「浅野家に生まれて壊れずに生きていくなんて無理無理」   作:クリオネf。t

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バレンタイン前のお話。



春とバレンタインとホットチョコレートと

 演劇発表会では狭間の書いた「桃太郎」で爪痕を残し、茅野がE組の前担任・雪村あぐりの妹あった事と彼女がずっと触手を埋め込んで復讐のためにクラスに潜んでいた事がわかり、そこから殺せんせーの正体も判明して、冬休みが明けてすぐにクラスが分裂したり、国際宇宙ステーションをハイジャックしたり……短い期間で数ヶ月分とも思えるような出来事を経て、E組は次なるイベントを迎えようとしていた。

 

 2月14日……そう、バレンタインである。

 修は矢田から「あーちゃんも一緒に皆の分のチョコ作ろうよ」と誘われ、倉橋も含めた3人で集まってチョコを作る事になった。バレンタインに誰かへのチョコを渡すだなんて、小学校低学年の時以来だ。それも母と一緒に父や兄に作って渡した事があるだけで、家族以外の誰かに渡した経験はない。

 

「明日、桃花ちゃんの家に行く……」

「あら、そうなの?修、その桃花ちゃんって子ととても仲がいいのね」

 

 リビングで交わされる会話。學峯は珍しくソファへ腰掛け何やら資料を確認している。学秀は飲み物を取りに丁度リビングへ来ており、そこにはたまたま家族4人が集っていた。

 

「……そう、見える?」

「ええ、まだ会った事は無いけど…修、よくその子の話をするもの」

「そんなに……?他の子の話も、するけど……」

「あら、無意識なのね。桃花ちゃんの話が一番頻度が高いわよ〜」

 

 自分がそんなに矢田の事を話題にしていたなんて、言われるまで気がつかなかった。修としては、暗殺関連の事はぼかしてE組での出来事をかなり話していたと思ったのだが。

 2人の会話を横で聞いていた学秀は、そういえば彼女には随分と世話になったな、とあの日の出来事を思い出す。

 助けを求めた修の元へ駆けつけ、学秀へ連絡を寄越し、ずっと修の傍にいたのが矢田だ。それに何より、修が真っ先に助けを求めた相手だ。かなり信頼を寄せているのだろうという事は明白だった。

 

「修はよっぽどその子の事が好きなのね〜」

 

 母がそう言うと、修は何かを考えるように一瞬間を置く。そして、「……うん、親友…だと思う」と小さく口にした。

 

「あら、そうなの」

 

 「修にそう思える相手が出来て良かったわ」と母が微笑む。ちなみに學峯は、資料に目を通しつつさりげなく娘の話に聞き耳を立てていた。

 そして次の瞬間、爆弾が投下される事となる。

 

「桃花ちゃんに名前を呼ばれると、胸がぎゅってなる。他の友達には、そうならない…桃花ちゃんだけ特別、だから親友」

 

 気道にお茶が入り込み、学秀が大きく噎せ込む。學峯は一見普段通りに見えるが資料が逆さになっていた。母は口許に手を当て「あらあらまぁまぁ」と嬉しげに声を上げる。修は噎せた学秀の傍へ寄って「学秀君…大丈夫?」と心配そうに背中をさすった。

 

「修にも春が来たのねぇ、おめでたいわぁ〜」

「? 立春、過ぎてるから……」

 

 当の本人はそんなとぼけた事を言っているが彼女は至って真面目で、一切ふざけてなどいない。「もう、そうじゃないわよぉ〜」と母のテンションは異様に高かった。

 学秀は手に持つコップの中のお茶を頭から被りたい気持ちになる。普段の学秀ならば間違ってもそんなとち狂った思考には至らないが、今の彼はそれだけ動揺しているのだ。

 

「でも、そっかぁ。そうなのね。うふふ、いいわねぇ。青春だわぁ〜」

「?」

 

 修は不思議そうに首を傾げた。

 というか、あまりにも内容が衝撃的すぎて思考がまとまらない。色々と聞きたい事が多すぎる。が、本人は全くの無自覚と来た。これでは問い詰めたくてもそれ以前の問題である。

 

「ところで、明日はその桃花ちゃんと何をするのかしら?」

 

 母が話題を振り出しに戻した。

 

「もうすぐバレンタインだから、クラスの皆にチョコ作ろうって……陽菜乃ちゃんも一緒に、桃花ちゃんのおうちで一緒にチョコ、作るの……」

「あら、そうなの」

 

 まるで何事も無かったかのように会話の内容が戻り、「作ったらお母さんにもあげる…」「あら、それは楽しみねぇ」という和やかな会話が為される。

 

「学秀君とお父さんにも、あげるね…」

「あ、あぁ、うん…」

 

 正直それどころではないのだが、あまりにも無垢な顔でそう言われ、歯切れ悪く相槌をうつ他無かった。

 


 

 翌日、矢田宅にて。

 

「それじゃあ、早速作ってこー!」

「おー!」

「お、おー…?」

 

 矢田と倉橋の掛け声に合わせ、修も控えめに拳を上げながら小さく掛け声を出す。

 

「皆材料は持ってきた〜?」

「持ってきた……」

 

 各々事前に作るものを決め、材料を持ち寄っている。修は日持ちのするチョコブラウニーを選んだ。

 

「あっちゃんはブラウニーかぁ」

「うん…日持ちするから…」

 

 バレンタインチョコ作りは滞りなく進んでいく。時折本命チョコなどの話が出て、倉橋は「本命は勿論烏間先生!」と言っていた。矢田の方は今のところ気になる男子はいないらしい。

 

「あーちゃんは?クラスの男子でいいな〜って子いるの?」

 

 矢田からそう聞かれたものの、修にはあまりピンと来なかった。恋愛感情どころか、それ以外の感情もついこの間まであまりよく分かっていなかったからだ。

 

「私は……そういうの、よく分からない……」

「そっかぁ、でもあっちゃんにもいつかそういう相手が出来たらいいよね」

 

 こと恋愛に関しては他の話題以上に皆と同じような熱量で話す事が難しく、何だか少し申し訳ない。しかし彼女等はあまり気にしておらず、「いつか一緒に話せたらいいな」という前向きな希望を持っていた。

 

「いい時間だし、一旦休憩しよっか」

「さんせ〜」

 

 気が付けば、時刻は正午を回っている。

 

「今日はチョコのために台所使うってことで、じゃーん!」

 

 倉橋が取り出したのは重箱だった。「美味しそ〜!」と矢田が目を輝かせる。わいわいと楽しそうにはしゃぐ姿はまるでピクニックにでも来ているかのようだ。

 そういえば、家族でピクニックをした経験がないなとふと思う。物心ついた時にはもう、父は教師で家は教室だったから。幼稚園や小学校の遠足で学秀と弁当を食べた記憶ならあるのだけど。その時は周りに結構な同級生が集まっていた気がする。思えば学秀は幼い頃から人気者だった。

 

「私…味、分からないけど…食べてもいいの…?」

 

 少しずつ感情を取り戻しつつあり、精神状態も安定してはいるものの……味覚は未だ戻らないし、人の顔も認識できない。

 

「あーちゃんが食べたいって思ったなら食べてもいいんだよ。お腹は空くでしょ?」

「うん…お腹は空いてる…食べたい…」

「じゃああっちゃんも食べよ食べよ〜」

「うん。いただきます…」

 

 食べた物は、やはり味がしない。それでも、家族4人で食卓を囲んだ時のような胸の温かさを感じるから…悪くないと思う。

 3人で団欒を過ごし食事を終える頃になって、矢田が席を立ちキッチンへ向かった。キッチンから戻って来た矢田の手にはマグカップが3つ乗ったトレイが乗っている。

 

「桃花ちゃんそれなに?」

「ホットチョコレートだよ。食後のデザートにどうかなって」

「確かに外は寒いし、あったまるものだしバレンタインっぽいし…めっちゃいい!」

 

 マシュマロとシナモンパウダーのかかったシンプルなものだ。カップから漂うのはチョコレートと、ほのかなシナモンの香り。

 

「はい、これ陽菜ちゃんの分ね」

「わーい、いただきまーす」

 

 矢田からカップを受け取った倉橋はふーふーと息を吹きかけながら、火傷をしないよう慎重にカップに口をつける。

 

「はー、あったまる〜」

「はい、あーちゃんも」

「…ありがと」

 

 手元にコトリと置かれるホットチョコレート。そっと手のひらで触れると、カップはじんわりと温かい。

 

「あーちゃん、前にココアが好きかもしれないって話してたでしょ?」

「…え」

「だから、ホットチョコレートはどうかな〜って。作ってみようと思ったんだ〜」

「……そう、なんだ」

 

 矢田が修の事を考えて作ってくれたホットチョコレート。もしかしたら矢田としてはそこまで深い意味はなく、友達が言っていた好きなものをたまたま思い出してそうしようとしただけなのかもしれない。それでも、修の心はふわふわと浮き上がるような気持ちだった。倉橋と同じように息を吹きかけ慎重にカップへ口をつけ、ホットチョコレートを啜る。

 

「……! あま、い……」

 

 それは忘れていた、久しい感覚。チョコレートのほのかな苦味と甘さ。はっきりと感じたわけではない。それでも、僅かに感じたのだ。

 

「えっ…」

「あ、あっちゃん今…」

 

 修本人も驚いたが、目の前の矢田と倉橋は恐らく修以上に驚愕の表情でこちらを見つめているのだと思う。

 

「甘いって言ったよね…!」

「味、分かるの…!?」

 

 2人は自分達のホットチョコレートそっちのけで修へずいずいとにじり寄ってきた。その勢いに思わず修は身を引く。

 

「えっと…」

「あ、ごめんね。ビックリして思わず…」

「でも今…あーちゃん、甘いって言った…よね?」

 

 たじろぐ修にハッと我に返った2人は、申し訳なさそうに修から少し距離を取った。

 

「うん…でも、はっきりと感じるわけじゃなくて…ちょっと、甘いのがわかるだけ…」

 

 修は自分の感じた事をそのまま口にした。2人は顔を見合わせた後、再び修の傍へ寄ってくる。そのまま両側からぎゅっと抱きしめられた。

 

「あーちゃんよかった、よかったねぇ……ちょっとでも味が分かるようになって……」

「ほんとだよぉ……よかったぁ〜……これから少しずつ戻るといいね……!」

 

 2人はそう言って自分事のように喜んでいる。声が若干上ずっているので、恐らく目には涙が浮かんでいるのだろう。当人である修は"嬉しい"よりも"不思議"という気持ちが勝(まさ)っていたけれど、友達が自分の事で喜んでくれている事に関しては素直に嬉しいと思う。

 ホットチョコレートを飲み終えた後、バレンタインチョコ作りは後半戦へ突入した。作り終えたブラウニーをひとつひとつ綺麗にラッピングして、紙袋へ丁寧に詰める。共にチョコ作りをした2人には、この場で先にブラウニーを手渡した。帰宅後は、家族にも手渡す。母は「あら、ラッピングもかわいいし美味しそうねぇ。ありがとう!」と嬉しそうに受け取った。學峯も優しい声で「ありがとう、嬉しいよ」と言って受け取ってくれた。学秀は「ああ、ありがとう」とシンプルな一言だったが、声色は柔らかかったので恐らく喜んでくれているのだと思う。矢田が用意してくれたホットチョコレートを飲んだ時に少しだけ味がしたのだと言う話をした時は何故か家族全員から頭を撫でられた。心配をかけていた事を申し訳なく思うが、喜んでくれている家族の姿にはほっとしている。

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