村山妻の遺体の傍に座っていたサネムが立ち上がった。
「ダメね、女の人の方は降霊術に失敗。次は男の人の方を試してみる」
「もうやめとけよ。ここらの山じゃ降霊は上手くいかねぇぞ」
「なによ。やってみなきゃわからないじゃない」
彼女は宙雷の忠告を無視して村山の遺体の傍らに膝をつき、なにかの粉をふりかけた。
「少し、聞きたいことがあるんだけど」
言うなり、遺体が激しく痙攣する。傍から見ればホラー映画だが、サネムにとっては日常風景だった。だが、遺体に込めた魔力が異様に膨れ上がっていく。やがて魔力は形をなした。悪霊。この降霊術で呼ぶつもりのなかった霊である――すなわち、失敗を意味する。
「……は?」
彼女の眼前の悪霊は、己を喚び出した主に真っ黒な眼窩を向けた。
「
サネムが銃を抜く。しかし、悪霊は既に標的を定めていた。
「基準点決定、座標確定――
その手が彼女に触れる直前、宙雷が呟いた。途端、空中に四つの点が現れ、四点を繋ぐように壁が現れた。悪霊は壁に阻まれ、動きを止める。
「将」
「わかってるよ――縛」
間髪入れず将が空の符を向け、悪霊を封印した。
「何してる、ジェナズラネル」
「サネムちゃん、大丈夫?」
冷ややかな目をする宙雷とは対照に、将が座り込んだままのサネムに手を伸ばした。彼女は僅かに唇を噛み、彼の手を払った。
「……ひとりで立てるから」
「そっか、ごめん」
将は気まずそうに手をさすり、監督役のナナに連絡をメッセージを送った。返信はすぐに来た。
「ナナちゃん先生……監督役が、一回教会まで来てって」
全員無言で車に乗り込む。サネムはカーステレオを使わない主義らしく、エンジンの音だけがただ響いている。後部座席の双子はぼんやりとした表情で外を見ていた。
――ホームズ。ホームズ……やっぱり、絶対シャーロック・ホームズじゃねぇな……。
宙雷は考える。
現時点で、心臓を抜かれた死体は、合計五人見つかっている。村山夫妻で六人目と七人目となる。ここ一週間の間に行方不明になったのは六人。その中に、将のクラスメイトの黒田なぎさも含まれている。
確か、最初に行方不明者が出たのは、七月十九日の朝。出勤してこない男と連絡が取れなくなり、その日の夕方、心臓を抜かれた遺体で見つかっている。被害者に心臓がない以外の共通点は無く、おそらくは――
「中津淵兄」
「なんだよ、ジェナズラネル」
サネムの呼び掛けに答えた宙雷は、バックミラー越しに彼女を睨んだ。
「睨まないでよ。事故るわよ」
「やめろ馬鹿野郎」
「ふん。……大切なのは
将と宙雷の間で、アーチャーが実体化した。
「まぁ、サーヴァントが心臓を集める理由なんざ一つだけだがな」
次いで助手席でライダーが実体化する。
「
「おうともさ。詳しいことは、また後でな」
「……?」
将は首を傾げた。
***
教会の駐車場で、サネムは
「私、教会に入りたくないから」
と下車を拒否した。仕方なく、双子はライダーを伴って教会の方へ向かう。神父の深村が植木の手入れをしていた。
「深村さーん」
将が声をかけると、彼が顔を上げた。
「やあ、こんにちは。どうしたんだい?」
「ナナちゃん先生に呼ばれて。中にいます?」
「いるよ。勝手に入って構わないからね」
「あざっす」
教会の扉は半開きになっていた。押して入ると、ナナが一番後ろの長椅子で横になっていた。
「……ナナちゃん先生、教会で寝るの好きなの?」
ナナは億劫そうに体を起こした。
「まさかでしょ」
ぐっと伸びをして、横に置いていたペンとバインダーを取った。将は苦い顔をするのを通り越し、もはや無の顔になっていた。
「で、お話聞かせてくれる?」
***
「……そう、情報提供ありがとう」
ジーンズにタンクトップ姿のナナは、将と宙雷の話を紙に書き留めた。長椅子で足を組んでいた彼女は、バインダーから顔を上げた。
「で、アーチャーのマスターさんは?」
「サネムちゃん、教会に入りたくないって」
「ふぅん。まぁ良いけど」
メモを取った紙の裏には、薄らと『夏休みの過ごし方』という文字が見えていた。
――この人、裏紙使ってる……。
ナナに関する全てを諦めた将は、「それで」と切り替えた。
「黒田ちゃん、まだ見つからない?」
「ええ、まだ見つからない。保護者対応とかほんと大変で……聖杯戦争より大変なんだよ?」
「……」「……」
双子は微妙な顔をして少し下を見た。
「魔術師なんて、勝手に殺しあってりゃあいいと思うけど……あ、もちろん君たちは別だからね。お兄ちゃんの方は私の生徒じゃないけど、まだ被保護者なんだから」
そう言って微笑む彼女は、教師の顔をしていた。宙雷はしばらくその顔を見つめ、言った。
「あんた、本当に代行者じゃねぇんだな」
「ええ。色々あってね。辞めちゃった……教会がしつこいから今監督役やってる、けど……」
言いながら、彼女は箱買いしているプロテインバーに手を伸ばす。
「ま、この通りやる気はない。仕事だからしっかりするけどさ」
「じゃあ、ホームズのマスターは教えてくれねぇか」
「教えてあげられないね。ただ、該当人は少し前から連絡が取れてないわ」
ライダーがナナの隣に実体化した。
「ホームズの外見は、茶色〜焦げ茶色のスーツに、同じ色のハット。髪はクリーム色で長くなく、整えられている。瞳は琥珀色。この外観をした男に、心当たりは?」
ナナはライダーを睨んだ。
「ねぇ、教会って原則サーヴァントは立ち入り禁止なんだけど」
「ふふふふふふふ。教会内での露出、喫食、その他もろもろ。貴方の所業に比べれば、可愛いものでは?」
彼女は少し考え、
「それもそうね」
と頷いた。ライダーの完璧な笑みが、少し崩れた。
――悪いことしてるって認めましたね、この人……。
上には上がいる。変人を自負するライダーだが、ナナの変人っぷりには舌を巻いた。
「で、質問の答えはNO。私、ここしばらく教会から出ていないもの」
「左様で。ありがとうございます」
ライダーは崩れた微笑みを正し、外套を翻して霊体化した。それを見送り、将はナナに向き合う。
「先生、ホームズ……多分アサシンなんだけど。アサシンのマスターと連絡取れなくなったのはいつ頃?」
「気付いたのは二日前。二十四日ね」
「だがそれ以前から殺人事件は起きてたぞ」
宙雷が言うと、彼女は頭を抱えた。
「そこなのよ……もうマスコミを抑えとくのも限界が来そう。ほら、最近はSNSとかすごいじゃない」
「……だから、普通に人間がやってるのか、サーヴァントがやってるのか、分からない?」
「そう。七割サーヴァントがクロだけど、決めつけてかかるわけにもいかないでしょう?」
プロテインバーを食べ終わったナナは、袋を縛って傍らのナイロン袋に投げ入れた。ナイロン袋には既にいくつもの縛った袋が入っている。まともな食事をしているのだろうか。教え子は心配になったが、一旦放置することにした。
「おっけー、ありがとう、ナナちゃん先生」
「いいえ。ほんと、無理しちゃだめだからね、貴方たち。ライダーも、しっかり彼らを守ってあげてね」
ライダーは返事をしなかった。代わりに、白薔薇の花弁を一枚、その場に残していった。
一行が車に戻ると、サネムが項垂れていた。ドアを開けても反応が薄い。
「……サネムちゃん?」
「だから誰がサネムちゃんよ!」
将が声をかけると、バッと起き上がって即座に睨みつけてきた。
「具合悪いの?」
「別に!」
「小娘はひとり反省会の真っ最中だ」
「アーチャー、余計なこと言わないでください!!」
「で、あるか。もう失敗しねぇな?」
「うるさい!」
助手席に座っていたアーチャーはふっと笑い、霊体化した。
「大丈夫だぞ、ジェナズラネル」
後部座席に乗り込みながら、宙雷が言った。
「何がよ」
「俺たちはお前が泣いてようがひとり反省会してようが別に気にしねぇよ」
宙雷も笑っていた。
「うるさい、中津淵兄!!」
「宙雷、やめろって……」
「あんたもよ、中津淵弟」
「うそぉ……」
ライダーがニコニコと微笑んでいた。
「良い教科書でしたな!」
「ライダーもうるさい!!」