同日、正午。
「そろそろお昼だね。なぎさちゃん、何が食べたいものはある?」
ホームズは、ミステリ小説を読んでいるなぎさに声をかけた。少しカバーがずれている。彼女は顔を上げ、「んー……」としばらく考えた後、
「……ダムダムバーガーのハンバーガー食べたいです」
と答えた。
「ハンバーガーか、いいね。僕も好きだよ」
「ほんとですか?」
「本当さ。アメリカ人だぜ?」
「……そうなんですか?」
なぎさはキョトンとした顔をした。
「シャーロック・ホームズって、イギリス人だと思ってた」
ホームズは大袈裟に嘆くふりをした。
「Oops……うっかりしてた。寝ぼけてるのかも?」
「えー?」
ふたりでクスクス笑い合う。
「ところで、ダムダムバーガーって、どこにあったっけ?」
「母山の峠を越えた、隣町です。バス使ったらすぐですよ」
「OK、わかった。じゃあ、僕はハンバーガー買ってくるから。楽しみに待っててね」
「はい。何から何まで、ありがとうございます」
「いえいえ。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
しっかりと鍵をかけ、ホームズは外に出た。夏の陽気は痛いほどに眩しいものだ。自分のものではない財布を持って、彼は歩き出す。服装は変えている。ジーンズにポロシャツにサングラス。ラフな格好だ。ハンバーガーを買いに行くのにスーツでは目立ちすぎる。靴も、革靴からサンダルに履き替えている。ここを怠ると、文字通り足がつく。
鼻歌混じりにバスに乗り、運賃を支払った。バス停から電車に乗り継ぐ。隣町の駅に着き、しばらく歩くとハンバーガー屋を発見した。昼時なだけあり、結構な行列だった。
――これは、少し並ぶな。
こればかりは仕方ない。行列の一番後ろに並んだ。数分待つと、自分の番が来た。
「店内でご飲食ですか? お持ち帰りですか?」
「持ち帰りで。えーっと、この、期間限定のセット。それと、テリヤキバーガーと……」
なぎさが好みそうなものを適当に注文し、店員にチップを渡そうとして拒否された。
「おや……Japanはチップ、無いんだね」
「そう、ですね」
店員の苦笑いを置き去りに、ホームズはぼんやりと注文番号が表示されるのを待っていた。
――さて、聖杯戦争はどう進めようかな。
数日前、自分を召喚したマスターをうっかり殺してしまったのはやらかしたとは思う。だが、その後代わりの
殺した中に、偶然将の知り合いがいたのもラッキーだった。村山だか村中だかいう夫妻だ。あの状況でなぎさの名前を出した以上、彼の性格からして聖杯戦争を放り出すとは思えない。しかし念には念を、ダメ押しに目立つところに置いてきた。
――死体、上手く見つけられるといいんだけど。
提供された袋を受け取り、ホームズは帰路に着いた。
***
「……さすがに飽きたな……」
なぎさは本を閉じていた。いかな本の虫といえど、二日以上も読書以外の娯楽を取り上げられていては気が滅入るというものだ。立ち上がってストレッチをする。なんとなく部屋を見回し、窓の目隠しに目をつけた。よく見れば、サッシがある。
――もしかして、動く?
少し力を入れてみる。キキ、と音を立てて、目隠しが動いた。窓は押し出し式で、外はシャッターが閉まっているため、どう頑張っても開けられない。目隠しを元に戻し、次は唯一の出入口であるドアノブに手をかけた。ガチャガチャと回すが、ビクともしない。
あちこちと部屋の中を見てみたが、やはり出入口はこのドアだけらしい。
少し考え、ポケットからスマホを取り出す。メモ帳に現在の状況を書き込んでみた。部屋が悪いのか立地が悪いのかは不明だが、電波は圏外。しかし、メモくらいなら出来る。メモ帳の白い画面に、手慣れた動作で文字を打ち込んでいく。
――ここがどこかはわからないけど……ダムダムバーガーは隣町にしかないから、時間かかるよね、多分。
バレませんように、と祈りながら、画面を見る。改めて自分の状況を見返した。
・私はホームズに監禁されている
・外部との連絡手段はなく、救助は期待できない
・窓の目隠しは動くが、窓は開かず、外側のシャッターが閉まっている
・ホームズがいない時、ドアは開かない
・ホームズはサーヴァントで、私がマスターらしい
・令呪はマスターの証らしい
・ホームズは夜な夜な外に出ている。無傷で帰ってくることが多いため、恐らく積極的に戦っていない
・多数の行方不明者と連続殺人事件が起きていたが、ホームズとの関連性は不明。私も行方不明者のうちのひとり
ここまで書いて、最後に1行書き加えた。
・ホームズは、おそらくシャーロック・ホームズではない誰か
わざとカバーを入れ替えた本を見ても、なんの反応もなかったからだ。シャーロック・ホームズなら気付くはず。そして即座に指摘してくるはず。結構アレな性格してるから。
「まぁ、だからといって、彼が誰かはわからないんだけどさ……あー……家帰りたい……」
そうぼやき、スリープ状態にしたスマホをポケットに入れる。しばらくぼんやりと天井を見つめ、靴下を片方だけ履き替え、ミステリ小説を読み始めた。
***
「ただいま」
「おかえりなさい、ホームズさん」
なぎさは本から顔を上げた。部屋を出る前は四分の一程度の所を読んでいたが、今は三分の二程度の所を読んでいる。
「お店、混んでました?」
「お昼時だからね。ちょっと並んだよ。それ、面白い?」
「面白いです!」
「そうかい、それはよかった!」
目を輝かせるなぎさに、にこりと微笑みかける。
「とりあえず、お昼食べようか。色々買ってきたけど、何がいい?」
漂うハンバーガーのかおりに、なぎさの腹の虫が鳴いた。彼女は恥ずかしそうに本で顔を隠した。
——靴下に気付いてない……やっぱり、この人、シャーロック・ホームズじゃない。
そんなことを考えているとは、ホームズは知らなかったが。