Be with you!   作:冥華

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あるぇ??


05

落ち着け、自分。

今にも口から心臓が飛び出しそうなほど、ドキドキとしているのが分かる。

こうなるのは、昨日に引き続き二度目。学習しない自分を叱咤というか、ぶん殴りたい。何故、郵便受けの中身が空になっているときに気が付かなかったのか。何故、おいしそうな夕食の香りがした時点で気が付かなかったのか。そのどちらも、家にいる虎やセイバーのすることではない。これをしてくれるのは、衛宮邸に出入りする人間の一人で、大事な後輩の桜だけなのだから。

こんな単純なことに気が付かないのも、どれもこれも、全部あの弓兵のせいだ。と、先程自分に色々としてくれたアーチャーの後ろ姿を思い出す。彼が自分にあんなことをするから、こちらの判断力が鈍る。そもそも、異性にあんな近くであんなことをされるなんて思ってもいなかったのだ。思い出すだけで顔に熱がいってしまうくらい、人に恥ずかしい思いをさせておいて、何食わぬ顔で帰って行ったガングロサーヴァント。いくら自分を助けてくれたりした、凛のサーヴァントだとはいえ、あれはれっきとしたケダモノだ。心の中でまくしたてるように士郎の思考は右へ左へとぐるぐる回っていく。

青くなったり赤くなったりと忙しそうに顔色を変える士郎を見て桜は、薄桃色のエプロン、彼女専用のそれを外し士郎に詰め寄ってきた。彼女の姿に一瞬気圧されたように見つめていた桜だったが、意志を固めたようにずいっと身を乗り出した。

「誰なんですか、あなた。ここは衛宮先輩の家であって、ぶ、部外者は立ち入り禁止ですっ!」

すみません、俺が家主です。

と言いたい気持ちを押さえつけた。普段の柔らかな態度はどこへやら、何故だか少し気が強めで自分に向かってくる桜が少し新鮮なようで、ちょっと怖いようで。なんと返すべきかと口ごもっていると、彼女はぐいっと顔を近づけてきた。

「せ、先輩の一番近くは私の……あれ、でも先輩に似た雰囲気」

厳しい目で見られていたが、桜の雰囲気ががらっと変わる。強気だった表情は姿を消して、はっと何かに気が付いたような顔をする。ゆっくり後ずさりをしながら、恐る恐るといった様子で士郎の顔を見上げる。

「も、もしかして、彼女、ですか」

震える声で桜に言われたのは、またなんともいえない勘違いだ。

「あ、いや、私は……」

すぐに否定をしようとするが、桜はみるみるうちにしょんぼりと小さくなっていく。彼女の姿を見ると、罪悪感が湧き上がってきた。とにかく、自分自身と恋人同士などというふざけた誤解を解くため桜へ一歩近づいたところ。

「あー、シェロちゃんだ。おかえりなさい」

緊張に包まれている玄関を打ち破る間延びした声。るんるん、と効果音がつきそうなくらい楽しそうに姿を現したのは大河だった。彼女の動きから夕飯を心待ちにしているのがひしひしと伝わってくる。

「シェロちゃんが帰ってくるの遅いから、セイバーちゃん、すごく心配してたわよ」

女の子だから、早く帰って来なきゃ、と念を押すように言われて言われるがままに頷く。そして、大河の口から出たセイバーという名に強く反応した。

「私、セイバーに伝えなきゃいけないことが……」

放課後の学校で起きた出来事、そして凛と結んだ同盟。自分のサーヴァントである彼女には一番に伝えなくてはならない。やはり彼女は道場にいるのだろうか、と考えていると、隣でどさりと崩れ落ちる音が聞こえる。ぎょっとして横を見ると、目元を制服の袖で押さえながら床に座り込む桜。

「ま、まさかの藤村先生公認。これが、本物の通い妻っ?!そう、所詮私は、先輩のお料理教室の一生徒でしかない……」

「えっと、何か勘違いしてないか」

ようやく言いたかった一言を彼女にかけてはみるが、すでに桜の中で色々話が進んでいる。時代劇に出てくる悪徳領主に捕まった娘のように、力なくさめざめと悲しげな声を上げる。

「いいんです、私なんかは先輩の隣にふさわしくない。そんなこと、ずっと前から分かっていたこと……。日陰の女と言われても仕方がない」

このまま彼女の一人芝居らしきものを見守っていてもいいが、先ほども言った通り誤解は解いておきたい。今後の彼女との関係にも影響が出ては困るのだ。

「えーと、だから、私は衛宮士郎の妹です。その、双子の」

妹です、とここ二日で何度もついた嘘を口にする。その前に、深手を負っていたはずの桜が動いた。

「せ、先輩に妹さん、ですかっ!?」

勢いよく立ち上がったかと思えば、がしりと両腕を掴まれる。少し痛い。品定めをするように見ていた先ほどとは異なり、幾分か柔らかい目でこちらを見てくる。

「先輩の、妹、さん」

ぎゅうっと握られている手に痛みを感じるが、解いてくれとも言えず、そのまま会話を続ける。

「シェロって言います。ええっと、桜さんのことは兄から聞いていて……」

「せ、先輩から?! なんて? なんて聞いているんですか!?」

衛宮士郎のことを出すと食いつきがすごい。握られている手にさらに力が加わった。なんて、と言われても桜のことは自分にとっては可愛い妹分と思っているため、そのまま伝えることにする。

「いつも家の手伝いをしてくれる、優しくて可愛い後輩さんだと、そう教えてもらいました」

だからよろしく、と続くはずの言葉はまたしても桜によって遮られる。

「やさしい、かわいい、こうはい……」

その三つの単語を何度も繰り返し口に出している。何かまずいことでも言ったのだろうか。こう、言ってはいけない何かのような……。

「さ、桜さん?」

ぶつぶつと繰り返していた彼女に恐る恐る声をかけてみる。と

「初めまして、私は間桐桜と申します。士郎さんとは、兄がお世話になっていて、その関係で私も良くしてもらっているんです。妹さんがいらっしゃるなんていう話は聞いたことがなくて、少し気が動転してしまって……。シェロさんとも、ぜひ仲良くできたら、嬉しいです」

さらさらと出てきた自己紹介の言葉。あれ、桜ってこんな子だったっけ、と。思いつつ、こくりと頷いた。

「私も、桜さんと仲良くできたらって……」

「そんな、桜さんだなんて他人行儀です! 先輩の妹さんなんですから、先輩と同じように桜って呼び捨てしてください」

ぐいぐいくる感じの彼女に、気圧されているのは間違いなく自分の方だ。この後輩はもっと、こう奥ゆかしくて、静かな方だと思っていたのだが。どちらにしても、誤解が解けたならそれで良し。

「それじゃあ、桜。これからよろしく」

そう言って手を差し、握手を交わした。

 

 

もう少しでお夕食が出来るので、先輩は待っていてください、と桜に言われ。着替えを済ませ、セイバーのいるはずの道場に向かって足を進める。戸を開き道場の中を見ると、その中心に正座をしているセイバーの姿があった。

「えーと、セイバー」

色々話すとこはある。何から話そうかと考えながら彼女の名を口にすると、セイバーはゆっくりと目を開いた。

「おかえりなさい、シロウ。そして、私に言うことがありますね」

疑問符すらついていない断定系。このまま勢いに任せて土下座してしまいそうなくらいの威圧感があった。

何から話したものか、と悩みつつも小さな声で今日の放課後の話をしていく。

凛との追いかけっこ、アーチャーと対峙したこと、学校に現れたサーヴァント、凛との同盟。そこまで話し、その後のアーチャーとの一幕を思い出したが、それは自分の中だけに留めておくことにした。

一連の話を聞いた後、セイバーはその容姿からは想像もつかないような深いため息をついた。

「せ、セイバーさん?」

思わずさん付けで呼んでしまった。

「シロウ、あなたは令呪の存在を忘れてはいませんか?」

令呪。

聖杯戦争に参加するマスターが得ることのできる、サーヴァントへの三回の絶対命令権。なぜ彼女が今その話をするのか、いまいちピンと来ず首を傾げてしまう。

「令呪は三回という回数の制限の代わりに、奇跡にも近い力を発揮することができます。例えば、シロウが凛に襲われた時、私に学校に来るようにと令呪を以て命じれば、私は瞬時に駆けつけることができる」

分かりますか、と言いたげにセイバーは片目を閉じて見せた。

「今回は運が良かったとはいえ、次、もしも何か危険なことがあったら、真っ先に私を令呪で呼んでください。いいですね?」

あ、今度はちゃんと疑問符がついている。しかし、彼女の表情からすると、返答はイエスしか求められていないようだった。

「分かった、セイバー。肝に銘じておく」

士郎の返答にうんうん、と頷きながらセイバーは素早く立ち上がる。

「私からは以上です。リンとの同盟は、士郎の判断ですから、私はそれに従います」

「そっか、良かった」

あの夜、いきなり凛たちに襲いかかったセイバーがこの同盟の件を受け入れてくれるか地味に心配だったのだ。

「同盟は、私にとってではなく、シロウにとって必要なものでしょう。あなたは聖杯戦争というものの本質を理解していない。それがどれだけ危険なことか。リンと共にいる間に、しっかり理解してもらいます」

覚悟はいいですか、と彼女の顔に書いてあるのがわかる。士郎が小さく頷くと、セイバーは表情を和らげる。

「では食事にしましょう。夕食はサクラが腕によりをかけて作っていると、先ほど私に教えてくれたのです」

どうやら自分が不在の間に、桜とセイバーはうちとけていたらしい。

キラキラと目を輝かせながらセイバーは続ける。

「シロウが作ってくださったのは、和食、この国の料理だと聞きました。サクラは洋食を作っているとも!」

彼女のこの顔には見覚えがある。楽しみにしていたことが近づいたときの子供のような無邪気さ。

「何はともあれ、腹が減っては戦はできぬ、とこの国では言うのですよね? 明日からのことは、また食事の後にでも話しましょう」

うずうずとしているセイバー。おそらくお腹が空いているのだろう。その原因は自分がきちんと魔力を彼女に供給出来ていないからなのだが、セイバーの姿はおやつを前にする子供のように可愛らしかった。

 

 

 

 

 

 

「先輩にまさか妹さんがいらしたとは」

間桐桜は衛宮邸の縁側を歩きながら、ただ純粋にそのことに驚いていた。毎日一緒にいる士郎自身からそんな話は聞いたことはなかったが、誰よりも彼のことを知っている藤村大河もあの調子だ。本当の事なのだろう。

不思議と、あの少女に嫌悪感は抱かなかった。どちらかというと、複雑そうな身の上のある彼女に自分と似たものを感じたのかもしれない。それだけでなく。彼女があまりにも、自分の先輩、衛宮士郎に似ていたから、というのもありそうだ。容姿、は置いておき、仕草や話し方。生き別れの兄妹というには少し疑ってしまうようなくらい似ていたのだ。女性の姿という鏡を通して士郎を見ている。シェロと話すときに桜はそんな印象を持っていた。

「仲良く、できるかな……」

無意識のうちに漏れた声。

それが自分のものだと気がつき、足を止めてしまう。自分がシェロという少女に興味を持っていることに。何より、彼女と友達というような関係になりたいなんて考えている自分に。本当に驚いているのだ。

うつむいていた顔を上げる。冬の冷たい風が頬を撫で身が引き締まる。ふと縁側のガラス戸を見ると、少しだけきちんと閉まらずに空いている。ここから風が吹き込んできたのだろう。

あの少女は少し抜けているところもあるんだな、と小さく笑って戸を閉めようと近づいていく。

その戸の先、庭の中心に。

見慣れない、黄金が。

「え……?」

思わず声をあげていた。

なぜここにそれがいるのか。

なぜここでそれと出会うのか。

何もかも噛み合わず、何もかも間違っている。

だというのに、その男はまるで何でもないことのように自分を見て嗤った。

「ふむ、貴様か、娘」

庭の中心で空を見上げていた男は、きっちりと自分に視線を向けていて。

「今のうちに死んでおけよ、娘」

などと言い放った。

愉しそうに、これ以上の娯楽は無いと言いたげに。男は嗤う。憐れみと侮蔑。その二つが混じり合う瞳で、彼は静かに桜のナカを切り裂いた。

「馴染んでしまえば、死ぬことも出来なくなるのだからな」

何を言っているのだろう。

分からないし、分かりたくない。

それでもただ、この男が自分の知らない中身を知っているということは明白で。

打ちひしがれるように桜はうつむいていた。

「どちらにせよ、……む」

さらに彼女を追い詰めるように言葉を続けようとした男は、途中で言葉を止める。彼は目を細め、忌々しげに桜が彼を視認した先ほどと同じように空を見上げた。

「そうか、この娘にも目をつけているとは。相変わらず、小賢しい真似をする」

吐き捨てるように言い、彼は桜に背を向ける。

「命拾いをしたな、娘」

その声が聞こえると同時に、男の姿は影となって消えていた。

一人残された縁側で。

桜は静かに目をふせていた。

 

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