。
「では、この件は一旦校長と相談させてもらう。明日は家で待機して、沙汰を待つようにな、ルナ君。……茜さんはその喧嘩には関わっていないのだね?」
「……はい、私は止めようとはしましたが、結局何もできませんでした」
茜は俯いて言う。
「戦闘に加わっていないのであれば、多分茜さんの方には何もお咎めは無いだろう。明日は学校に来るように」
「……わかり、ました」
それを聞いて、教師はうん、と頷いて、ルナに言った。
「服の汚れ方を見るに、ルナ君の方が負けたのだろう。しかし、喧嘩は良くなかったね。双方を罰するのが校則だから、今回はそうさせていただくよ」
「はい、わかりました」
「それじゃ、二人とも下校するように。ルナ君と茜さんのご家族には、後でこちらから連絡しておくので、二人とも、夜道には気をつけて」
そう言って、教師は階段を降りていった。
「……いいの?ルナ君。停学になっちゃうけど」
「必要経費と割り切るしかないかな……。授業の進みが遅れちまうが、なんとかなるだろ」
そう言って、ルナと茜の二人も続いて階段を降りていった。
――
夜道。ルナと茜の二人は家路を歩いていた。
「……月出里さん」
「なぁに、ルナ君」
二人は手が触れるか触れないか、微妙な距離感だった。
そんな中、ルナは茜に聞いた。
「慰めてくれた時に、俺に言った言葉、覚えてるか?」
「んー?笑ってる所が見たい、とか、そういうやつ?」
「……そうだな。俺、そんなに笑ってなかったか?」
ルナがぽりぽりと頬をかきながら言うと、茜は少し考えてから、こう言った。
「……少なくとも、心から笑ってる、というのはあんまり無かった気がするよ。だから、今度からは、心からの笑顔が見たいなって」
「そうだな……。で、その前の言葉については?」
「え?……ッ、な、なんのことかなぁ?」
茜が顔を赤くしながらはぐらかすのを見て、ルナは笑いながら、こう呟いた。
「……俺もだよ」
「……!」
その呟きに、茜の耳がびくっ、と立った。
「あくまで独り言として聞いてくれ。茜と出会ってから、結構いろんなことしたよな。一緒に飯は何度か食ったし、コスプレしたり、ゲームしたり」
独り言というにはちょっと大きめの言葉で、ルナは独白する。
「茜といて、俺は久しぶりに楽しいとか、この時間がもっと続いたら、と思った。それと同時に、俺には幸せになる権利なんかないとも思ってた。でも、それを払拭してくれたのは、茜、お前だ」
「……私だけじゃないよ。クローネさんも、そこにはいたでしょ?」
「ああ。クローネの事も、同じく俺の中じゃ大事な存在だ。それに、どっちかを決められるだけのことを、今の俺は多分決めきれない。大事な人なのに、切り捨てるなんてこと、俺にはできない」
そう言って、ルナが立ち止まったので、茜も立ち止まる。
「俺は、どうするべきなんだろうな?晴女の件もあるし、俺、このままだと何股しなきゃいけないんだろうな?」
はは、とルナが――心から、久しぶりに笑った。
「……ルナ君、ちょっと屈んで目を閉じて?」
それを見た茜が言うので、ルナは困惑しながらしゃがむ。
「?何をする気なんだ?」
「いいから。目、閉じて?」
言われるままにルナが目を閉じると――
「ん……」
――右の頬に、一瞬だけ柔らかいものが触れた。
ルナが驚いて目を開けると、近い位置に、赤くなった茜の顔があった。
「……今は、これが精一杯。私、ルナ君の事、ちゃんと幸せにするから。だから――」
そう言って、笑顔で、茜が離れる。
「――だから、ちゃんとルナ君も幸せ、私も含めて、いっぱい皆で分け合おうね!それじゃ、またね!」
茜が、神社の方の道へと駆けていく。
ルナは、その場で立ちつくして、呟いた。
「……なんだ、本気にしていいのかよ、それは……」
右頬を、やさしくルナが右手の指で触れる。
まだ、そこには茜の唇の余韻が、残っている気がした。
重暗い話から甘い話にできていればいいのですが……。
次は何書こうかな、7.5話にすべきか、8話にすべきか……。