戦闘料理人クラネル   作:あばなたらたやた

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7話

 

 巨大なコンクリートの壁が聳え立ち、轟々という放水音が鼓膜を震わせる多重ダム。

 僕とリューさんは、示し合わせた通り、背後にアイズさんを待機させた状態でその最下層の進入路へと音もなく滑り込んだ。

 

「侵入者だ! 構えろ!」

 

 瞬時に僕たちの存在を察知し、闇派閥の防衛部隊が色めき立つ。

 

 前面を固めるのは、分厚い盾と重装甲に身を包んだ戦士たち。その後方からは、詠唱を始めた魔法使いたちの不穏な魔力が膨れ上がっていくのが見えた。強固な陣地死守の構え――まさに、手堅く火を通すための「煮込み鍋」のような布陣だ。

 

「クラネルさん、私が前衛を――」

 

 リューさんが木刀を抜き放ち、地を蹴ろうとした瞬間。僕は彼女の前に静かに片手を出し、その前進を遮った。

 

「いえ、リューさん。ここは僕の厨房です。前菜は、手早く済ませましょう」

 

 一歩、踏み出す。

 僕が選択したのは寿司の概念。

 その思想は、一貫に全てを込める、圧倒的な「圧縮・凝縮・一点突破」。

 

 正面の重装戦士が、嘲笑うように大盾を構えて突進してくる。僕はその突進を避けることすらしない。ただ、右の掌を静かに突き出し、空間ごと空気を、魔力を、熱量を、極限まで「握る」ようにして凝縮させた。

 

 手の中に生まれたのは、光さえ歪める超高密度のエネルギーの塊。

 

「――『ダイヤモンド寿司』」

 

 パチン、と空間を爆ぜる音が響いた直後、僕の掌が敵の大盾へと触れた。次の瞬間、轟音すら置き去りにした衝撃波が直線上に炸裂する。

 

「なっ――!?」

 

 敵の戦士が驚愕の声を上げる暇すらなかった。極限まで圧縮された寿司は、鉄をも容易く切り裂くダイヤモンドの刃となり、大盾ごと重装甲を木端微塵に解体」 した。それだけではない。

 

 直線上に放たれた一点突破の破壊エネルギーは、後方に控えていた魔法使いたちの防壁をも容易く貫通し、彼らの肉体を一瞬で沈黙させた。

 

 無駄な動きは一切ない。ただ、食材の要を突いて一息に捌くような、冷徹なまでの効率性と圧倒的な質量。

 

「次です」

 

 間髪入れず、僕は背後から回り込もうとしていた第二陣の戦士たちへ向き直る。今度は腰のヘラを一閃させ、戦闘スタイルを中華へと瞬間的に移行させた。

 

 大気を激しく掻き回すようにヘラを振るうと、摩擦と魔力によって超高温へと達した過熱空気――『鍋気』が、扇状に拡散して戦場を薙ぐ。

 

「ぎゃあああああ!?」

 

 直撃を受けた闇派閥の戦士たちが、その装甲ごと文字通り「焼き尽くされ」、煙を上げて崩れ落ちていく。当たるまで撃てばいい、面を制圧する飽和攻撃。

 

 彼らが誇っていた堅牢な防衛線は、僕がほんの数歩歩みを進めるだけで、まるでまな板の上の食材のように成す術なく処理されていった。

 神の恩恵を持たない、ただの人間が繰り出す、常軌を逸した戦闘技術。

 

「……っ、これが、クラネルさんの……」

 

 背後で、リューさんが息を呑む気配が伝わってきた。

 

 彼女の身体は、微かに戦慄に震えている。

アストレアファミリアの誇る名うての戦士であり、数々の死線を潜り抜けてきた彼女の目から見ても、僕の戦い方は「異常」だった。

 

 そこには、戦士が持つべき「熱」が一切ない。

怒りも、憎しみも、あるいは正義感すらも。

 ただ淡々と、冷徹なまでに客観的な視線で敵の急所を見定め、最も手早く、最も確実な手段で命を奪っていく。

 

 熟練の料理人が、流れるような手際で魚の鱗を剥ぎ、内臓を取り除くかのように。

圧倒的な力。そしてそれ以上に恐ろしい、命を素材として均等に処理していく冷酷なまでのカリスマ性。

 

 僕は衣服に付着した灰を軽く払い、まだ奥へと続く通路を見つめながら、静かにリューさんへと振り返った。

 

「通路の半分は片付きました。リューさん、お怪我はありませんか? ……さあ、次のコースへ向かいましょう」

 

 僕の穏やかで物静かな声に、リューさんはただ、畏怖の混じった瞳を大きく見開いたまま、小さく頷くことしかできていなかった。

 

「次、寿司の二貫目です」

 

 中華の『鍋気』によって焦土と化した第一陣の残滓を、僕は音もなく跳び越えた。黒煙が渦巻く通路の奥、多重ダムのより深層へと続く巨大な防壁の前で、闇派閥の『本隊』が僕たちを迎撃すべく完全な陣形を敷いていた。

 

 その数は、目測で優に五十を超える。

 彼らは多重ダムの狭隘な通路という地形の利を完全に理解していた。

 

 分厚いタワーシールドを隙間なく噛み合わせ、物理的な盾の壁を幾重にも構築。その後方では、先ほどの小規模な戦闘とは比較にならないほどの莫大な魔力が、幾層もの複層魔法陣となって展開されていた。

 

 明らかに僕の『中華』による広域拡散火力を警戒し、より強固な遮蔽と魔力防壁で耐え凌ぎながら、後方からの超高火力でカウンターを狙う「徹底抗戦の布陣」にシフトしている。

 

「クラネルさん、後方から大規模な魔力収束を感じます! あれは……都市破壊級の手順を組み込んだ広域破壊魔法! この狭さでは防壁の展開も回避も間に合いません!」

 

 背後から、リューさんの張り詰めた警告の叫びが響く。彼女の鋭い戦術眼は、敵の狙いがこの通路ごとの「圧殺」であることを瞬時に見抜いていた。だが、僕は一歩も引かない。視線さえ揺らがせない。腰の得物へ、静かに指をかけた。

 

「問題ありません、リューさん。……【ネタ選別】」

 

 僕の瞳が、一瞬で敵の布陣が持つ構造上の本質と急所を見透かす。通常の戦士のような戦意や油断といったブレを排し、戦場を常に「まな板の上」として客観的に観測する。

 これが僕の弱点看破、および最適解分析の術――【ネタ選別】だ。まぁ異能ではなく、ただの訓練で身についたものだが。

 

「敵の最前列、中央から左へ三番目の大盾。その結合部の魔力循環が最も脆い。そこを基点に、この戦場を調理します」

 

 次の瞬間、僕は圧縮=時間短縮の概念を以て己の肉体を加速させた。

 

 通常の俊敏性によるスピードではない。

「構える」「踏み込む」「到達する」という攻撃が成立するまでに必要な『未来の工程』そのものを一瞬へと圧縮・省略する技術。

 

 ゆえに、敵の戦士たちが「侵入者が動いた」という思考を脳に走らせるよりも早く、僕はすでに敵の本陣、その鉄壁の盾の目の前に静然と立ち塞がっていた。

 

「なっ、いつの間に――!?」

「【握り術】。加圧、高密度化、およびエネルギー蓄積」

 

 驚愕に目を見開く敵戦士の視界の真ん中で、僕は右の掌を大盾の結合部へと滑らせた。

 放出されるべき莫大な魔力や気(オーラ)を周囲に拡散させず、あえて掌の中という極小の空間に「握り込む」。

 

 多重ダムが放つ膨大な水分や周囲の大気をも巻き込み、密度を二乗、三乗のレベルで跳ね上げる高密度化。

 

「――『中性子寿司』」

 

 パキリ、と世界の境界線が軋むような、不吉な音が鼓膜を打つ。

 

 掌の中に生み出されたのは、空間ごと極限まで握り潰して生成した、超高密度の疑似質量物質の塊。

 

 物質の崩壊を伴うその一撃は、物理的な装甲や魔力防壁といった「あらゆる防護概念」を完全に無効化する。

 

 ドオォン――という、重々しく地響きを伴う質量の暴力が多重ダムを震撼させた。

 爆発のような華やかな衝撃波ではない。ただ「圧倒的な高密度質量」がそこにあるだけで、周囲の物質を押し潰す絶対的な内部破壊現象。

 

 僕の掌が触れた大盾は、破壊されるよりも早く分子レベルで「内部崩壊」を起こして消滅し、その背後にいた戦士たちの重装甲を、肉体を、そして後方で魔法を放とうとしていた魔法使いたちの術式ごと、文字通り防御無視で貫通し、消し飛ばした。

 

 一貫に全てを込める。最小の動作で、最大の破壊を成す究極の単体火力。ただ一突き、掌を置いただけで、五十人以上が構築していたはずの鉄壁の防陣の真ん中に、肉と鉄の蒸発した凄惨な風穴がぽっかりと穿たれていた。

 

「化け物、が……! 神の恩恵もなしに、こんな……こんなことが、あり得るか……!」

 

 生き残った闇派閥の指揮官が、腰を抜かして血の海のなかにへたり込み、ガチガチと歯を鳴らして震えている。

 

 その絶望の視線を冷徹に見つめながら、僕は返り血を避けるように一歩、前へ進み出た。

 

「すごいものです。過去の人々が学び、生み出し、発展させた神に頼らぬ人の叡智。素晴らしいものです」

 

 背後では、リューさんが完全に言葉を失い、ただ息を吸うことすら忘れたように硬直していた。

 

 彼女がこれまで血の滲むような修行の果てに培ってきた戦いの常識、ステップ、詠唱、戦術――その全てを「無駄」として削ぎ落とし、一撃で世界を握り潰すような僕の戦闘技術。

 

 彼女は、僕が展開した寿司】 という技術の恐るべき構造を、戦慄と共に理解し始めているようだった。

 

「貴方は戦っているのではない」

 

 リューは震える手で木刀を握り直しながら、目の前の白い背中を凝視する。

 

「戦いを一つの料理の構造として捉え、最善手を自動的に選択するおまかせの思想。敵の攻撃の予備動作、魔力の流れ、それら全ての無駄を削ぎ落として一点へ圧縮する。このシステムの前では、数や防壁など何の意味も成さない……!」

 

 それは、戦士が命を懸けて行う泥臭い戦闘ではなかった。ただひたすらに冷徹で、完璧に洗練された手順に則り、不要な要素をすべて削ぎ落とした、絶対的な調理の儀式。

 

 

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