呪われた真祖 作:俺はオモチャ、それでいい
「状況をまとめましょう」
三輪が掠れるような声で言った。
「現在、私たちは大規模な結界に閉じ込められています。脱出方法は分かりません。民間人の発見にも至っておらず、手詰まりな状況です」
結界に突入して、およそ6時間が経過していた。
三輪、真依、西宮の3人は、住宅街にある公園の中で話し合っていた。西宮は子供のようにブランコに腰をかけ、真依はそのブランコを囲う手すりに体重を預けている。
アルクェイドは、突入してからすぐに別行動となってしまった。調査するとだけ言い残して、信じられないような身体能力で、町並みを駆け抜けていった。
「……」
三輪は真依と同じように手すりに体重をかけながら、自身の鼻筋を少し摘んだ。
結界へ突入したのは、およそ10時を回る少し前ぐらいだった。そこから休憩を挟みつつも、6時間も通しで動いているのだ。
睡眠不足が体に来ている。
どこか、そんな感覚がした。
(嫌な状況だ……)
依然として生存者と巡り会っていない。
消えた33名が、同じ結界によって消息を絶った以上、この空間内にいるとは思うのだが、いまだに影も形もなかった。
「まぁ、これだけ巨大な結界ともなるとね」
西宮が言った。
「私が上から見ても、意味が無いほどだし。視界が暗いのもあるけど、ちょっと広大すぎるかな? Googleマップで、芸能人探すのと難易度はそう大差ないかも。……ただ問題なのは、もっと別のところだと私は思う」
それは……? と三輪が聞き返すよりも早く、西宮は続けて言った。
「日が昇る─────」
その言葉に、全員の視線が集った。
濃い青色に近い薄暗い空に、暖かいオレンジ色が混じり始めている。まだ顔を見せていないくとも、その巨大な恒星から発せられる光によって、太陽は自身の存在を知らせている。
普通なら、朝方特有の鳥の囀りが聞こえてくる頃合いだ。しかし、この結界内には生物が存在していないのか、やけに不気味な静寂だけが広がっている。
三輪は姿を現していない日の出を見た後、再び西宮の方へと向き直った。
「良いことじゃないですか。景色が見やすくなるし、呪霊の心配も低くなる。万々歳ですよ」
「そりゃあね。けど、重要なのは太陽が出たという事実だよ」
西宮も三輪へと向き直る。
「結界内から、太陽が見える。つまり、この結界は帳のような性質ではないってこと。帳は空間を覆い隠すことで、外からと内から、互いに認識できなくさせる効果があるからね」
「けど、それが無いってことは、
真依が繋げるように言った。
西宮がそれに頷く。
「そう。まぁ、結界の外殻が透明である可能性も捨てきれないけど、それは後回しで。私たちが今やるべき事は、生存者の救助…………よりも、まずは安全確保かな。長居する事になりそうだし、食料も見つけないと」
「その事なんだけど──────」
真依は、少し重たい声色だった。
2人の視線が集う中、真依は懐から何かを取り出した。
「リンゴ……?」
それは茶色に変色した、リンゴだった。
まるで干からびてしまったかのように、水分を失って少し痩せているようにも見える。嗅覚に届く刺激臭からも分かるように、間違いなく腐っていた。
「数軒、まぁ不法侵入させてもらったの。そうしたら、どこもこんな感じだった」
「…………成る程ね。いや……うん。予想してたけど、結構ピンチかな……?」
西宮は困ったように、冷や汗をかきながら箒を抱き抱えるように少し丸まった。
(すごいなぁ……偽物の世界か。結界作成時、『元の世界』と『結界世界』という、別の世界線が生まれたんだ。このリンゴも、元の世界ではきっと持ち主に食べられているはず。けど、こっちでは腐るほど放置されている。理由は何故か? それは持ち主がいなくなったから)
アルクェイドが言っていた、『異空間』という単語。きっと、それは間違いではないのかもしれない。
「…………予定変更。まずは食料を探そう。ま、この感じだと、缶詰め程度しか食べられるものはなさそうだけど」
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(結局のところ、外殻は無かった。無制限に空間が広がっていると仮定して正解……? ……いや、それだと今までの呪術とはスケールが違いすぎる。それに、例え自分だけの世界を宇宙の端まで展開できたとしても、必ず呪力切れにたどり着く。最初に確認されたのが、およそ1週間前……ここまで持続するには、何かしらの搦手でロスを抑えているはず)
朝日が混じった薄色の空。
光が当てられた平凡な街並みが、水平線のように視界の端まで続いている。
自販機を破壊して手に入れたオレンジジュースを片手に、アルクェイドは12階はあるビルの屋上の端に座っていた。
(術者1人が常時展開し続けているなんて、思えないのよね。……きっと呪物か、柱のようなモノを使用して維持しているんじゃないかな? 数が多かれ少なかれ、それを破壊すれば結界は間違いなく崩壊する──────)
ペットボトルのオレンジジュースを全て飲み終えると、アルクェイドはそれをビルの屋上から投げ捨てた。
迷惑極まりないポイ捨てだが、この孤独が溢れる世界では何ら問題ではない。
(…………京都に戻ろ。結界の入り口がある以上、起点は絶対にそこなんだから)
アルクェイドはそう思うと、ビルの屋上から躊躇なく飛び降りた。
足を下に、まるで直線落下とでも言うように同じ体制で落ちる。ぐんぐんと近づいてくる地面に、アルクェイドは視線を向ける。
彼女の瞳が無機質に固定される中、その思考は飛び降りとはまったく別のことを考えていた。
(必ずある筈……この結界独自のルール)
パァン! と破裂音が響き渡る。
痺れるような衝撃が足裏から流れるが、アルクェイドは気にする素振りもなく、今度は羽ばたくように跳躍した。
(攻撃が始まれば、結界が誕生した理由も見えてくる。いきなり核を、破壊しなくていい。細かく、細かく、砕いていこう)
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「結界の基本は、自身を内側に入れること」
生活感が溢れる古谷の一部屋。
古くさい鉄と木の匂いがする、どこか懐かしさを感じるような空間。
そんな中で、西宮が解説するように言った。
「必然、結界の主はこの中にいる。手っ取り早い事件解決の方法は、その術師、もしくは呪霊の討伐」
「……けれど、難しいですよね? 人物を知らない、場所も分からない。何より、規模だけで言えばこれは間違いなく特級案件…….正直、私たちの手に負える仕事では─────……」
「それはあの、一級の人がやってくれるんでしょ? 出来るかどうかは知らないけど」
真依の一言に、2人はアルクェイドの顔を思い浮かべる。あの美を極めたような女の、横顔を。
「……当てにしない方がいいと思う。知らない人なら特にね」
西宮が言った。
「同意。というか、あの人誰よ?」
「新しい一級術師だって。新入りの」
「ふーん……あんな人が…………」
真依の目からしてみれば、はっきり言って相応の実力を持っているようには見えなかった。そもそも、女性の術師が一級以上になることなど、稀中の稀と言える。
身体でも売ったか……? と失言になり得る言葉を呑み込みながら、真依は家屋にあった椅子に背中を強く預けた。
(ふざけてる……術師になった最初の等級換算で一級? 甘く見積もりすぎっていうか、そもそもちゃんとした測定のもと判断されたんでしょうね? これで実際の実力が2級以下なら、私達に厄介事を押し付けたクソ上層部を100回殺しても殺し足りないんですけど)
イライラする。
簡単に、簡単にだ。
簡単に、上り詰めたのだ。
「日が出ている内は、呪霊は姿を現しにくい。いつ危険が迫ってくるか分かりませんし、今は睡眠を取りませんか? 夜に備えて、コンディションを回復しておかないと」
三輪の提案に、西宮は頷く。
「そうだね。夜勤はお肌に悪いけど、警戒すべきは、やはり夜。昨晩は何もなくても、それが次の保証になりはしないから」
「じゃあ一旦解散って事ね。私、もう少し綺麗な家で寝るから。それじゃ」
真依は風のように言い捨てると、足音を響かせながら家の出口へと向かった。
「起きたらこの家に来てね、真依ちゃん」
「はいはい」
振り返ることなく、軽く手を振りながら真依は玄関から外へと出ていった。残された西宮と三輪は、僅かに向かい合って沈黙を貫いた。
その僅かな沈黙が、眠気を確かに意識させた。
「どう思いますか、桃先輩」
「どうって?」
「ここから先、どうなるのか……すごく心配なんです。なんていうんだろ……勘……みたいなものが、静かながらも、すごく騒いでる感覚がします。まるで、トンネルの奥から風鈴の音が聞こえるような……そんな胸騒ぎが……」
「……さぁね。私は状況判断だけで手一杯だから、第六感については専門外。……でも、そうだね─────」
西宮は手のひらで口元を覆うように、深く考えた。
「これから先について考えると、嫌な予感はしてくる。地獄が待っているような、そんな予感も」
耳を燻るような、沈黙があった。
西宮は髪の結び目をほどくと、ツインテールのようになっていた、その髪を大きく広げた。
ボサボサになっているロングヘアを、手で僅かに整えながら西宮は椅子から立ち上がった。
「私も寝るね。起きたら任務続行って事で、よろしくー」
「分かりました。おやすみなさい、桃先輩」
おやすみー、と西宮は寝室へと向かっていった。
この古い家屋には、寝室が複数ある。
三輪は手元にあった、残り少ない缶詰めの中身を全て食べ終えると、先程までの二人と同じようにゆっくりと立ち上がった。
不気味に軋む床を踏みしめながら、近くにあった昭和風味を感じる窓際まで近づく。曇りガラスのような窓を開けると、未だオレンジ色の空を見上げて息を吐いた。
「──────帰りたい」
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空気が大きく澱んだ。
例えるなら、ゴミ処理場のようだ。
個々のゴミの臭いは、僅かな不快を思わせる程度の、そう些細なもの。しかし、それらが一つの空間に集うことによって、鼻での呼吸を拒否したくなるような、嫌な臭いが出来上がる。
違うが、同じ。
臭いはしない。
それでも、確かに呼吸を妨げるような呪力の波が、津波のように空気を覆っていった。
「─────霞!!」
暗闇に落ちていた意識が、強烈に叩き起こされた。聞き慣れた人の呼びかけに、無意識のうちに反応したようだった。
三輪はベッドから飛び起きると、すぐ横に立てかけていた刀を真っ先に握りしめて、声の主へと視線を向けた。
「緊急! 呪霊が来てる!!」
声の主は、髪を下ろしたままの西宮だった。
よほどの事で、そして唐突だったのか、いつものように髪を魔女のように結んではいない。その額からは、大粒の冷や汗がダラダラと流れていた。
「呪霊……!? 等級はどのくらいですか!?」
最初の西宮の言葉に、何か引っ掛かるものを感じながらも、三輪は即座に呪霊の強さの指標を質問として投げかける。
来てる。
……来てる……?
「そんな次元の話じゃない…………!!」
西宮は裏返りそうなほど切羽詰まった声で、叫ぶように言った。
「大軍で来たの─────!」
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呪霊は基本、単独で完結する。
弱い呪霊であるほど群れ、強い個体であるほど孤独に生きる。例え弱い呪霊が数えるのが億劫になるほど大多数で群れることがあっても、それは二級術師並みの力があれば簡単に祓うことが可能なほどに、弱くて脆弱だ。
ただそれは。
三級以下の集まりであれば、の話だが。
「───────」
あるのは、異形の行列だった。
一方の方向から、数え切れないほどの呪霊たちが数を成して進行している。
呪霊の姿は天狗や土蜘蛛、なまはげのような、絵巻物で見られる様々な妖怪に似た姿形ばかり。
到底、現実とは思えない光景だ。
「桃先輩……これは…………」
他の建造物よりも、背が高い建物の屋上から、三輪はその光景を見ていた。日が暮れた夜の街並みを背景に、呪霊たちが大通りを進んでいる。
彼らの両端には、オレンジ色の街灯……いや、提灯のような灯りが輝いていた。
「さぁね……とにかく、逃げるよ。下水みたいな呪力の気配で、すごく吐きそう」
「真依とは……!」
「真依ちゃんとは、後で合流する! 頭のいい真依ちゃんなら、きっと何とかするから!」
行列の進行方向は、こちらより少しズレていた。
このまま真っ直ぐ行っても、戦闘になることは無いと見ていいだろう。
しかし、なるべく離れることが吉だ。
何があるかまだ分からない、この結界内。
最悪を想定して動く。
西宮は自身の箒の前側に乗ると、その後ろ側に空席をあけながら言った。
「乗って、霞! 特別だからね!」
「あ……ありがとうございます!」
初めて西宮の箒に乗る。
自転車や車、電車以外で、初めて乗る乗り物が箒になるとは思ってもみなかった三輪は、慣れない動きでそれに跨った。
ずん、と1人分の重量感が加わったことを確認した西宮は、術式を用いて箒を上昇させる。
地面が足から遠ざかっていく感覚。
落下防止用のベルトも、パラシュートも着けていない浮遊の感覚に、三輪は鳥肌を立てずにはいられなかった。
「わ、わわ……」
「言っとくけど、落ちたら助けられないからね?」
三輪は西宮の上着の、肩と腰あたりを掴んでピッタリとくっついた。
西宮としても、他人を乗せて飛ぶという久方ぶりの事だった。三輪を乗せることは、まるで拘束されたようで、普段よりも数段動きづらくなったが、飛行能力に致命的な支障をきたしている訳ではない。
飛べる。
そう確信した西宮は、行列に背中を向けた速度を上げようとした。
その時だった。
ゴッッ……という銃声が、背後から響き渡った。
「───────」
それは間違いなく、銃声だった。
あのオレンジ色に輝く行列、その先端付近であるではと、直感的に思った。
「──────真依ちゃん…………何で……?」
銃声の正体など、考えるまでもない。
1人しかいないのだ。
この結界に、銃を持ちこんだ人間など。
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「ッ……!!」
空を駆け抜けながら、西宮は歯噛みする。
オレンジ色の光が、どんどんと近づいている。
近づくほどに、心臓の鼓動が激しくなるのがわかった。まるで濁流の中を進んでいるような感じだ。
命を投げ捨ててるとしか、思えない。
「最悪……! 何もかも!!」
例え銃声の正体が真依であろうとなかろうと、誰かがそこにいるのは確実。
捨て切れないというのは、こうも人を死に導くのか。
「……! 桃先輩、あそこ!!」
三輪が後ろから指を差した。
その先は、狭い路地裏のようだった。
パァン!! という銃声が響くと同時に、そのタイルの隙間のような細い道から、黄色い閃光が瞬いた。
(路地裏……狭ければ、大軍では追っては来れない。けど、物量が物量だ。祓っても祓っても、この数じゃ──────)
眼下には、多くの呪霊が蔓延っている。
まるで去年のクリスマスの百鬼夜行のようだ。
(…………呪霊操術)
群れない呪霊を束ねるには、その術式しかない。
しかし、それはあり得ない。
夏油 傑は、既に死んでいる。
「降りるよ、霞!」
三輪が返事をする間もなく、西宮は箒を急降下させた。針の穴を通るように、路地裏の隙間に滑り込んでいく。
和風の回廊、木造建築に囲まれた薄暗い道の中に、真依は汗をかきながら走っていた。
その隣にいる、10歳にも満たないであろう子供の手を握りながら。
(子供……! そういう訳ね!)
西宮は地面ギリギリまで急降下すると、箒の尾を振り回すかのように旋回した。
「『鎌異断』ッッ!!」
半月を描いた箒の穂先から、斬撃にも似た風の塊が放たれた。それは豪速球とも言えるスピードで空を走ると、もっとも接近していた鴉に似た呪霊の首を抉り飛ばした。
続け様に、三輪が刀を抜いて走った。
その鴉の呪霊の背後にいた、なまはげのような呪霊に対して抜刀を行う。
ギャインッッ!! と、なまはげ呪霊が持っていた包丁と、三輪の刀が衝突し、火花が散った。
「くっ……!!」
三輪が強く、奥歯を噛み締めた。
仕留められなかった。
そして、いま気がつく。
なまはげは、両手に包丁を握っている。
右手で防ぎ、弾かれ、次は左手の攻撃。
対処が遅れる─────
「伏せなさい!」
真依が怒号にも似た声で叫んだ。
その後に起こる銃声と、周囲を逆撫でるようなガラガラと掠れた音が響き渡るのは同時だった。
狙われているのは、真依の隣にいる子供だ。
三輪を助ける為に発砲した真依と、術式による攻撃が終わった直後だった西宮が、子供の方を見る。
そこには、骨に皮だけが付いたような手で、首を掴まれ空に持ち上げられている子供の姿があった。
ガラガラとした声は、呪霊のものではなかった。
首を掴まれている、子供の呼吸音だったのだ。
「こいつ──────!!」
真依が天へと昇るキリンの首ほどもあるような、骨と皮だけの腕に殴りかかった。
同様に、西宮も反射的に体が動いていた。
箒の速度で体当たりするような形で、その腕に向かって突っ込む。
しかし、問題があった。
誰もが余裕が無くなった。
常に後手に回って、対処を行なった。
1秒の誤差が生死を分ける戦い。二級、三級では経験することが無い状況で、次の手を打とうとする意思が潰えたのだ。
前線にいる三輪の足がもつれた。
シン・陰の『簡易領域』を展開しようと、距離を取ろうとして背後に転けた。子供でもジャンプで飛び降りれるような僅かな段差だが、そこに三輪は背中から落ちて、さらに運悪く後頭部を強打した。
眩い火花が視界に散って、三輪の手から刀が滑り抜けていった。
死ぬ。
その二文字が、閃光の中で焼き付く。
「────、─────」
まとまらない思考の中でも、心を蝕むような恐怖が全身を包み込んだ。
これから来る痛みも、それを齎す呪霊も、全身が震えてしまうほど恐ろしい。
しかし、何よりも怖いのは『死』だった。
(いやだ…………)
瀕死の虫のように動く体は、よろめきながらも後ろへと後退した。
背後でカラン、と軽い音がした。
西宮か真依の、どちらかに何かがあったのだろうか。
三輪は2人の安否を気にしながらも、振り返ることが出来なかった。目の前に迫ってきている包丁の刃渡りから、目が離せなかったからだ。
その長さは20センチはあるように見える。
もしも、それが体に突き刺さったら、どれたげの痛みが走るのか。想像する痛みは、実際の痛みよりも何倍も優しいものなのだろう。
即死は出来ず、きっと苦しんで死ぬ。
その間、いったい何秒になるのか。
結局何も感じない死へと至るのなら、痛みなど何も関係ないと思えるのか。
(い、いやだ─────嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! 死にたくない! こんなところで!! お母さん─────!)
包丁が腹部に滑り込む。
灼熱の激痛が、三輪の全身を駆け巡った。
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「あーあーあーあー。何これ何これ何これ」
ある神社の鳥居の上で、1人の女が言った。
彼女の瞳には、夜の街から輝いている橙色の光が反射している。まるで街そのものが、光っているかのような光景だ。
この輝きは、無数の灯りの集合体であり、その灯り一つ一つが、呪霊なのだろう。
金髪が風で揺れる。
この風はきっと、呪力の風だ。
数え切れない呪霊から溢れる波が、この泥のような不愉快な風を引き起こした。
アルクェイドは、無表情だった。
「ワルプルギスの夜……百鬼夜行とか、その類?」
現実では起こり得ない現象。
宵の中で、胎動する意志のようなものを感じる。
非常に興味深いことだ。
しかし、今は──────
「ゴキブリが繁殖しても気持ち悪いだけ。しょうがないから、わたしが直々に駆除してあげる」
アルクェイドが右手を上げた。
その細い五指が、開かれる。
まるで、光を切望するように。
まるで、光を握り潰すように。
世界そのものが、彼女の意向に傾く。
誰かが死闘を重ね、誰かが死にかける。
そのような状況の中で、小さく歌うかのように。
アルクェイドは、囁いた。
「『空想具現化』」
もし楽しみにしてくれてる人がいるのなら、投稿頻度遅くて申し訳ないです。それと誤字修正、感謝の極み。