ある日、スマホにインストールされた謎のゲームアプリ【サクリファイスデビル】。ゲーム内コインを肉体・霊魂を代償に購入できるそのゲームに嵌った主人公の人生は段々と取り返しのつかないものになっていく。

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自分の体を代償にガチャを回せる神ゲー

 銀色の鎧に身を包んだ銀髪の美少女が剣を一閃! 衝撃波が発生し万を超える敵軍に大打撃。

 

「へへ、流石3周年記念リミテッドガチャ限定のURキャラ。既存のキャラとは範囲攻撃の威力の桁が違うぜ。こんなの完全に人権だろ。天井してでも手に入れんかった馬鹿おりゅりゅりゅりゅアターック!」

 

 戦闘画面に表示されるキャラアイコンの下の金色に光る円をタッチ。銀髪の美少女が剣を天に掲げその剣から光が溢れ出す。美少女が剣を振り下ろすと先程の数十倍の規模の光の衝撃波が発生し万を超える敵軍を飲み込んだ。

 

「はい、弱い~」

 

 画面に映る美少女の勝利ポーズのアップと重なって表示される大きなWINの文字。芸無素樹(げいむ もとき)は、敵の雑魚さをにやにやと鼻で笑った。

 

「あのグランドサーガ屈指の糞ステージ【絶望の丘】を鼻ホジでクリアできるとかゲームバランス崩壊しすぎだろ。ったく、やみくもにキャラインフレさせすぎだっつーの。いくらなんでも集金前面に出し過ぎだわ。このペースでインフレが続いたら俺このゲーム絶対やめる自信あるわ。今はまだいいけどあと2~3段階インフレが続いたら絶対ゲーム性崩壊するね。そしたら潮時かな」

 

 ぶつぶつぶつぶつと誰も聞いていないゲームの御託をスマホ片手に通学路で垂れ流す芸無素樹《げいむもとき》は何の特徴もない普通の高校生だ。強いて特徴をあげるとしたら体が醜く肥え太っていることと高校生にしてソシャゲの廃課金の常習者であることくらい。どちらもマイナス方面の特徴だ。

 

「おっす素紀。また通学中にグラサやってんのかよ。ってちょっと待て、お前そのキャラはまさか……!?」

 

「そのまさかだよ勝木。銀雷のアレイスター3周年記念versionだ。お値段なんと9万円。全く、金のかかる女だよ……」

 

「うっわ……お前、天井食らってんじゃんかよ」

 

 グランドサーガ通称グラサをプレイ中の素樹に親しげに話しかけたのは神晴勝木《かんばるかつき》。素樹の中学以来の友人で、今や唯一の友人だ。

 

「俺もそのガチャ配布石で引いたけど爆死した。アレイスターどころかURさえ当たらなかった」

 

「馬っ鹿お前……! アレイスターは完全に天井案件だろ!絶望の丘を奥義連発するだけでクリアできんだぞ!?こんなキャラあと1年は出てきこないって!馬っ鹿だなあっ!」

 

 捲し立てる素樹に勝木は困ったような笑みを浮かべた。

 

「んー……素樹さぁ。そのキャラを手に入れるために9万円使ったって言ったけど、異常だと思わないかな? 今更だけど、素樹にみんな引いてるよ? 直接は言わないけどさ、友達だった弘樹や翔太も最近お前に話しかけてこないじゃん?」

 

「……まぁ、ぶっちゃけ俺もガチャの価格糞高ぇって常々思ってるし、今回の天井課金は流石に応えてる。バイトで溜めた貯金すっからからんになったしな。正直きつい。次のガチャはもう引けそうにないわ……」

 

「お前貯金使い果たしたって……っ! 馬鹿っ! この大馬鹿野郎っ! 一緒に旅行行こうって貯めた金じゃねえか!」

 

「痛っ!痛たっ! ちょっ、割りと強めに頭叩くのやめろ! 痛い!」

 

「お前の方が痛いよ! もうグラサ、いや、ソシャゲやめろ!」

 

「いや、でも楽しかった経験と金吊り合わせたらイーブンイーブンだしこんだけキャラ揃えて育成したアカウント手放すのはありえないしむしろそっちの方が馬鹿げてるというか……いやだって売ればそれなりの金になるレベルだぜ今の俺のアカウント?」

 

「じゃあ売れよ」

 

「……まぁ、今はその話はいいじゃん。とりま学校行こうぜ」

 

「っ……!ま、まぁ、俺の人生じゃないからいいけどよ」

 

「す、すまん。あっ」

 

 歩調を早め素樹を置いていく勝木。その背中に声をかけるのもなんだかはばかられて、素樹は勝木をただ呆然と見送ることしか出来なかった。

 

 

 

「はぁ、金がかからなくて面白いガチャゲーないかな」

 

 学校から帰宅し、自宅の居間のソファーに転がってスマホを弄る素樹。朝通学路で勝木に取られた態度が堪えて、金のかからないスマホゲーでもしてみるかと「無料 ガチャゲー」でググってはみたものの、ヒットするのはお決まりの基本無料の謳い文句で客を油断させてガチャで金を搾り取る課金ゲーばかり。

 

 段々探すのもいやになって素樹はスマホのホームボタンを押してインターネットのページからホーム画面へ移行した。

 

「あれ? こんなアプリあったっけ?」

 

 脳死でグランドサーガのアイコンを押そうとした素樹の目に見慣れぬアイコンが写る。

 

 グランドサーガの隣にあるそのアイコンの名は【サクリファイス・デビル】。悪魔の大口を模した不気味な形のアイコンだった。

 

「名前から察するに多分ゲームアプリかな? 面白そう」

 

 何となく中2心をくすぐるネーミング。グランドサーガもそうだが、中2系統の創作物が大好物な素樹はサクリファイス・デビルというアプリに多分に興味を惹かれた。

 

「多分事前登録だけして存在忘れてたんだろうな。で、リリース迎えたから自動でスマホにインストールされた訳だ。取り敢えずガチャ回すところまでは勧めてみるか。つまらなそうだったらアンスコすりゃいいだけだし」

 

 素樹はサクリファイス・デビルのアイコンを気楽にタッチした。

 

 画面が暗転しおどろおどろしいBGMとタイトルロゴが素樹を出迎える。素樹は思わずにやけた。

 

「映像も音楽も凄えクオリティ。これ絶対傑作だわ」

 

 わくわくしながら素樹はタイトルロゴの下で薄く点滅するPlayTheGameの文字を押す。

 

 死神の哄笑のようなBGMと共にゲームデータのダウンロードが始まった。

 

 

 

「くっそ面白えっ!!!!」

 

 サクリファイスデビルプレイ開始から1時間、素樹はそう叫ばずにはいられなかった。

 

「何だよこのゲーム、めちゃくちゃ面白いんだけど。戦略性と爽快感のあるゲームシステム、他社の4、5世代は先を行ってるグラフィック、ベートーヴェンでも英霊召喚したのかってくらい素晴らしいプロの楽団顔負けのサウンド。世紀末的世界で神や天使と悪魔憑きの少女が戦うというややすればチープになりがちな痛い設定を極限の筆致で描くストーリー。このゲーム、どの角度から見てもクオリティが異常に高い。いや高すぎる。本当にこれは人間が作ったゲームなのか? てか何でこのクオリティのゲームが俺の低スペックスマホでぬるぬる動くんだよ。プログラミング技術も異常か」

 

 立て板に水の勢いでこのゲームを褒める美辞麗句が口から流れ出す。ありのままの感想を口にしているだけなのだがそれらが全て誉め言葉になってしまう。「サクリファイスデビル」は素樹が今までプレイしてきたゲームの中で全ての面において間違いなく最高のゲームだった。

 

 そう、全ての面においてだ。

 

「し、しかし、このゲームに出てくる女の子ちょっと格好がエッチ過ぎないかな。いや、恰好だけでなく言動や容姿も限りなくセーフに近いアウトな気がするんだけど何でソフ倫の検査通ったの?いや、まぁいいんだよ。女の子が可愛いに越したことは無いし。それにしても……ゴクリ。た、たまらん。一発抜いとこうかな」

 

 素樹はゲームの美少女キャラクターにアクションをさせ、キャラクターが空中で逆さになって大開脚している姿勢になったところでポーズをかける。なぜかこのゲームにはどんな状況でも画面を一時停止できるポーズ機能がついている。しかもポーズ中に画面を360度回転することが可能で、女の子は服の内部まで細かにデザインされている。

 

 これはもうやれという開発者からのメッセージだろう。というわけで素樹は一発さくっと抜いた。ドバドバと引くくらい出た。

 

「ふぅ。えがったぜ。さぁプレイの続きだよガール。ちょ、ちょっと気持ち悪かったな今の。……しかしエロイなぁ。ガチャキャラはもっとエロイんだろなぁ。グフフッ!」

 

 そう、素樹がプレイしているのはゲームのチュートリアルだった。このゲームのチュートリアルは特定条件を達成しない限り先に進まないタイプで、あまりにゲームが楽し過ぎたので素樹は条件をわざと達成せずに1時間も遊び続けていた。素樹はガチャキャラの容姿や性能に想像を膨らませる。

 

「チュートリアルキャラですらこのクオリティ。ガチャの最高レアとか絶対やばいだろ。いや、客を食いつかせるためにチュートリアルに力入れてガチャキャラはイマイチ……ってゲームはよくあるけどこのゲームは絶対違う。絶対に期待に応えてくる。そう思わせるだけの魔力がこのゲームには宿ってる。チュートリアルだけでも伝わってくる。つか、チュートリアル終わらせるかそろそろ」

 

 チュートリアルステージのボスを倒し、その後のいくつかのチュートリアルもいつもならスキップを選択する素樹にしては珍しくスキップせずに完了させ、そして待望のガチャ画面にやってきた。

 

「初回10連は勿論無料。そして10枠目はSR以上が確定。ギリギリ合格点かな。初回10連無料さえない糞ゲーも結構あるからな。今の時代新規でスマホゲー立ち上げるなら引き直しか、せめて最高レア確定くらい欲しいけどなー」

 

 上から目線でガチャの品評を行う素樹。続いて素樹はガチャのレアリティ毎の排出率を確認。

 

「うっ」

 

 レアリティ毎の確立を見て思わずうめく素樹。

 

「うーん、サクリファイスデビルのガチャはレアリティが6段階もあるのか……。NR、SR、SSR、UR、GR(ゴッドレア)、そしてDR(デビルレア)。それぞれの排出率は83,8999%、10%、5%、1%、0,1%,0,0001%と。糞エグイな。DRとか出る気がしない。けどあのゲームのクオリティならこの集金体制も納得。むしろこのエグイ集金体制でも採算取れるのか不安なレベルだ。まぁとりまガチャ回すか。狙いは現実的にUR1枚以上で」

 

 素樹は10回引くと描かれたボタンにタッチ。画面が一瞬暗転しガチャ演出が始まった。

 

 巨大な悪魔を象った像。像の前には魔法陣。魔法陣の上には像に祈りを捧げる一人の少女。少女がポケットからナイフを取り出す。震える手でナイフを心臓に向ける少女。少女が覚悟を決めたように目を瞑り、一気に心臓にナイフを突き立てる。黒い背景に赤い血のシルエットが飛び散った。

 

「お、おう。ガチャ演出なのに無駄に攻めてくるな」

 

 絶命して床に横たわる少女の胸から溢れ出た血が魔法陣の紋様に吸い込まれる。魔法陣に血が満ちると同時、悪魔の像の目が赤い光を放ち突如として動き出す。体を大きく揺らして哄笑を上げる悪魔の像のドアップ。非常にグロテスクで醜悪な見た目。まるで本物の悪魔をスマホ画面に閉じ込めたかのようだ。

 

「……なんか、無駄に凝ってんな。そういう拘りはいらないんだって。怖いとかじゃなくて。いや怖くねえし。俺たかがゲームの演出如きにビビるチキンじゃないから。俺、ビビッてねぇし」

 

 悪魔が魔法陣に人差し指を向ける。指先から垂れた血が魔法陣に触れた瞬間魔法陣から赤い光が立ち昇り、合計10の人魂型の光が出現した。

 

「あっ」

 

 10個ある人魂の内9個が茶色、1個が銀色。素樹は全てを悟って地面に四つん這いになり打ちひしがれた。

 

「この華のない色合い。保障SRのみの実質オールR。間違いねぇ。軽く爆死したわ……」

 

 果たして結果は素樹の予想した通りだった。R9SR1。起こりうる可能性の中では間違いなく最低の結果。ゴミを見る目で排出されたキャラを見ていた素樹だったが、キャラを見ているうちに異なる感想が性欲とともに湧いてくる。

 

「やばい。全員俺の好みにドストライクでドスケベだ。しかもイラストが低レアのクオリティじゃない。他のゲームなら余裕で最レア張れるレベル。おいおいおいおいおい……DRとか一体どんな女の子が排出されるんだよ。キャラ絵見ただけで射精しちまうんじゃねぇかぁ? いやいやそれはないって。でも……グフッ! 絶対凄いぞぉッ! 俺にはその確信がある! このゲームは絶対裏切らない! そうと決まれば課金しああああああああ昨日貯金使い果たしたんだったぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 再び四つん這いになって打ちひしがれる素樹。今になって勝木の言葉が胸に響く。彼の言う通りグランドサーガへの課金何てやめときゃ良かった。グランドサーガに次ぎ込んだ金全部このゲームに次ぎ込んでおけばよかった。

 

「俺は何て馬鹿なんだッ! 勝木ごめんッ!」

 

 素樹は床に頭を打ちつけここにはいない勝木に謝罪する。そしてグランドサーガに課金したことを強く後悔する。サクリファイスデビルと比べればグランドサーガなどただの糞ゲー、いや糞集金アプリにしか今の素樹には思えなかった。

 

「グラサのURの銀雷のアレイスターもかなり気合入ったイラストだったのにサクリファイスデビル のRはそのどれもがアレイスター以上のクオリティだもんなぁ。特にこのSRの囚われたラムサーラちゃんのイラストはもはや芸術の域。上手すぎて現実以上に現実してるよ。この肌の質感たまんないなぁまるで小学生の太もも眺めてるみたいだよ幸せだなぁあははははは」

 

 でれーっと二次元の美少女の肢体に視線を這わせて股間を大きくする素樹の姿はまさに男という種の最底辺。風俗に行くか犯罪を犯すかしない限り童貞を卒業できないこと間違いなしだ。

 

「おっといけねぇ。真面目に今後のこと考えるか」

 

 素樹は我に返りいかにしてこのゲームに課金するかを考える。

 

「今日は2022年6月1日、そしてバイトの給料日は25日。給料は当てにできない。家にあるもの売ったり質に出したりするしかないけど俺殆どやり方分かんないだよなぁ……。あ、そうだグラサのアカウント売ろう。メルカリに出せば5万以上にはなるっしょー」

 

 100万以上の金と膨大な時間を注ぎ込んできたグラサをあっさりと他人に売る決断をする素樹。サクリファイスデビルをプレイしたあとでは、もうグラサが薄いゲーム性を華びやかな上っ面とガチャで誤魔化しているだけの糞集金アプリにしか素樹には見えなくなっていた。

 

「あ、そだ。先に課金アイテムの値段と種類見とかないと。金がいくら要るかの皮算用も立てなきゃだしな。プレイ初日限定のお得セットとかもあるし、その場合は勝木に金貸して貰わないと」

 

 無自覚に最低な発言をしながらスマホを操作し素樹は課金アイテムのページに飛ぶ。

 

「UR以上確定10連ガチャチケット3000ソウルコイン(有償)、24時間限定スターターセット980ソウルコイン(有償)、10大悪魔1体確定単発ガチャチケット1500ソウルコイン(有償)。……成程。ソウルコインという名前のゲーム内通貨をまず購入して、そのソウルコインでゲーム内の各種アイテムを購入するタイプか。ゲーム内でもソウルコインは手に入るがそれはソウルコイン(無償)。課金して手に入るソウルコイン(有償)じゃないとゲーム内アイテムは買えないと。まぁありがちなタイプだな。でも分かりやすくて好きだよ俺はこの手の課金形式。グラサもこのタイプだったしな。で、気になるソウルコインの値段はっと」

 

 素樹は押しやすい位置にあった10大悪魔一体確定単発ガチャチケットの購入ボタンを押した。

 買えない商品の購入ボタンを押すとゲーム内通貨の購入ページのリンクが出現する。ソシャゲの常識だ。

 

【ソウルコイン(有償)が足りません。購入画面へ移行しますか?】

 

「YESだ」

 

【はい】【いいえ】と左右に並んで表示されるタッチボタンの左側。【はい】に素樹はタッチする。

 

「1コイン1円だとちょいきつい。セット販売で2コイン1円くらいにしてくれたら助か――」

 

 素樹は絶句した。

 

 移行したソウルコインの購入画面。そこにはコインのイラストと枚数と値段が描かれた小さな画面が幾つも並んでいた。これは別におかしくない。グラサで見慣れたよくある販売形式だ。

 

 10000コイン、5000コイン、3000コインと小刻みに並んだソウルコイン。これも別におかしくない。グラサで見慣れたよくある販売形式だ。

 

 だが画面の下に書かれたソウルコインの値段。これは明らかにおかしかった。例えば一番高い10000コインの値段表示が、

 

「霊魂・肉体0,1%……? 冗談にしても趣味悪すぎだろ」

 

 まったく意味が分からない。なぜ霊魂・肉体なのか。なぜ0,1%なのか。なぜよりによって集金上もっとも大切な項目にこんな悪ふざけを置いたのか、そもそもどうやって徴収するつもりなのか。分からないことだらけ、何もかも意味不明としか言いようがなかった。

 

「買えるのかな」

 

 そんな意味不明のものの購入ボタンをひょっとしたらタダで買えるかもとポチリと押した素樹の頭は完全にソシャゲにやられているとしか言いようがなかった。

 

【購入が完了いたしました。引き続きサクリファイスデビルをお楽しみください】

 

「うお! マジで!?」

 

 あまりにもあっさりと購入が完了して素樹は驚く。肉体・霊魂0,1%と書かれていたが、別段体に異常も感じない。素樹はハっと気付いた。

 

「ハッ! まさかこれは運営のゲームの世界観作りの一環なのでは? 異様に怖いガチャ演出といい【サクリファイスデビル】というタイトルといいストーリーといいソウルコインというネーミングといい悪魔との契約と代償とかそんな感じのテーマがこのゲームにあるのは間違いない。そして肉体・霊魂0,1%という、このなにも異常は感じないけど本当に取引されているのかもと思わされてしまう絶妙な数値。で、躊躇いながら実際に買ってみたら貰えるソウルコイン。この悪魔と契約して望みを叶えてもらった感を出すために肉体・霊魂0,1%なんて書き方をしたんだ! 間違いない! そうと決まれば買える内にたくさん買おう! リリース初日だけの特別イベントかもしれん!」

 

 納得できる答えを得た素樹はソウルコイン購入ボタンを連打した。具体的には100回押した。リスクもなく際限なく増えていくソウルコインの量が100万に達した時に「垢BANされるかも」とビビッてやめたから100回だ。購入制限はないようで、それが不気味といえば不気味だが、それ以上に課金アイテムをただで手に入れられた喜びの方が大きかった。

 

「グラサなら100万コインは100万円。サクリファイスデビルの課金アイテムのレートを見るにグラサとコインの価値はそう変わらない。どっちも3000コインでガチャ10連だからな。つまり、へへ。俺は一夜にして100万円を手にしたことになる! グラサをやめた俺への神様のご褒美かなグヘヘ。完全にやめた元は取れたぜぃ」

 

 神様が聞いたら呆れそうな戯言をのたまいながら素樹はソウルコインで買える課金アイテムを片っ端から買ってゆく。

 どんどんたまってゆくゲーム内アイテムと限定ガチャチケット、そしておまけのソウルコイン(無償)。素樹はガチャ画面を開いて「ニチャァ……」と笑った。本人は完全に無意識なのだが大量にガチャを回す時の素樹の表情はいつもこんな感じだ。友達をなくせる口元半開きのアルカイックスマイル。

 

 プレミアムガチャの10連ガチャボタンに指をあてがい、そして勿体ぶりながら離す。少女が悪魔に自らを供物として捧げるおどろおどろしいガチャ演出の幕が開ける。

 

「さぁ、楽しい楽しいパーティの始まりだぁ……」

 

 

 

「よぉ素樹。目にクマが出来てんぞ。また朝までグラサか?」

 

「よぉ勝木。俺グラサもうやめたぜ。あんな金ばっか要求してくるゲーム性ペラペラの糞ゲーもうやめたぜ。俺グラサやめたぜぇ? ワイルドだろぉ?」

 

「ちょっ、うざ絡みするな! 古い、寒い、キモイ!」

 

 通学路。素樹は唯一の友人である勝木と今日も朝からじゃれ合っていた。

 話しかけてきた唯一の友人である勝木の肩を馴れ馴れしく抱き、黄ばんだ歯を剥き素樹はサムズアップ。ブスにキスされたかのような怖気を感じて勝木は素樹を反射的に突き飛ばす。

 

「あんっ」

 

「あっ、ゴメン。あまりにも気持ち悪かったからつい突き飛ばしちまった」

 

「いや、俺も徹夜明けの変なテンションで絡んじまって悪かった。ごめんな」

 

「で、なんでグラサやめたのよ。昨日あんなにアレイスター自慢してたじゃん」

 

「実はな。完全無料でできる別の神ゲー始めたんだ」

 

「……」

 

「完全無料だぜ。金のかかる気配一切なし。石もタダで買えちまうんだ」

 

「お前それ騙されてるよ」

 

「やれば分かるって。サクリファクスデビルで検索してみ?」

 

「はぁ」

 

 素樹に促され、勝木は鞄からスマートフォンを取り出しサクリファイスデビルでググった。

 

「WEB小説しかヒットしないぞ」

 

「え!?」

 

「ほら」

 

「う、嘘だろ!?」

 

 素樹は勝木に見せられたスマホの画面を見る。検索エンジンに入力された言葉はサクリファイスデビル。検索結果は小説投稿サイトに投稿された同名のWEB小説のみ。

 茫然とする素樹に勝木が尋ねた。

 

「このWEB小説お前が描いたのか?」

 

「ち、違うよ!」

 

「嘘つくなって。すぐにバレる下手な嘘ついてまで俺に自分の書いた小説見せたかったんだろ? いじらしいじゃねぇか」

 

「違う! マジで違うの! いや、本当にゲームがあったんだよ。ほら俺のスマホ見てみ!」

 

「……」

 

 素樹は勝木に今度は自分のスマホを見せる。サクリファイスデビルがインストールされている確たる証拠だ。

 

「ほら! ちゃんとあるだろ!」

 

「ねぇよ。夢でも見てたんじゃないのか?」

 

「え!? あ、本当だ!? なんでだよ今朝まで会ったのに!?」

 

「ところでお前、グラサやめたんじゃなかったのか? ホーム画面にばっちりインストールされてたんだけど」

 

「本格的に辞めるのはもう少し後だな。今は毎日3周年ログボと無料10連ガチャが引けるから3周年イベが終わったらアカウント売って綺麗さっぱり辞める。本当だぜ。俺、お前に嘘ついたこと、ある?」

 

「貸せ!」

 

「あっ」

 

 勝木は素樹のスマホを奪うと手早くスマホを操作して素樹に返した。素樹は返されたスマホの画面を見ると、残念なものを見る目を勝木に向けた。

 

「勝木……グラサはSNSのアカウントと紐付けしてるから削除しても無駄なんだわ」

 

「知ってるよ! 俺はお前の人生がこれ以上悪くならないようにと警告をだな! あ~もうっ!」

 

「勝木、通学路で唸るなよ。一緒にいるこっちが恥ずかしいぜ。はぁ、これだから頭勝木は……」

 

「っ! ……おし、決めた! 俺もお前の友人辞めることにするわ!」

 

「は?」

 

 大声で宣言する勝木。通学路を歩く他の生徒が何事かと注目する中、勝木は素樹をビシィッイ!と指さして断言した。

 

「裕樹や翔太の気持ちが今ようやく分かった! お前はもう手遅れだ! 付き合ってたら俺までダメになっちまう! うんざりだぜお前にはもう呆れ果てたわ!」

 

「おい勝木冷静になれよ。衆目の視線がある中で言う言葉じゃねぇだろ。キレるなよ子供みたいに。もう高校生だろが」

 

「うるせぇデブ畜生! 一体何様だよその上から目線!」

 

「あーもう。な? 一旦落ち着こう勝木。人に見られてるぜ? たまには聞けよな友達の言葉」

 

「ッ! お前が言うなよ!」

 

「あいたっ」

 

 素樹の頭をスパーンとぶっ叩き、乱暴な足取りで勝木は学校へと歩き去っていった。素樹を置き去りにして。

 

 追いかけるのもはばかられて、勝木の姿が見えなくなるまで素樹はその場に立ち尽くしていた。

 

「なんだよ。俺が何したっていうんだよ……糞、勝木の薄情者め。あんな冷酷な奴だとは思わなかった。もう少し義に厚い性格だと思ってたけど人は案外見た目に寄らないなぁ。もう! あいつには近づかんどこ! それよかサクリファイスデビルだよ。やっぱソウルコイン無料で買えたのバグだったのかなぁ。強制削除されたのかもしれない。やめときゃよかったかなぁ……」

 

 素樹は勝木の存在を脳から削除し、気持ちを切り替えてスマホを起動する。不安を胸に、薄目でそっとホーム画面を見る。

 

「あった! 夢じゃなかった! よかったぁ……!」

 

 大口を開ける悪魔の顔とその口内に浮かぶ文字列【サクリファイスデビル】。都合のいい夢でも見てたのかとその存在を不安視していたアプリアイコンをスマホのホーム画面に発見し、素樹は弾けるような笑みを浮かべた。

 

「サクリファイスデビルとの出会いを勝木との絶交である程度相殺できたと考えればまぁ悪くないか。不運と幸運。大体3・7くらいで後者に分が上がる。神引き連発すると絶対後で帳尻合わせのように爆死がくるからな。神引きがサクリファイスデビルで爆死が勝木との絶交。……多分、勝木のおかげで本来俺に降りかかるべき不運を大幅に軽減することが出来ているんだろうな。ありがとな勝木。やっぱりお前は俺の最高の友達だよ……」

 

 今はもうここにはいない友に礼を述べる素樹。そして空を見上げる。なぜか素樹には勝木の笑顔が青空に重なって見えるのだった。

 

「グッバイ。勝木……」

 

 

 

 サクリファイスデビルをプレイ開始してから1か月が経った。

 

 スマホゲーなのに恐ろしいほど奥深く、プレイすればするほど新たな発見があり全く飽きさせない。

 

 ガチャも週一のペースで新規キャラクターとピックアップガチャが追加される。というか追加されなくても最初期の時点で既に数千体のガチャキャラがおり、未だコンプには至っていない。24時間全力でガチャを回し続ければいずれコンプできるのだろうが、ガチャも回し続けると疲れるし飽きるのだと素樹はサクリファイスデビルを通して初めて知った。

 

 ソウルコインは相変わらず無限に購入することが可能で、新たに100万枚を購入した。最初に購入した100万枚をガチャに全ぶっぱしたからだ。ソウルコインの残量は35万枚。気が向いたときに好きなだけガチャを回す生活を素樹は楽しんでいる。

 

「あのゲーム異常だわ」

 

 風呂につかりながらしみじみと呟く素樹。それが一か月サクリファイスデビルをプレイした素樹の混じり気ない本当の気持ちだった。

 

「なんでガチャコイン無限に買えるんだよ。なんでネット検索でWEB小説しかヒットしないんだよ。なんで誰も存在を知らないんだよ。なんであんなクオリティ高いんだよ。なんで俺のスマホの中にしかゲームが存在しないんだよ。なんで俺が! 俺だけが! 選ばれちゃったのかなぁッ! いやぁっ、最高っ! やっぱ俺“持ってる”わぁ……。持たざる者には分かんねぇわなこの悩み……。あー、つれぇわ。“持て”すぎてつれぇわ……」

 

 だが、その異常性も含めてゲームを全肯定する残念な人間が芸無素樹という男だった。完全に頭が茹で上がっている。

 

「今日はどのキャラ使って遊ぼうかな~。みんなエロくて困っちゃうよ。俺のこと誘惑しすぎだろ。そんなことしなくても誰も逃げないのに。勿論オ・レ・も。なんてね。あーモテ過ぎる男はつらい。腰がいてぇわ」

 

 腰が痛いのは勿論長年の肥満体のせいである。

 死ぬほどキモい独り言と口笛を吹きながら風呂を上がり、洗面所で体を拭う素樹はふと鏡を見て気づいた。

 

「何か俺、最近少しやせたな。体重計久々に乗って見るか。以前体重計ったときは確かジャスト100キロだったな。キリのいい数字だからよく覚えてるぜ」

 

 素樹は体重計の電源を入れてその上に乗った。ややあって表示された体重に素樹は驚く。

 

「嘘、81,2キロ!? うわ、俺痩せ過ぎ。休日とか3食抜いて一日中サクデビ(サクリファイスデビルの略称)やってたからな。図らずしもダイエット成功しちゃったよ。ゲームダイエットって名付けてSNSに成果アップしたら有名人になっちゃうかな? いやーそれはないわ流石にないわ調子乗りすぎだろどうもありがとうございました。って寒い寒い。早く服着て暖房効いた自室に戻ってサクデビやらないと」

 

 まだまだ肥満体だが、少しだけ痩せた自分の体に基樹は服を通した。久しぶりの服のぶかぶか感。基樹は糸目を細めてほくそ笑んだ。

 

「スリム」

 

 

 

 

 

 さらに2か月が経過した。

 

「素樹、お前最近痩せたな」

 

「お、おう。勝木。久しぶりに話しかけてきたな」

 

「いや、最近お前の見た目キモくなくなってきたからさ」

 

「どういう意味だよそれ」

 

「お前のぶくぶく肥え太った見た目がキモかったって意味だよ」

 

「お、お前なぁ……!」

 

「でも」

 

「あっ」

 

 勝木が素樹の腕を手に取り、力こぶのできる辺りを触る。でかい芋虫のようだった腕が、今ではごく普通の青少年の細腕だ。勝木はごくりと唾を飲み込んだ。

 

「痩せたよ」

 

「え、あ、ありがとう」

 

「ダイエット頑張ったんだな」

 

「あ、ああ。まぁオリジナルのダイエット法でちょちょいのちょいでしたよ」

 

「そうか……。今日、久々に放課後ラーメンでも食いにいかね?」

 

「え、いいの!」

 

「素樹、もうグラサもやってないんだろ。最近スマホ弄ってないしな」

 

「人の眼に晒されかけると何故かそれを察知したようにサクリファイスデビルは急にフリーズしてスマホから消えるから、通学路とか学校じゃやるにやれないんだわ」とは、流石に頭がおかしい人と思われるので言うに言えず、素樹は適当に誤魔化すことにした。それっぽい言い訳を即興で作る。

 

「お前と別れて以降、色々と俺にも思うところがあってな」

 

「そうか……そうか!」

 

「うおっ!」

 

 勝木は嬉しそうに素樹の背中をバシンと叩く。素樹には勝木がいきなり背中を叩いた理由は分からなかったが、何故だか悪い気はしなかった。

 

「そういえば俺さ、グラサのアカウントをメルカリで売ったら15万円になったから今金に余裕あるんだ。今日のラーメン奢るよ」

 

「マジかよ! すげーな」

 

「じゃあ放課後な!」

 

「ああ!」

 

 勝木は笑顔で頷いた。つられて素樹も笑った。

 

(待てよ? 勝木と遊んだらサクデビする時間がそれだけ減るな。正直遊ぶ時間すら今の俺には勿体ねーんだ。悪いが断らせてもらうぜ、勝木。恨みたいなら俺を恨みな。それくらいの度量なら、俺にもあるからよ……)

 

「あ、すまん。今日外せない用事があるの忘れてたわ。ラーメン食いに行くのまた今度でいいか?」

 

「おう、全然構わねーよ。用事があんならそっち優先しな。ラーメンは別に明日でも明後日でも食えるからよ!」

 

「悪いな勝木。明日また誘ってくれ」

 

「おう!」

 

 だが、明日も明後日もそれ以降も素樹は勝木の誘いを断り続けた。その内勝木は素樹をラーメンに誘わなくなり、話しかけることもなくなった。2人はまた疎遠になった。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、戻れよ。戻れよ俺の体重と髪の毛ェ……!」

 

 素樹は現在自室のベッドで布団にくるまり髪の薄くなった頭を掻き毟りながらサクリファイスデビルをプレイしていた。

 

 素樹の現在の体重は35kg。身長が163cmであることを考慮すると異常な数値だ。体中がガリガリに痩せ細り、肌が骨に張り付いて骨のラインが見えている。頭髪も全体的に薄くなって、特に頭頂部は円形ハゲと化していた。

 

「なんでだよぉ。なんでこんなことになったんだよぉ……! 俺は何も悪いことはしてないのに俺ばかりいつも不幸になる。なんで俺が原因不明の奇病なんかにかからなくちゃいけないんだよぉ……!」

 

 素樹は謎の奇病にかかっていた。素樹の異常に気付いた母が病院に連れて行ったが、病気の原因は不明。ただ、結果の方は別で、体重と毛髪の異常以外にも新たな発見があった。

 

「体の各機能の働きが異常に低下してますね。脳、心肺、胃腸、腎臓、とにかくありとあらゆる機能がです。そのどれもが健常者の半分以下の働きしかしていません。そうですね、数値にすれば丁度――」

 

 ――35%くらい、でしょうか。

 

「フ、フヒッ、フヒヒッ! き、気のせいだって。ゲームと現実は違うって! 確か高橋名人が言ってたろ! 妄想と現実の区別がつかなくなったら人としてお終いだって! あれ、高橋名人じゃなかったかな。違う、ような……あー糞ッ! 頭がうまく働かねぇッ! どうしてだよっ! なんでいつも俺ばかり酷い目にあう! 俺は何も悪いことをしてないどころかいつも人に遠慮ばかりして本当にやりたいことをできずそれでも必死に毎日頑張って苦しんで生きてるっていうのによぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

「も、素樹ちゃん。き、きっと大丈夫だから落ち着いて、ね?」

 

「うるせぇばばぁ!」

 

「ひっ!」

 

 今日も発狂した素樹を心配して部屋の様子を見に来た母親を、枕元にあった国語辞典を投げつけて追い返す。

 

「俺みたいな屑放っとけよ! とにかく今は一人にさせろよ! このババァ!」

 

「……ごめんなさい」

 

「あ、ごめん、母さん」

 

「いや、いいのよ。……ごめんなさいね。まともな体と頭に産んであげられなくて。ごめん、なさいっ……!」

 

 母の足音が嗚咽とともに遠ざかる。

 

 基樹は自己嫌悪で張り裂けそうな胸を押さえ、禿げた頭を掻き毟って懺悔する。

 

「あぁあああごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさあぁあああああぁああああああああああああい――もう、サクデビするしかねぇ……」

 

 サクリファイスデビルを再開する基樹。サクリファイスデビルはいつまでたっても面白かったし夢中になれたし嫌なことを忘れて夢中になれた。サクリファイスデビルをプレイしている間だけは苦しみを忘れられる。だからもう基樹にはサクリファイスデビルをプレイするしかなかった。

 

 例え奇病の原因がサクリファイスデビルにあるとしてもだ。

 

「もう、やめたところで遅ぇんだよ。じゃあやった方が得じゃんか」

 

 奇病の原因がサクリファイスデビルにあると基樹は薄々気づいている。だがそれでもサクリファイスデビルをプレイし続ける。サクリファイスデビルをやっていないと恐怖と後悔と苦痛で発狂しそうになし、今更やめたところで既に取り返しがつかないほど素樹の体は奇病に蝕まれていて、社会復帰は二度と不可能な状態になっているからだ。バイトもやめたし高校ももう行ってない。完全に人生が詰んでいた。

 

 虚ろな目でゲームをプレイしていると不意にLINEの着信音がなった。基樹は発信者名を確認。勝木からだった。

 

「……体大丈夫か。今日見舞いにいくよ。闘病頑張、れ……ぐす、ひぐ、う、うぅぅ!!」

 

 目から滂沱の涙が溢れる。友人への感謝。自分への侮蔑、過去の後悔。そして未来への絶望。それら全てが瞳から涙となって溢れ出る。無意味だと分かってるのに涙は次から次へと溢れ出ていつまでもやまない。

 

「全部あいつの言う通りだった! もっとあいつの言う事聞いておけば良かった!そしたら今頃俺もみんなと同じように学校に通えてた! みんなと! 同じように!」

 

 素樹はカーテンを開け放つ。窓越しに見る外の景色。

 友達と笑いながら談笑し通学路を歩く同い年くらいの高校生たち。不意に、恐ろしいほどの切なさが腹の底から胸にこみ上げてくる。気付けいたら基樹は窓を開けて高校生たちに向かって泣きながら絶叫していた。

 

「俺もぉ! 俺も先月まではお前たちみたいに学校に通えてたのにぃ!そっち側の人間だったのにぃ! 嫌だ! こっちは怖い! こっちは怖いよぉおおおおおうわぁあああああん!」

 

 窓から顔を出し叫ぶミイラの様な姿の基樹を見て一人の高校生が叫んだ。

 

「絶叫ミイラだ! やべぇここミイラ通りじゃんか! 顔を覚えられる前に逃げるぞ!」

 

 逃げ出す高校生。基樹は窓から手を伸ばして尚も叫ぶ。

 

「置いてくなぁあああああああああ!」

 

 ドドドド!と廊下をものすごい勢いで駆け抜ける音。

 

 開け放たれる素樹の部屋のドア。基樹の母が涙で顔をぐしゃぐしゃにして立っていた。基樹の母が叫ぶ。

 

「お願いだから外に向かって叫ぶのはやめてよぉッ! もうこれ以上私を苦しませないでよぉッ!」

 

「げ、か、母さん。愛してるから落ち着いて――」

 

「あんたなんかっ……あんたなんか死ねばいいのにっ……!」

 

 素樹の心臓が凍り付いた。

 

 基樹の母親は我に返ったのか「ごめんなさい」と一言だけ告げて足早に廊下を走り去っていった。

 

 フリーズした思考と意識が少しずつ熱を取り戻しほぐれてゆく。前から考えてはいたが勇気が出なかった。けど、その勇気を母がくれた。だから自分は母の期待に応えなくてはならない。

 

 素樹はサクリファイスデビルのソウルコイン購入画面を開き、ソウルコイン1万枚購入のボタンに指を添える。

 

「死のう」

 

 ソウルコイン1万枚の代金は初めて見た時と変わらず、1セット肉体・霊魂0,1%だった。

 

 

 

 

 基樹は無表情でガチャを回し続ける。死ぬまでの暇潰であり、無念を晴らすための最後の挑戦でもある。DRを引く。それが素樹が死の間際に心の底から欲した願いだ。だからガチャを引く。何度も、何度も、何度も、何度も。

 

「やばいコインが切れた買いなおさないと、な」

 

 素樹はソウルコイン1万枚セットの購入ボタンを連打する。どんどん軽くなっていく心と体。ふいに、なんとなくこれ以上は死ぬなと直感し、素樹はコインを買う手を止めた。

 

「66万枚か……。悪魔の数字だな。縁起が悪い。いや、むしろいいのか。これから引こうとしてるのはデビルの名を関するレアリティDRなんだから。DRキャラサタン……ネットのないこのゲームではキャラのイラストを知るには引くしかねぇ。せめてサタンのどエロイイラスト見てから死にたい。このゲームレアリティが上がるごとにイラストのクオリティ上がるからな。DRは多分やばい。見ただけで鼻血吹いて射精する。そんな予感がする。まぁもう吹く血も精子も残ってねぇかもだけど」

 

 回す。回す。回す。ガチャを回す。もう殆ど体は動かないが、それでも指先を微かに上下させるくらいのことは出来る。だから命の灯が尽きる前に回し、回し、回し――。

 

「オワタ。あと3000コインしかない。あと10連しか回せない。引けるか? んな訳ねぇ。引けるわけがねぇ。しょうがねぇ。もう死ぬしかねぇ。この10連引いたらソウルコイン買い足すか……」

 

 つまり自殺。素樹は諦観の底に沈んでガチャを回した。

 

「はいはいスキップスキッ――」

 

 流れ作業で画面をタッチして画面をスキップしようとした素樹の手が止まる。悪魔の目が黒く輝いている。こんな演出は今まで見たことがない。素樹の胸が高鳴る。

 

 ガチャ演出が佳境を迎え魔法陣から人魂が浮かび上がる。最後に出てきた人魂の色を見た瞬間、素樹の心臓は心停止した。強烈な痛みが素樹の胸を襲う。それでも、素樹の口元に笑みを浮かべた。間違いない。DR以外の全てのガチャ演出を見たが黒い人魂なんてものは一度も見たことがない。

 

 つまり素樹は引いたのだ。最後の最後で0,01%の奇跡を。

 

 DRを。

 

「でぃ、ぇぁ」

 

 素樹は満面の笑みでスマホの画面を見る。喜び一色に染まった無邪気な笑顔で、かつてないほど股間を大きく膨らませて、DRのキャラクターの登場演出を見る。

 

「――ぇ?」

 

 いつまでたってもキャラ固有の登場演出に移行しない。だが画面に変化はある。魔法陣から人魂を呼び寄せる悪魔の像。その悪魔の像が目から黒い光を放ちながらピシッ、ピシッと罅割れている。罅割れた表皮の隙間から覗くのは魂を吸い込まれそうな程真っ黒な暗黒色に輝く肌。素樹はあまりの不気味に「ぃっ」と悲鳴を漏らした。

 

 像のひび割れが全身に広がった。表皮が弾け飛び。像から飛び出した悪魔がスマホ画面一杯に広がり、そしてスマホを飛び出した。

 

「ぃ、ぃぁがあがああああああああぁあぁああぁあああああああああああああああああ!」

 

「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 

 

 

「素樹? 生きてる? ドア、開けるわよ――」

 

 ガチャリ、とドアが開く音。

 

「素樹、お母さん色々考えたんだけど、やっぱり心中が一番丸いかなって。実はお母さん、こんなこともあろうかと前からあちこちから分散して睡眠薬を集めてて――素樹、いないの? 寝てる? 起きなさい」

 

 素樹の母は部屋に入るといつも素樹が寝ているベッドの布団を躊躇いなくガバっと剥ぐ。

 

「なによ、これ」

 

 素樹の母が剥いた布団の下にあったのは、ベッドの上で人型を作る素樹の衣服と画面が粉々に割れたスマートフォンのみ。

 

 素樹の姿はどこにもなかった。

 


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