ようこそ実力至上主義の教室へ ──Another Note : L's Game 作:ぐぬぬです
入学から2日目
新しい環境にも徐々に慣れ始めてきた頃だった。
クラスメイトたちも自然とグループを作るようになり、休み時間には教室のあちこちで会話の輪が出来ている。
もちろんそれは私も例外じゃない。
ありがたいことに沢山の人と話す機会に恵まれているし、今のところBクラスの雰囲気も悪くないと思う。
そんな私は今、けやきモール内にあるカフェにて神崎くんとこうして向かい合う形で顔を見合わせることになった
その間の席には竜崎くんが独特な座り方でアイスティーを飲んでいた
‥‥自分で言っといてなんだけど、竜崎くんの"これ"は座ってる。という表現が本当に正しいのかな
というのも、竜崎くんの座り方は椅子の上にしゃがみこむような形だ。
彼いわく、『この体勢じゃないと駄目なんです。この体勢じゃないと思考力が40%減です。』らしい
こういうの、確かルーティーンって言うんだっけ?
まあ、今更驚く要素では無いとは思うんだけど
それを加味しても、私達は改めて目の前の光景に再び驚きを隠せずにいた
「……」
「……」
「一之瀬さん、神崎くん。せっかくカフェに来てるんですし、お二人も何か頼んだらいかがです?」
そう言われて、私達は改めて視線をテーブルの上へと向ける。
そこには、ショートケーキ、モンブラン、チーズケーキ、プリン、アイスティー
一見ツッコミどころが見つからないようにみえるが、実際のところはツッコミどころしかない。
その問題な部分というのは、その全ての品が一人分だということだった。
「えーっと‥竜崎くん」
「なんでしょう」
「そのケーキ‥全部食べるの?」
「はい」
神崎くんも流石に気になったのか、テーブルの上へ視線を向ける。
「一人でか?」
「変ですか?」
「……いや‥‥そういうわけじゃないんだがな」
神崎くんはそれ以上何も言わなかった。
言わなかったけど、たぶん私と同じことを考えてると思う
食べきれるの?
というか食べるの?
当然の疑問だと思う
まあ‥‥私だって甘いものは好きだし、そりゃいっぱい食べたいなって思う時もある
でも少なくとも放課後に友達とカフェへ来て、最初にスイーツを四品注文する人は初めて見た。
「好きなんだね、甘いもの」
「はい。」
「‥‥‥純粋な疑問なんだが、そんなに甘いもの食べてて太らないのか?
こう言ってはなんだが、その‥‥割と痩せ型だろ?」
神崎くんが言葉を選びながらそんなことを聞いてきた。
確かによくよく考えてみたらそうだ。
竜崎くんは休み時間に合間にも甘いものを口にしている。板チョコだったり飴だったりと、何かしら甘いものを口にしてるイメージだ。
頻繁に糖分を摂取してるくらいには極度の甘党‥‥にも関わらず、竜崎くんの身体はどちらかというと、痩せている方だ
「実は適度に運動してる‥‥‥とか?」
「いえ、特にしていません」
「うっそぉ‥」
なんと奇怪な事実であろうか。
いや、なんとなく分かってはいたんだけどね?前にも言ったように、竜崎くんが毎日なにか運動を熟すような人物には思えない。
とはいえ、何もしていないでその体型なのはあまりにも奇妙だと言っていいだろう
「甘いもの食べて、特に運動してなくても頭を使えば太りません。」
「‥そうなの?神崎くん」
「いや、俺に聞かれてもだな‥‥‥」
何でも知っていそうな神崎くんでさえ、流石に答えを持ち合わせてはいなかったらしい。
困ったように腕を組む姿を見ていると、思わず笑みが零れる。
そんな穏やかな空気が少しだけ流れたところで、竜崎くんはアイスティーを一口飲み、静かにカップを置いた。
「さて。それはさておき、そろそろ本題へ入りましょうか」
その一言で、さっきまでの和やかな空気が少しだけ引き締まる。
神崎くんも自然と姿勢を正し、私も居住まいを整えた。
「頼んでいたことはどれくらい把握出来ましたか?」
「多分ほとんど調べたと思うよ。はいこれ、見取り図」
そう言って私はスマホからある画像を映し出してそれを二人が見えるところへと置いておく。
それは学校の道案内にそれぞれ赤い印をつけた画像だ
「この赤い印が監視カメラの設置場所。
今まで気にしてなかったけど、こうして見ると異様な数の監視カメラだね」
「ありがとうございます。その通りですね、普通では考えられない数です」
竜崎くんに頼まれてたことというのは、学校内にあるそれぞれの監視カメラの位置とその数を調べることだった
そして、それを調べていく中で竜崎くんが仮説で言っていたフロアもあった。
「竜崎くんが『もしかしたら』って言ってた"監視カメラが無いフロア"もあったよ。えーっと、ここ!特別棟だね」
「やはり、ですね」
「‥‥‥話が見えてこないな。竜崎、つまりこれはどういうことなんだ?」
「そうですね‥では、良い機会ですので私の考えをお二人に共有しておきましょう」
竜崎くんは一口飲んだアイスティーへ、新たに角砂糖を入れながら話を続ける。
「まず結論から言いますと、この学校はクラス単位で生徒を評価している可能性が極めて高いです」
「"クラス単位"で?」
「はい。」
「それは一体どういう──」
「待って、神崎くん。まずは竜崎くんの話を最後まで聞こ?」
神崎くんは少しだけ不満そうな表情を浮かべたが、すぐに「……悪い」と口を閉じた。
「ありがとうございます」
竜崎くんは小さく頷くと、アイスティーへ角砂糖を一つ落とした。
「まず、一つ確認したいことがあります」
「入学式の日、星之宮先生は私の質問である『いくらで購入できるのか?』に対して、『現段階では答えられない』と返答しました。
この回答、どこか引っかかる言い回しだと思いませんか?」
私と神崎くんは顔を見合わせる。
正直、私はあの時そこまで深く考えていなかった。
その為、どの辺が引っかかるのかがよく分からず、しばらく考えていると
「……
先に口を開いたのは神崎くんだった。
「本来、学校側が想定していない質問なら、『答えられない』だけで済むはずだ」
「わざわざ
「その通りです」
竜崎くんは嬉しそうでもなく、驚いた様子もなく、小さく頷く。
「つまり学校側は、その権利そのものを否定している訳ではありません」
「少なくとも、『今は公開出来ない』という情報だけは開示しました」
「……確かに」
私は思わず納得してしまう。
「言われてみれば、その言い方じゃ『いつかは答えられる』って聞こえるね」
「では、その
その問い掛けに、私も神崎くんもすぐには答えられなかった
高校へ入学したばかりの私たちに分かるはずもない
だからこそ竜崎くんは続ける。
「私は一つの可能性を考えました」
「先生は答えられなかったのではなく、答えられる範囲だけを答えたのではないか、と」
「……答えられる範囲だけ?」
「ええ」
「例えば、権利そのものの存在は伏せる必要がない」
「ですが、その権利に関する具体的な条件は公開出来ない」
「そう考えれば、『購入は可能』『ですが現段階では答えられない』という返答にも説明が付きます」
私は思わず星之宮先生の顔を思い出す。
あの時は何とも思わなかっけど‥‥今こうして説明を聞くと、先生は最初から言葉を慎重に選んでいたようにも思えてくる
「ただ、これだけでは証拠として弱い」
「先生一人の返答だけでは、その先生個人の判断なのか、それとも学校全体の方針なのか区別出来ませんから」
「だから他の先生にも質問したのか」
神崎くんが納得したように呟く。
「その通りです」
「ただし、同じ質問を同じ順番でしてしまえば意味がありません」
「もし星之宮先生が単に答えたくなかっただけなら、他の先生も同じように答えない可能性があります」
「逆に、学校全体の方針なのであれば、誰に聞いても"答えられない情報"だけは一致するはずです」
「そこで私は質問を分けました」
「茶柱先生には『クラス移動権』と『生徒会への推薦権』。
坂上先生には『生徒会への推薦権』と『先生との面談権』」
「もし三つとも公開出来る情報なら、どの先生も答えられる」
「逆に、一つだけ答えられないのであれば、それが学校として隠している情報だと判断出来ます」
竜崎くんはそう言って、残っていたアイスティーを一口飲んだ。
「そして結果は、私の予想通りでした」
♢
坂上先生の回答
『面談時間と生徒会への推薦?面談なら先生によってはポイントを払わずともしてくれる人も居る。忙しかったり特別な時間で無ければ払わ無くてもいいだろう』
『そして生徒会への推薦だが‥‥これはポイントでどうこうできる問題ではないな。
生徒会へ入れるかどうかは生徒会長によって決まる。本人がそれで入るのを許すのであれば問題はないがな』
♢
茶柱先生の回答
『生徒会長への推薦は、基本的にポイントでどうこうできる話ではない。
生徒会長が許可するか否か、だ。
そんなに生徒会へ興味があるなら直接出向くと良い』
『‥‥‥‥クラス移動権だと?‥‥すまないが、その質問には答えられない』
♢
「とまぁ、明らかにクラス移動権については頑なに拒否されました」
竜崎くんが話し終わると、カフェにはしばらく静かな時間が流れた。
神崎くんは腕を組んだまま考え込み、私は自然とテーブルへ視線を落とす。
竜崎くんの説明には確かに筋が通っていた。
でも――。
「……確かに、学校がクラス移動権だけを隠したがっている可能性は高い」
「だが、それだけでクラス単位の評価に繋がるとは思えない」
私も同じことを考えていた。
クラス移動権が重要なのは分かる。
でも、それだけで『クラス全体を評価している』という結論には飛躍があるようにも思える。
「ええ。ですから、まだ根拠はあります」
「……まだあるのか」
竜崎くんは最後のプリンを一口だけ口へ運ぶ。
ほんの少しだけ満足そうに頬を緩めると、そのまま静かに話を続けた。
「昨日、少し面白い話を聞きまして」
♢
入学して一日目の放課後、私はコンビニに立ち寄っていた。
すると、偶然にも見覚えのある二人の姿が目に入ってきた。
「あ、綾小路くーん。こんにちは」
「竜崎‥‥だったよな」
軽い挨拶を交わすと、綾小路くんは軽く挨拶を返してくれたが、綾小路くんの側にいる女子生徒は無言のままコンビニの品を物色していた
彼女は確か、同じバスに乗っていた女子生徒だったはず‥
名前は知らないが、綾小路くんの視線から察するに彼女は綾小路くんと同じクラスなのだろう
「連れですか?」
「あーいや、そういうわけじゃないんだが‥」
「何を勘違いしているのかしら?失礼なことを言わないでちょうだい」
「‥‥失礼なんですか?」
「‥いや、俺に聞かれてもな‥‥」
どうやら一筋ならではにはいかなそうな女性なようだ。
その一言だけ告げると再び無言になり、触れがたいオーラを全開にしている。
まあ、こういう方に無理矢理話しかけても会話は難しそうだ。
「綾小路くんも買い物ですか?」
「まあ、それもあるが‥‥こういう店に興味があったってもあるな。それにこれからひとり暮らしを始めるんだ。ある程度揃えておこうと思ってな」
「それもそうですねぇ。日用品もそうですけど、私はどちらかというと‥‥これを買いに」
「お菓子か‥‥」
「綾小路くんも買います?私のオススメはこのチョコレートですよ」
「‥‥‥是非買ってみよう」
全く表情を変えていないように見える彼だが、よくよく観察してみると案外"無感情"というわけではなさそうだ。
私がこうしてオススメのお菓子を教えると、表情こそ変わっていないが、若干目を輝かせていたのを感じた。
「無料‥?」
そんなやり取りをしていると、隣りに居た女子生徒があるものを見つけていたようだった。
彼女の目に留まったのはどうやら無料商品の棚であるらしい。
私はこの時点で、まだ確固たる証拠こそ持ち合わせていなかった。
ただ、この学校の制度について既に一つだけ仮説は立てていた。
「なるほど。これはポイントを使い切った生徒向けに配られてる商品のようですね」
彼女の声に続くように、私もその棚に近づき興味深そうに眺めていると呆れたような溜め息が聞こえた
「だとしたら随分と甘い学校ね、毎月十万円……十万ポイントも与えておきながら‥」
「そうですねえ。本当に
「‥‥‥どういう意味かしら?」
「興味ありますか?えーっと‥‥‥あ、そういえば自己紹介がまだでしたね?
私の名前は竜崎瑠人です。そちらは?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥堀北鈴音よ」
「おぉ‥‥‥」
今の今まで堀北さんとのコミュニケーションに苦戦していたであろう綾小路くんが、感心したような反応を示した。
どうやらこの女性は自己紹介すらも渋る人らしい。
私が言えたことではないと重々承知してはいるが、なかなか個性的な性格をしている。
「それで、さっきの話だけれど」
堀北さんは無料商品の棚から視線を外さないまま口を開いた。
「毎月貰えるのであれば、ってどういう意味かしら」
「そのままの意味ですよ」
私は無料商品の棚を眺めながら答える。
「恐らくですが、そちらも担任の教師からホームルームである程度説明を受けてると思いますが‥‥‥先生はこう言ったはずです。『
「‥‥確かにそうだけれど‥‥‥それがどうかしたのかしら?」
「少し引っかかる言い回しだと思いませんか?先生方は"
「‥‥‥‥」
堀北さんも少し思うところがあるようで、考え込んでいた
「この学校は"実力を測る"と言っています。
十万ポイントというのは入学した段階での"評価"に過ぎないと私は考えています
そもそもの話をするのであれば、ただの少年少女に十万円ってのはあまりにも都合が良すぎると思いませんか?普通に怖いですよ」
「‥‥‥それは‥‥‥」
「少なくとも、私は警戒しちゃいます。"何か裏があるんじゃないのか"と」
「‥‥‥けれどまあ、どれも現段階では憶測の域を出ません。‥‥が、この違和感をただの考えすぎで終わらせるつもりはありません」
「お二人も、この考えをどう捉えるかは自由ですよ」
私は無料商品の棚へもう一度だけ視線を向け、小さくチョコレートを手に取り、レジへ向かった。
その時点では、まだ証拠は何一つ無い。
だから私は、それ以上この話を続けるつもり はなかった。
仮説は、証拠が揃って初めて意味を持つのだから
♢
「……コンビニに無料商品……そんなものがあったんだ」
「はい」
私が思わずそう呟くと、竜崎くんは小さく頷いた。
「もっとも、あの時点ではまだ仮説に過ぎませんでした」
「先生の言い回しと、無料商品の存在。それだけでは流石に判断材料として弱いですから」
そう言って、竜崎くんはアイスティーを一口飲む。
その姿はいつも通り落ち着いている。
まるで、自分の考えが否定されることなんて最初から考えていないようにも見えた。
「だから情報を集めたのか」
神崎くんが納得したように呟く。
「ええ」
「加えてですが、今日のお昼休みに皆さんで食堂へ向かいましたよね」
「……あぁ、確かに行ったな」
「その際、私が山菜定食を食べている先輩方へ何人か話しかけたのを覚えていますか。一之瀬さんも一緒でしたが」
「もちろん覚えてるよ。確か、その先輩たちと連絡先まで交換してたよね?」
「はい」
「世間話をした後、それとなく所属クラスも聞いてみました」
「結果ですが――」
「話を聞いた全員が、Dクラスの生徒でした」
「‥‥‥偶然‥‥‥‥にしてはそれこそあまりにも出来すぎているな」
神崎くんが静かに呟く。
その表情からは、まだ完全に納得したわけではないものの、少なくとも先程までの疑念は薄れているように見えた。
「ええ。もちろん、これだけで『確定』とは言えません」
「話を聞いた人数も僅か三人ですし、偶然で片付けることも不可能ではないでしょう」
そう言うと、竜崎くんはテーブルの上に置かれた見取り図へ視線を落とした。
「ですが、先生方の返答。監視カメラの配置。無料商品の存在」
「そして、山菜定食を食べていた生徒たちの共通点」
「これらを一つ一つ切り離して考えれば、どれも些細な違和感に過ぎません」
「しかし、それらを一つの線として結び付けた時、導き出される答えは一つです」
そう言って竜崎くんは、私たち二人へ視線を向ける。
「この学校は、生徒個人だけを評価している訳ではない」
「クラスという集団そのものを、一つの評価対象として扱っている」
「そう考える事ができるはずです」
私は思わず言葉を失った。
プライベートポイントについて違和感を抱いていなかった訳じゃない。
先生の説明を聞いた時、「本当に毎月十万ポイントも貰えるのかな?」くらいの疑問は、私の中にも確かにあった。
だけど、それだけだった。
少し不思議だなと思って、それで終わり。
監視カメラの数も、先生の言い回しも、無料商品の存在も
私ならきっと、それぞれを別々の出来事として受け流していたと思う。
でも竜崎くんは違った。
一つ一つは小さな違和感でしかないものを拾い集め、それらを一本の線として繋げてしまう
まるで、最初から答えを知っていたんじゃないかと錯覚してしまうくらい自然に
……ううん。それはきっと違う。
答えを知っていたんじゃない
誰よりも丁寧に考えて、誰よりも慎重に確かめてきた結果なんだ。
だから私は、改めて思う。
――やっぱり竜崎くんは、私が思っていた以上に凄い人なんだ。
「さて、一之瀬さん」
「え?」
突然名前を呼ばれ、私は思わず姿勢を正した。
「一つ、お願いがあります」
「出来れば今日中に、クラス全員へ連絡してください」
「授業態度、遅刻、欠席、私語」
「今月だけで構いませんので、出来る限り意識するように、と」
その言葉を聞いて、私はすぐに彼の意図を理解した。
「……竜崎くんの言う"クラス単位の評価"に関係してるから、だよね?」
「ええ」
竜崎くんは静かに頷く。
「ですが、そこまで話す必要はありません」
「『何となく嫌な予感がする。』――その程度で十分です」
「でも、それだけでみんな聞いてくれるかな……」
正直、不安はあった。
根拠を話さずに注意だけを促す。
それで本当にみんなが動いてくれるだろうか。
そんな私の迷いを見透かしたように、竜崎くんは穏やかな口調で続けた。
「
「だから‥こそ?」
「えぇ。私が言えば警戒されるでしょう」
「神崎くんが言えば、注意として受け取られます」
「ですが、一之瀬さんが言えば違います」
「皆さんは善意として受け取ってくれる」
「このクラスで、一番自然に人を動かせるのは貴方なんです」
そんな風に言われたことなんて、一度もなかった。
私は特別なことをしているつもりなんてない。
ただ、みんなと仲良くしたい。
その気持ちだけでここまで来ただけなのに。
それでも竜崎くんは、ちゃんと私を見てくれていた。
「……うん、分かった。出来る限りみんなに伝えてみる」
「ありがとうございます」
竜崎くんは小さく頭を下げた。
その仕草はいつも通り淡々としていたけれど、不思議と形式だけのお礼には思えなかった。
それから彼は視線を神崎くんへ向ける。
「神崎くん」
「一之瀬さんだけでは届かない相手も居るでしょう」
「貴方にも協力していただきたい」
「ああ」
神崎くんは迷うことなく頷いた。
「俺も出来る限り動こう」
「ありがとうございます」
二人の返事を聞くと、竜崎くんは残っていたアイスティーをゆっくりと飲み干した。
そして静かに立ち上がる。
「では」
一拍置いて、彼はいつもの落ち着いた口調で言った。
「最後に答え合わせをしに行きましょうか」
「……先生のところへ?」
「ええ」
「それと、もし私の推理が正しければ学校側は、私たちへある提案をするでしょう」
「提案?」
「もちろん、口止めってやつですよ」
「出来れば、高い方が嬉しいですね」
竜崎くんは微かに口元を緩める。
そう言って悪戯っぽく笑う竜崎くんは、さっきまで推理を語っていた人とは別人みたいだった
年相応という言葉が、ようやく似合う笑顔
その表情を見て、私は思わず笑ってしまった。
「ふふっ、竜崎くんってそんな顔も出来るんだね」
「私のことなんだと思ってたんですか?」
♢
職員室へ足を踏み入れると、星之宮先生は私たち三人を見るなり、不思議そうに目を丸くした。
「おや?Bクラスの優等生組じゃない。三人揃ってどうしたの?」
「少し、確認したいことがありまして」
「確認?」
竜崎くんはいつも通り落ち着いた口調で答える。
「えぇ。この学校は、クラス単位で生徒を評価していますよね」
「そして、その評価によって毎月支給されるプライベートポイントも変動する。そうですよね」
一瞬。本当に一瞬だけ。
先生の笑顔が固まった。その変化は僅かなものだった。きっと普通なら気付かないだろう
けれど、竜崎くんはその一瞬を見逃さなかったんだと思う。
しばらく沈黙が続いたあと、先生はふっと肩の力を抜き、苦笑した。
「……参ったなぁ」
「まさか本当に、入学して二日でそこまで辿り着く子が現れるなんて思わなかったよ」
「先生、ちょっと感動しちゃってる」
そう言って笑う先生を見て、私はようやく確信した。
竜崎くんの推理は、正しかったということを
「ここまで辿り着けた生徒にはご褒美とある契約を結んでもらうことになってるの。‥‥‥って言ってもその様子じゃ勘付いてるみたいだね」
「口止め、ですよね」
「正解」
そう言って、封筒から一枚の契約書を取り出した。
その一番上には、機密保持契約書と、大きく記されている。
「内容は簡単。今日ここで話したこと、それから今後、この制度について学校側が開示するまで、他の生徒へ口外しないこと」
「これさえ守ってくれれば、一人あたり200万ポイント。契約したその時点で振り込むよ」
「当然、ここに居る神崎くんと一之瀬さんも貰えるんですよね?」
「もちろん」
「なら、充分過ぎますね。勿論契約しますよ
一之瀬さんも、神崎くんもそれで構いませんよね?」
「う、うん」
「あぁ。俺もそれで構わない」
そうして契約を交わす中、竜崎くんがふと思い出したかのように星之宮先生にある交渉を持ち掛けた。
「あ、そうだ。先生、早速ある権利の購入をしたいんですけど‥‥いいですか?」
「お、名探偵様からの早速の交渉?何かな?」
♢
職員室を後にして、私は何度もスマホの画面を見つめてしまう。
表示されている数字は、二百万ポイント
ついさっきまで中学生だった私からすれば、現実味なんてまるで無い金額だった。
一人二百万ポイント。私と竜崎くん、それに神崎くんを合わせれば六百万ポイント。
そんな大金を、たった数十分の出来事で手にしてしまった。
いくら画面を見つめても、まだ夢でも見ているような気分が抜けない。
そんな非現実感に浸りながら歩いていると、自然とさっきのやり取りを思い返してしまう。
「上手くいきましたね。一人あたり百万ポイントくらいかと思っていたんですが、想定の倍でした」
まるで今日の天気でも話すような口調で、竜崎くんはそう言った。
「未だに実感ないよ、私……」
「俺もだ」
神崎くんが苦笑しながら肩を竦める。
「こんな大金、急に渡されても困っちゃいますもんね」
二人の反応を聞きながら、私は別のことが気になっていた。
「というか、竜崎くん」
「なんでしょう」
「さっき先生としてた交渉なんだけど……ああいうのでも良いんだね」
竜崎くんが購入した権利。
それは授業中、あの独特な座り方をしていても減点対象にしないというものだった。
初めて聞いた時は思わず耳を疑った。
学校の制度を利用して、自分の癖を公認してもらう。
そんな発想、私には思い付きもしない。
ただ、その権利に八十万ポイントを使ったと聞いた時は、流石に驚いてしまった。
「八十万ポイントだよ?」
「少し……いや、かなり勿体ない気もするんだけど……」
私が恐る恐るそう言うと、竜崎くんは少しだけ首を傾げた。
「私にとっては、むしろ安いくらいですよ」
「あの姿勢じゃないと思考力が四割減なんですからね」
「……いや、四割って」
神崎くんが呆れたように額へ手を当てる。
「それを本気で言ってる辺りが、お前らしいよ」
「ありがとうございます」
「褒めてない」
思わず吹き出してしまった。
「ふふっ……」
ほんの数分前まで、学校の制度について真剣な推理を披露していた人と、本当に同じ人物なんだろうか。
そう思ってしまうくらい、竜崎くんの価値観はどこかずれている。
でも、不思議と嫌な気持ちにはならない。
むしろ、その"普通じゃなさ"こそが、彼の強さなんだろう。
誰も気付かない違和感に気付き。
誰も考えないところまで考える。
だからこそ、あんな結論へ辿り着ける。
そんな人なんだ。
私はもう一度スマホへ目を落とした。
気になっているのは、そこに表示されている数字じゃない。
来月一日。
その日になれば、竜崎くんの推理が全て正しかったのか、答えが出る。
そしてその答えはきっと、Bクラス全員の学校生活を大きく左右することになる。
そんな気がしてならなかった。
今後、綾小路との関係は?
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気が合いそうで互いに合わない
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気の合う友人
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ゴリッゴリの敵同士
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戦友