なやめる人の前にフラッと現れて、アドバイスをして去っていくタイプのおじさん 作:アドおじ
十年間続けていた冒険者ギルドでの教官の仕事を、今年で引退することにした。
といっても、別に怪我とか精神的な病が原因というわけではない。
俺の周囲にいる人間が人生に色々と区切りをつけたからだ。
だから俺も、ここらで一旦人生を見つめ直そうと思ったのである。
別に引退しても、復帰しちゃだめなんて決まりはない。
また時間が経ったら、教官として新人の面倒を見るのも悪くないだろう。
そう考えて俺は、諸国を漫遊する旅に出ることにした。
道中、適当に護衛依頼や討伐依頼を受けて日銭を稼ぎつつ、気ままな旅烏になろうというわけだ。
冒険者になってからこの方、俺は基本的に一つの街を拠点にし続けてきた。
せっかくの冒険者だっていうのに、冒険者らしいことなんて何一つしてこなかったと言ってもいい。
冒険者生活の大半を、ギルドの教官として過ごしてたからな。
だから、なんというか新鮮だったんだ。
世界を旅するっていうのは。
とはいえまぁ、気にならないことがまったくないわけではない。
どういうわけかは知らないが――俺の前に現れる人は、多かれ少なかれそこそこ大きな悩みを抱えているのである。
長年教官をしてきた身としちゃ、そういうのは放っておけないんですがね、まったく。
やれやれだ、本当に。
■
夜、焚き火からこぼれる火の粉を眺めながら、ぼんやりとスープを口にする。
空は満天の星空が広がり、肌寒い空気は焚き火によって遮られており、今俺がいる場所は心地よい空気が漂っていた。
旅をして、すっかりこういう夜が愛おしくなってしまった俺は、上機嫌にスープの香りを愉しむ。
玉ねぎと鶏ガラを使ったスープで、独特なコクのある味わいが実にいい。
そんな夜の楽しみの最中、俺はふとある”気配”を感じ取った。
「――人、か?」
鋭く、風を切り裂く何者かの気配。
疾駆する生物の気配にはそれぞれ違いというものがあり、人か魔物か、二足か四足かで大きくそれは変わってくる。
今回は明らかに二足で、動きに迷いがある。
こういう思考しながら走るのは人間の特徴だ。
つまり、何者かが俺のキャンプ地まで迫ってきているようだ。
俺が今いる場所は街道の端で、おそらく”彼ら”は街道を走っているだろうから、いずれそいつらはここまでたどり着くはず。
そう、気配は二つあった。
「やれやれ、また厄介事か」
言いながら、元々少なくなっていたスープを飲み干して、手元の得物に手を伸ばす。
俺の扱う武器は、無骨なメイスだ。
剣とか弓とかそういうものも試したんだが、いまいちしっくりこなくてな。
教官になる前後辺りで、この形に落ち着いた。
ともあれ、一応得物に手を伸ばしはしたものの、俺はそこまで迫ってくる気配に警戒はしていない。
おそらくこいつらは、悪党の類ではないだろうと判断したからだ。
理由は何かって? まぁ、直感だよ。
どちらかというと、俺の荷物を入れた拡張袋の中で眠る”あいつ”が目をさまさないか心配だが、聞こえてくる寝息から察するに、多少騒いでも起きないだろう。
なら、問題はない。
「――人!?」
現れたのは、二人の少年少女だった。
少年の方は地味な顔立ちをしているが、瞳に意志の強さが感じられる。
風貌から言って新人冒険者か、傭兵団の見習いといったところか。
どちらにしても、年相応の何らおかしなところのない少年に見えた。
だが、少女は違う。
年頃は少年と同じ十代半ば程度だろうが、明らかにその顔立ちには気品が見て取れる。
最低でも侯爵級の大貴族出と言われても何ら違和感は覚えないだろう。
だが、それ以上にどこか人ならざる神秘的な雰囲気も感じ取れた。
ウェーブがかった紫の髪と、身体を隠すように纏うローブ。
その手はしっかりと少年の手が握りしめており、彼女を守るのだという強い意志が感じ取れる。
「こんな夜分に物騒だな。お前さん達、何かから逃げてるのか?」
「そういうアンタは……あ、ああいや、貴方は、な、何者だよ……です」
「慣れない敬語なんて使うもんじゃない。まぁ怪しいものではないよ。俺はザラド。冒険者をしていてな、今は旅から旅の風来坊ってところか」
言いながら、冒険者であることを示す冒険者標を見せる。
色は銀色、少年はそれを見て露骨に警戒を解いた様子が感じ取れた。
「……銀級冒険者だったのか。通りで、突然俺達が現れても落ち着いてるわけだ」
「……ラウ、銀級って……すごい、の?」
「すごいっていうか……冒険者としては一流って感じ。銀級になるには素行も良くしてないと行けないから、この人は信用できる人だよ、エスラ」
「そう……よかった……」
「銀級を騙ってる可能性もあるんだ、もう少し警戒はしといたほうがいいぜ」
「……その場合は、俺達どのみちここで死んでるよ。だから、いい」
まぁ、それはそうなんだが。
だがそれはそれで、どこかヤケになってるところがあるな。
ここまでこの二人が相当無理をして何かから”逃げて”来たのだろうということが察せられる。
「あの、俺達もう行くよ。……いきなり現れて、迷惑かけて……ごめん」
「ほう、もう行くのか?」
「……今は、少しでも遠くに行かなきゃいけないんだ」
「まぁ、
どこか悲壮な覚悟の感じられる顔つきで、少年は言う。
少女の方も、少年にそんなことを言わせてしまったことに罪悪感を感じているようだ。
だからこそ、俺は少しだけ声を大きくして二人を引き止めた。
「っ!?」
少年の方が、少しびっくりした様子で俺を見る。
今のは教官時代からよく使っていた、相手に話を聞かせるための発声だ。
はっきりとよく通る声量で、かつ少しだけ語気を強めに、それでいて相手を怯えさせないように気をつけながら呼びかけている。
そしてほんのり、言葉に魔力を載せるのも忘れてはいけない。
こうすることで相手に自分を大きく見せることができるのだ。
「何に追われているのかは知らんが、魔物だろうと人だろうと、ここには俺が結界をはってあるから敵意のある奴は侵入できん」
「えっ……」
そうでなきゃ、一人旅なんてそうそうできるもんじゃないからな。
結界石を買うという選択肢もあるが、こちとら結界系の魔術には多少精通してるもんでね、自分でやった方が早い。
「それに、逃げるったってお前さん達、どうみてももうへとへとだろう。その状態でこれ以上走っても、効率は上がらんぞ」
「そ、そんなこと――」
「何より最短でただ逃げ続けると、タイミングが読みやすい。先回りされてたら、すぐにお前さん達は捕まるだろうな」
子供二人の速度なんてたかが知れている。
向こうが先回りすることなんてそう難しくないし、だったら相手の意表を突く意味でも、ここで休憩を取るのは十分に”アリ”だ。
「どうだ? 大したもんは出してやれんが、ここで泊まっていくだけなら俺は構わんぞ」
「そんな、流石にそこまで迷惑はかけられない!」
少年は気丈に否定する。
しかし、無理をしているのは明らかだ。
それを少女がわかっているのだろう、どこか大きく息を吐きながら少年の服の裾を掴んだ。
「……ねぇ、ラウ」
「…………わかったよ、エスラ」
そしてその意図を正しく悟った少年が、申し訳なさそうに嘆息した。
不甲斐ないのだろう、自分が。
俺も昔はそうだった。
「お前さん達、飯は食ってるか?」
「…………今朝に食べてから、何も……」
二人は俺の向かいに座り込みながら、おずおずと質問に答えていく。
エスラという少女の素性までは問わないが、この二人が人間に追われていることまでは聞いておいた。
その間に、スープを新しく拡張袋から取り出したコップに入れて、二人に出す。
鮮度を保てる拡張袋に入れておいて明日の朝も楽しもうかと思っていたんだが、ちょうどよかったな。
「ほら、これくらいしか出せないが、食べな」
「……いいの?」
「あ、エスラ……」
「いいんだよ。若いのが遠慮してちゃ育つもんも育たないぞ?」
いいながら、俺は手を頭に当てて上に伸ばすジェスチャーをする。
少年の方はどこかまだ遠慮が見られるが、二人ともおずおずとスープに口をつけた。
「「あつっ!」」
そして、二人同時にそうこぼす。
しばらく沈黙して、二人が顔を見合わせると――
「ははっ」
「ふふっ」
――緊張が弛緩した様子で、互いに年相応の笑みを浮かべていた。
二人は、スープを飲んでいる間は互いに無言で、俺も特に彼らへ語りかけることもない。
そして飲み干すと、すぐに寄り添いあって眠りについた。
よっぽど疲れていたのだろう、眠るのはあっという間で、その顔はどこか安堵に満ちている。
静かな時間だ。
思わぬ乱入者がやってきたにも関わらず、夜は変わらず静謐を保っている。
二人が眠った後も、少しだけ俺はそんな夜の空を見上げながら、焚き火の熱を肌に感じるのだった。
■
――翌朝、二人は早々に旅立った。
果たして彼らは、どこへ向かっていくのだろう。
これが一人で逃げているなら、俺も余計なお節介をかけていたかもしれない。
しかし、あの二人は、二人でどこかへ逃げているんだ。
そこには並々ならぬ覚悟があって、そして支え合う者がそばにいる。
何より、あの少年の瞳に宿る意志の強さは本物だ。
英雄の素質を有している、といったところか。
彼らなら、問題はない。
そんな風に思いながら、俺もまた旅を再開する。
――これは、教官を引退して旅をすることにした俺が、各地で悩める人々とであったり、それを解決したりする物語。
まぁ、のんびりやっていくことにしよう。
こういうおじさんいいよね……の精神で書いています。
よろしくお願いします。