無能王女と最強勇者伯~ 無能で玉座に興味がない王女だけど、最強の勇者伯が勝手に味方宣言してきて困る~ 作:たけすぃ
流石貴族が通う学園だなと、人が傷つかないように割れるガラスを見て私は思った。
設計者が何を思って、教室の窓ガラスを安全に割れるように設計したのかは知らないが、少なくとも今この瞬間は大いに役に立っている。
人間、本当にびっくりすると声も出ないというのは、本当の事なのだなあと。私は出来れば一生知りたくもなかった実感を得ながら立ち上がる。
教壇の前、持っていた本を落としそうになっている教師の前まで歩く。
靴底が割れたガラスを踏んでジャリジャリと音が鳴る。
「何をしているんですか? ショウ君」
声が震えていない、私えらい!
「いや……今……ええ?」
教壇と私達が座る雛壇席の間に立ったショウ君が、何故か困った顔をして固まっている。
「さっきその……怪しい魔力をだな?」
何なのだ怪しい魔力とは? 魔力には怪しいも怪しくないも存在しない。
首を傾げる私、とおそらく私の背後でもっと首を傾げているだろうクラスメート達の顔を見て、ショウ君が何でだろう? みたいな顔をしている。
その顔をしたいのは私の方なのだけど……。
当てが外れた、というより、あって然るべき物が存在しなかった、ショウ君の顔はそんな顔だ。一番近い物を上げるなら、呼ばれた夜会に行ったら自分の席がなかった時の私の顔だ。
王家に対する失礼や非礼にならないように、言い訳を何重にも用意していた計画的な嫌がらせだった。
あの時は私の為に費やされた労力を思って逆に感動してしまった。
まあ私の悲惨な過去の話はともかくとして。
ショウ君が滅茶苦茶な人間である、というのは何度も思い知らされているが、いきなり教室の窓を粉砕して突入してくるような人間とも思えない。
多分に私の願望が入っているのは自覚するが、まあ相手は命の恩人なのだ。この程度は信じてあげなければならない。
つまりだ――。
「ラドラリー先生、どうもショウ君が
私は歴史教師のラドラリー先生に頭を下げる。
授業を邪魔されたからなのか、もしくは初代国王ヴァンの大演説が最高に盛り上がる所で邪魔されたからなのか? 先生の顔は今にも爆発しそうな程に真っ赤になっている。
いったい私の言う〝誤解〟とは何なのか? とか色々と自分でも思うが、王女が謝れば大概の事は有耶無耶にできる。
その代わり、教室の窓は私が弁償する事になるだろうが、まあ大丈夫。流石に特殊な窓ガラスとは言え、ガラス代で破産はしない。
手痛い出費だが、まあ私に割り当てられている予算は余り気味だ。
まさか予算の使い道が分からなくて余らせている自分の無能が役立つ時が来るとは思わなかった。
私は、教室の騒ぎに何事かと集って来た守衛の間を抜けて外に出る。
授業中であるが、この際言っていられない。
「あーすまない?」
私に襟首掴まれて連行されるショウ君が、困ったような顔をした。
*
ショウ君いわく、教室で不審な魔力の動きを察知したので魔物召喚の道具が使われると思って突入してきた、らしい。
魔力の動きってなんだ? というのが私の感想だけど、ショウ君には感じられる物らしい。確かに以前私に魔法を教えてくれた家庭教師も似たような事を言っていた。
ある程度の実力になると、魔法を使ったりする際の魔力を感じられるようになると。
ただしそれは、相手が目の前にいる時ぐらいの距離間の話しであって、学園の上空何十メートルから感じられるような物ではない。
相変わらずショウ君が規格外すぎて、意味が分からない。
そもそも空を飛んでいたってなんだ? 人間は空を飛ぶように出来ていない。
勇者だけが使える伝説の魔法を、授業をサボタージュする為に使わないで欲しい。
いや……良い。良いのだ、この程度。
この程度は許せる、だって彼は勇者なのだ。正真正銘の勇者なのだ。
空も飛ぶだろうし、魔力なんて物を感じて教室の窓ガラスを粉砕する事もあるだろう。
でもです! でーもー!
クッソ高い窓ガラスの請求書を処理した翌日に!
「どうして同じ事をするんですか!?」
私は、ガラスが散らばる食堂の床で、正座するショウ君に声を上げた。
悲鳴だったかもしれない、微妙な所だ。
学園の学食は、大勢の貴族(の卵)を効率よく、かつ彼らのプライドを傷つけないよう最低限の豪華さを提供しながら、栄養補給させるように作られている。
その豪華さの一つが、ガラスで出来た壁だ。
外光を取り入れ、良く手入れされた庭を一望できる。似たような工夫は貴族の邸宅でも良くあるが、学園の食堂程大きな物はない。
それが今や粉微塵だ。
教室の窓ガラスと同じく、割れても人を傷つけないようにゴロゴロとした塊みたく割れたガラスが、自分の銀髪からパラパラと落ちる。
昼食のスープにもガラス片は入っているし、今さら周囲にガラスを撒き散らしても誰も文句を言わないだろう。
「えっと……魔力をまた感じまして……」
「そんなテンドンいりません!」
同じネタを二回使う、というコメディアンが使う専門用語が口を突いて出る。
お笑いは私の密かな趣味の一つだ。
いや違う、そんな事はどうでも良い。
正座して反省状態のショウ君の頭頂部を眺めながら、先日、教室の窓ガラスを私が弁済すると知った時の、ヴェスポリ伯爵夫人のお小言を思い出していた。
私の予算は派閥の武器の一つであるので、随分とネチネチ言われた。
勇者伯の為、という一言で全てを押し切れたが――。
今回の被害規模は流石にちょっと洒落にならない。私に割り当てられているショボい予算だと激痛では済まないレベルだ。
食堂の窓からダイナミックエントリーしてきたショウ君は、すぐさま自分がやらかした事に気が付いて、流れるような所作で正座に移行した。いらん所で勇者の反射神経を使うなと言いたい。
どうすんですかコレ? 流石にこれを私に割り当てられた王室予算でどうにかしようとすると、破産の憂き目がリアルに見えてくる。
借金……借金するか? 誰から? 誰が王位を継ぐチャンスもないような無能王女に金を貸すと言うのだろうか?
ヴェスポリ侯爵夫人か? 無理だ、あの人お金には凄い厳しい。
食堂を利用していた沢山の生徒からの、非難の視線を一身に受けながら、人から金を借りるというハードルの高さに眩暈を起こしそうになる。
こうなったら国王である御父上に土下座するか? 私一人の頭を下げた所で金なぞ硬貨の欠片すらも出てこないだろうが、ショウ君と二人で土下座したらどうにかなるだろう。
いっその事ショウ君一人で土下座させた方が成功率は高そうだが、ショウ君が学食に窓からダイナミックエントリーしたのは、私の我儘のせいでもある。
ショウ君一人に土下座はさせられまい。
お父様の前でショウ君と二人で土下座する自分の姿を想像して泣きそうになる。
しかし、それはそれとして。
今はこの場を収めなければならない。この前はショウ君の〝誤解〟という事で押し切った。押し切られたラドラリー先生の顔はこの際思い出さない。
私が、今回使える手はないかと頭を悩ませていると、周囲が急に静かになった。
食堂の床にショウ君を正座させている(ように見える)私を、囲むように、されど巻き込まれないような距離で、こちらを見てヒソヒソと話していた学生達が、気が付けば更にその輪を一歩広げていた。
輪の一部が割れる。
「我が妹よ、これはいったいどういう状況だ?」
自分の表情筋が微動だにしなかった事にまず満足した。