Fate/WhiteЯ ――蛇川市における怪奇現象、および聖杯戦争について―― 作:サイベリアンザウルス
七月二十三日、午後九時三十五分。
不運なこともあるものだ。黒田なぎさは、暗い道を足早に歩いていた。
友人と共に都会に繰り出し、遊んだ。そこまでは良かった。午後八時には家に着いている予定だった。しかし、車両点検で電車の遅延、なんとか地元に戻ってきたと思ったら線路内に鹿の立ち入り、挙句の果てに目の前で扉が閉まる。こんな事が続き、帰りの時間が大幅に遅れてしまった。
――もう、嫌になっちゃう。パパに迎えに来てもらえば良かった。
最近は物騒だから早く帰りたいのに。そんなことを思いながら歩いていると、虫やフクロウの鳴き声に混じって、奇妙な音が耳に入ってきた。爆竹を連発するような音だ。畑で爆竹でも鳴らしているのかとも思ったが、こんな夜にそんなことはしないだろう。それに混じって、金属音も聞こえる。不思議に思ったなぎさは、様子を見に行くことにした。
――まぁ、やばくなったら警察呼べばいいか。
住宅街を抜けたところに、大型ショッピングモールの建設予定地がある。まだ重機などは入っていないため、今はただの空き地だ。おそらく、音はそこからだ。もうすぐ夜十時であることも忘れ、彼女は建設予定地に向かう。街灯が少なくなっていく。田舎特有の暗さだ。月明かりを頼りに、なぎさは歩いていった。
音の正体はすぐに分かった。
「それ、どうしたバーサーカー! それで終いか!?」
「くふははは!! その破滅の杖の音色は耳触りが良いな! 終末もたらす巨人が如き弓兵よ、だがこの俺様の前には貴様の武勇、貴様の武勲など猫の足音に等しい! さあ、狼の足を赤く染めてやろう!!」
――何、あれ。
宙に浮く銃に仁王立ちをするスチームパンクな男に、両手斧を持ったワイルドな大男が殴りかかっている。大きく跳んだ斧の男は、巨大な両手斧を薙ぐ。銃の男はそれをかわし、腰の刀を抜き払う。激しい金属音。夏の夜空に金属がかち合い、火花が散る。
なぎさが目で追えたのはここまでだ。あとは激しい銃撃戦と、それをものともしない斧の男が猛攻を仕掛けている。地面は抉れ、切り裂かれ、コンテナはひっくり返る。目に見えないほどの高速戦闘に、整地された建設予定地は見るも無惨な状態になっていく。この破壊の混沌の中、唯一分かるのは、二人とも楽しそうに笑っているということだ。
呆気にとられていたなぎさは、ふと我に返った。見とれている場合では無い。どう考えても尋常ではない事態に、彼女はスマホを取りだした。
「……け、警察……」
「何者か!!」
気付かれた。斧の男がこちらを凝視している。逃げなければ。だが、足が震えて上手く動かない。
「チッ……今宵はこれまでとしよう。俺様は仕事が増えてしまった」
「そのようだな。あーあ……女の子じゃねぇか。可哀想に」
「ったく、せっかく楽しく遊んでたってのに……あ、いや、待て、アーチャー」
「あん?」
「名を聞こうか」
アーチャーと呼ばれた銃の男は、怪訝そうに片眉をあげた。
「マジで言ってんのか?」
「俺様は嘘をつかんぞ。嘘をつくのは詩人の仕事だ」
「詩人に謝れ。言うわけねぇだろ馬鹿野郎」
「チッ、ケチくせぇな」
「おうともさ。して、一応聞くが、貴様の名は?」
「くふははは!! きよちゃんに『名乗っちゃダメよ』と言われているので俺様は名乗れない!! さらばだ、アーチャー!!」
高笑いとともにバーサーカーは去っていった。その背中を見送ったアーチャーは
「何あれ……むかつく……」
とぼやいた。
不審者たちが言い合っていたので、その間になぎさは逃げ出した。建設予定地を離れ、住宅街に逃げる。警察なんて呼んでる場合じゃない、とにかく安全な場所に逃げるのが先だ。
走って走って、大きな道路を渡り、住宅地の近くまで来た。街灯の数が増えてきた。息が切れる。だが、まだ走らなくては
「おう、どこへ逃げる気だ?」
ヒュ、と息を飲む。彼女の目の前には、斧を持った大男が立ちはだかっていた。焦げ茶色の瞳に涙が滲む。
「あ、あ……」
「安心しろよ、取って食いやしねぇ。俺様はトロルじゃあねぇからな。だが、見られた以上命は貰うぞ、小娘」
二メートルを優に超す大男は、一歩ずつなぎさに歩み寄る。なぎさは一歩ずつ後ろに下がるが、ついに背中が壁についてしまった。上手く呼吸が出来なくなる。
「安心しろよ、痛くはしねぇ。どうした、怖いか? 当然だな。悪い悪い」
悪いだなんて微塵も思っていなさそうな大男は斧を置き、腰にさした剣を手にした。先程銃の男とやり合っていた時とは打って変わって、感情のない目がなぎさを見つめる。道端の石でも見るような、冷えきった目だ。恐怖で身体が硬直する。は、は、と短い呼吸を続けるなぎさに、彼は何の遊びもない動作で剣を振りかぶった。
その手にナイフが突き刺さった。
「なっ……」
男はナイフを抜き取り、その主を探す。
と。
強烈な光と音。
キィンと耳鳴りがして、なぎさは思わず目を閉じ、耳を塞ぐ。何者かが彼女の手を取り、走り出した。
視界が戻ったバーサーカーは、「チッ」と大きな舌打ちをした。
「すまねえ、逃げられた」
「逃げられた、よりは、逃がされた、というのが妥当よ、バーサーカー」
ふわりと、住宅の屋根の上から妙齢の女性が降りてきた。重力など無いかのように優雅に、ゆっくりと地面に立った彼女は、バーサーカーの方を見向きもせず、そう言った。茶色の髪は月明かりに照らされて、静かな森のような印象を受ける。彼女は
「……見てたのか、きよちゃん」
「ええ。貴方の力を視たかったから。けれど、さすがにあの横槍は仕方がないわ」
「ああ。それにしても……」
バーサーカーはキョロキョロと辺りを見回し、首を傾げた。
「あの小娘ごと、気配が消えた。あいつは……キャスターか? 気に食わねぇな、腰抜けの魔術師風情が」
彼は現場に残された閃光手榴弾を踏み潰した。
「ねぇ、バーサーカー」
「なんだ、きよちゃん」
「私も魔術師で、貴方のマスターなのだけれど」
「……。……ごめん」
***
この戦いを、マンションの屋上から見ていたものがいた。優に七十は過ぎていようという男だ。長く伸ばした真っ白の髪を後ろでひとつに束ねている。頭頂部は頭皮が透けて見えていて、服装も相まって、いかにも老紳士といった風だった。
男の名は、レイモンドといった。レイモンドは、アーチャーとバーサーカーが戦闘した後を見ながら、口を開いた。
「君はどう見る、ランサー」
老人の真後ろに、光の粒が集まっていく。やがてそれは人の形を成した。
「バーサーカー。彼は良い。素晴らしい駒になる。だが――」
ランサーと呼ばれた壮年の男は、言葉を続けた。
「――台風の目は、アーチャー。彼を中心に盤面を組もう」
「出来るのか?」
「君は言葉を間違っている」
ランサーの無機質な目は、異様なほど冷たく、これから戦場になる蛇川市を見下ろしていた。
「我らはサーヴァント。過去の亡霊。我らは勝利状態を確立させる存在に過ぎず……すまない、説明は不得手だ。慣れないことをするものではないな」
「いや、いいさ」
レイモンドは微笑んで言った。
「つまり、勝つんだな、ランサー」
「その通りだ。召喚された以上、完膚なきまでに勝つのが私の仕事。そして、勝ち筋は見えている。あとは駒が揃うのを待つだけだ」
***
「やあ、危なかったね、お嬢さん。怪我はしていない? 目や耳は大丈夫かい?」
耳鳴りがおさまった頃、なぎさは男に声をかけられた。いつの間にか抱き上げられていたようで、ゆっくりと床に降ろされた。辺りを見ると、どこかの建物の中らしい。豪華な内装は、上等なホテルを思わせる。
「えっと」
「もう大丈夫。彼らはここまでは追って来られない――ああ、ごめんね。自己紹介がまだだった」
紳士風の男は、帽子を取って礼をした。
「僕はホームズ。気軽にホームズさん、と呼んでくれ」
ホームズと名乗った男はなぎさの手を取り、ホテルの奥へと歩を進める。
無人のロビーには、止まった振り子時計が置かれていた。