無能王女と最強勇者伯~ 無能で玉座に興味がない王女だけど、最強の勇者伯が勝手に味方宣言してきて困る~ 作:たけすぃ
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俺が王都に戻れたのは、学園の入学祝賀会の一日前だった。
大陸のド辺境、普通なら何ヶ月もかかる旅路を四日に短縮した俺を迎えたのは、両親の遅いという酷い一言で。思わず文句を言いたくなる。
当主である父が国から押し付けられる雑事を俺に回すからこんなにも苦労しているのである。ふざけんな! 何が母を愛するのに忙しくて国からの雑事なんかやってられない、だ。息子に押し付けるにしても理由が酷すぎる。
だがしかし、時間が無いのも本当で、俺は帰ってきてから髪を切られ、風呂に放り込まれと、少なくとも見た目は貴族に見えるようにとワチャワチャさせられた。
いつもなら途中でキレて逃げ出しているが、今回は我慢できる。
なにせ学園にはあの王女がいる。
王国に雑用ばかり押し付けられて、社交界の事には疎い俺の耳にも入る程の無能。
噂に寄ると無能過ぎて婚約者も見つけられないらしい。
しかし無能と言っても王族である。つまり俺の曽祖父の借りを返す相手としては問題ない。問題ないどころか、無能であるのなら借りを返す機会も増えるはずで好都合だ。
我ながら完璧なプランに震える。
着慣れぬ制服もその窮屈さも、未来の自由の為と思えば嬉しくなってくるから不思議だ。
俺は清々しい気持ちで入学祝賀会の朝を迎えた。
ヴァン王立学園という名前だが誰も正式名称で呼ばない。
何せ貴族が通う学園なんて一つしかないので、学園と言えば通じてしまうからだ。
何度かの改築と改修、それを経てもなお古臭い見た目は全くもって俺の好みではない。
しかし俺の希望の場所である。
そう思えば新入生を一纏めにして大議場に押し込められる苦痛も我慢できる。
場所や施設が不愉快なのではない。
時間を使って並べられただろう椅子は、貴族子弟を座らせる為の物なのでフカフカで座りやすいし。換気と空調は魔法か何かで完璧だ。
俺が不愉快なのは大勢の人間と一緒にいる事だ。
どうにも勇者伯とか言われる我が家は、集団の中では浮くのだ。
家の歴史が三百年で新参者という世界なので、曽祖父から貴族になった我が家は貴族としてはまだお客様なのだろう。
周囲の令息令嬢からの視線が鬱陶しくて仕方がない。
まだ討伐証明として提出してない竜の死骸でもこの場で出してやろうか? 等と頭の悪い事が思い浮かぶが我慢する。
そんな事をすれば、噂の無能、メフティア王女を使って借りを返す事が難しくなるだろう。無能だって突然竜を出す様な奴は警戒する。
王国から押し付けられる雑用で、大陸を駆けずり回ってた俺でも分かる。
貴族にとって相手に貸している借りは武器だ。借りを返されるというのはつまり武器をなくすという事だ。
先祖が受けた借りの巨大さを考えれば、一度で返せる等とは思えない。
だとしたら警戒されるのは悪手だろう。
俺は周囲からチラチラとお上品に向けられる視線を全て無視して、大議場の一段高くなった舞台に視線を向ける。
興味の沸かない何か偉そうな人の話が終わり、遂に俺が目的とする王女が出てくる。
舞台の中央まで歩き出る王女は一見落ち着いているように見えたが、よく見ると至る所の筋肉が強張っているのが分かる。
たかだかちょっと話すだけで緊張する。
聞いた通りの無能っぷりに安堵する。
これは沢山借りを返せるぞ! もしかしたら一年も掛からないかもしれない。
俺が王女の噂に違わぬ無能っぷりにニコニコしてると王女が早速やらかした。
スピーチの最中に噛みやがった。
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自分の無能っぷりに死にたい。今すぐ死にたい。いや駄目だ死ねぬ、死ねば派閥が露頭に迷う。スピーチで噛んだ事を悔やんで死んだ王女は流石にヤバい。
私はその思いだけを頼りに乗り切った。王女相手に「お前、今噛んだよね?」等と言える奴もいないので誤魔化しただけとも言う。
いっそツッコんでくれ! 罵ってくれ! その方がまだ楽だ!
己の無能さを呪いながら私は祝賀会を無表情で乗り切った。落ち込むのは流石に貴族的にアウトだ。
表情に出せば食われる、ここはそういう世界だ。
私はわざと他の生徒達から遅れて議事堂を出る。招待客の中にいるだろうヴィスボリ伯爵婦人の顔は怖くて見れなかった。
大議事堂から出たら嘘みたいな青空が広がっていた。無能にこんな青空の下を歩く資格があるのかと思いながら、無闇に広い敷地を歩く。
周囲に人はいない。よし溜息を吐ける。
数少ない機会を逃さぬように息を吸い込んだ所で人影が目の前に出てきた。三人。
一瞬、噛んだせいで暗殺されるのかと思い身構える。
「これはこれは、ご機嫌麗しゅう」
しかし相手の顔が嫌味な笑みだったので、暗殺じゃないと分かる。
私は頑張って宜しく無い頭を捻って誰なのかを思い出す。
次兄の派閥に所属するビット男爵家の次男だ。名前は確かムゥス。
下級貴族が次男を使って次兄にアピールする為に私に近づいてきたのだろう。
何と分かりやすい、そして男爵家ごときに馬鹿にされるのか私、王女なのに。
長兄の様な武力も無い、次兄の様な頭脳もない私は笑みを浮かべて、相手の口から婉曲に流れ出てくる皮肉に気が付かないフリをする。
不敬にならぬように王族を罵倒する術で貴族に勝てる者はいないだろう。ムゥス君のはちょっと洗練さに欠けるが。
ハイハイ、私は無能ですよー。さっさとコイツどっか行かねぇかな? そう思っていた私の眼の前でそれは突然起こった。
無能は私が馬鹿にされる、耐えるまでもない日常の風景は、一瞬にして意味不明な物に変わった。ムゥス君が顔面を鷲掴みにされて吊るされていた。
貴族の息子が吊るされていた。
アガガガとか貴族の息子が叫んでる。
ムゥス君、人望は合ったようで仲間の一人が助けに入ったが、そっちも一緒に吊るされた。確か男爵家の何かだったと思うが、眼の前の光景が信じられなくて思い出せない。
私と同じ新入生だろう。
緑色のタイをした少年が、両手に貴族の息子を鷲掴みしながら私に言った。
「さっそく借りを返せるよ王女」
せめて様をつけろよ。
私はそう思いながらも、残されたムゥス君の取り巻き――、腰を抜かしてこちらを見上げる少年を見て思う。
私も腰を抜かしたい。王女なので出来ないが。
頭が痛い、物理的に。
ついでに言うと胃も痛い。
あまりの衝撃で無能な脳が短絡《ショート》を起こしたが。私を助けた……助けたで良いのだろうか? 少年は同年齢では最も有名な人間だった。
多分王女の私よりも有名だ。
勇者伯その次代、ショウ・アブ・トリック。
彼がいるというのは知っていた。同い年にとんでもない奴がいるというのは当然知っていた。
十二歳かで小さな領なら滅ぼせるヤバい魔物を単独で討伐したり、街に広まった呪いの発生源を破壊したりと。信じられない活躍をしている今代の勇者だ。
王家は厄介事が起こるたびに勇者伯に頭を下げて解決してもらっている。
貸し借りが貴族の世界だが、王家が勇者伯に借りている借りの量は玉座を明け渡しても尚《なお》返しきれないだろう。
その勇者伯の次代は何と言ったか?
「借りを返す……のですか? 貴方が私に? 王家が貴方にではなく?」
なので私のこの疑問はひどく真っ当なハズだ。
おい、まてこの勇者、なんでそんな嫌そうな顔をするんだ!?
「くそ、やっぱりこの程度じゃ借りを返したとは思ってくれないか」
待って! 本当に待って!
私は貴方に何も貸しなんて作ってない! むしろ王家は借金だらけだ!
「あーヤダヤダ、これだから貴族は」
今代勇者はそう言ってムゥス君他を雑に地面に放り投げる。
ここまでやったら普通は戦争一直線だが、勇者伯に手を出せるのは自殺志願者だけだ。
物理的な意味でも、政治的な意味でも、勇者伯を敵に回して勝てる貴族はいない。
怒り心頭だったムゥス君と他一名も、誰に鷲掴みにされていたか気がついた瞬間に顔を青くしている。
無能を馬鹿にしてたら何故か勇者に顔面鷲掴みにされていた。
意味が分からなさ過ぎて怖い。
寝ようと思ったベッドに馬の血に塗れたナイフが置かれていた時の方が、まだ意味が分かって安心できる。気分は良くなかったけども。
動けば竜の尻尾を踏みかねないと、全員が凍りついたように動けない中で。
今代勇者は堂々と、まるで世の理を解くかのような声で言った。
「俺は王女にデッカイ借りがある」
ねーよ、そんなモン。
私の鍛え上げた表情筋が無表情を保つ。嘘です呆然としてただけです。
「俺は借りを返さなきゃいけない、貴族らしく。だから今度から王女に文句があるならまずは俺に言え」
貴族は貴族を地面に放り投げたりしない。
これで良いだろ? そう言いたげな笑顔を向けてくる今代勇者、ショウ・トリックに私は心の中でそうツッコんだ。