爆豪勝己の再教育   作:てるみや

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二度目の暴動

その朝、雄英の正門は人で詰まっていた。

 

カメラ。マイク。腕章。マスコミだ。登校してくる生徒に、片端からマイクを突きつけている。

 

(朝っぱらからウゼェ)

 

平和の象徴が雄英で教師をしている。その噂を嗅ぎつけた連中だ。本物の嵐は、こんなところには立っちゃいねェのに。

 

勝己は人垣を肩で割って進んだ。だが、目ざとい記者の一人が顔を覚えていた。

 

「君は…あれ?ヘドロのヴィランに襲われた子だよね!? オールマイトに助けられた! その雄英に今通ってるなんて、何かの縁を感じる? ねえ、オールマイトは本当に──」

 

マイクが鼻先に伸びてくる。

一度目なら、ここで怒鳴り散らして火種をばら撒いていた。

 

「知らねェ」

 

それだけ言って、横を抜けた。

記者が食い下がろうとしたが、もう用はないとばかりに背を向ける。騒げば飯の種になる。何も言わなきゃ、記事にならねェ。それくらいは、二度目の頭が知っている。

 

――――――――――――――――――――――――

 

昇降口を入ったところで、気怠げな声に呼び止められた。

 

「昨日の戦闘訓練のVと成績を見させてもらった」

 

「いちいち突っかかんな。ガキのやることだ。お前には能力がある。だったらそれを、こんなとこで安売りすんな。頭ァ使え」

 

短い小言だった。

一度目の俺なら「るせェ」と返していた。今日は、返さなかった。

 

この人がこの先、何を抱えて、何を失うのか。俺は知っている。脚も、片目も。それでも最後まで、教え子を一人も死なせまいと踏ん張り続けた人だ。

 

「……あァ」

 

会釈だけして立ち去る。相澤先生はそれ以上は何も言わなかった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

クラスで座っていると、教室が妙に浮き足立った。

 

「さてHRの本題だ。急の今日で悪いが君たちには…学級委員長を決めてもらう」

 

「「「学校っぽいの来たー!!!」」」

収拾がつかなくなった。

 

「委員長やりたいです俺!!」「オイラのマニフェストは女子全員膝上30cm!!」「うちもやりたいス」

 

ほぼ全員の手が挙がっているが、勝己は手を挙げなかった。

 

そんなものに割く時間は、一秒もねェ。

放課後の自主練。出力は据え置きでも、運用と判断なら詰められる。記憶を一つずつ手繰って、あの一年で死んだ順番、負けた順番、間に合わなかった順番を、頭の中で並べ直す。最後にあの化け物と、どう向き合うか。

考えることなら、いくらでもある。委員長の椅子取りより、ずっと。

 

「静粛にしたまえ!!」

 

飯田が手刀で空気を割った。

 

「他を牽引する重大な仕事だぞ…!皆の信頼を勝ち得た者が立つべきだ!これは投票で決めるべき議案!!!」

 

自分が一番やりたい顔で言うのが、こいつらしい。だが、自分の腕がそびえ立っていなかったら、かっこがついていたんだがな。

 

そのまま投票へと流れていく。みなが投票し終わり紙が集まって、集計される。

 

最多は、出久だった。三票。

 

飯田と麗日、出久の名を書いたらしい。当の出久が、椅子の上で「ええっ!?」と声を裏返らせている。自分が一番、信じられねェという顔だ。

 

勝己は、舌打ちひとつで済ませた。

誰が委員長だろうが、どうでもいい。半分聞いてすらいなかった。

 

退屈しのぎに、教室を見回す。はしゃぐ顔、悔しがる顔。その中で、青山がいつも通りキラキラと笑っていた。

いつも通り、なのに──ほんの一瞬、その笑みの置きどころが妙にずれて見えた。

 

(……どうしたものか)

 

すぐに視線を外した。今は、どうせどうもできない。

だが、頭の隅に小さな棘みたいに引っかかった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

昼はいつもの大食堂だった。

 

頭の中は、食事なんかじゃなく別のことで埋まっていた。

じきに警報が鳴る。今日のは、大したもんじゃねェ。だが、その数日先に控えているものは、別だ。

箸を止めずに、段取りを組み直す。USJ。あの黒い渦が口を開ける前に、何をどの順で潰すか。

 

その時、警報が鳴った。

 

校内に、けたたましいサイレン。レベル3、校内に侵入者あり──生徒は速やかに避難してください。

 

食堂が、一瞬で爆ぜた。

 

椅子が倒れ悲鳴が上がり千人を超える生徒が一斉に出口へ殺到する。将棋倒し寸前の濁流だ。

 

日本を牽引するヒーローを輩出する学校とは思えねぇな…

 

勝己は立ち上がった。だが慌ててはいなかった。

 

今日の「侵入者」は、業を煮やしたマスコミだ。ヴィランじゃねェ。命の危険はない。

 

人波の向こうで、出久たちが揉みくちゃにされていた。圧に押されて、誰も止まれない。

 

その時。

 

ヴンッ、と排気音が鳴って、飯田が宙を跳んだ。脚のエンジンを噴かして、壁の高みへ。

非常口の表示灯の真横に手をかけ、両腕を風車みたいに回して叫ぶ。

 

「大丈ー夫!! ただのマスコミです!! ここは雄英!!最高峰の相応しい人間になりましょう!」

 

壁に貼りついて非常口を指し示す、馬鹿でかい身振り。笑えるくらい間が抜けていて、笑えないくらい的確だった。濁流が、すっと落ち着いていく。

 

(…委員長も変わらねェな)

 

思わず口から笑みが零れた。

 

――――――――――――――――――――――――

 

侵入者はやはりマスコミだった。門を壊して敷地に雪崩れ込んだだけ。じきに教師に取り押さえられて、騒ぎは収まった。

 

午後、委員長の椅子は、出久から飯田へ渡った。

 

「やっぱり委員長は、飯田くんが良いと…思います!あんな風にかっこよく人をまもめられるんだ。僕より飯田くんがやるのが正しいと思う!」

 

出久が必死に推して、飯田がそれを、馬鹿正直に受け取った。副委員長には八百万。順当な並びだ。

 

一度目と、同じ顔ぶれだった。

違うのは、それを眺めている俺の頭の中身だけだ。

 

――――――――――――――――――――――――

 

放課後。

 

人の引けたグラウンドβの隅で勝己は一人掌を爆ぜさせていた。

 

出力は、入試のガキのままだ。いくら振るったところで、威力も速さも、この体の天井は変わらねェ。だから、振るうんじゃねェ。確かめるんだ。

どの角度で、どのタイミングで、どれだけの一発を置けば、最小の手数で相手を止められるか。一度目で覚えた運用を、まだ追いつかねェ体に、一つずつ叩き込み直す。

 

頭は経験者。体は、新人。

その差を埋める作業は、地味で終わりがねェ。

 

掌を握って、開く。

脳裏に、あの一年が流れる。誰が、いつ、どこで欠けたか。どの判断が、何人を死なせたか。順番に、並べ直す。目を逸らさずに。

 

最後に立っているのは、いつもあの化け物だ。オール・フォー・ワン。

あいつを、どう削る。出久はなんとしてでも間に合わせなきゃいけねェ。間に合うか…俺に出来るのか

 

答えは、まだ出ねェ。

だが、考えるのをやめた瞬間、また全部灰になる。

 

もう一度掌を爆ぜさせた。

 

――――――――――――――――――――――――

 

マスコミの侵入があった次の日。

 

レスキュー──救助訓練。その日が来た。

 

バスに揺られて、生徒たちは騒がしかった。蛙吹が、いつもの平坦な声で出久に爆弾を落とす。

 

「私思ったことなんでも言っちゃうの。緑谷ちゃん。あなたの個性、オールマイトに似てる。」

 

出久が「えっ、いや、そ、そうかな!?でもぼくはええと…ブツブツ」としどろもどろになる。隣で麗日が首を傾げ、飯田が「個性の話か!」と食いついた。

 

「派手で強ぇ個性つったら、やっぱ轟とか爆豪だな」

 

上鳴が、こっちへ話を振ってきた。

 

「でもよ、爆豪は性格がなァ……この付き合いの浅さで、もう"クソを下水で煮込んだような性格"って認識されてんの、ある意味すげェよ」

 

「テメェのボキャブラリーは何だコラ!! 次同じこと抜かしたら吹っ飛ばすぞ電気野郎!!」

 

ほらな、と上鳴が肩をすくめる。バスの中が笑いに包まれた。

 

 

 

窓の外を睨んだ。

やがて、馬鹿でかいドーム状の施設が見えてくる。嫌な記憶が蘇る。初めてヴィラン連合と邂逅した日。忘れたくても忘れられない、灰の思い出が。

 

USJ。「ウソの災害や事故ルーム」。災害救助の、模擬訓練場だ。

 

バスを降りて、ぞろぞろと中へ。入口をくぐった瞬間、ひやりとした空気が肌を撫でた。

 

中は、まるごと一つの街だった。土砂崩れ。火事。嵐。水難。倒壊。あらゆる「もしも」が、ドームの下に作り込まれている。

 

だが勝己が真っ先に見たのは、災害現場のどれでもなかった。

 

中央広場。

何もない、ただ噴水のあるだけの、開けた場所。

そこへじきに、黒い渦が口を開ける。

 

「ようこそ、みんな!火災、水難、土砂…あらゆる事故や災害を想定し、僕が作ったここの名前は、ウソの災害や事故ルーム!(U・S・J)」

 

宇宙服めいたコスチュームの、小柄なヒーローが両手を広げて迎えた。スペースヒーロー・13号。災害救助のプロだ。

 

13号が、救助の心構えを語り始める。個性は、人を傷つけるためのもんじゃねェ。人を救けるためにある──そういう趣旨の、まっすぐな講習だ。

 

傍らで相澤先生がぼそりと13号に何か尋ねている。オールマイトの姿はない。活動限界を使い切って今日は来られねェ。その穴を誰が、どう埋めるかそこまで勝己は織り込んでいる。

 

生徒たちは目を輝かせて13号の話に聞き入っていた。誰も、まだ気づいていない。

今のところ、何も起きてはいない。相澤先生も五体満足でそこに立っている。

じきにこの広場の真ん中に、黒い渦が口を開けることを、知っているのは一人だけだ。

 

(……始まるぞ)

 

勝己は、ガントレットの中でそっと拳を握った。

 

二度目のUSJがもう、目の前にあった。




今回は少し短めですかね。また後で編集すると思いますが、一旦ここまでで投稿させていただきます。
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