Fate/WhiteЯ   作:サイベリアンザウルス

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SceneⅧ(SonnetLXⅥ):疲れ果てた世に――彼女はため息とともに身を起こす("Tired with all these"――she rises with a sigh.)

「ご馳走様でしたっと」

 

 将は手を合わせ、おにぎりの残骸を片付ける。ゴミ箱にビニールを捨てようとして、ふとスポンジが目に付いた。

 

「……宙雷」

「あん?」

 

 静かに声をかけると、兄は目線こちらに寄越した。

 

「あいつ、ホームズっつってたよな」

「おう」

「ホームズって、シャーロック・ホームズ、なのかな……」

 

 兄は鼻を鳴らした。

 

「あんな邪悪なホームズ見たことねぇよ。子供泣くわ」

「大人も泣くって」

 

 軽口を叩き合い、装備を整える。この間、ライダーは哨戒に出ている。

 

「てかなに、家帰ったら叔母さん刺されてたんだよな?」

「うん。それであいつが……チッ、マジでなんだよあいつ……ヘラヘラ笑ってやがったんだ」

「典型的な異常者だな。で何とか逃げ出して、ライダーを召喚した。そしたらホームズの野郎がストーカーしてきたと」

「逃げたというか、逃がされたって感じだけど……あの時、何も出来なかった」

 

 手に取った単語帳を握りしめる。表紙が湾曲した。無力感に包まれる。とにかく、悔しかった。

 

 刺され、倒れた智子を置いて逃げなければならなかったこと。

 ホームズに何も通用しなかったこと。相手に飲まれて、普通に話してしまったこと。

 そして、恐らくこれからライダーに守られっぱなしになること。

 自分でも意外なほど、将は陰陽師という仕事に誇りを持っているようだった。

 

「落ち着けっての……ん、その単語帳は?」

「ああ、これ? 符」

「符?」

「うん、符。こっちが封じたやつで、こっちが空のやつ」

 

 それとこれは、と次々に説明を始める将に、宙雷は待ったをかけた。

 

「……将。お前まさか悪霊や怨霊を、単語帳に貼り付けてるのか?」

「うん。貼って剥せるスティックのりで。付箋みたいで便利だし」

「……」

 

 宙雷は言葉を失い、双子の弟から目を背けた。

 

 ――この天才め。

 

 その言葉をぐっと飲み込み、目頭を押さえた。将は不思議そうな顔でそれを覗き込んでいる。シッシッと手を振ると、彼は一歩離れた。

 

「何?」

「そんな雑にして、暴走とかしねぇのかよ」

「しないし、したことない。暴走するような封印式組むのは三流以下のド三一(さんぴん)だ。叔母さんに見せたら腹抱えて笑ってたけど」

 

 将はそう言って笑った。

 

「……悪霊を貼って剥せるスティックのりで貼るな、この天才め……」

 

 宙雷は堪えきれずに呟いた。

 

「あ、おやつ持っていく? 干し芋とか」

「好きにしろ」

 

 

 ***

 

 

「やぁやぁ!! ただいま戻りました貴方様方のライダ」

 

「声でかいって」

「深夜だぞ」

 

 哨戒を終え戻ってきたライダーの、洗練された美声は威風堂々、そして無駄によく響いた。双子に口々に注意を受け、彼はキュッと口を閉ざした。

 

「すみません」

 

 いよいよ、三人で教会へ向かう。

 玄関前の街灯の下には名前の分からない小さな虫と、それを餌とする蜘蛛が巣を張っており、ライダーはそっと顔を逸らした。

 

「将」

「ほ?」

「馬鹿みてぇな返事すんな」

 

 宙雷は言い、将にフルフェイスのヘルメットを投げ渡す。全体は黒だが、白で天の川のような模様が描かれていた。宙雷自身は、同じ型の紺色を既に被っている。

 

「後ろ乗れ」

「……うわ、バイク! かっけぇ、無免許?」

「んなわけねぇだろ!! 去年の五月に取ったんだよ」

「誕生日のすぐ後だ」

「そう。かっけぇだろ」

 

 ドヤ顔の宙雷を無視してヘルメットを被ろうとして、ふと気がついた。

 

「バイクって二人乗りいいの?」

「いいの。いいからさっさと乗れ」

「でも怖いな」

「聖杯戦争の方が怖ぇだろ」

「そりゃあそうだけどさぁ」

 

「あのー……」

 

 見かねたライダーが右手を挙げた。

 

「将殿、馬のご経験は? あれば私の馬を。無ければ共乗りさせていただきますが」

 

 将はぱちくりと瞬きをし、うーん、と考えた。

 

「ライダーさん」

「はい」

「馬って、揺れます?」

「ええ、かなり」

「……じゃあ、宙雷のバイクに乗せてもらう」

「最初からそうしろ馬鹿が」

「口悪い!」

 

 振られた騎士は、「おやおや」と呟きながら首を振り、少し寂しそうに霊体化した。翻した外套(マント)が、彼に遅れて光の粒子になった。

 

 

 ***

 

 

 夏の夜風を全身に浴びると、蒸し暑いのに不思議と涼しく感じた。止まるとベタベタとまとわりつく熱気が、バイクの速度で扇風機のように過ぎ去っていく。虫の合唱を置き去りに、宙雷の浴衣の端折りがバタバタと音を立てた。

 

「……」

 

 ふと、秘密基地がある方角の山を見て、将は目を細めた。

 存外な安全運転で教会に着いた。ヘルメットを置き門をくぐろうとすると、ライダーが念話で

 

(私はここでお待ちしております)

 

 と言った。

 

「あれ、ライダーさん入らないの?」

「教会は完全中立地帯だ。武力の塊であるサーヴァントは原則立ち入り禁止だよ」

 

 宙雷が伸びをしながら言い、歩いていく。将もそれに続いた。教会の扉の下から、薄らと光が漏れている。重い扉を開けると、カソックを着た男性が書き物をしていた。

 

「やぁ、こんばんは」

 

 彼はにこやかにそう言った。だが、双子の興味はそれ以上に、別の場所に注がれていた。

 

「……何あれ、布団?」

「だよな、見間違いじゃないよな」

 

 男は朗読台と呼ばれる、小ぢんまりとした台の奥にいる。しかし、その手前、出入口側に、布団が敷いてあった。薄手の掛け布団は、ちょうど人間一人分くらい盛り上がっている。

 神父の男は困ったようにその布団を見ていた。

 

「――いいかい、少年共」

 

 布団から声がした。双子は思わず身構える。だが将は、その澄んだ声に既視感を覚えた。

 

「健康というのは、規則正しい生活から作られる。それ即ち、早寝早起き朝ごはんというやつだ」

 

 ムクリと起き上がった。女だ。長い髪が重力にしたがって垂れ下がる。

 

「……うっそ」

 

 将は思わず声を出した。彼女には見覚えがある。当然だ。

 

「決して、こんな深夜に聖杯戦争のために教会に来ることではないんだよ」

 

 若くて美人な女性だった。寝起きの声であれど、将が彼女の声を聞き間違えるはずが無い。

 

「……ナナちゃん先生?」

 

「はぁい。中津淵からも出るとは思ってたけど、まさか君とはね、中津淵E(エドワード)将くん。夏休みの過ごし方、読んでなかった?」

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