戦闘料理人クラネル   作:あばなたらたやた

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9話

 

 連鎖的に起動したマカロン時限爆弾の爆風が、僕の視界を真っ白に染め上げた。空間ごと固定された砂糖結晶の破片が、超高速の散弾となって僕の肉体を容赦なく引き裂く。

 

「が、は……っ!」

 

 防ぎきれなかった衝撃が全身の骨を軋ませ、僕は後方のコンクリート壁へと激しく叩きつけられた。受けたダメージは大きい。

 

 視界が明滅し、口内から鉄の味が広がる。戦闘料理人として戦場をまな板の上と見做してきた僕の肉体から、確かな破壊の痛みが這い上がってくる。

 

「ははは! 狂い、弾けろッ!!」

 

 爆煙の向こう側から、狂乱の笑い声を上げながらパティシエの男が姿を現した。彼の肉体は僕の設計図の否定によって未だ激しく拒絶反応を起こし、チョコレートの装甲がボロボロと剥がれ落ちていたが、その瞳に宿る殺意だけは僕を明確に捉えていた。

 

「脆いな、戦闘料理人! 貴様の敗因を教えてやろう!」

 

 男はパレットナイフを逆手に持ち替え、凄まじい踏み込みで僕との距離をゼロにする。

 

「貴様は寿司を多く使うな! 聞けばいくつかの高名な料理体系を使いこなすというくせに、この土壇場で出し惜しみをした! 最初の『一貫』にこだわりすぎた、それが貴様の浅はかさ、致命的なレシピミスだッ!!」

 

 違う。出し惜しみなどしていない。僕はただ、おまかせの思想に従って最適解を選択し、手順を積み重ねていただけだ。だが、男の執念は僕の合理的な予測の、さらにその先をゆく泥臭い狂気だった。

 

「死ねッ! クッキー型術式・コアカッター!!」

 

 男の手にしたパレットナイフが、現実の空間ごと僕の肉体を「切り抜く」ように突き出された。

 回避は、間に合わない。

 ずぶ、と。

 嫌な鈍い音が、多重ダムの放水音に掻き消された。

 

「……あ」

 

 熱いものが、僕の腹部から一気に溢れ出す。

男の放った超精密切断の術式は、僕の頑強な戦闘制服を易々と切り裂き、その腹部へと深々と突き刺さっていた。

 

 そのまま刃が引き抜かれた瞬間、僕の脇腹には、文字通り向こう側の景色が見えるほどの「風穴」が穿たれていた。

 

「クラネルさんッ!!」

 

 遠くで、リューさんの引き裂くような悲鳴が響く。ドサリ、と自分の膝が崩れ、冷たいコンクリートの床へとつきかける。

 

 流れ落ちる鮮血が、僕の白い髪を、そして調理器具型の武器を赤く染めていく。デメテル様から預かったこの命の責任を、こんな不味い料理で終わらせるわけにはいかない。

 

 視界が急速に狭まる中、僕は冷え切った赤眼で、自らの腹に風穴を開けた男をじっと見つめ返していた。

 

「がは……はははは!私の料理の勝ちだ!!貴様は負けたのだ、戦闘料理人!!」

 

 僕の腹部から溢れ出る鮮血を浴びながら、パティシエの男は狂喜の声を上げた。完璧な設計図の勝利を、僕という最高級の食材を仕留めたことへの全能感を、その濁った瞳にぎらぎらと滾らせている。

 

「上から目線でぺちゃくちゃと! カウセリングだと? この私に? 意味わからないんだよ、この細菌野郎!!」

 

 視界が歪み、世界が遠のいていく。けれど、僕は膝を折ったまま、ふっと口元を緩めた。

 

「いいえ。これだ。……これで、良い」

「何……?」

 

 男が不審げに眉をひそめた、その刹那。

 ――『目覚めよ』

 音もなく空間に滑り込んできた一条の金色の閃光が、男の視界を、そしてその肉体を縦一文字に駆け抜けた。

 

「ぎゃあああああああッ!?」

 

 凄まじい肉声の悲鳴と共に、パレットナイフを握っていた男の両腕が、肩の付け根から綺麗に宙へと舞った。鮮血の噴水を上げながら、男が絶叫して後退する。

 

 その目の前に着地したのは、風を纏い、金色の瞳を冷酷に光らせたロキファミリアの『剣姫』――アイズ・ヴァレンシュタインさんだった。

 

「な、ぜだ……! なぜ貴様がここにいる!?  後方に、安全な場所に隔離していたはずだッ!! ここにいる!? なぜ!?」

 

 のたうち回りながら叫ぶ男に、僕は自分の脇腹の風穴を酢飯の概念――異物の中和と止血の応用で強引に固定しながら、冷徹な赤眼を向けた。

 

「言ったはずです。僕の『ブラックホール寿司』は、あらゆる物質と情報を引き寄せると。……僕はあの重力の極点を使って、後方にいた彼女をこの空間へと『呼び寄せた』のですよ。引き寄せられた瓦礫の影、あなたの完璧な砂糖結晶の死角――そこへ、彼女という最大火力をあらかじめ滑り込ませておいた」

 

 男がガチガチと歯を鳴らす。

 

「意識外からの不可避の強襲。あなたのレシピには存在しない、計算外のイレギュラー。それをこの戦場に盛り付けた時点で、僕の勝利です」

「貴様ァァァ!! ぶっ殺す!! ぶっ殺してやる、戦闘料理人ィィッ!!」

 

 両腕を失い、完全に発狂した男が、残された魔力を暴走させてチョコレートの棘を周囲に撒き散らそうとする。だが、その狂乱の終着点を、もう一人の戦士が許さなかった。

 

「不義なる者よ――ここで潰えなさい!!」

 

 上空から降り注いだのは、リュー・リオンさんの放つ『ルミノス・ウィンド』の緑風の大光玉、そして一切の容赦を排した木刀の一閃。

 アイズさんの風が敵の身動きを完全に封じ込め、リューさんの正義の刃が、男の脳天へと真っ直ぐに叩き込まれる。

 

  ズドォォォンッ!!

 

 パティシエの構築した防衛拠点を失い、精神を解体され、両腕もがれたパティシエの男に、二人の同時攻撃を防ぐ術など残されていなかった。

 男の肉体はコンクリートの床へと叩きつけられ、今度こそ、物言わぬただの骸へと『処理』された。静寂が戻った管制室の通路で、僕は壁に背を預けたまま、冷たくなった男の残滓を見つめて呟いた。

 

「僕の料理に囚われた。……それが、あなたの敗因です」

 

 そう、奴は僕たちのなかにアイズさんやリューさんという強力な仲間が存在していることを、知識としては認識していた。だが、その価値を正しく評価していなかったのだ。

 

 これは、美しく閉じた厨房で行われる、一対一の綺麗な『料理対決』ではない。泥をすすり、血を流し、あらゆる不条理を飲み込んで勝者だけが生き残る『戦闘料理』だ。

 

 料理の技術も、戦士の武力も、仲間の絆も、不意打ちの奇襲も、そのすべてを等価値に混ぜ合わせた「現実」という名のフルコース。

 

 奴は僕という一人の料理人との対決にこだわりすぎ、己のレシピの美しさに自己満足したからこそ、戦場という名の巨大な厨房に喰い殺されたのだ。

 

「クラネルさん!!」

 

 リューさんが血相を変えて僕に駆け寄り、その細い手を僕の傷口へと当てた。

 

「すぐに治癒魔術を……! 森林地帯ではないので効率は悪いですが、傷を塞ぐことくらいは……!」

「……ベル、大丈夫?」

 

 アイズさんも剣を引き、心配そうに僕の顔を覗き込ん込んでくる。

 

「ええ、問題ありません。命の鮮度は落ちていませんから」

 

 僕はいつもの穏やかな丁寧語で答え、二人の『仲間』に静かに微笑みかけた。僕のレシピ通りに動いてくれた、最高に狂暴で、最高に気高い、自慢の戦友たちに。

 

 

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