Fate/WhiteЯ   作:サイベリアンザウルス

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第二幕
Act 2:真夏の夜のから騒ぎ――休戦 (Much Ado on a Midsummer Night — Intermission)


「なぁ、宙雷」

 

 教会を出てすぐ、将は宙雷に話しかけた。

 

「んだよ」

「秘密基地って、母山の方?」

「そうだけど」

「やめた方がいい。魔力の流れが変だ」

「マジか。じゃあ子山にするか」

「じゃあ、山小屋じゃなくてお化け屋敷の方ね」

 

 ライダーは首を傾げた。

 

「母山、子山とは?」

「あ、地元の人以外に伝わらないか、これ」

 

 将は、川を隔てて東側の山を指さした。

 

「あっちの、大きい方の山が母山」

 

 続けて、西側の山も指さした。

 

「小さい方の山が子山だよ」

 

 ライダーはへぇ、と感心したように言った。

 

「やはり、それぞれに母と子が多数お住みで?」

「いやどんな山だよ」

「日本じゃ夫婦岩とか、男体山や女体山、耳成山とか、そういう見た目通りの名付けが多いんだ。この蛇川市も、蛇みたいにのたくった川があるから蛇川市。でかい山が母山、小さいのが子山。そういうことになってる」

「そういうことになってる……ということは、本来の名が他にあるのですか?」

 

 ライダーの言葉に、ヘルメットを被りかけていた双子がピタリと動きを止めた。顔を見合わせ、ゆっくりと彼を振り返る。

 

「……首突っ込むな」

「まぁ、色々あるよ」

「……左様で!」

 

 騎士はにこりとまた完璧な笑みを浮かべ、そのまま霊体化した。

 

 

 ***

 

 

 七月二十六日、午前二時四十分。

 

 バイクで山道を登る。すでにアスファルトの舗装はなく、むき出しの土には踏みしめられた小石や陶器の破片などが埋まっていた。街灯もほぼないため、ライトを消せば辺りは完全な闇に包まれる。

 やがて、その山道にそぐわぬタイルが見えてきた。宙雷はバイクのままタイルに乗り上げた。その瞬間、空気が変わった。キィン、と高い音が夜の山に鳴り響いた。

 

「宙雷、これって」

「わかってる。誰かいるな」

 

 結界が貼ってある。侵入者があれば音が鳴るようになっているらしい。適当なところに乗り付けて、二人は周囲を見回した。

 

「多分、うちの魔術じゃない」

「えー、誰だろう。不法侵入?」

「それ言えば俺らもだけどな」

「そうだけどさぁ」

 

 そんなことを言いながら、将は単語帳を取り出す。宙雷はシート下の収納から何やらのパーツを取り出した。彼はその場で手早く組み立てていく。

 

「……え、めっちゃ武器じゃん」

「向こうが殺す気で来るんだから、こっちも殺す気でやらなきゃ死ぬだろ」

 

 組み上がったのはクロスボウだ。スケールや分度器など、様々な装飾が付いている。

 

「……お二人とも、準備万端なところ申し訳ありませんが」

 

 ライダーが実体化した。双子が背中を合わせる。騎士は二人の前に立ち、建物の屋根を見上げていた。

 

「どうやら陣取っていたのは敵マスターのようですよ」

 

 そこには、人が立っていた。月を背景に、外套(マント)が旗のように揺れている。

 

「そのような所で格好を付けていないで、降りていらっしゃいな!」

 

 ライダーはよく響く声で言った。屋根の上で、それは小首を傾げる。

 

「おやおや、もしや高くて降りれませんか? ふふふふふ、子猫のようだ!」

「お前、性格悪いってよく言われねぇか?」

 

 男の声だった。屋根の上の男は、右手を上げた。手の動きに合わせて火縄銃が展開される。

 

「将殿、宙雷殿。私の舞台、端から端までどうぞ、心ゆくまで」

 

 ライダーは言い、大仰に真っ黒の外套(マント)を翻した。真っ赤な裏地の下部には、茨と白薔薇の刺繍がなされている。重い生地が、舞台の幕開けのようだ。宙雷はそう思った。

 

「では、開演でございます」

 

 真っ赤なルージュを塗った唇が、三日月のように吊り上がる。一歩踏み出すと同時に、騎士の姿は遥か頭上にあった。大鎌を構える。夜闇よりもさらに黒い彼は、月明かり(スポットライト)に照らし出される。その姿は、さながら死神。真っ赤な髪がふわりと広がった。

 

 屋根の上の男が腕を前に倒した。上を向いていた銃口が、一斉にライダーを捉える。彼の笑みは崩れない。

 

「――撃て!」

 

 タタタン、と軽い音と共に、銃が火を噴いた。

 

「開幕直後だというのに、なんとまぁお下品な!」

 

 ライダーは言い、何事かを呟いた。途端、彼の前に馬が出現した。男は舌打ちをした。ライダーを狙った弾丸は全て馬に受け止められる。屋根の上の男は目を細めた。

 

 ――こいつ、ライダーか? なぜ馬を捨てた……何か種があるか?

 

 スチームパンク風の服のチェーンが、チリ、と音を立てた。馬が落下する直前、それを足場にライダーが跳んだ。馬は地面に叩きつけられ、悲鳴もなく霧散した。

 

 将と宙雷はあまりのことに、ただ見ていることしか出来ない。ライダーが屋根に着地する。コン、と硬質な音がしたと思えば、バキ、に変わった。厚底ブーツが屋根瓦を踏み砕いている。彼はスチームパンクな男に鎌を向ける。

 

「貴方、アーチャーのサーヴァントですか? 随分と派手ですな!」

「お前に言われたらお終いだろうが、ド派手ライダーが」

 

「ふふふふふ! そうですね!」

「なーんか……めんどくせぇなお前……」

「おや、ご名答。よく言われるんですよね、うぜぇとかクソ分かりにくいとか! ふふふ、それだけ印象に残りやすいんじゃあないですか?」

 

 なおも喋り続ける死神に、アーチャーは嫌そうに顔を顰めた。ライダーは嬉しそうに微笑みを浮かべている。きっと、仮面の下の目も細められているのだろう。

 

「……ライダーさん何してんだろう。戦わないのかな」

 

 将は思わず呟いた。

 

「知らん、分からん……俺にはあいつのことが何一つ分からねぇ」

 

 宙雷は思わず天を仰いだ。その視界の端に、何かを捉える。動いた。彼は迷わずクロスボウをそちらに向ける。

 

「将、一回ライダーはほっとけ。敵だ」

「了解」

 

 単語帳から人形(ひとがた)を引っぺがした。手のひらに乗せ、ふぅ、と息を吹きかけた。符はふわりと浮き上がり、その場に停止する。

 

「様子を見てきて」

 

 符はすいと浮き上がり、音もなく人影に向けて飛んでいく。間もなく、符の反応が消失した。

 

「……変わった魔術を使うのね、貴方。思想魔術というやつかな、好きじゃないわ」

 

 少し遠くから女の声が聞こえた。

 

「アーチャー! 何をしてるんですか、そのよく分からないやつをさっさと仕留めて!」

 

 呼ばれたアーチャーは舌打ちをした。

 

「やかましいわ、小娘。今喋ってる!」

「お喋りしてないで戦えって言ってるの!」

 

 双子はうんうんと頷いた。

 

「ライダーさーん、何してんのー?」

「いやぁ、戦う前に彼の為人(ひととなり)を知りたいと思いましてなぁ。どうやらこの方、私と同じタイプです!」

 

「一緒にするな、うつけが」

 

 アーチャーが火縄を撃った。ライダーは僅かな動作でそれを躱した。

 

「ふふっ……この辺りは無作法ですな?」

「戦争に作法も茶道もあるかよ」

「おやおや、蛮族もかくやというところか」

 

 二人の声に剣呑な色が混じり始める。二人の笑みが深まった。

 

「で、あるか――」「ならば――」

 

 アーチャーが腕を動かす。ライダーは大鎌を構え直す。

 

「死ね」「死ね」

 

 同時に言葉を発した。ライダーの姿が消える。屋根瓦が砕け、ドドドンッと凄まじい音がした。アーチャーの首に刃が迫る。目前にはライダーの手。彼は鳶色の瞳を細めた。

 

 双方、動きが止まる。

 

 ライダーの顎下には火縄銃、アーチャーの首には大鎌の刃が突きつけられていた。

 

 無言が続く。先に動いたのはアーチャーだ。腰に差した脇差を引き抜いた。引き抜こうとした。ライダーがそれを、彼の手ごと足で踏みとどめる。

 

「厚底ブーツって硬いから痛いですよね」

「ふははは! 良いな、お前」

「お褒めに預かり光栄ですな!」

 

 二人はひとしきり笑い合い、均衡状態を解除した。暫しの睨み合い、口を開いたのはやはりアーチャーだった。

 

「……てめぇ、今()るのは勿体ない。俺以外に殺されるなよ、ライダー」

「おや、慈悲深くも見逃してくださるので?」

「馬鹿言え。相打ちだろうが」

「ふふふふふ!」

 

 最早二人は武器を収めていた。勝手に武器を収めていた。

 一方の将は、アーチャーのマスターを申し訳なさそうに見ていた。宙雷もである。

 アーチャーのマスター――サネム・ジェナズラネルは、ゲンナリした顔で屋根の上の戦いを見ていた。

 

「……なんなのよ、あんたたちのサーヴァント」

「いや、ほんと、ごめんなさい」

「俺たちにもさっぱり分からん。でもお前のサーヴァントも変だろ」

 

 これにはサネムも目を逸らした。

 

「……まぁいいわ。で、あんたたちはここに何をしに来たわけ?」

 

 宙雷が前に出た。

 

「こっちのセリフだ。お前こそここで何してる。ここは俺たちの秘密基地だぞ」

「不法侵入だけどね」

「将、黙ってろ」

 

 こちらにも沈黙が落ちる。サネムが口を開いた。

 

「……でもここ、無人でしょう? 人が住んでいた形跡はあるけど、ずっと前にいなくなってる」

「うん。ここの人たち、四十年くらい前に一家心中したらしいから」

 

 将はあっけらかんと言った。サネムは首を傾げる。

 

「……ん?」

 

「別荘だったんすよ。多分、魔術師だったんじゃないかな。ここ、蛇川市の中でも結構大きめの霊地で、色々都合良かったんだと思うけど……まぁ、子山だから。ダメだったみたい。一家心中して、子供の死体がまだ見つかってないんだって」

 

「……?」

 

 サネムはさらに首を傾げた。

 

「……えっと、なんて?」

「一家心中があって、一人の死体がまだ見つかってないよ」

「母と子の死体が見つかってないんじゃなかったか?」

「あれ、そうだっけ? 爺ちゃんに聞いたら知ってるかな」

「……」

 

 彼女は、不思議そうな顔から、苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

「……そう、ありがとう。でもここはもう私の工房にしてるから。申し訳ないけど、出ていって」

「やだね」

 

 宙雷がべーっと舌を出した。

 

「ここは俺たちがガキの頃から遊び場にしてんだ。出てくのはお前らだぜ、アーチャーのマスターよ」

「……あんたたち一家心中があった場所を遊び場にしてたの?」

「ああ」

「この街そういうの多いよ」

 

 さも当然のような態度に、サネムはついに膝から崩れ落ちた。アーチャーが屋根から飛び降りてきて、それを受け止める。それに続き、ライダーは霊体化して双子の傍についた。

 

「何よこの街、そんなの聞いてないわよ……!!」

「日本へようこそ」

「うるさいですよ、アーチャー!!」

 

 戦意喪失してしまったサネムを見て、将はやはり、申し訳なさげに片手を上げた。

 

「あのー……とりあえずさ。一回、休戦とかどう?」

「……こいつらもう戦う気なさそうだしな」

 

 宙雷がライダーを見ながら賛同する。ライダーは嬉しそうに頷いた。可哀想な魔術師はアーチャーに寄りかかりながら、深い深いため息をついた。

 

「……好きにすればいいわ……」

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