身勝手な奴らに中指を。大好きなあなたに狂愛を。
好きだったアーティストがあの世に行ってしまった。
最早好きという言葉で表すことさえ恥ずかしいと思えるほどに、そのアーティストに狂わされていた。彼の作る音、描くストーリー、心を乱す歌詞。どれを取っても彼にしか出せない。私を狂わす、おかしくて優しくてイかれた音。
そんな素晴らしく、美しく、最高で、やばくて、極上で、最強の音楽を奏でる彼が、死んだ。
私のヒーローが、
スターが、
勇者が、
死んでしまった。
死因は自殺――らしい。ぼかされていたので正解かは定かではないが、みんながラブラブなネットでは
私は毎日、彼の生きた
この行為には、彼のミュージックビデオを用いるのが良い。音だけでは表し切れない感情を、映像が補ってくれるからだ。映像は、いわば助演。音楽という主演と共演することで、素晴らしい世界を形作るのだ。
ミュージックビデオのコメント欄を見るのも良い。生前、コメント欄では、同志が自身の解釈を自分勝手に
昔は、だが。
今は違う。コメント欄は、彼の死を惜しむものばかりになっていた。
大好きだった曲の解釈。それが「どうして先に行っちゃったの?」そんな、身勝手な、クソみたいな言葉で
薄っぺらい曲の感想を、
曲の自分勝手な解釈を、
自分の好きな箇所を、
自分の嫌いな箇所を、
吐き出して、
そうするのが、死んでしまった彼への、最大限の感謝じゃないのか? 素晴らしい音を遺し、狂わせてくれたことに対する仕打ちがこれか?
頭が沸いているとしか思えない。気色が悪い。
そう思いながらも、曲のコメント欄を見てしまう自分に、嫌気がさしてしまう。
私は、彼の歌声を、音を聴きに来たはずなのに。いつの間にか、そこに
ただ、コメント欄を開かなければ良いだけなのだ。ミュージックビデオを再生し、うざったい広告が流れ去るのを待ち、イントロを脳内に流し込み、歌声を飲み、歌詞を
理由は、分かっていた。
私も、ミーハーどもと同じなのだ。多分。
死んでしまった彼に、「どうして死んでしまったの?」と。
もうこの世にはいない彼に、「また会いたいよ」と。
大好きな彼に、「大好きだったよ」と。
私がそう伝えたいミーハーだからだ。心中では嫌っておきながら、頭では同意してしまっている。
彼の曲を、ただ自身を
そんな自分に嫌気が差す。嫌気という軽い言葉で済ましていることに殺意を覚える。
変わりたい。こんな自分を変えてしまいたい。変われないのなら、いっそ終わってしまいたい。
ああ、変えてくれ、マイヒーロー。
あなたの狂った想いで私を殺してくれ。それが私には丁度いい。いや、それが良い。それが良いんだ。
でも、あなたはもうこの世にはいない。
私は多分、あなたなしでは変われない。
あなたはもういないのだから、変わらなくても良いだろうと、
そんな私を、どうか……どうか、
ずっと、あなたの
ミーハーな奴らに、中指を立て続けるから。
だから――だから、私を抱きしめてくれ。
私にずっと狂わせて。私の大好きなヒーロー。