古代欧州に転生したら捨てられたので、魔女の弟子になります〜友人たちの知識で西暦590年を生き延びたら、なぜか聖女扱いされました〜   作:パラレル・ゲーマー

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第4話 恐怖と監禁の季節

 あの、鋭利なガラス片を踏み抜いたかのような、霜の朝の痛みを忘れることができない。

 

 私はあれを、残酷な季節の「入口」だと思っていた。

 

 だが、正しくは入口ですらなかった。

 

 あれは単なる、冬という名の死神からの「挨拶状」に過ぎなかったのだ。

 

 日を追うごとに、世界から色が失われ、代わりに絶対的なまでの「冷え」が支配領域を広げていった。

 

 朝、目を覚ますという行為自体が、強烈な苦痛を伴う儀式へと変わる。

 

 目を開けても、そこにあるのは鉛色の薄暗闇だけ。

 

 布というよりは麻袋の親戚のような、ごわごわとしたボロ布を首まで引き上げても、隙間から入り込む冷気が容赦なく体温を削ぎ落としていく。

 

 吐く息は、煙のように白く濁って虚空へ消える。

 

 指先はとうの昔に感覚を失い、紫色に変色して強張っていた。

 

「目覚めたくない……」

 

 私は藁の寝床の中で、ダンゴムシのように身体を丸めながら絶望的な思いを噛み締めていた。

 

 起きて動けば、冷たい空気に全身を切り裂かれるように寒い。

 

 かといって、このまま丸まって寝ていても、下から這い上がってくる土の冷気に内臓まで凍りつくように寒い。

 

 起きても寒い。

 

 寝ていても寒い。

 

 つまり、完全に詰んでいる。

 

 冬とは、外出すれば寒いという生易しい季節ではない。

 

 この時代の冬は、「屋根と壁のある空間に逃げ込んでも、絶対に逃げ切れない」という、物理的な絶望を意味していた。

 

 私の家は、泥と木と藁で無理やり形を作っただけの粗末な小屋だ。

 

 壁のあちこちには容赦のない隙間が空いており、そこから常に鋭い風が吹き込んでくる。

 

 屋根の上の煙出しの穴からも、容赦なく雪混じりの風が舞い降りる。

 

 床は固められた土だが、冬になればそれは巨大な氷の板と何ら変わりない。

 

 部屋の中央には炉があり、火が燻っているが、その炎はひどく心許ない。

 

 本来ならもっと薪を焚べて暖を取りたいところだが、そんなことをすれば数日後には燃料が尽き、家族全員が文字通り凍死する。

 

 火を大きくすれば未来の命が削られ、火を小さくすれば今この瞬間の命が削られる。

 

 その究極の二択を前に、家族はただ無言で、小さく揺れる赤い光を睨みつけることしかできなかった。

 

「エアコン……電気毛布、使い捨てカイロ、ヒートテック……断熱材に二重サッシ……」

 

 私は呪文のように、前世の記憶にある文明の利器を並べ立てた。

 

 ボタン一つで熱風が吹き出し、部屋全体が春のように温まる魔法の箱。

 

 あれがどれほど神に等しい奇跡だったのか、今なら心の底から理解できる。

 

 文明って、本当に、本当に偉大だったんだな……。

 

 だが、そんな妄想で現実の体温が上がるわけもなく、私の頬を冷酷な隙間風が撫でていく。

 

 冬が深まるとともに、「木」の価値が狂ったように跳ね上がった。

 

 秋口までは「森の入り口で拾えばいい」と軽く考えていた小枝すら、雪や霜に埋もれ、さらに湿気を吸って使い物にならなくなってしまった。

 

 そもそも、この寒さの中で森へ行くこと自体が自殺行為だ。

 

 足元は凍って滑り、少しでも迷えばあっという間に体力を奪われる。

 

 おまけに、飢えた狼が目を光らせている。

 

 我が家の壁際には、父親が秋の間に必死に集めた薪束が積まれていた。

 

 だが、それはどう見ても「春まで持つ量」ではなかった。

 

 細い枝、乾燥させた樹皮、根っこの切れ端。

 

 太くて長く燃える良質な木材など、ほんの一握りしかない。

 

 ある日の夕暮れ。

 

 父親が無言で、見慣れない木片を鉈で叩き割っていた。

 

 私はそれを横目で見て、息を呑んだ。

 

 それは、家の中で使っていた、木をくり抜いて作られた古い道具の一部だった。

 

 どこかが欠けて使いにくくなっていたとはいえ、まだ修理すればどうにか使えそうなものだ。

 

「……それ、燃やしちゃうの?」

 

 声に出して聞くことはできなかった。

 

 だが、父親の険しい横顔と、血の滲んだひび割れた手が、すべての答えを物語っていた。

 

 燃やさなければ、今夜の寒さを越せない。

 

 使えるはずの生活道具を叩き割って炉にくべるということは、「未来の生活の利便性」を燃やして、「今この瞬間の命」を買うという行為だ。

 

 冬とは、未来を薪にして現在を温める季節なのだ。

 

 私はその事実を前に、ただ唇を噛み締めることしかできなかった。

 

 食料事情も、限界を突破しつつあった。

 

 冬の間の食事は、徹底的に「切り詰める」ことが至上命題となる。

 

 乾燥させた豆、干からびた根菜、得体の知れない木の実、そして、天井の梁に吊るされた、黒く煤けた干し肉の塊。

 

 私は最初、その肉の塊を見た時、「なんだ、ちゃんと保存食があるじゃないか」と少しだけ安堵した。

 

 だが、甘かった。

 

 母親がその干し肉を調理する様子を見て、私は自分の認識の甘さを呪った。

 

 母親は、使い古された鈍いナイフで、肉の塊の端を「削る」ようにして、爪の先ほどの薄い欠片を数枚だけ切り出した。

 

 そしてそれを、大量の水とわずかな穀物が入った鍋に放り込んだのだ。

 

「えっ……それだけ? それ、具材っていうか、ただの『肉という概念』を鍋に添加しただけじゃ……?」

 

 思わず顔を引き攣らせた私に、母親は一切の感情を交えない、落ち窪んだ目で言った。

 

「春まで、持たせるんだよ」

 

 春。

 

 その言葉の響きが、絶望的なまでに遠く感じられた。

 

 私はここで初めて、「保存食」という言葉の真の恐ろしさを知った。

 

 保存食とは、冬の間に満腹になるために食べるものではない。

 

 毎日少しずつ、本当に少しずつ削り出し、餓死する一歩手前の状態を「春まで引き延ばす」ための、命の回数券なのだ。

 

 そして、この過酷な環境において最も死に近い存在は、言うまでもなく赤ん坊だった。

 

 秋まではよく泣いて母親を苛立たせていた赤ん坊だが、冬が本気を出してからは、その泣き声すら極端に弱くなった。

 

 寒さと栄養不足が、泣くための体力すらも奪っていくのだ。

 

 私は、それがひどく恐ろしかった。

 

 泣いて自己主張しているうちは、まだ「生きようとするエネルギー」が残っている。

 

 だが、静かになるということは、生命の炎が風前の灯火になっている証拠だ。

 

 前世の医者の友人が、何かの拍子に語っていた言葉が蘇る。

 

『赤ちゃんとかお年寄りって、体温調節機能が未熟だったり衰えたりしてるからさ。静かに寝てるから大丈夫、なんて思ったら大間違いなんだよね。静かすぎる時は、本当にヤバい状態に落ちてるサインだったりするから』

 

 私は、自分が凍えるのも忘れて、赤ん坊のそばに張り付く時間を増やした。

 

 自分の小さな、骨と皮ばかりの身体をぴったりとくっつけ、少しでも体温を分け与えようとする。

 

 時折、鼻の下に指を当てて、微かな息が続いているかを確認する。

 

 炉の熱が少しでも届くように、かつ、目に沁みる煙が直撃しないように、赤ん坊の寝床の位置を数センチ単位で微調整し続けた。

 

 火に近づけすぎれば火傷や一酸化炭素中毒の危険があり、遠ざければ凍死する。

 

 正解の位置のストライクゾーンが、あまりにも狭すぎる。

 

 母親も常に苛立っていたが、もはや私を怒鳴りつける気力すら残っていないようだった。

 

 父親はずっと無言で、削った木片を見つめている。

 

 小屋の中から、言葉が消えた。

 

 寒さは、人間の気力だけでなく、会話という人間らしさすらも奪っていく。

 

 そして何より絶望的だったのは、私自身の「労働力」が著しく低下したことだ。

 

 秋までは、水をこぼさず運び、薪を拾い、赤子をあやし、「便利な幼女」として生存ポイントを稼いできた。

 

 しかし冬になると、そのすべてのタスクの難易度が跳ね上がった。

 

 凍りついた泥道を小川まで歩くだけで、足に巻いたボロ布と硬い革片越しに、刃物で切られるような痛みが走る。

 

 冷水に手を入れると、指の関節が麻痺して器を落としそうになる。

 

 森へ薪を拾いに行っても、寒さでガタガタと震えが止まらず、すぐに体力が尽きて動けなくなる。

 

 鶏たちもすっかり弱り果て、卵など産む気配もない。

 

「働けば食えると思ってたのに……。冬は、働く能力そのものを根こそぎ奪ってくるじゃないか……」

 

 私は、自分の生存戦略が根底から崩れ去っていくのを、ただ震えながら見ていることしかできなかった。

 

 *

 

 そんな、ある底冷えのする夜のことだった。

 

 寒さで内臓が痙攣し、どうしても眠りにつけずにいた私の視界の端に、ふわりと濃い影が落ちた。

 

 炉の微かな熾火の向こう側。

 

 土間の片隅に、夜の闇そのものを切り抜いたような、輪郭の曖昧な黒猫が座っていた。

 

 夢なのか、それとも現実なのか。

 

 寒さで麻痺した頭では判断がつかない。

 

 だが、私はここぞとばかりに、溜まりに溜まった鬱憤を念話にしてぶちまけた。

 

「ちょっと待って、おかしいでしょ! ここ一応、屋根と壁のある『家の中』ですよね!? なんで体感温度が完全に外と一致してるんですか! 寒すぎるんですけど!」

 

 猫は、私の悲鳴のような抗議を、まるでそよ風でも受けるかのように淡々と受け流した。

 

『隙間があれば風は入るし、土の床は底冷えする。火を大きく燃やせぬなら、空間が冷え切るのは理の当然じゃろうが』

 

「当然とかそういう理屈で済ませないでくださいよ! 私、今までの人生でダントツのぶっちぎりで一番寒い思いをしてるんですけど!」

 

 私が涙目で睨みつけると、猫はしばらくの間、静かに私の姿を観察するように見つめた。

 

 そして、思いもよらないことを口にした。

 

『……言っておくがの。お主が今感じておるその地獄のような寒さは、生来の魔法適性によって、いくらか緩和された後の状態じゃぞ』

 

「……はい?」

 

 私は、寒さによる震えをピタリと止めて、間の抜けた声を漏らした。

 

『お主は自覚しておらんじゃろうが、本能的に己の魔力を使って、身体の細胞を死の冷気から守っておるのじゃ。年の割に秋口までよく働き、よく動けたのも、その微弱な魔力による身体能力の底上げがあったゆえじゃな』

 

「えっ……私、魔法使ってたんですか!?」

 

『使っていたというより、勝手に漏れ出ておるという表現が正しいな。赤子が苦しい時に無意識に手足をばたつかせるようなものじゃ。制御された術ではなく、純粋な生存本能による保護じゃよ』

 

 私は、霜焼けで赤く腫れ上がり、泥にまみれた自分の小さな両手を見下ろした。

 

 この、悲惨極まりない身体が。

 

 実は、私の知らない力によって「保護」されていた?

 

「……えっと、念のために確認しますけど」

 

 私は引き攣った顔で猫を見た。

 

「『これで』保護されてるんですか?」

 

『うむ』

 

「『これで』!?」

 

 私は思わず大声で叫びそうになったのを必死で堪えた。

 

「冗談キツいですよ! 手足の感覚ないし、常に凍死の五歩手前みたいな体調なんですけど! 魔法のバリアって、もっとこう、ポカポカのオーラで守られるみたいなやつじゃないんですか!」

 

『阿呆。お主のような未熟な小娘の無意識の垂れ流しで、春の陽気を作り出せるわけがなかろう。凍える冷気を、ほんのわずかに和らげるのが関の山じゃ』

 

 普通に死ぬわ。

 

 私が絶望的な顔で白目を剥いていると、猫はさらに恐ろしい事実を突きつけてきた。

 

『幸いなことに、お主の垂れ流した魔力は、この粗末な小屋にも薄く染み込んでおる。お主がここで働き、眠り、震えながらも必死に生きようとした執念が結びついたのじゃろうな。ゆえに、この小屋は、村の他の家々に比べれば、体感温度にしてわずかに、ほんのわずかに温かいはずじゃ』

 

 私は息を呑み、ゆっくりと小屋の中を見渡した。

 

 容赦なく吹き込む隙間風。

 

 氷のように冷たい土間。

 

 消えかけの熾火。

 

 青白い顔で丸まる両親と、かすかな息を吐く赤ん坊。

 

 これが、他より温かい?

 

「これで……他の家よりマシだって言うんですか」

 

『そうじゃ』

 

「嘘でしょ……」

 

 私は血の気が引いていくのを感じた。

 

「じゃあ、他の家の人たちは、いったいどうなってるんですか……!」

 

『もっと寒い』

 

「そんなの、死ぬじゃないですか!」

 

『死ぬじゃろ』

 

 猫は、あまりにもあっさりと、事実だけを告げた。

 

 その軽すぎる響きに、私は背筋が凍る思いがした。

 

『それが冬じゃ。ただ気温が下がるだけの季節ではない。命の危険が常に隣り合わせの、恐怖と監禁の季節なのじゃ』

 

 恐怖と監禁。

 

 その言葉が、重く冷たい鉛のように私の胃袋に落ちた。

 

『夏の飢えは、まだ外に向かう希望がある。山に入り、川を探れば何かが見つかるやもしれぬ。だが、冬の飢えは違う。すべてが内に籠るのじゃ。家という狭い箱の中に閉じ込められ、外に出ることもままならず、ただひたすらに目減りしていく食料と薪を見つめ続ける』

 

 猫の翠の瞳が、暗闇の中で妖しく光った。

 

『家の中で、誰がその日一番多く食うか。誰が火のそばの一番温かい場所を占領するか。誰がこの夜を越せずに冷たくなるのか……。互いの飢えと苛立ちと恐怖をぶつけ合いながら、春を待つ。それが、冬という監禁じゃ』

 

「そんなの……」

 

 私は吐き気を催しそうになりながら呟いた。

 

「そんな状況が続いたら、家族の絆なんて、簡単に壊れちゃうじゃないですか……」

 

『壊れる家もあるじゃろうな。人間とはそういう生き物じゃ』

 

 猫はどこまでも淡々としていた。

 

 それが余計に恐ろしかった。

 

「じゃあ……どうすればいいんですか。私がもっと魔法をうまく使えれば、せめて家の中だけでも暖かく……」

 

 私がすがるように見つめると、猫は厳しく首を横に振った。

 

『やめておけ。今のお主に魔力の制御など不可能じゃ。無理に力を引き出そうとすれば、反動でその未熟な肉体が内側から弾け飛ぶぞ』

 

「じゃあ、私はただ震えてるしかないってことですか!」

 

『生きろ。震えろ。細くとも食え。そして眠れ。己の身体が今、寒さに対してどう反応し、どうやって生命を維持しようとしているのか、その感覚を細胞の隅々まで刻み込んで覚えておくのじゃ』

 

「またそれですか! 生活指導のおじいちゃん先生みたいなことばっかり!」

 

『魔法というものは、まず己の肉体と世界との関係性を深く知ることから始まるのじゃ。お主は今、究極の寒さという環境を通して、その基礎を学んでおる真っ最中というわけじゃな』

 

「授業料が高すぎるんですけど! 命がけのスパルタ教育じゃないですか!」

 

『ふん。価値のある良き授業というものは、得てして高くつくものじゃよ』

 

「ぼったくり!」

 

 軽口を叩き合って、少しだけ気が紛れた。

 

 だが、根本的な解決には何一つなっていない。

 

 猫は最後に、「せいぜい、己の火を絶やさぬことじゃな」と言い残し、夜の闇に溶けて消えた。

 

 *

 

 冬の中盤から後半にかけての記憶は、ほとんど曖昧だ。

 

 ただひたすらに寒く、腹が減っていたことしか覚えていない。

 

 私の家は、本当にギリギリのところで持ちこたえていた。

 

 秋までに私が「便利な幼女」として立ち回り、母親の体力を少しだけ温存できたこと。

 

 父親が不機嫌ながらも、最低限の薪と保存食を死守していたこと。

 

 母親が鬼のような形相で食料の配分を管理し続けたこと。

 

 そして何より、私の無意識の魔力が、ほんの少しだけ、この家の体感温度を底上げしていたこと。

 

 それらの要因が奇跡的に重なり合い、私たちは「死なない」という一点のみをクリアし続けていた。

 

 だが、私は何もできない無力感に苛まれていた。

 

 毎日毎日、薄い粥の表面を舐めるようにすすり、赤ん坊の弱々しい息を確認し、炉の火が消えないように見張る。

 

 少しでも風が入らないよう、壁の隙間に泥や藁を詰めることくらいしかできない。

 

 前世の建設業の友人が『素人が換気を完全に塞ぐと、一酸化炭素中毒で全滅するぞ』と言っていたのを思い出し、煙の通り道だけは残しつつ、寝床に直撃する隙間だけを塞ぐという地味な作業だ。

 

 母親は私が壁に藁を詰めるのを見て、最初は「余計なことを……」と呟いたが、寝床の風が少しマシになったことに気づくと、黙ってそれを放置した。

 

「……よし、黙認いただきました」

 

 そんな些細な勝利を心の支えにして、私は一日一日を這うように生き延びていた。

 

 やがて、冬の終わりが見え始めた頃。

 

 村の空気が、決定的に変わる出来事が続いた。

 

 ある凍てつくような朝、少し離れた家から、低くくぐもった泣き声が響いた。

 

 村の大人たちが、重い足取りでその家の前に集まる。

 

 私は母親の背中に隠れるようにして、その様子を遠巻きに見ていた。

 

 家の奥から、粗末な布に包まれた、小さな、本当に小さな何かが運び出されていく。

 

 赤ん坊か、それとも弱った子供か。

 

 はっきりとは見えなかったし、見たくもなかった。

 

 私が最も恐ろしかったのは、死そのものではない。

 

 その光景を見る村の大人たちの反応だ。

 

 誰も、驚いていなかった。

 

 悲痛な顔はしているが、「信じられない」という顔は誰一人としていなかったのだ。

 

「冬に人が死ぬことは……この村では、異常事態でも何でもないんだ」

 

 私は震える手で自分の腕を抱いた。

 

 猫の言葉が、呪いのように脳内でリフレインする。

 

『死ぬじゃろ。それが冬じゃ』

 

 別の日には、いつも水場で顔を合わせていたはずの腰の曲がった老人が、家から出てこなくなった。

 

 また別の日には、私と同じくらいの年の子供が熱を出したという噂が流れ、数日後にはその名前が口にされなくなった。

 

 その度に、私は激しい罪悪感に押し潰されそうになった。

 

『この小屋は、お主の魔力で他の家よりわずかに温かいはずじゃ』

 

 私の家が生き残っているのは、私が転生者として持っていた、不遇なイレギュラーの力のおかげだ。

 

 なら、私がもっとその力をうまく使えれば、村全体を温めることができたんじゃないのか?

 

 あの布に包まれた小さな塊を、死なせずに済んだんじゃないのか?

 

 だが、答えは分かっている。

 

 無理だ。

 

 自分の家の体感温度をほんの少し上げるだけで精一杯の、無意識の垂れ流し。

 

 五歳児の身体で、誰かを救う力なんてあるわけがない。

 

「助けたい……でも、何もできない」

 

 唇を噛み締め、血の味が広がるのを感じながら、私はただ自分の無力さを呪うことしかできなかった。

 

 *

 

 そして、ついにその日が来た。

 

 外の空気に、微かな変化が混じったのだ。

 

 小川の氷が薄くなり、下を流れる水の音が聞こえるようになった。

 

 岩のように固まっていた泥の道が、少しだけ緩んで、足に巻いた革と布にまとわりつく。

 

 遠くの森から、久しぶりに鳥の甲高い鳴き声が響いた。

 

 春の気配だった。

 

 村の人々が、少しずつ小屋から外へ出る時間が増えていく。

 

 私は、久しぶりに陽の光を浴びようと、小屋の外に出た。

 

 まだ風は冷たい。

 

 だが、あの冬の絶頂期のような、皮膚を切り裂く刃物のような鋭さはない。

 

 私は村の景色を見渡した。

 

 太陽の光の下、生き残った人々が、疲れ切った顔で太陽を仰いでいる。

 

 だが、私の目に真っ先に飛び込んできたのは、春の喜びではなかった。

 

 いつもそこにいたはずの人の姿が、いくつか、確実に欠けていた。

 

 水場で女たちが話している声が、風に乗って微かに聞こえてくる。

 

「あそこの家は、とうとう駄目だったね」

 

「春まで、もう少しだったのに……持たなかったね」

 

「……仕方ないさ。ひどい冬だったからね」

 

 仕方ない。

 

 その一言が、私の胸を深く抉った。

 

 この残酷な世界では、冬に人が死ぬことは「仕方ない」という四文字で片付けられてしまうのだ。

 

 私の家族は、全員生きていた。

 

 父親も、母親も、赤ん坊も。

 

 そして、私も。

 

 だが、全員が病的に痩せこけ、目の下には濃いクマを作り、命の残量をギリギリまで削り取られていた。

 

 私自身もガリガリに痩せていたが、他の同年代の子供たちに比べれば、まだ少しだけ足取りがしっかりしているのが自分でも分かった。

 

 それが「私の頑張り」ではなく、自分の中に眠る得体の知れない「魔力」によるものだと知っている私は、手放しで喜ぶことなどできなかった。

 

 私は冬を越えた。

 

 父も、母も、弱り切った赤ん坊も、なんとか生きていた。

 

 けれど、陽の光に照らされた村には、二度と春を迎えられなかった人々の沈黙が、そこかしこに横たわっていた。

 

 その時になってようやく、私は本当に理解したのだ。

 

 冬を越すということは、自然という強大な敵に「勝つ」ことではない。

 

 ただ単に、運と、ほんの少しの偶然によって、「死ななかった者の側」に分類され、残されたというだけなのだ。

 




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