ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ   作:灰色の

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作戦会議

 

 

俺は平田と櫛田を連れて自室へと向かった。だが、現Cクラスの男子部屋が連なるエリアの角まで差し掛かったところで、二人の女子生徒が壁に背を預けて待っているのが見えた。松下と軽井沢だ。

 

 

「あれ、松下さんと軽井沢さんも。どうしたの?」

 

 

平田が不思議そうに声をかけると、松下がこちらを振り返り、悪戯っぽく微笑んだ。

 

 

「どうせ今から、今回の試験の作戦会議をやるんでしょ? 凍影くん。現状を把握するためにも、私たちも参加させてもらおうと思って」

 

「そうそう。あ、これ凍影くんの分ね。はい」

 

 

すかさず軽井沢が距離を詰め、持っていた冷えたペットボトルを俺の手に握らせてきた。完全に平田ではなく、俺をターゲットにしたあからさまなアプローチだ。

 

 

「……どうも。助かるよ」

 

 

俺が受け取ると、軽井沢は嬉しそうに口元を綻ばせる。周囲の男子の目がなければ、より露骨に甘えてきそうな勢いだ。そんな彼女たちの意図を察しつつ、俺は鍵を開けてドアを押し開けた。

 

 

「立ち話もなんだ。入りな」

 

 

部屋に入ると、俺と同室の三宅と須藤がベッドに腰掛けてスマホをいじっていた。そして部屋の奥では、高円寺が鏡の前で髪を弄っている。女子が突然入ってきたことで、須藤が「お、なんだお前ら」と声をあげたが、気心の知れた身内ばかりだ。作戦会議の秘匿性を守る分には、彼らなら全く問題ない。

 

部屋に入るなり、軽井沢は迷うことなく俺のベッドを陣取ってちょこんと腰掛けた。

それを見た松下と平田が「遠慮ないね」と言いたげに苦笑し、櫛田の目は一瞬だけ据わったような、冷徹な光を帯びて軽井沢を捉えていた。

 

空気を変えるように、俺は松下と櫛田に声をかける。

 

 

「二人とも、突っ立ってないでそこに座っていいぞ」

 

「ありがと、凍影くん」

 

「うん、お邪魔するね」

 

 

俺の言葉に促され、松下と櫛田も俺のベッドへ腰を下ろした。少し狭そうだが、女子三人が並んで座る光景はそれだけでなかなかに壮観だ。俺は部屋の扉を完全に閉め、鍵をロックした。

 

そして部屋の中を探った後に何もおかしな物がないことを確認して、話を始める。

 

 

「で、早速作戦会議なんだが――。まずは第一ステップとして、平田、櫛田、そして俺がクラスの奴らから連絡させて集めた、全グループのメンバーリストを共有する」

 

「分かった。僕のスマホに集まってる分を今送るよ」

 

「私も、女の子たちから聞き出した分を全部まとめたから使ってね」

 

「助かる」

 

 

俺たちは俺のベッドの布団の下で、文字通り頭を突き合わせるようにして、お互いの携帯の情報をすり合わせ始めた。俺は自分の携帯のメモ帳を開き、クラスメイトたちの配属グループを一つずつ打ち込んでいく。

なぜわざわざ布団の陰で画面を隠すようにコソコソとやっているのか。それは、無人島で煮え湯を飲まされた龍園辺りが、万が一にでも俺たちの部屋に隠しカメラや盗聴器を仕込んでいる可能性を考慮してのことだ。

もっとも、この部屋の同室メンバーは俺、須藤、三宅、そしてあの高円寺だ。この武力の塊のような面子から部屋の鍵を奪うのは、いくら龍園といえども至難の業だろう。だが、用心するに越したことはない。盗む場合は話が別だからだ。

 

程なくして、クラス全員分の配属先を網羅した全十二グループのメモ帳が完成した。

 

 

「……よし、打鍵完了。ここからが本番だ」

 

 

俺は画面に表示された膨大な名前のリストを睨みつけ、脳内で原作の『優待者の法則』を一つずつ当てはめていった。

原作と現在のクラスの並びは全く違う。もし学校側がルールを変更していれば、原作知識はただのゴミクズと化す。緊張で奥歯が軋むのを感じながら、各クラスの優待者の数が均等(各クラス3人ずつ)になるかどうかを計算していく。

 

 

(……『辰』は神崎。となると『巳』は……。よし、繋がる。この歪んだリストでも、綺麗に各クラス3人ずつの配置に収まるぞ!)

 

「ふぅ……」

 

 

計算を終え、俺の口から小さく安堵の息が漏れた。

間違いない。優待者に選ばれる個人名こそ原作と大きく異なっているが、学校側が仕掛けた『優待者の配置法則』そのものは、原作と完全に一致している。これなら俺のアドバンテージはまだ死んでいない。

 

しかし、一息ついたのも束の間、すぐに冷徹な現実が頭をもたげる。

問題は、ここからどう動くかだ。

 

 

「とりあえず、今できる情報共有は完了した。明日の朝8時に優待者(ターゲット)を告げるメールが学校から来たら、また集まろう。俺たちの基本方針は、全てのグループで他クラスの優待者を特定し、正解を当てていく方向でいく」

 

 

俺の言葉に、平田と櫛田が真剣な表情で頷く。

 

 

「その上で、次にどう動くかなんだが……」

 

 

俺はベッドに並んで座る女子たちと平田を見据え、トーンを一つ落とした。

 

 

「結論から言うと、全員が協力して試験を終える『結果1(全員にプライベートポイント支給)』の着地は、まず無理だ。今回の特別試験、おそらく大半のグループが、裏切り者の単独解答による『結果3』で終わることになると思う」

 

「え、なんで? 結果1ならみんなにプライベートポイントが貰えるんだから、話し合って仲良く終わらせるのが一番いいんじゃないの?他のクラスにもそう思ってる人もいると思うけど」

 

 

軽井沢が不思議そうに首を傾げ、手元のペットボトルをいじりながら尋ねてくる。クラス全員のポイントが毎月2万上乗せされている今の状況でも、ポイントはあればあるだけ良いという感覚なのだろう。

 

それに対して、俺は首を横に振った。

 

 

「結果1を目指すメリットがあるとしたら、それは現状トップを独走しているAクラスだけだ。2位のBクラスは、一刻も早くAクラスとの差を縮めたがっている。そして何より、すぐ後ろに迫っている俺たちCクラスを必死に引き離そうとするはずだ。最下位のDクラスも同じ。俺たちとの圧倒的なポイント差を少しでも縮めて、2学期以降の逆転の足がかりにしたいはずだからな。だから当然、その2クラスは他クラスを出し抜く『結果3』を執拗に狙ってくる」

 

「でも……一之瀬さんのBクラスは兎も角、龍園君のDクラスは今、ちゃんと機能してるのかな?」

 

 

平田が、昼間の通路での光景――クラスメイトから完全に白い目で見られていた龍園の姿を思い出したように、怪訝そうな声を漏らした。

 

 

「龍園を舐めるな、平田」

 

 

俺は平田の目を真っ直ぐに見つめ、警告するように告げた。

 

 

「あいつは連続で俺たちに敗北して後がない。クラスの統率が取れなくなっているなら、なおさら手段を選ばなくなる。正面から話し合いができないなら、絡め手だ。もしかしたら、俺たちのクラスの誰かを物理的に人質に取ったり、脅迫したりして、強引に優待者の情報を引き抜こうとしてくる可能性がある」

 

「えっ……まさか、そんな乱暴なこと……」

 

 

軽井沢が短い悲鳴をあげて身をすくめ、無意識に俺の方へと体を寄せてきた。彼女の中学での虐めの時のような、強烈な恐怖が脳裏をよぎったのかもしれない。

 

 

「凍影くんの言う通りだよ。あの龍園君なら、本当にやりかねないと思う」

 

 

松下が冷や汗をにじませながら、重々しく頷いた。無人島試験の時、龍園が伊吹を使って仕掛けてきたえげつない作戦を、彼女も間近で見ていたからだ。

 

 

「だから、Cクラスの全員に徹底させてくれ。なるべく今日の夜から、船内を移動する時は絶対に一人にならず、複数人で行動するように。特に女子は動ける男子を出来るだけ護衛につけると良い」

 

「なるほど……怖いね。でも、今の龍園君の追い詰められ方を考えたら、十分にあり得る話だ。分かったよ、凍影くん。すぐにクラスの皆に連絡して、夜間の単独行動を禁止するよう周知する」

 

 

平田は表情を引き締め、即座に携帯を取り出した。松下や櫛田も、それぞれの繋がりがある女子グループへ警告を飛ばすべく、素早く画面を操作し始める。

 

クラスメイトたちへの警告メールの送信を終え、各自が携帯をポケットにしまう。部屋に静寂が戻ったところで、俺は再び口を開いた。視線の先は、ベッドの端でこちらの様子を窺っていた松下だ。

 

 

「松下。折角こうして部屋に来て貰ったんだ。そこで、俺から個人的にお願いしたいことがあるんだが……いいか?」

 

「え、何何? 私にできることなら協力するけど、でも私で良いの?」

 

「ああ、この面子だと松下にしか頼めない事だ、他は目立ちすぎてな」

 

「成る程…分かった、何かな?」

 

 

松下は興味深そうに目を輝かせ、少し身を乗り出すようにして体を近づけてきた。その様子を、隣に座る軽井沢と櫛田がじっと見つめている。

俺は彼女たちに画面が見えないよう配慮しながら、携帯のメモ帳に『とある内容』を素早く入力し、松下にだけ見えるように画面を差し出した。

 

文字を追い終えた松下は、驚きに目を見開いた。

 

 

「そんなことが……。先生たちも、裏では色々あるんだね……」

 

 

彼女は小さく呟き、事の重大さを察したようにふっと表情を引き締めた。松下は元々、周囲に実力を隠しているだけで、極めて高い知性と観察力を持っている。この学校の裏の側面に一瞬で順応してみせた。

 

 

「分かった。私、周りにバレないようにそれとなく見張ってるよ。そんな風に、教師と生徒の枠を超えて不正をして勝たれるなんて絶対に許せないし。……それに、もしその大義名分があれば、同盟も向こうの落ち度で綺麗に解消できる。そうなれば、私たちが勝てるんでしょ?」

 

「ああ。その通りだ。助かるよ、松下」

 

 

俺が信頼を込めて頷くと、松下は「任せて」と不敵に、だがどこか嬉しそうに微笑んだ。彼女に「クラスの命運を分ける裏の仕事」を託したことで、あのクラスの担任が仕掛けてくるであろう謀略に対する強固な防波堤ができた。

 

 

「よし、ひとまず今日共有できる情報はここまでだ。夜も遅いし、一旦解散にしよう。みんな、移動するときはさっき言った通り、絶対に複数人でな」

 

「うん、分かった。みんなにしっかり伝えておくよ」

 

 

と平田が立ち上がり、女子たちを先導するようにドアへ向かう。こうして、嵐の前の静けさとも言える船上試験前夜の作戦会議は幕を閉じた。

 

部屋を出る際に俺は松下を止めた。

 

 

「見張りは今夜と明日の朝だけでいい。夜は午前0時まで、朝は6時から動いてくれ」

 

 

俺がそう付け足すと、報酬のプライベートポイントはこの試験で手に入る取り分から支払うつもりだと伝えた。松下は驚いたように一瞬だけ目を見開いたが、すぐに納得したように深く頷いた。

 

 

「うん、分かった……。ねえ、私は凍影くんがこのクラスにいてくれて本当に良かったって思ってるよ。こんな、本来なら一番弱いはずのクラスなのに……君がリーダーでいてくれるだけで、ほんの少しだけど、確かな希望が見える気がするから」

 

 

彼女はそう言い残し、平田たちと共に部屋を後にした。

 

全員を送り出した後、俺はすぐに行動を開始した。

向かったのは、Bクラスの男子部屋が集まるエリアだ。通路の物陰に身を潜め、周囲の様子を完全に警戒する。……結局、タイムリミットとして設定した午前0時まで粘ったが、男子エリアには特に不審な動きはなかった。

 

 

「ひとまず、男子の方は大丈夫そうだな……」

 

 

安堵し、自室へ戻ろうと足を向けたその瞬間、ポケットの携帯が短く震えた。画面を開くと、松下からの緊急メールだった。

 

 

『来たよ。例の人物が、Bクラスの女子を1人、中央の非常階段に連れ込んだ』

 

「――本当に動きやがったか」

 

 

俺は即座に『了解』とだけ返信し、音もなく通路を駆けた。

目的の非常階段へと滑り込み、気配を完全に殺して階段の段差を一段ずつ上っていく。ひんやりとしたコンクリートの空間に、下層階からは死角になる不気味な静寂の中、2つの人影が小声で密談を交わす声が響いていた。

 

学校側のルールを歪め、裏から試験に介入しようとする、あまりにも露骨な動き。

俺は携帯の録音機能を起動し、壁の影から彼らの生々しい会話の内容を確実に音声データとして記録していく。言い逃れのできない決定的な証拠を押さえた、その直後に…

 

俺はカメラのフラッシュ機能を最大光量で起動し、暗がりの空間に向けて一閃させた。

 

 

――パシャッ!!!

 

「っ!? 誰っ!?」

 

 

激しい閃光が非常階段の闇を真っ白に染め上げ、密談していた影たちが激しく動転する声が響く。

網膜を焼かれた彼らが状況を把握するより早く、俺は一歩の足音も立てずに反転し、下の階へと一気に駆け降りた。背後から慌てて追いかけてくる足音が聞こえたが、船内の構造を頭に入れている俺の敵ではない。自分の姿形、影すらも一切視認させることなく、完全に煙に巻いて通路へと脱出した。

 

そのまま何食わぬ顔で自室へと戻り、ドアに鍵をかける。

 

あのフラッシュは、強烈な牽制になったはずだ。何者かに現場を押さえられ、証拠を握られたかもしれないという恐怖。これであの担任も、うかつに妙な真似はできなくなるだろう。

 

 

「まあ……どちらにせよ、俺のやるべき事は変わらないがな」

 

 

ベッドに腰掛け、保存された録音データを確認しながら、俺は冷徹に口元を綻ばせる。

一瞬の隙も与えずに、明日はこの爆弾をどう使ってやるか。外の暗い海を睨みつけながら、俺は静かに闘志を燃やしていた。

 

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