ポン、ポン、ポン、ポン。
カーテンを締め切った暗い部屋で、秒針が音を立てて進んでいく。カフカ・ネレイディアは安楽椅子に腰掛け、その動きをじっと見ていた。昨晩、セイバーとかち合ったのは驚いた。だが、想定内だ。
キャスターの術式は既に埋め込んだ。
「……残り物には福がある。この国ではそういうのだろう?」
キャスターが、カフカの隣に実体化する。今度は浮遊せず、床に立っている。少しの身動ぎもせず、ただ超然と、そこに存在している。彼が返事をした。
「はいですじゃ、マスター」
穏やかな声だ。目を閉じたまま、顔を真正面に向けている。そういう銅像だと言われても疑問に思わないほどだ。だが、彼は少しだけ顔をマスターの方に向けた。
「我先にと欲張らず、順番が後になることを受け入れる。これこそ、良き結果を招くと、そういう言葉です」
カフカはふっと微笑んだ。
「なら、ボクは大正解だ。わざわざこんな、遠くの島国に足を運んだ甲斐があるよ」
そう言って、キャスターを見た。
「君を引き当てた」
「ほほほ。期待が大きい。これは、拙僧も頑張らねばなりませぬなぁ」
僧侶は笑い、霊体化した。カフカはまた、秒針を見始めた。
***
バーサーカーは時計を見ていた。時刻は、午後六時二十分。
——まだか。
せわしなくその辺を歩き回る。
——まだか。
もう一度時計を見る。時刻は、午後六時二十一分。真夏の午後六時過ぎは、とても明るい。
「おい、もう出ても良いんじゃねぇか!?」
「まだよ。座ってなさい」
「貴方、もう少し静かに出来ないの?」
「出来ない!」
「そうですか」
彼女はまたコーヒーを飲み、ふぅ、と息を吐いた。
「バーサーカー」
「おう」
「天気はどう?」
彼はカーテンの隙間から外を見て、「晴れだな!」と言った。
「明るい?」
「明るい!」
「ならまだ出られないわ。聖杯戦争は夜にやるもの。知っているでしょう?」
「散歩くらいはできるだろう!」
「貴方、自分の身長は考えたことある?」
「デカい!」
「そう。だから目立つのよ。目立ちすぎるのよ」
彼女は指を少し動かした。目に見えないほどの絹糸がついと動き、ゆっくりとバーサーカーの両手を縛り上げた。
「だから、暗くなるまでお外には出られません。わかった?」
幼い子供に言い聞かせるような口調の彼女は、束ねた絹糸を手のように動かし、バーサーカーの頭を撫でた。
「おうおう、ガキ扱いかよ」
「子供の方が聞き分けがいいわ」
「チッ」
盛大な舌打ちとともに絹糸を引きちぎり、バーサーカーはしばらくその糸を眺めた。パッと手を離すと、それは清香の足元に座り込んだ犬——犬の形をした糸の塊——に吸い込まれていった。彼女は小さく溜息をつき、「ちぎらないでね」と眉を下げた。
「ブルー、彼にコーヒーを」
短く言うと、犬の形をした糸の塊はのそのそと立ち上がる。ちょうど、ラブラドール・レトリバーのような形をしている。糸はスタスタとキッチンに歩いていき、形を変えた。人型だ。それはテキパキと動き、瞬く間にコーヒーを淹れ、バーサーカーに差し出す。
「……蚕魔術、な……。面妖なもんだ。ありがとよ」
彼は糸からカップを受け取ると、犬型に戻ったブルーを撫でた。糸は、どうやってかは知らないがふんすと鼻を鳴らし、また清香の足元に戻った。ふたりはしばらく静かにしていたが、
「バーサーカー」
ブラックコーヒーを飲み干し、清香が口を開いた。手を伸ばす。呼ばれたバーサーカーはその手を取った。手を頼りに、彼女は立ち上がる。
「まだ明るい?」
「明るいな」
「暗くなったら、出ましょうね」
「おうよ」
バーサーカーは笑い、清香の手を潰さない程度にぎゅっと握った。
***
午後七時半。
外はそろそろ仄暗くなってきている。将は、廃別荘の個室にいた。隣に座るたっちゃんと一緒に、遺体発見箇所のマーキングを終えた紙の地図を見ている。
「将くん」
たっちゃんは地図記号を指さした。
「これね、あのね、なんの絵?」
「これは、警察署のマーク。ここにお巡りさんがいますよーってマークだよ」
「へー」
将にもらったテディベアの手で、警察署のマークをぽんぽんと叩く。そして何が嬉しいのか、にこにこと笑っていた。たっちゃんの頭を撫で、将は考える。
ホームズの拠点はどこか。マークした場所はまちまちで、規則性もない。調べたところ、遺体の状態も様々だったらしい。
村山夫妻のようにそのまま置かれているもの、土に埋められているもの、果てはばらばらにされ、あちこちにばら撒かれているもの。共通するのは、心臓だけが見つからないことだけ。
想像するだけで吐き気がするが、将は地図と向き合った。
——ダメだ、なーんもわからん。
遺体発見箇所を線で繋いでみたが、特に魔術的な痕跡も見受けれない。ただわかるのは七月二十三日以降に犠牲者が急増しているという事実だけだ。
式神や使い魔もホームズの姿を確認できず、目撃情報も見受けられない。そもそも、ホームズとは本名なのだろうか。シャーロック・ホームズではないにせよ、偽名の線も拭えない。
将は溜息をつき、昼間に買ったダムダムバーガーのジュースのカップを持ち上げた。中身は空だ。ポイとゴミ箱に放った。
「将くん」
「どうしたの?」
「たっちゃんの家、どこ?」
将はボールペンで別荘の場所に丸をつけた。
「ここ。俺たち、今ここにいるんだよ」
「たっちゃんの家!」
霊は嬉しそうに立ち上がり、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。ちょうどそのタイミングで、宙雷が入ってきた。
「なんかわかったか?」
「全然。そっちは?」
「俺もダメだ」
難しそうな顔をしている双子をよそに、たっちゃんは嬉しそうだ。くいくいと宙雷の着物の袖を引き、机に広げた地図を指さす。
「宙雷くん、宙雷くん、ここね、たっちゃんの家!」
「おー、そうなの?」
「うん!」
「そうか、教えてくれてありがとうな」
たっちゃんはにこにこ笑顔のまま、くまちゃんを抱きしめた。将の膝に座り、足をパタパタと動かしている。その頭を撫でながら、双子は地図とにらめっこをしていた。
「……宙雷でもわからないことってあるんだな」
ふと、将がつぶやいた。宙雷は怪訝そうな顔をする。
「なんだよ、どういう——」
と、そこに控えめなノックが響く。
「どうぞー」
「ごきげんよう、我が
という爆声とともに控えめにドアが開いた。なんで声だけ無駄にデカいんだろう、と将は思った。宙雷も思った。
たっちゃんはその場に固まり、ありえないものを見る目でライダーを見ている。ライダーからすればたっちゃんの方がありえないのだが、どうにもお互いになんだこいつと思っているらしい。
そのままたっちゃんは将の膝から降り、足元にうずくまって、手で目を隠した。ライダーはいつもの完璧で胡散臭い笑みを浮かべ、キョロキョロと周囲を見渡した。
「——なるほど。たっちゃんは隠れんぼが得意なのですね?」
「!」
子供の霊は息を潜めた。その口元は嬉しそうに笑っている。騎士はわざとらしくたっちゃんを探し始めた。
「うーん、不思議ですなぁ、さっきまでそこにいたのに!」
「うふふ……」
「おや、笑い声! どこだろうか!」
「……将、なんか始まったぞ」
「たっちゃんどっか行っちゃったねー」
「クソッ、こっちもか!」
「
「うるせぇぞライダー」
しばらくたっちゃん探しをしていたライダーは、目の前に「わっ!」と言って出てきた彼を抱き上げた。
「おお! こんなところにおいででしたか、おチビさん。全然わかりませんでしたよ——さて、この子も見つけたことですし、囚われの姫君を探しに行くのはいかがです?」
双子の視線が、サーヴァントから地図に移される。
「でもさ、ライダーさん。なんの手がかりもないんすよ。俺は昨日刺されててそれどころじゃなかったし」
「俺も将が刺されてたからそれどころじゃなかった」
「それがね、将殿、宙雷殿」
ライダーは間を置き、こう続けた。
「つい今しがた、宙雷殿が将殿のお部屋に行った二分後くらいですかね。ニュース速報がありましてな。何やら河川敷で、新たな遺体を発見したのだそうですよ」
しばしの沈黙。そして。
「それを早く言えよ!!」「それを早く言えよ!!」
という双子の声が全く同時に響いた。