戦闘料理人クラネル   作:あばなたらたやた

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三話:転

 

「料理にも……剣みたいな”型”はある?」

 

 僕は頷く。

 

「あります。料理は自由なように見えて、とても型を大切にする世界です。寿司なら米の握り方、中華なら鍋の振り方、フレンチなら火入れの順番、パティシエなら材料を混ぜるタイミングなどですかね」

 

 基礎を学ぶ、それが大切だ。

 

「型を学びます。型は人を縛るものではありません。『失敗しにくくするために、先人が残してくれた知恵』なんです。だから、型を身につけた人だけが、自分だけの型を作れるようになります」

「失敗した料理は……どうなるの?」

 

 僕は少しだけ目を伏せた。

 

「失敗した料理は、失敗した料理です。それ以上でも、それ以下でもありません。捨てなければならない時もあります。やり直さなければならない時もあります。でも、その失敗が無意味になることはありません」

 

 なぜ失敗したのか。どこで判断を誤ったのか。それを一つずつ見つめ直せば、次の料理は少しだけ良くなる。

 

「料理は、成功で育つのではなく、失敗を理解することで上達する技術なんですよ」

 

 アイズは質問する。

 

「料理を作る時、一番大事なのは技術? 経験?」

 

 僕は穏やかに首を横へ振る。

 

「どちらも大切ですが、一番ではありません。一番大切なのは、『誰のために作るのか』です。今回はアイズさん、貴方のため、ですかね」

「私の?」

「貴方の命を助けたい。その為に動くと決めた。だからどんな結末にも納得できる。技術は、そのための手段です。経験も、そのための財産です。ですが目的を見失えば、高い技術も経験も、人を満足させることはできません」

 

 僕は誇りを持って言った。

 

「料理は、人へ向けるものです。だから最後まで見失ってはいけないのは、人なんです」

 

 アイズさんは質問をした。

 

「料理で、人は守れる?」

 

 僕は迷うことなく答えた。

 

「守れます。お腹を満たすことも守ることです。病気の人へ温かい料理を届けることも守ることです。そして僕は、戦場で料理を武器にして守っています」

 

 

 守る方法は一つではない。

 剣を振るう人もいる。

 盾を構える人もいる。

 料理を作る人もいる。

 

「大切なのは何を使うかではなく、『誰かを守ろう』という意思を最後まで持ち続けることだと、僕は思っています」

 

 アイズは質問してくる。

 

「モンスターにも、料理ごとの相性はある?」

 

 ベルは少し考えてから説明する。

 

「あります。例えば、一体だけ突出して強いモンスターなら寿司が向いています。圧縮した一撃で急所を貫く方が効率的です。逆に群れを作るモンスターなら中華です。一体ずつ相手にしていては、囲まれてしまいますから」

 

 

 知能が高く、駆け引きをしてくる相手ならフレンチ。

 拠点を守る必要があるならパティシエ。

 

「相手が変われば、戦い方も変わります。料理人は『この料理が最強だ』とは考えません。『この相手には、この料理が一番役に立つ』と考えます」

 

 僕は苦笑して告げる。

 

「それはきっと、戦場だけではなく、生き方も同じなんでしょうね」

 

 アイズさんは質問をする。

 

「寿司を握る時……何を考えてる?」

 

 ベルは自分の手を見つめ、静かに指を閉じる。

 

「……何も考えないようにしています。正確には、『余計なこと』を考えないように、ですね。焦りや恐怖、怒りや慢心。そういう雑音が、一貫に混ざってしまいます」

 

 寿司は、一つに全てを込める料理。だから握る瞬間だけは、自分の心も一つでなければいけません。

 

「その一貫に、迷いが入らないように。それだけを考えています」

 

 アイズは質問してくる。

 

「その料理は……まだ強くなる?」

 

 ベルは即座に頷いた。

 

「ええ。料理に終わりはありません。昨日より少し美味しく。昨日より少し速く。昨日より少し無駄を減らす」

 

その積み重ねが、何年も続いていく。

 

「だから僕は、自分が完成したとは思ったことがありません。完成したと思った瞬間、その料理は成長を止めてしまいますから」

 

 アイズさん質問する。

 

「全部覚えるまで、何年かかった?」

 

 僕は少し困ったように微笑んだ。

 

「……まだ覚えきれていません。料理は世界中にあります。新しい技術も、新しい考え方も、生まれ続けています。だから『全部覚える』という日は、おそらく来ないでしょう」

「そうなんだ、大変だね」

「でも、それでいいんです。全部を知ることは目的ではありません。今日の自分より、一歩だけ前へ進めれば十分なんです」

「全部知れればもっと強くなるのに?」

「料理は、誰かと競争するものではなく、昨日の自分と向き合うものだと僕は思っています」

 

 アイズさんは質問する。

 

「戦いながら、新しい料理を思いつくことはある?」

 

 僕は静かに頷く。

 

「あります。むしろ、戦場だからこそ生まれる料理もあります」

 

 予想外の敵。

 予想外の地形。

 予想外の失敗。

 そうした『予定どおりではない状況』は、新しい発想を与えてくれます。もちろん、その場で完成することはほとんどありません。

 

 戦いの中で種を見つけて、戦いが終わってから何度も試し、失敗して、ようやく一つの料理になります。

 

「だから新しい料理は、才能ではなく、経験が育ててくれる贈り物なんですよ」

 

 

 アイズが呟く

 

「私は、どうやったら強くなれるかな。今回も私が弱いせいで多くの人が死んでしまった。モンスターに負けた。私には何もない。何もできない」

 

 闇派閥の罠に嵌められて、仲間を大量に失い、自身も危機に陥って敗北して、心が弱っているようだ。

 

 僕はすぐには答えなかった。アイズの言葉を否定も肯定もせず、静かに隣へ腰を下ろす。少しの沈黙を置いてから、穏やかな声で話し始める。

 

「……アイズさん。一つだけ、確認してもいいですか。あなたは今、『私は弱いから負けた』とおっしゃいました。では、もし世界で一番強い人だったら、今回は誰も死ななかったと思いますか?

「……」

「そんなことは、ありませんよね。」

 

 僕は責めるような口調ではなく、事実を一つずつ並べるように続ける。

 

「罠を張った人がいました。仲間を狙った人がいました。判断を誤らせる状況がありました。たくさんの要因が重なって、今回の結果になりました。ですが今、アイズさんは、その全てを『私一人の責任』へ変えてしまっています」

「それは……とても苦しい考え方です。」

 

 僕はアイズを見る。

 

「責任感が強い人ほど、自分で全部抱えようとします。でも、それは事実とは少し違います。あなたは原因の一つかもしれません。ですが、『全て』ではありません。」

 

 少し間を置く。

 

「そして、もう一つ。『私には何もない』とも、おっしゃいました」

 

 僕は静かに首を横へ振った。

 

「違います。アイズさんには、まだあります。苦しいのに立ち上がろうとしている心があります。亡くなった仲間を忘れたくないという想いがあります。自分が強くなりたいと願う意思があります」

 

 何もない人は、自分が強くなりたいとは言わない。

 僕は自分の手を見つめる。

 

「料理でも、失敗した料理は捨てることがあります。ですが、失敗した料理を作った料理人まで捨てることはありません。」

「…………でも失敗してしまった」

「それでも料理人は残ります。だから、また作れるんです。」

 

 僕は優しく微笑んだ。

 

「アイズさん。あなたは今回、負けました。それは変えられません。でも、『負けた人』と『もう立ち上がれない人』は違います」

 

 そう、敗北とは、心の敗北とは、何も選ばず、行動せず、安全地帯から挑戦者の足を引っ張ることを指すのだ。

 挑戦者ならば、敗北は存在しない。

 

「今のあなたは悲しみの中にいます。だから、今すぐ前を向こうとしなくても構いません。亡くなった人を悼んでください。泣きたければ泣いてください。苦しいなら苦しいと言ってください」

 

 僕は言う。

 

「それも、生き残った人の責任です」

 

 最後に僕は、静かに言った。

 

「そして……強くなる方法を一つだけ、お伝えします」

「それは何?」

「強い人は、失敗しない人ではありません。失敗から目を逸らさず、『次はどうすれば守れたのか』を考え続ける人です」

「考える、人」

「だから今は、『私は弱い』ではなく、『私は何を学べるだろう』と、自分へ問いかけてみてください。その問いを持ち続けられる限り、アイズさんは必ず今より強くなれます」

「本当?」

 

 ベルは立ち上がることも、励まそうと肩を叩くこともしなかった。ただ隣に座ったまま、静かに言葉を添える。

 

「……一人で背負わなくて大丈夫です。アイズさんさえ望めば、次は、僕も一緒に考えます。」

 

 アイズの唇が、ほんのわずかに緩む。

 

それは戦場で初めて見せた、張り詰めた心が少しだけほどけたような微笑みだった

 

「……ありがとう」

 

 その小さな声を最後に、アイズの体から力が抜ける。

 

「アイズさん?」

 

 ベルはすぐに彼女を支えた。呼吸は安定している。脈も乱れていない。極度の疲労と精神的緊張が一気に解け、意識を失っただけだと判断する。

 

「……よく頑張りました」

 

 責められることもなく、泣くことも許されず、ただ剣を振り続けてきた少女。

 今くらいは休んでもいい。

 ベルはアイズを丁寧に抱き上げる。傷口に負担がかからないよう腕の位置を調整し、一歩一歩、揺らさないよう慎重に歩いた。

 

「デメデル様のところへ帰りましょう」

 

 戦場を後にし、デメデル・ファミリアの拠点へ戻る。仲間たちは何も聞かなかった。ベルの腕の中で眠るアイズの表情を見ただけで、どれほど過酷な戦いだったのかを察したからだ。

 デメデルファミリアの人が対応してくれた。

 

「部屋を空けています。」

「ありがとうございます。」

 

 僕は静かに部屋へ入り、柔らかな寝具へアイズを横たえる。靴を脱がせ、剣だけは手の届く場所へ置く。

 彼女が目を覚ました時、不安にならないように。毛布を胸元まで掛けると、僕は一度だけその寝顔を見る。

 眠っているアイズさんは、戦場で見せる『剣姫』ではなかった。

 年相応の、一人の少女だった。

 

「……おやすみなさい。」

 

 部屋を出ると、その足で厨房へ向かう。

 

「起きたら、食事にしましょう」

 

 豪華な料理ではない。疲れた身体に負担をかけないよう、優しい味付けのスープ。

 炊きたての白いご飯。

 香ばしく焼いた白身魚。少しだけ甘い卵焼き。そして温かい味噌汁。

 

 戦うための料理ではなく、生きるための料理。僕は包丁を握りながら、小さく息を吐いた。

 

「今日は強くなるためではなく……休むための料理ですね。」

 

 厨房に戻ると自然と肩の力が抜けた。戦場では張り詰めていた空気も、ここでは包丁を握るだけで静かになっていく。

 

 今日は戦うための料理ではない。

 休むための料理だ。

 僕は鍋に水を張り、昆布をゆっくりと沈める。

 急がない。

 焦らない。

 体をいたわる料理ほど、時間を味方につける必要がある。

 

 出汁を取っている間に、白米を研ぐ。

 米粒を潰さないように、優しく水を回す。白く濁った水を何度か替え、炊飯釜へ移す。湯気が立ち始めた鍋へ、薄く切った大根、人参、椎茸を入れる。

 

 味付けは最低限。

 塩をほんの少し。

 味噌を静かに溶かす。

 

 最後に豆腐と刻み葱を浮かべると、柔らかな香りが厨房いっぱいに広がった。

 次は白身魚だ。

 余計な油は使わず、表面だけを香ばしく焼く。

 

 皮がぱちぱちと音を立てる。中はふっくらと火を通し、仕上げに大根おろしを添える。

 

 卵焼きは少しだけ甘くした。疲れた時、人はほんの少しの甘味に救われることがある。

 料理を盛り付け終えた頃、背後から小さな気配がした。

 振り返る。

 

「起きたんですね、アイズさん。」

 

 金色の髪を揺らしながら、アイズさんは厨房の入口に立っていた。

 

「……いい匂い」

 

「ありがとうございます。」

 

 僕は笑って答える。

 

「もう少しで出来上がりますから、座って待っていてください。」

 

 しかし、アイズさんは小さく首を横へ振った。

 

「見てたい。」

 

 その一言だけだった。

 

 僕は少し驚いたが、すぐに頷く。

 

「もちろんです。」

 

 再び包丁を握る。

 りんごの皮を薄く剥き、一口大に切る。

 包丁がまな板を叩く音だけが静かに響く。

 

 不思議だった。

 戦場では、誰かに背中を見せることは危険だ。けれど今は、その視線が嫌ではない。むしろ安心できた。

 

「ベル」

 

 珍しく、アイズさんが僕の名前を呼ぶ。

 

「料理してる時……少し笑ってる。」

 

 思わず自分の頬へ触れる。

 

「そうでしたか?」

 

「うん」

 

 少し間を置いて、彼女は続けた。

 

「戦ってる時と……少し違う」

 

 僕は小さく笑う。

 

「料理は好きですから。」

「好きだから……?」

「はい。」

 

 鍋を火から下ろしながら答える。

 

「好きなことをしている時は、人は自然と力が抜けるんです。だから料理は、人を満たすだけじゃなくて、料理を作る人も少し救ってくれるんですよ。」

 

 アイズさんは黙って聞いていた。

 その表情はまだ疲れている。でも、戦場で見せていた張り詰めた顔ではなかった。

 

「出来ました。」

 

 料理を盆へ並べ、食堂へ運ぶ。

 炊きたての白いご飯。

 温かな味噌汁。

 焼きたての白身魚。

 甘い卵焼き。

 そして切り分けたりんご。

 豪華ではない。けれど、今日にはこれが一番ふさわしいと思った。

 二人で向かい合って席に座る。

 

「いただきます。」

 

 僕が手を合わせると、アイズさんも少し遅れて真似をした。

 

「……いただきます。」

 

 しばらくは、箸の音だけが響く。

 静かな時間だった。

 味噌汁を一口飲んだアイズさんが、小さく息を吐く。

 

「……あったかい」

「はい」

「なんだか……安心する。」

 

 その言葉を聞いて、僕は少しだけ嬉しくなった。

 

「料理は、お腹だけじゃなくて、心も休ませるものですから」

 

 アイズさんは焼き魚を一口食べる。

 ゆっくり噛んで、飲み込んでから僕を見る。

 

「ベル」

「はい。」

「また……食べたい」

 

 その言葉に、僕は自然と笑みがこぼれた。

 

「もちろんです。何度でも作ります。強くなるための料理も、疲れた時に休むための料理も、どちらも、僕の仕事ですから。」

 

 窓から差し込む夕陽が、食卓を柔らかく照らしていた。

戦場では聞こえなかった笑い声も、怒号もない。あるのは、温かな湯気と、静かに食事をする二人の時間だけだった。

 

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