古代欧州に転生したら捨てられたので、魔女の弟子になります〜友人たちの知識で西暦590年を生き延びたら、なぜか聖女扱いされました〜   作:パラレル・ゲーマー

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第7話 恵みの秋と、うちの子

 春の苦い若芽をすすり、初夏には青々とした葉を摘んだ。

 

 夏にはほんの少しだけ甘酸っぱい小さな実を拾い集め、同時に冬の備えとして乾かせる草を束ね続けた。

 

 森の入り口で薪となる枝を拾い、小川へ水を汲みに通い、痩せ細った鶏に虫を放り投げ、泣き止まない赤ん坊の顔にかかる布を直す。

 

 その合間に、あの不格好な「野草の薄焼き」の作り方も、ほんの少しずつ手際が良くなっていった。

 

 そんな地道な作業の積み重ねの末に、空気に湿った冷たさが戻り始めた。

 

 秋である。

 

 私は、小屋の隙間から吹き込む冷たい風に身震いしながら、自分がこの世界で迎えた最初の「冬の入り口」を思い出していた。

 

 去年の秋、私はただ怯えることしかできなかった。

 

 自分がどこにいるのかも分からず、ただ圧倒的な寒さと飢えに向かって押し流されるがままだった。

 

 しかし、今年の秋は違う。

 

 私は動ける。

 

 食べられる草を覚え、腹を下す危険な草も少し見分けられるようになった。

 

 苦い草を少しでも食べやすく加工する術を知っている。

 

 良い薪と悪い薪の違いも、小川の滑りやすい石の位置も、赤ん坊の息が弱くなった時の背筋が凍るような恐怖も、すべて身をもって学んだ。

 

 そして何より、あの「恐怖と監禁の季節」が来る前に、何をどれだけかき集めなければならないかを、肌感覚として理解している。

 

「去年の私は、ただ冬という圧倒的な暴力に殴られるがままだった。でも今年は違う。殴られる前に、せめて小さな盾くらいは拾い集めてやる」

 

 私は小さく拳を握り、村の女たちの採取の列に加わった。

 

 秋の森は、春とは全く違った表情を見せる。

 

 春が「腹は膨れないが死なないための探索」だとすれば、秋は「わずかに存在する恵みを、全員が目を血走らせて奪い合う総力戦」だった。

 

 森の端にはハシバミに似た硬い殻の木の実が落ち、茨の奥には小さな酸っぱい実がなる。

 

 地面を掘れば太った根があり、干せば冬の保存食に回せる葉がある。

 

 鶏の命を長引かせるための虫や種も豊富だ。

 

 だが、当然ながらそれらすべてが人間の胃袋に収まるわけではない。

 

 森の獣、鳥、虫、そして目に見えない「腐敗」や「湿気」が、容赦なく私たちの取り分を削りに来る。

 

 村の女たちに陽気なピクニック気分など微塵もない。

 

 男たちが冬の薪割りや道具の修繕、狩りに奔走している間、女たちと子供たちはただ黙々と、泥に這いつくばるようにして恵みを拾い集めるのだ。

 

 私は、自分の小さな身体を最大限に活かしてちょこまかと動き回った。

 

 大人の太い腕では傷だらけになるような茨の茂みの下に潜り込み、手が届かない石の隙間に落ちた木の実を掻き出す。

 

 分厚い落ち葉の下に隠れた実を見つけるのは、背が低く地面に近い私の得意分野だった。

 

 さらに、私の中の「魔力による身体能力の底上げ補正」が、この極限状態の労働で密かに効力を発揮していた。

 

 栄養失調の五歳児とは思えないほどのスタミナで、私は働き続けた。

 

「あの子……本当に、腹が減ってる子供の動きじゃないね」

 

 村の女の一人が、休むことなく実を拾い続ける私を見て呟いた。

 

「目もいいし、手も早い。一度言われたことも忘れないしね」

 

 別の女が同調する。

 

 そして、年長の女が顎を撫でながら、低く言った。

 

「……ただの子供じゃないよ」

 

 その言葉を耳にして、私は少しだけ胸を張りたいような、とてつもなく恐ろしいような、複雑な気分になった。

 

「役に立つ」と評価されるのは、この生存競争において何よりのステータスだ。

 

 だが、「普通じゃない」と認識されることは、村という閉鎖的なコミュニティにおいては命取りになりかねない。

 

 その境界線上で、私は危うい綱渡りをしている自覚があった。

 

 私の「魔法の傾き」は、秋の収穫においてさらに特異な形で現れ始めていた。

 

 春に見せた「食べにくいものを、人が受け入れやすい形に整える」という魔力の方向性が、今度は「食べ物の状態に対する異常なほどの敏感さ」となって発揮されたのだ。

 

 腐りかけ、毒気、虫食い、湿気。

 

 そうしたマイナスの要素を、私は「嫌な違和感」として肌で感じ取ることができた。

 

 採取した大量の木の実の山を前にして、私はふと、ある一握りの実に強い不快感を覚えた。

 

 見た目は他の実と全く変わらない。

 

 しかし、指で触れると微かにじっとりとした湿り気を感じ、鼻を近づけると、ツンとした酸っぱい匂いが奥の方から漂ってくる。

 

 私は無言で、その実を別の場所へ弾いた。

 

「お前、なぜそっちの山に分けるんだい?」

 

 母親が怪訝そうに私を見た。

 

 私は冷や汗をかきながら、必死に五歳児らしい言葉を選んだ。

 

「これ、ちょっと変な匂いがする……。触った感じも、なんかジメッとしてて、駄目だと思う」

 

 母親は半信半疑だったが、横で見ていた村の女がその実を一つ手に取り、石で叩き割った。

 

 中身は黒く変色し、白く小さな虫が蠢いていた。

 

「へえ……よく分かったねえ。見た目じゃ全然分からないのに」

 

 女が驚嘆の声を上げる。

 

 私は内心で「魔法の感知能力ですとは絶対に言えないので、野生児並みに嗅覚が鋭い設定で押し通します!」と叫びながら、ただコクリと頷いた。

 

 村の女たちは完全に納得したわけではなかったが、明らかに歩留まりが良くなるため、私のこの「選別作業」を重宝するようになった。

 

 秋の恵みは、収穫して終わりではない。

 

 そのまま放置すればすぐに腐り、冬を前に全滅する。

 

 乾燥させ、煙に当てて虫を避け、湿気を避けて保存する技術が不可欠だ。

 

 ここで、私の前世の知識……というより、経理部で働いていた友人の愚痴が猛烈に役立った。

 

『いい? 在庫管理の鉄則はね、悪い在庫と良い在庫を絶対に混ぜないこと! 腐った不良在庫を一つでも優良在庫の山に混ぜたら、カビが移って全部一気に全損するんだからね!』

 

 私はその教えを忠実に守った。

 

 木の実や根を分類する時、ほんの少しでも「違和感」のある怪しいものは、絶対に良品の山には入れなかった。

 

「すぐ食べるもの」「日に当てて乾かすもの」「怪しいから弾くもの」「鶏の餌に回すもの」「捨てるもの」。

 

 私は古い布や木の器を使い、空間を明確に区切って仕分けを行った。

 

「お前、やけに細かく分けるねえ」

 

 母親が呆れたように言うが、私は心の中で「仕分けは経理の基本にして命綱ですから!」と胸を張った。

 

 文字も帳簿もない世界だが、物理的な配置で在庫を管理する私のやり方は、やがて村の女たちにも「無駄が出ない」と徐々に浸透していった。

 

 そして、秋の収穫は私の「野草薄焼き」のクオリティも少しだけ向上させた。

 

 材料は相変わらず極貧だ。

 

 少量の粗い麦粉に、乾かした草、そして砕いた木の実。

 

 時折、酸っぱい小さな実をほんの少しだけ混ぜる。

 

 木の実を細かく砕いて生地に練り込むことで、これまでにない油分と香ばしさが加わった。

 

 薄く石の上で焼かれたそれを口にした瞬間、私は感動に打ち震えた。

 

「春の完全罰ゲーム仕様から、秋の修行飯レベルには進化した……!」

 

 村の子供に少し欠片を分けると、春の時よりも明らかに顔をほころばせた。

 

 母親も、もはや警戒することなく当たり前のように口に運ぶ。

 

 そして何より、あの「家の中の大型肉食獣」である父親が、無言で一枚を食べ終えた後、じっと私の方を見て、無言でもう一枚に手を伸ばしたのだ。

 

「父、まさかの無言のリピート注文! これって最高評価の証拠では!?」

 

 そんな些細な喜びが、過酷な日々の重圧を少しだけ和らげてくれた。

 

 しかし、私が役に立てば立つほど、村での私の扱いは「庇われるべき幼い子供」から、「便利に使える小さな大人」、あるいは「少し不気味な特異点」へと変わっていった。

 

「お前はこっちの山を見ろ」

 

「これは魔女様への供物に回すから、お前が選り分けな」

 

 重宝されるのは生存点としてはありがたい。

 

 だが、子供扱いされないということは、この過酷な世界において「子供として守られる権利」を失うことと同義だ。

 

 その恐怖が現実のものとなったのは、秋も深まりかけたある日のことだった。

 

 木の実の仕分け作業中、少し離れた場所で、村の年長の女たちがヒソヒソと話しているのが聞こえた。

 

 私が少し離れた場所にいるから聞こえていないと思ったのだろうが、生憎と耳は良い。

 

「……あの子、魔女様の目に留まっただけはあるねえ。あれはもう、ただの子供の働きじゃないよ」

 

「草を覚え、人が食える形に整え、腐りかけの目利きまでやってのける。村に置いておくより、森の奥で学ばせた方が、あの子のためかもしれないねえ」

 

「でも、まだいくらなんでも幼すぎるよ」

 

「いや。あと五度も春を越えりゃあ……十を数える頃には、魔女様のもとで十分に立ち働けるだろうよ」

 

「あの方への献上……いや、お預けだね。魔女様のご機嫌取りにもなるし、あの子自身も、この村の枠にはもう収まりが悪いだろう」

 

 私は、手に持っていた木の実をポロリと落とした。

 

『十歳ほどで捨て子になる未来が見えるのう』

 

 あの夜、黒猫が告げた予言が、氷水のように胃袋に流れ込んできた。

 

 献上。

 

 私を?

 

 あと五年で。

 

 十歳で。

 

 これが、そのルートへの入り口なのか。

 

 村人たちは私を殺そうとしているわけではない。

 

「森の女の弟子にする方が自然だ」という、残酷な善意と信仰の混ざり合った結論だ。

 

 だからこそ、逃げ道がないように思えた。

 

 その時、近くで作業していた母親が、不意に立ち上がり、年長の女たちの輪の方へ歩み寄った。

 

 会話を聞いていたのだ。

 

 私は凍りついた。

 

 母親が「それがいい」と同意するのではないかという恐怖で、息が止まりそうだった。

 

 これまでの母親は、疲労困憊し、私に褒め言葉一つかける余裕もなかったのだから。

 

 だが、母親は低い、地を這うような声で言った。

 

「……あの子は、まだ小さい」

 

 年長の女が顔を向ける。

 

「今すぐとは言ってないさ。五年もすれば小さかあない」

 

「今は、小さい」

 

 母親は頑なに同じ言葉を繰り返した。

 

 私の方を振り返ることはなかったが、その背中越しに響く声は、石のように硬かった。

 

「……あれは、うちの子だ」

 

 私は、自分の耳を疑った。

 

 お母さんが、私のことを「うちの子」って言った。

 

 私をただのコストか、便利な自動化ツールとしか見ていないと思っていた母親が、村の重鎮たちを前にして、明確に私を庇ったのだ。

 

 衝撃は、それだけでは終わらなかった。

 

 その日の夜。

 

 小屋の炉のそばで、私が藁の寝床で寝たふりをしていると、村の男の一人が父親を訪ねてきた。

 

「お前さんのところの娘、森の方が向いてるんじゃないか。時期を見て魔女様に預ければ、村の顔も立つ。お前さんの家も、口が一つ減って冬を越すのが楽になるだろう」

 

 炉の火が爆ぜる音がした。

 

 私は目を固く瞑った。

 

 あの無口で不機嫌な父親なら、口減らしの提案にいとも簡単に乗るかもしれない。

 

 父親は、いつもと変わらぬ、苛立ちを含んだ低い声で答えた。

 

「あいつは、まだ家で働ける」

 

 それは労働力としての評価だ。

 

 私は少しだけ傷ついた。

 

 だが、父親の言葉はそれで終わりではなかった。

 

「それに、あいつはただの子供だ」

 

「ただの子供があんな気味の悪い目を……」

 

 男が食い下がろうとしたのを、父親が強く遮った。

 

「目がどうだろうが、子供は子供だ。今すぐ森へどうこうする話じゃねえ」

 

 そして、わずかな沈黙の後、吐き捨てるように言った。

 

「あいつは、うちの子だ」

 

 私は、藁の中で息を殺し、必死に涙をこらえた。

 

 父親の言葉には、優しさも温かさもない。

 

 愛情表現なんて微塵も含まれていなかった。

 

 だが、あの大きな肉食獣のような父親が、村の外圧に対して明確な境界線を引き、私をその内側に置いてくれたのだ。

 

「この家は地獄だと思ってた……この人たちは、私を搾取するだけの人たちだと思ってた。でも、違った。当たり前じゃないから、こんなに重いんだ……」

 

 前世の日本では、親が子を守るのは当然のことだった。

 

 だが、この極限の貧しさと飢えの中で、私を手放さないと宣言することがどれほどの重みを持つか、今の私には痛いほど分かった。

 

 その夜、私が藁の中で鼻をすすっていると、炉の微かな明かりの向こうに、あの黒猫が現れた。

 

「……五年後に魔女様へ献上って話が出ました。やっぱり、あなたの言う通りになるんですか」

 

 私が涙声で尋ねると、猫は静かに尻尾を揺らした。

 

『未来は石に刻まれた絶対のものではない。だが、川の流れには傾きがある。お主が「普通の村の子供」としてこのまま収まり続けるのは、どうあっても難しかろうな』

 

 私は唇を噛んだ。

 

『だが、今日、お主の父と母は、その流れに逆らったぞ』

 

「……うちの子だって、言ってくれました。私、ただ役に立つから置いてもらえてるだけだと思ってました」

 

 猫は翠の瞳を細めた。

 

『それも間違いではない。貧しき家では、役に立つことこそが生きる理由になる。……だが、それだけでもないのじゃ』

 

 私は顔を上げた。

 

『覚えておけ。人間というものは、たった一つの理由だけで誰かを生かすわけではない。役に立つから。情が湧いたから。失うのが怖いから。村に勝手に渡したくないから。己の所有物だと思っているから。……いくつもの泥臭い理由が複雑に絡まり合って、ようやく一人の子を守る壁となるのじゃ』

 

「地獄だと思ってたのに……」

 

『地獄の中にも、小さな火くらいは灯るものじゃよ』

 

 猫はそう言い残し、闇の中へ溶けていった。

 

 秋が深まり、冬の足音が再び近づいてくる。

 

 私は忙しく動き回った。

 

 木の実を仕分け、薄焼きを焼き、怪しいものを捨て、小枝を集め、赤ん坊の世話をする。

 

 家の中の冬支度は、去年の絶望的な状況に比べれば、ほんの少しだけ整っていた。

 

 もちろん油断はできない。

 

 冬は確実にやってくるし、魔女様への献上という未来のタイムリミットも設定されてしまった。

 

 それでも。

 

 私は木の実を干す手を止め、遠く暗い森の奥を見つめた。

 

 いつか、私はあの森の奥へ渡されるのかもしれない。

 

 だが、今はまだ、母親が私の肩を強く引き、父親が私を家の内側に置いてくれている。

 

 その秋、私は初めて知った。

 

 この家は地獄で、貧しくて、寒くて、腹が減って、いつか私を手放すかもしれない場所だった。

 

 それでもその時だけは、確かに私は「うちの子」として、炉の火の内側に置かれていたのだ。

 

 私はその夜、藁の中で小さく丸まりながら、母の硬い声と父の低い声を何度も思い出していた。

 

 うちの子。

 

 ただの子供。

 

 その二つの言葉は、次に運命が大きく動き出すまでの五年間、私の中で小さな火種のように、確かに残り続けることになるのだ。

 




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