それを褒めたのが、主人公の苦難の始まりだった。
某所のワンライ企画で書いたもので、お題は「炊飯器」です。
俺の彼女は、料理上手だ。それこそ、料理だけでご飯が食べられるんじゃないかと言うほど。いや、料理なんだから食べられるのは当然だが、そういう話ではなく。
帰ってリビングに入ると、良い香りが漂ってきた。彼女は炊飯器が蒸気を出しているのをニコニコと見守っている。
そこから良い香りが漂ってきているので、今日は炊き込みご飯らしい。
タイマーの音が鳴って、彼女は炊飯器を開ける。醤油の香りが、一気に広がってきた。
「これは楽しみだな。とても美味しそうだ」
「うん。頑張って調べたんだから、楽しみにしててよね」
炊飯器からよそわれる炊き込みご飯は、鶏肉とごぼうが入っている様子。二人で手を合わせて口に運ぶと、鶏肉のジューシーさとごぼうのわずかな渋さ、そして醤油の香ばしい香りが見事なハーモニーを奏でていた。
3杯もおかわりを要求して、彼女には呆れられてしまったくらいだ。
「あーあ、明日の朝も残ってるかなって思ってたのに」
「わ、悪い……」
「良いよ、別に。それだけ美味しかったんでしょ?」
「それはもちろんだ。何度でも食べたいくらいだよ」
「ふーん、そっか……」
ニマニマしながら俺の方を見ていて、安心していた。機嫌を損ねたわけではないのだと。
しかし、ここからが俺の苦難の始まりだったんだ。
最初は良かった。パエリアにビリヤニ、ガパオライスと言った定番の米料理が出てきたくらい。毎日米だとちょっと飽きるかもと思いもしたが、味の変化のおかげで問題はなかった。
おかしくなってきたのは、一週間ほど経ってから。
炊飯器から醤油の匂いがしていたので、また炊き込みご飯だと思っていた。
そうしたら、肉じゃがだけが出てきたんだ。他のおかずもご飯もなく、それ単品で。
「ご飯は……?」
「ないよ?」
当たり前のように首を傾げる彼女の姿に、俺がおかしいのかと思いもした。だから、その日は少し味の濃い肉じゃがを単品で食べていたんだ。
そして次の日、海鮮の香りがしたので今度はパエリアかなと思った。炊飯器から出てきたのは、アヒージョだった。
料理を作ってくれているのは彼女なので、文句を言うのは筋違いかもしれない。それでも、俺は問いかけた。
「ご飯は……?」
「やっぱり、ほしい?」
そう聞かれたので、当然うなずく。とはいえ、ごはんが炊かれるまで待つこともできない。結局、その日は味の濃いアヒージョだけを食べたんだ。
そして次の日に帰ると、炊飯器が2台になっていた。片方からは、かなり香ばしい匂いがしてくる。おそらく、肉料理とごはん。
出てきたのは、予想通りにチャーシューとご飯だった。味の濃いものをご飯と一緒に書き込む。その喜びを、久しぶりに味わうことができた。
彼女は、俺のことをニコニコと見守っていた。だから、これで明日から満足できる。そう思っていたんだ。
次の日に帰ると、炊飯器は3台になっていた。思わず目を閉じて、また開く。それでも、炊飯器は3台だった。
「その炊飯器は、何を……?」
「筑前煮だよ? やっぱり、野菜も食べないとね」
「そのためだけに、炊飯器を……?」
「? そうだけど?」
当たり前のように答えられて、俺は口をつぐむしか無かった。その日は、煮魚と筑前煮とご飯。どちらもとても味がしみていて、おかわりまでしてしまう。
彼女は、俺のことをただニコニコと見守るだけだった。
次の日に帰ると、炊飯器は4台に増えていた。一度部屋から出て、入り直す。それでも、やはり炊飯器は4台だった。
「今度は、何を……?」
「味噌汁だよ? 汁物もないと、やっぱり困るよね」
「そ、そうか……」
澄んだ目で見られて、俺は反論することができなかった。その日は、ロールキャベツとアクアパッツァと味噌汁。ロールキャベツとアクアパッツァで水気は取れたんじゃないかと突っ込むことは、とてもではないができなかった。
しかしながら、どれもご飯が進んだ。味噌汁で流し込むことで、満足感もあった。炊飯器が4台並ぶ異常事態以外は、満足できる夕飯だったと言えた。和洋折衷とか、そんなことは小さなこと。
これでバランスの良い食事を取れるし、まあ炊飯器が増えただけの価値はある。そう自分を納得させていた。
次の日に、炊飯器が5台並んでいるのを見るまでは。
「そ、それは……?」
「ケーキを焼いてるんだよ? デザートだって、必要だよね」
「もう、炊飯器は十分じゃないか……?」
「うーん、一汁三菜は満たしたくない?」
当たり前のようにそう聞かれて、俺はうなずくことしかできなかった。口答えすれば、なにかが起こる。そんな気がしていたんだ。
結局その日は、シチューとぶり大根、そして野菜の煮物とチーズケーキだった。ご飯はとても進んだし、口直しのデザートにも満足感があった。
次の日は、予想通りに炊飯器が6台になっていた。俺はもう、指摘することをやめた。
アヒージョとポトフ、ジャーマンポテトと鯖の味噌煮。そしてパウンドケーキ。お腹いっぱいになるまで食べる俺を、彼女はただニコニコと見守っていた。
次の日にも、その次の日にも、6台の炊飯器が並び続ける。その頃にはもう慣れきっていて、俺は蓋を開く瞬間を楽しみにするようになっていた。
そうだ。フライパンなら中身が見えるが、炊飯器は開けるまで何があるか分からない。食べる方にもメリットが大きい、理想の調理器具じゃないか。
彼女がニコニコと見守る中、俺は炊飯器を開けた。