Fate/WhiteЯ   作:サイベリアンザウルス

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SceneⅨ (SonnetⅩⅤ):願いのために時と戦う――舞台は整った(At war with Time for a wish — The stage is set)

 ナナは思い切り伸びをして、ヘアゴムで髪をひとつに束ねた。肩から掛け布団がずり落ちる。上下共に黄緑色の、どこかの学校のジャージだった。

 

「さて、中津淵くんと、君は?」

 

 いつもの調子で話しかけてくる彼女に、将は少し戸惑った。

 

「えっと、ごめんナナちゃん先生。その前に、なんで先生がこんな深夜に教会に?」

「そりゃあ、私が監督役だからよ」

 

 そう言いながら、教師は布団の脇に置いていたスナック菓子の袋を手に取った。関西にしか売っていない、丸まった形の軽いスナック菓子だ。彼女は恐らく、友人の助けを借りるなどして、関西から極秘ルートで密輸入したのだろう。ナナは立ち上がり軽くストレッチをした。

 

「……新見さん」

「なんですか、深村さん」

 

 深村と呼ばれた神父は、苦い顔のままナナに言葉をかけた。

 

「神の御前ですので、スナック菓子はちょっと」

 

 ――布団はいいの?

 ――布団はいいの?

 

 双子は同時にそう思った。

 

「神などいるもんか。いるとしてもここじゃない、地下でしょう」

「新見さんって代行者なんですよね?」

「元ですよ、元。今はしがない教師。今回の監督役だってね、もう追っ手を寄越さないって条件で受けてあげてるんだから。感謝して欲しいくらいよ」

 

 そう言い、彼女はベンチに座った。スナック菓子を口に放り込む。「揚げてないからカロリーゼロー」などという暴論とともに、お菓子は彼女の胃の中に消えていった。

 しばらくビニールの音と、サクサクとお菓子をかじる音が静かな教会に響いていたが、ナナは思い出したように双子を見た。

 

「……で、なんだっけ?」

「聖杯戦争だよ!! ちょっと待って俺担任のこんな姿見たくなかった!!」

 

 将は思わず片手で顔を被った。

 

「嘘だろ、絶対嘘じゃん! ナナちゃん先生普段こんな感じなの!?」

「こんな感じでーす」

「ちくしょう!」

 

 ――普通の人だと思ってたのに!

 

 深村と同じ表情を浮かべる将に、困惑気味の宙雷が声をかけた。

 

「……これお前の担任?」

「やめろよその目を、その憐れむような目を!!」

 

 俺だって今思い知ってんだよ――。そう言いたげに歯を食いしばる将を横目に、魔術師は気を取り直してナナを見た。

 

「で、あんたが監督役で間違いないんだな?」

「そうよー。仕事はしっかりするから安心してね」

 

 何に対して安心すればいいのだろうか。ナナ以外の三人が全員同じ表情になった。だが、すぐに深村の表情が厳しいものに変わった。

 

「新見さん、悪ふざけはこの辺りで」

「悪ふざけなものですか。私はいつも真剣!」

「では真剣な新見さん。最後のサーヴァント、キャスターが召喚されました」

 

 ナナの表情が変わった。

 

「中津淵くん」

「どっちの?」

「どっちでも。君たちのサーヴァントはライダーで間違いない?」

 

 将は頷く。ナナはそれを見届けると、深村から信号拳銃を受け取った。信号団を装填する。

 

「これで七騎全てのサーヴァントが出揃った」

 

 

 ***

 

 

 同時刻、とある商業施設の駐車場。

 

 ひょうと夏の夜風が過ぎ去っていく。タイヤ止めに、二振りの剣を携えた女が座り込んでいた。黄金の鎧を身にまとい、白銀の長い髪は三つ編みに結われている。黄金と闇を映す、左右で色の違う瞳が蛇のようにギョロリと動いた。

 

 その視線の先に、男がいた。

 

 袈裟を着た、老いた男だ。坊主頭で、いかにも僧侶然とした風貌だった。だが彼は正座の体勢で浮遊している。

 

「……なんで浮いてんの、お前」

 

 女は立ち上がり、浮遊する僧侶を鋭く睨めつける。

 

「そういうものですじゃ。受け入れなされ」

 

 僧侶はそう返した。剣の女は「意味不明」と呟き、二振りのうち、一振りを抜いた。頬の端を凶悪に吊り上げる。

 

「とりあえず、サーヴァントだよな? 殺すわ」

 

 一歩、踏み出した。そう思った時、既に彼女はその場にいなかった。僧侶の目前である。彼は静かに目を閉じたまま、「因果応報」と声を発した。振り下ろした剣が、男の眼前で止まる。その剣筋は何かしらの紋章に阻まれている。

 

「何これ」

「この国を守護するものと知りなされ」

 

 紋章――葵紋が発光する。女は何かに気付いて飛びずさった。それと同時に葵紋は消失した。

 

「それさぁ、気付かずに追撃していたら、ダメージがそのまま跳ね返ったりしてたの?」

「はて、どうでしょうな。試してみなさるか」

「ぬかせ、タヌキが」

 

 僧侶は微笑む。女も楽しそうに笑った。女が消えた。アスファルトが爆ぜたのは、彼女の踏み込みが去った後だ。刃はまた、僧侶の目前にある。先程よりもずっと速い。

 

「南無東照大権現」

 

 その一瞬、僧侶が呟いた。彼と剣士の間、僅かな空間。光が収束する。

 

 と。

 

 女の目が大きく見開かれる。

 

 光が実体を持ち、彼女の身体を灼いた。胴体に風穴が空き、傷口は異様なほど焼け爛れる――数秒後の、そんな光景(イメージ)が脳を過ぎる。

 

 彼女は剣を地面に突き刺し、それを支点に身を翻した。アスファルトがめくれ上がる。

 その胴体があった場所を、光帯が迸った。光は夜闇に掻き消える。

 

「よもや、躱されるとは思わなんだ。やはり最優のクラスは伊達ではないな。セイバー」

 

 僧侶は、露骨に距離を取った剣士を見た。光線は脇腹を掠っている。次は当たらない、あるいは、次で仕留める。彼女も同じ考えのようだ。じりじりと間合いを測り合い、膠着している。

 

「ビーム撃つとか勘弁してよ。次はどんな手品?」

「はてさて、向かってきてからのお楽しみですじゃ」

 

 剣士は舌打ちをした。黄金の鎧が月明かりを反射する。鏡面のように美しい刀身には必勝のルーンが刻まれており、魔力を帯びて薄らと光っている。

 

「……じゃあ、殺すぞ」

「ほほほ。怖い怖い」

 

 女は一歩、踏み込んだ。

 

 

 ***

 

 

 ナナは装填した信号弾を手に、教会の外に出た。斜め上に構える。指を引き金にかける直前、彼女は銃を下ろし、振り返った。

 

「君たちは、今ここで引き返すこともできる」

 

 彼女は、将と宙雷を真っ直ぐに見つめていた。言葉を続ける。

 

「聖杯戦争は命懸け。敵の魔術師は本気で君たちを殺しにくる。サーヴァントよりマスターを狙う方が楽だからね。ここで引き返すことは恥じゃない。腹を空かせた人喰い虎から逃げるようなものだよ。辞退したっていいのよ?」

 

 その目には、教師としての優しさと、少しの恐怖があった。

 将はぐっと拳を握った。

 

 代行者――すなわち、異端狩り。人ならざるものを殺してまわる、聖堂教会の殺し屋。将は、そのような言葉を思い浮かべた。

 彼女は代行者として、たくさんの死を見てきたのだろう。教え子まで失いたくないのだろう。だが、彼らにも譲れないものがある。

 

「ありがとう、ナナちゃん先生。けど、俺たちは、今逃げるわけにはいかない。俺も叔母さんも、サーヴァントに刺されてるんだ」

 

 言って、服を捲り上げた。ガーゼの膨らみを帯びた包帯が、まだ痛々しかった。

 

「それに、あいつ黒田ちゃんの事も言ってた。聖杯戦争で俺と叔母さんと黒田ちゃんを気にしてやれるの、俺たちだけでしょ」

 

 宙雷は意外そうに将を見た。

 

 ――こいつ、流されてただけじゃなかったのか。

 

 教師はそっと目を伏せた。信号拳銃を持つ手に力が入る。

 

「……そう。わかった。でも、何かあったらすぐに教会に来なさい。いいね?」

「オッケー、わかった。やばかったら絶対逃げてくるから」

 

 ナナは何か言いたげに口を開いたが、すぐに閉じた。そして、真剣な表情で双子を見た。

 

「二人、名前を」

 

「中津淵F(フィリップ)宙雷」

「中津淵E(エドワード)将」

 

「マスターはどっち?」

 

「どっちも」

「どっちも」

 

 彼女はしばらく双子を見つめたが、こくりと頷いた。

 

「了解。では、貴方たち二人をマスターとして登録します。……もう、引き返せないよ」

 

 双子は目を合わせ、ふっと笑った。宙雷が答えた。

 

「そのつもりだ、元代行者」

 

 宙雷の影がゆらりと揺れた。

 ナナは信号拳銃を空に向け、パン、パン、と二発。これが、この聖杯戦争開始の合図だった。

 

 駐車場で戦っていた剣士(セイバー)魔術師(キャスター)は戦いの手を止め、青い光を見上げた。

 

 弓兵(アーチャー)は蛇川市の中で一番高いビルの屋上から、マスターと共に青い光を見下ろした。

 

 槍兵(ランサー)は拠点の窓から信号弾を一瞬見て、目を閉じた。

 

 暗殺者(アサシン)は、自身のホテル()に戻る途中、中身の詰まったスーツケース片手にその光を見ていた。

 

 狂戦士(バーサーカー)は盲目の主の肩を抱き、「いよいよだな」と嬉しそうに笑った。

 

 聖杯戦争。七人のマスターと七騎のサーヴァントによる殺し合い。その火蓋が、ついに切って落とされる。

 

 騎兵(ライダー)は教会から出てきた二人のマスターを優雅な礼と共に出迎えた。

 

 さながら、舞台の幕が上がったかのように。

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