同日、午後四時。
女が窓から外を見ていた。視線の先は電線の上のカラス。カァカァと、群れと意思疎通をしている。
憂えげな瞳が、飛び立った一羽のカラスを追う。女はため息をついた。
――急に爆散して死なねぇかなぁ、カラス……。
そんな物騒なことを考えながら、彼女は視線を室内に移す。部屋の中は服だらけだ。思わず天を仰いだ。
「おい、マスター。なんでまた、こんなにも服だらけにしてるんだ?」
マスターと呼ばれた女は、嬉しそうにその中の一着を持ち上げた。
「セイバー! 次はこれを!」
「聞いてる?」
「あーん、でも今の服も可愛いわ。どうしましょう、セイバー!」
「あのなマスター」
「やっぱりこっちの」
「サーヴァントは着せ替え人形じゃ」
「セイバーはどっちが好き!?」
「どっちも好きじゃない!!」
「じゃあこれは!?」
「一回聞けよ、俺の話をよ!!」
セイバー――哀れにも、白銀の長い髪はクルクルに巻かれツインテールにされ、ピンクのリボンでくくられて、ふわっふわの激甘ロリを着せられている――がついと指を振ると、色とりどりの服がふわりと浮かび上がった。そのままクローゼットに押し込まれる。
「あー……」
「あー……じゃないよ。聖杯戦争だぞ。分かってんのか、グズビョルグ」
残念そうな表情のグズビョルグは、すっかり綺麗になった部屋の中でペタンと座り込んでいた。
「わかってるわよぅ……」
「本当か?」
「本当! 勝つつもりはもちろんあるわ。けど、その……セイバーが可愛くって、つい……」
セイバーは鼻を鳴らした。
「当然だ。いけ好かないけど、あいつの姿を真似てるんだからな」
それよりもだ。とセイバーは話題を戻した。
「どうするんだ、これから。敵マスターの情報を洗ったんだろ」
黄金と黒の瞳がマスターを睨む。グズビョルグはむいむいと唇を尖らせながら、無骨なアタッシュケースの蓋を開けた。中には整理された書類が隙間なく詰まっており、一つ一つに色の違う付箋が貼ってあった。
一番上のクリアファイルを手に取り、内容を読み上げた。
「サネム・ジェナズラネル。トルコ出身で時計塔所属の、死霊魔術の遣い手。召喚したサーヴァントはアーチャー。ジェナズラネルってことは、聖杯にかける願いは決まってるわね」
「なんだよ?」
「寿命。で、次ね」
――寿命?
添付された写真を見る限り、歳若く、十代後半程度に見える。セイバーは首を傾げたが、頭を撫でられたため即座に振り払った。
「次は!」
「うふふ、はぁい。レイモンド・ベルね」
「このジジイこそ寿命を気にするべきだろ。七十くらいか?」
「ベルは長生きが多いのよ。彼、こう見えて九十を過ぎてる。サーヴァントは不明だけど、わざわざこの時期にこの街にいるってことは、そういうことでしょうね」
「マジでか」
セイバーは次のクリアファイルを手に取った。
「
清香の写真の横に綴られた、バーサーカーの写真。筋骨隆々で、いかにもといった風貌だ。セイバーは清香とバーサーカーの資料を自分の隣に置いた。
「あら、気に入った?」
「気に入ったね。一度はお目にかかりたいもんさ」
彼女は口角を上げ、「次」とマスターを催促する。
「はいはい。次は、桐山優雅。時計塔所属の魔術師よ。あの人、シャーロック・ホームズが大好きだから、コナン・ドイルかシャーロック・ホームズを召喚したいんじゃないかな。でも、数日前から一度も姿を見ていないの」
「死んだんじゃねぇ?」
「昨日始まったばかりなのに?」
まさかね、とふたりは笑い、次の資料に目を通す。
「で、ハリエット・バーボン。イギリスの魔術師だけど、この街の中津淵神社という神社に嫁入りしてる。それと、こっちは中津淵雷太郎。この神社の神主で、この辺りの土地守。当然、このどちらかが出てくると思ってたんだけど……」
言葉に詰まったグズビョルグに、セイバーは声をかけた。
「思ってたんだけど?」
「雷太郎の方はよく知らないんだけどさ……ハリエットって、結構好戦的な性格をしているのよ。良くも悪くも、魔術師らしいというか。彼女、冷血で、冷静で、貴族的で……間違いを許さないというか」
グズビョルグは目を細めた。
「それこそ、何かあったのかも」
「何かって?」
「分からないけど、何か、重大なこと。ハリエットほどの人がこうも神社から動かないなんて、おかしいもの」
彼女はしばらく考えていたが、諦めて閲覧済みスペースに置いた。
「……で、問題はこの人」
「カフカ……カフカ・ネレイディア?」
マスターは頷いた。
「天体科所属の、優秀な魔術師。この聖杯戦争の主催者でもある人よ」
「何が問題なんだよ」
セイバーの言葉に、彼女は目を伏せた。
「会ったことがあるの、一度だけ」
「それで?」
「……怖かった。中身が空洞とか、そんなもんじゃない。カフカは、まるで……そう、さなぎ。いいえ、違う、もっと……もっと、怖いもの」
サーヴァントはしげしげとカフカの資料を眺める。
「要領を得ないな」
「とにかく怖いのよ、この人。会ったらわかるわ」
「この俺に怖いものなどあるかよ」
セイバーはニッと笑う。
「安心しろよ、マスター。何が来ても、俺が刻んで燃やして灰にしてやるよ」
「セイバー……」
グズビョルグはしばしセイバーを眺め、微笑んだ。そして。
「セイバー!! 頼りになるわ、綺麗よ、可愛い、可愛い!! 大好きよセイバー!!」
「うおおおおやめろっ、やめろマスター!!」
彼女は勢いよくサーヴァントに抱きついた。
グズビョルグ・ヴァルディスドッティル。ルーン魔術の遣い手である彼女は、自らが召喚したセイバーに、恐ろしいほどベタ惚れしていた。
「脱ぐ! 脱ぐわこれ、動きにくいったらありゃあしねぇ! 裸の方がマシだろ!!」
そう言って服を脱ごうとするセイバーを、グズビョルグは慌てて静止する。
「ダメよセイバー、女の子が裸だなんて!」
「めんどくせぇなぁ性別って!!」
「あっでも裸は裸で絵になるかも」
「なんなんだよ俺のマスターはよ!!」
すったもんだの末、セイバーは簡素で動きやすい服装に限り着せ替え人形可という結論に至った。
「こーんなに可愛いお洋服も用意したのよ?」
そう言って見せてきたのは、クリノリンでも入っているのかと思うほどにスカートが膨らんだロリータ服だった。
――そんな服で動けるか!!
という言葉を飲み込み、セイバーはグズビョルグの目をしっかりと見つめた。
「自分で着てろよ、マスター。似合うぜ」
「本当?」
「本当本当。めっちゃ可愛いから」
グズビョルグは少し悩み、服を鏡に合わせ始めた。
――よし、その調子だ、その調子で俺から興味を無くせ!
「……でも、やっぱりセイバーの方が似合うと思うの」
「クソッ!!」
セイバーは思わずマスターをぶん殴りたくなったが、そんなことをすれば、マスターは文字通りバラバラになってしまう。ぐっと我慢した。
「それより、俺はあのクソッタレなキャスターか、バーサーカーを探しに行きたい」
「アーチャーも気にならない?」
「なる。でもな、マスター」
彼女は口角を上げる。蛇のように細長い瞳孔が、少し広がった。
「俺は好きなものは最初に食べる主義なんだ——他のやつに横取りされちゃあかなわない。だろ?」
その獰猛な笑みに、グズビョルグは背筋に冷たいものが走った。
——この子にとって、聖杯戦争は願望機をかけた争いなんかじゃない。狩場なんだ。
捕食者は、また口を開く。
「それか、カフカってやつを探しに行く」
「……どうして?」
「決まってるだろ?」
彼女はマスターの顎を持ち上げ、額にキスをした。
「お前はもう俺の
「——」
グズビョルグの呼吸が止まる。セイバーは立ち上がる。
「先に出るぞ。お前も準備できたらすぐ来いよ、俺のグズビョルグ」
そう言って、部屋を出て行った。しばしの間があり、
「……ハァッ……ハッ……」
ようやく息を取り戻した彼女は、嫌な汗を流した。
「……あれが、英霊? まさか……」
——あんなの、綺麗なだけの怪物だわ。
グズビョルグはその場に崩れ落ちた。持ったままの服を、ギュッと握りしめた。
数秒後。
「……なんて、かっこいいの……!!」