「……で、どうしてあんたたちは荷物を降ろしてるわけ?」
サネムは腹立たしげに腕を組み、指で腕を叩いている。双子は顔を見合せた。
場所は、すでに廃別荘の中であった。
「え、だって……なぁ?」
「ああ。俺たちはここを拠点にすると最初から決めてたんだ」
「だからと言ってでしょうが!! ここは私の工房!」
「そうカリカリすんなって、サネムちゃん」
「誰がサネムちゃんよ!!」
へらりと笑う将に、サネムはついにブチ切れた。
「ふっざけないで、ふざけないでよ! いい、私は真面目に」
「いやね、入っちゃいけない部屋とかあるし。鍵かかってた部屋、入ってないよな?」
「……入っちゃいけない部屋?」
四つの目が、サネムを捉えた。
「二階に上がって右側の、前から二つ目の部屋。父親の書斎だよ」
将がぽつりと言う。宙雷が言葉を継いだ。
「反対側の、前から三つ目の部屋。母親の私室だ」
「それから一番奥の部屋。ここが一番危ない。たっちゃんの部屋だから」
たっちゃん。聞きなれない言葉に、サネムは首を傾げる。だが、何となく予想はついていた。
「……死体が見つかってない子供の部屋?」
双子は同時に頷いた。
幸いにも、この部屋にはずっと鍵がかかっていたため、入ったことがない。彼女はほっと胸を撫で下ろした。
「あ、でも」
双子が追撃をかけた。
「たっちゃんの部屋、たまに勝手に開いてるけど、絶対入っちゃダメだからね」
「可笑しいと感じたらキッチンに逃げろ。たっちゃんはキッチンには来ない。ライダー、お前も行くなよ」
「御意に」
「……へぇ、そう……ご丁寧にありがとう……」
サネムはついに完全に戦意喪失してしまった。
「ああ、あと」
「まだあるの!?」
***
廃別荘のルールを聞き終えたサネムはぐったりとしていた。
――どれもこれも、死霊魔術で解決できるじゃない……!!
サネムは死霊魔術師であった。死体の加工や霊的存在を処理するのは本業とも言える。だがそれを将に伝えると
「いや、俺も陰陽師だけど、たっちゃんはまだ悪いことしてないから」
と言われてしまった。
ぐったりしているマスターを他所に、アーチャーはライダーと談笑している。何をそんなに話すことがあるのだろうか。サネムは恨めしげにアーチャーを睨み、すぐに視線を床に落とした。
――絶対勝たなきゃいけないのに。
唇を噛み締める。ぐっと拳を握り、力を抜いた。
――落ち着いて。魔術師たるもの、冷静に。感情に振り回されちゃ駄目よ、サネム。
彼女は目を閉じる。まだこの肉体は生きて、動いている。ならば、まだ活動できる。焦るのはもう少しあとでもいい。両手で頬を叩いた。アーチャーがちらりと彼女を見る。
「アーチャー」
「なんだ」
「もう一度ここを見て回るから、呼んだらすぐ来てください」
「はいよ」
彼はヒラヒラと手を振っている。ライダーも微笑みを浮かべながら、優雅に手を振っている。
――あんたのせいだっての!
とは言わず、彼を少し睨むに留めた。
「おやおや。嫌われました?」
「多感な時期なんだよ」
サーヴァント二騎は何が面白いのか、笑いあっていた。
彼らを無視して、サネムは一人で歩き始める。階段を上がると、空き部屋だった部屋から荷物整理を終えた宙雷が出てきた。
「よう」
「……何本当に居着いてるのよ」
「良いだろ、部屋いっぱいあるんだから」
「……」
サネムはため息をついた。そういう問題ではない。
「……敵なんだけど」
「好きにしろっつったのはお前だろ」
「そうだけど限度がある!」
「どしたのー?」
隣の部屋から将が出てきた。この状況の元凶二人目だ。手にはぬいぐるみと単語帳を持っていた。
「……何そのぬいぐるみ」
「たっちゃんへのプレゼント」
「悪霊でしょ?」
「地縛霊。それに、たっちゃんの家を借りるんだから、お土産くらい持っていかないとだろ」
「……訳わかんない」
目を逸らす。本当に、理解ができなかったからだ。魔術師が、悪霊に同情などするはずもない。
目を逸らした先は、一番奥の部屋だった。少し扉が開いている。
「……ねぇ、あれ」
中からナニカが覗いていた。四歳くらいの少年――の、亡霊だ。部外者のサネムでもすぐにわかった。
「あ、たっちゃん」
「そう、たっちゃん――ちょっと!」
将は友達でも見つけたかのようにそちらに歩いていった。慌てて彼の服を掴もうとするが、宙雷がその腕を掴む。銃を構えると、その腕を押さえつけられた。
「離してよ、あいつ丸腰で悪霊に近付こうとしてるのよ!?」
「将に当たったらどうする。それに、あいつは丸腰じゃない」
兄は苦笑した。その視線の先には、空の符を綴った単語帳があった。
「よ、たっちゃん、久しぶり」
たっちゃんの前にしゃがみこみ、挨拶をした。少年は何も言わない。扉の影から外の様子を窺っている。
「元気か?」
たっちゃんはこくりと頷いた。
「たっちゃん、いくつになった?」
「たっちゃんね、よっつ」
元気に指を三本立てていた。だが、不安そうに将の向こう側、主にサネムをチラチラと見ている。
「急に大勢で押しかけてごめんな。びっくりしたよな」
サネムと目が合った。たっちゃんは少し奥へ引っ込んだ。
「あ、待って待って。あのお姉ちゃんは悪い人じゃないから。下のやつらもいい人達だ」
単語帳を後ろ手に持ち、ぬいぐるみを差し出した。捕縛はいつでも出来る。だが、たっちゃんはまだ、ただの地縛霊だ。
「ってわけで、はい、これ。くまちゃんのぬいぐるみ。好きだろ? これで、しばらく見逃してくれない?」
たっちゃんは少し首を傾げた。すなおにぬいぐるみを受け取り、しげしげと眺めはじめた。
ぴょこぴょことぬいぐるみの手足を動かしたり、感触を確かめたりしている。ぬいぐるみの吟味が終わったのか、こくりと頷いた。
「いいよ」
「よし、ありがとう! 俺からは以上!」
「ありがと、将くん。ばいばい」
くまちゃんのぬいぐるみを抱きしめて、たっちゃんは子供部屋に引っ込んでいった。ばいばい、とぬいぐるみの手を振るので、将も振り返す。ひとりでに扉が閉まり、鍵がかかった。サネムはそれを信じられない目で見ていた。
――陰陽師って、日本の死霊魔術師じゃないの?
宙雷の腕を振りほどいた。
「……いいわね、あんたたちには時間があって」
サネムはそう言い残し、自分が使う部屋に戻って行った。
双子は顔を見合せ、不思議そうに首をかしげた。
「行っちゃった」
「そんなもんだろ」
「怒ってたかな」
「最初から最後までな」
一旦サネムの事は置いておいて、階下のライダーに声をかける。
「ライダーさーん」
「はい、なんでございましょう?」
「うわぁっ!」
真後ろから声がして、将は転びそうになった。ふわりとライダーに受け止められる。
「大丈夫ですか、将殿」
「いやライダーさんのせいなんだけど」
「あの女寝るんだろうから、あんまり騒ぐなよ」
言いつつ、宙雷はぐっと伸びをした。丑三つ時はとっくに過ぎており、外では夏夜の虫と蛙たちがコンサートを開いている。なんとなく三人は無言になり、その音を聞いていた。
「……何をぼーっとしてるんだ?」
いつの間にか隣に来ていたアーチャーが、そう声をかけてきた。
「なんか、静かだなーって」
将の言葉に、彼は片頬を上げた。
「外では斧を振り回す大男が徘徊してるかもよ」
「何それ、新手のジェイソン?」
「ジェイソンは知らんが、まぁ、バーサーカーだよ」
バーサーカー。その言葉に、双子の顔が引き締まった。
「マジで殺し合うんだよな」
宙雷はアーチャーの外套を凝視した。表地にでかでかと施された、見覚えのある家紋に、たまらず口を開く。
「……あんたの真名、もしかして」
「なぁ小僧」
彼は少年の頭にハットを被せた。スチームパンク風の意匠が音を立てた。
「言っていいこと、言わない方がいいこと。言ってもいいけど後悔すること。色んなことがあるよな?」
そう言って男はにこりと笑う。小僧と呼ばれた宙雷は、不満気な顔で目を逸らした。
「……寝る」
そう言ってハットをアーチャーに返し、彼も部屋に入っていった。
「じゃあ、俺も。おやすみ、ライダーさん。アーチャーさん」
「おう、おやすみ」
「おやすみなさいませ、将殿、宙雷殿」
子供たちがすっかり寝静まった頃。
アーチャーはソファに座っていた。その隣に、ライダーも座っている。アーチャーがふと、ライダーに話しかけた。
「なあ、ライダー」
「なんです?」
「お前も面白ぇが……」
彼は人を食ったような笑みを浮かべた。
「お前のマスター。あいつもだいぶ面白ぇな」
「……ふふ」
「……」
「ふ、ふふふ、ふふふふふふふ……」
「おい」
「ふふふふふふふ……」
愉快で愉快でたまらない。そんなふうに、ライダーは笑い続ける。アーチャーから顔を逸らし、仮面をずらした。笑いすぎて出た涙を拭う。
「隠す気はねぇか」
「ふふっ……うふふふふ……ええ、まぁ。しかし困りましたな……」
「何がだよ」
ライダーの仮面の下の瞳は、緑色に輝いていた。
「まだ、緞帳は上がったばかりですのに……」
「……食えんやつよな」
そう言い残し、アーチャーは霊体化した。
「……ふふふ……ふふふふふ……そうとも。舞台の幕は上がったばかり!」
ライダーはひとりでくるりと回る。外套を広げ、薔薇の花のように蹲った。
「今、この不満の冬は、兄王エドワード四世……いいえ。中津淵エドワード将によって……栄光ある夏へと姿を変えた!」
外套を指で持ち上げ、一気に立ち上がる。長い髪がふわりと舞った。緞帳は上がる。舞台が幕を開ける。ライダーは尚も、ひとりで踊り続ける。朗々と歌い上げる。
「舞台に上がるは主役の陰陽師、兄の魔術師、敵対者だったはずの魔術師、恐ろしい魔王、そして怪物たるこの私!」
ライダーは美しいステップを踏みながら、鏡の前に立った。
「提供はヨーク? ランカスター? テューダー? いいえ! そのどれにもあらず。提供はこの舞台、この世界! ふふふふふふ……ああ、楽しみだ……貴方もそうは思いませんか、マーガレットさん――おやおや。辛辣なことで。せっかくのソロパートだというのに、拍手もなし?」
そして鏡に向けて話しかけた。彼の後ろには、誰もいない。