無能王女と最強勇者伯~ 無能で玉座に興味がない王女だけど、最強の勇者伯が勝手に味方宣言してきて困る~ 作:たけすぃ
ヴァン王立学園の敷地は広い。
なんせ国中の貴族の令息令嬢が集ってくるし、学園の本質は士官学校だからだ。
要は学生を走らせて鍛える為のスペースが必要なのだ。
私こと、メフティア・フレネス・アブ・トゥロウサンは、およそ高貴なる血が流れる者としては完全に失格な顔をして営庭《えいてい》を走っていた。
クラスメート達の姿は遥か先である。
周回遅れだけは何としてでも避けなければならない。その思いだけで必死に足を前に動かすが、口からはコヒューコヒューと、王女が出して良い物じゃない音が出る。
遥か昔は貴族令嬢が戦争の事を学ぶなんてのは無かったらしいが、全人類が絶滅するかもという魔族との戦争で関係がなくなった。
男だろうが女だろうが、頭が付いていて足と手があるなら戦え、という事だ。
無能な私に時代が厳しすぎる。
魔族との戦争なんて百年以上前の話なんだから革新が必要だと思う。
貴族だからって一律に戦えないとダメとか時代錯誤も甚だしいと思うの。
今は平和な時代! 無能には無能らしく生きる権利を!
駄目だ……王女で無能は下手すれば暗殺される。
王国からすると継承権第三位なのに無能な私の使い道は、政略結婚に使うぐらいしかない。政略結婚とは、嫁いだ先で嫁が政治的存在として影響力を発揮できると期待されるから、どこもかしこもやるのだ。
それが期待できない無能な王女は〝いない方がマシ〟と判断されても仕方がない。
無能に生きる事すら難しい!
酸欠状態の頭がヒィヒィ言いながら絶望する。
「なあなあ! メフティア! 辛いか!? シンドイか!?」
絶望状態の私に信じられないぐらいに明るい声が掛けられる、背後から。
信じられない事に私は最後尾ではない。
「い……今! 私に! 話しかけないでください! ショ……ショウ君!」
通称勇者伯、トリック侯爵家の長男、次代の勇者ショウ・アブ・トリックに、私はなけなしの空気を振り絞って返事を返す。
あ、駄目すっごい肺が痛い。
「なあなあ! 担いでやろうか!? シンドイなら担いでやろうか!?」
何かしら私に借りがあると思っている彼が、私を担いで走る事で借りを返せると思って声をかけてくる。
私の命を助けたのに返せないと言うほどの借りが、担いで走った所でいかほども返せるものだろうか? 基準が良く分からない。
「わた! 私は! これでも王女ですので! 臣下に担がれて走ったなどとは!」
そんな醜態を晒せばどんな噂が流れるか、想像するだけで恐ろしい。
酸欠で倒れて運ばれるのならまだしも、学園の授業程度で勇者伯を足に使って運ばせたなどと言われたら、それこそここ最近の私の努力が水の泡である。
この前、私は暗殺されそうになった後に一つの工作を行った。
ショウ・アブ・トリックは別にメフティア派閥に入ったわけではなく、単に個人的な〝友誼〟によって一緒にいるだけにすぎない。
そういう噂を流したのだ。
貸し借りで繋がる貴族の世界だが、それでも稀に、本当に稀にだが個人的な友誼で繋がる関係もある。ぶっちゃけると奇跡のような話だけど、本当にあるのだ。
そしてショウ君が私に借りがある、という本当の話よりも、私の場合はその奇跡の方が真実味があるのだ。
己の無能さがかえって清々しい。
この無能な私にショウ君が借りがある、という話よりも。貴族の世界では奇跡に近い、個人的友誼によって繋がっている、という話の方が他人を信じさせられるのだ。
貴族ならこう思う。
個人的友誼による関係であるならば、政治的な判断の前では容易く切られる事になると。
人と人との関係において、友情が政治的理由よりも下に見られる、貴族ってホントにクソだなって思う。
だけど私はその貴族の親玉一家の一員で、そのクソさによって、とりあえず暗殺の危機からは逃れられている。
これも全て自分の無能さが悪い。
「肩に担がれるのが嫌なら、脇に抱えてやろうか?」
私に借りを返すチャンスを逃したくないのか、ショウ君が食い下がる。
というか肩に担ぐ気だったのか、王女を。
「肩に担ぐのも! 脇に抱えるのも駄目です! ていうか今! 私を荷物扱いしましたよね!?」
肩に担がれてたまるか、その一心で肺の熱さも脇腹の刺すような痛みも忘れて叫んだ。
「お? なんだよー元気じゃん。やめてくれよそういう腹芸」
腹芸できるような腹事情じゃないんですけど!?
なんで走っているのに足より先に脇腹が痛くなるんですか! 人体が理不尽すぎる!
「あ、駄目」
実際に叫んで、心の中でも叫んだら、脳も心も酸欠になった。
途端にもつれ始める両足、王女が営庭で無様に転ぶわけにはいかない、それだけを支えにどうにか持ちこたえる。
「なんだやっぱり限界だったんじゃないか」
貴方のせいですよ、そう言い返したいが今は絶対に無理。
私の背後で「仕方がないなー」と呟くショウ君は絶対に笑顔のはずだと思いながら、気合で顔を前に向け続ける。地面を見た瞬間に私は倒れるだろう。
「手伝ってやるよ」
背後からの声に、尊厳の危機を感じる。荷物のように運ばれる自分を想像して、ゲンナリする。無能にはお似合いの無様さだ。
いやいや駄目、私駄目。私これでも王位継承権第三位の王女。派閥もあるの。
荷物のように運ばれるのは、似合ってようが駄目。
もう無理と悲鳴を上げる肺をねじ伏せ、どうにか息を吸い込んだ私は、次の瞬間には遥か前方にいたクラスメート達の先頭をヨタヨタと走っていた。
いったい何が? と思ったのは一瞬で、すぐに自分が伝説をこの身で体験したのだと悟った。
……転移魔法!
勇者の一族だけが使える伝説の魔法だ。勇者以外では、トゥロウサン王国の始祖ヴァン・アブ・トゥロウサンだけが体験した事があると言われている。
私は今、それを体験したのか?
自分の身に起きた事が信じられなくて、足がもつれて倒れそうになる。
「おっと、大丈夫か? すまないな、他人を転移させると慣れない内は転移先で良く転ぶって初代様が言ってたのを忘れてたわ」
その初代勇者様が言っていた他人っていうのは誰なんですかね!?
私はショウ君に支えられて、バランスを取り戻しながら叫びたいのをグッと我慢した。
周囲にはクラスメート達がいるからだ。
彼らはみな、突然自分達の先頭に現れた私とショウ君を見て、何が起きたのかを悟ったのだろう。すぐにでも追い抜けるはずの私を恐れるように速度を落とし後ろを走る。
「今のってやっぱり伝説の転移魔法……」
「歴代勇者が転移魔法で他人を転移させたのって初代国王陛下だけだったと……」
「次代の勇者伯が王女を我らの先頭に転移させたというのは、やはりそういう事だと?」
あああああ! 不穏な言葉が! 不穏な言葉が聞こえてくる!
王位継承権三位の人間を、初代勇者が始祖ヴァン国王にしか使わなかった転移魔法を使って、次代の勇者伯が貴族達の先頭に転移させる。
実に政治的過ぎて眩暈を起こしそう。
「あ、あー。いつのまにか周回遅れになってしまいましたわー」
おそらく全員からの〝お前は何を言っているんだ?〟という視線が背中にぶっ刺さるのを自覚しながら、私は精一杯に誤魔化した。
私が無能すぎる。