Fate/WhiteЯ ――蛇川市における怪奇現象、および聖杯戦争について――   作:サイベリアンザウルス

3 / 7
Scene Ⅱ:始まり(Overture)

 七月二十三日、午後九時三十五分。

 

 不運なこともあるものだ。黒田なぎさは、暗い道を足早に歩いていた。

 

 友人と共に都会に繰り出し、遊んだ。そこまでは良かった。午後八時には家に着いている予定だった。しかし、車両点検で電車の遅延、なんとか地元に戻ってきたと思ったら線路内に鹿の立ち入り、挙句の果てに目の前で扉が閉まる。こんな事が続き、帰りの時間が大幅に遅れてしまった。

 

 ――もう、嫌になっちゃう。パパに迎えに来てもらえば良かった。

 

 最近は物騒だから早く帰りたいのに。そんなことを思いながら歩いていると、虫やフクロウの鳴き声に混じって、奇妙な音が耳に入ってきた。爆竹を連発するような音だ。畑で爆竹でも鳴らしているのかとも思ったが、こんな夜にそんなことはしないだろう。それに混じって、金属音も聞こえる。不思議に思ったなぎさは、様子を見に行くことにした。

 

 ――まぁ、やばくなったら警察呼べばいいか。

 

 住宅街を抜けたところに、大型ショッピングモールの建設予定地がある。まだ重機などは入っていないため、今はただの空き地だ。おそらく、音はそこからだ。もうすぐ夜十時であることも忘れ、彼女は建設予定地に向かう。街灯が少なくなっていく。田舎特有の暗さだ。月明かりを頼りに、なぎさは歩いていった。

 

 音の正体はすぐに分かった。

 

「それ、どうしたバーサーカー! それで終いか!?」

「くふははは!! その破滅の杖の音色は耳触りが良いな! 終末もたらす巨人が如き弓兵よ、だがこの俺様の前には貴様の武勇、貴様の武勲など猫の足音に等しい! さあ、狼の足を赤く染めてやろう!!」

 

 ――何、あれ。

 

 宙に浮く銃に仁王立ちをするスチームパンクな男に、両手斧を持ったワイルドな大男が殴りかかっている。大きく跳んだ斧の男は、巨大な両手斧を薙ぐ。銃の男はそれをかわし、腰の刀を抜き払う。激しい金属音。夏の夜空に金属がかち合い、火花が散る。

 

 なぎさが目で追えたのはここまでだ。あとは激しい銃撃戦と、それをものともしない斧の男が猛攻を仕掛けている。地面は抉れ、切り裂かれ、コンテナはひっくり返る。目に見えないほどの高速戦闘に、整地された建設予定地は見るも無惨な状態になっていく。この破壊の混沌の中、唯一分かるのは、二人とも楽しそうに笑っているということだ。

 

 呆気にとられていたなぎさは、ふと我に返った。見とれている場合では無い。どう考えても尋常ではない事態に、彼女はスマホを取りだした。

 

「……け、警察……」

「何者か!!」

 

 気付かれた。斧の男がこちらを凝視している。逃げなければ。だが、足が震えて上手く動かない。

 

「チッ……今宵はこれまでとしよう。俺様は仕事が増えてしまった」

「そのようだな。あーあ……女の子じゃねぇか。可哀想に」

「ったく、せっかく楽しく遊んでたってのに……あ、いや、待て、アーチャー」

「あん?」

「名を聞こうか」

 

 アーチャーと呼ばれた銃の男は、怪訝そうに片眉をあげた。

 

「マジで言ってんのか?」

「俺様は嘘をつかんぞ。嘘をつくのは詩人の仕事だ」

「詩人に謝れ。言うわけねぇだろ馬鹿野郎」

「チッ、ケチくせぇな」

「おうともさ。して、一応聞くが、貴様の名は?」

「くふははは!! きよちゃんに『名乗っちゃダメよ』と言われているので俺様は名乗れない!! さらばだ、アーチャー!!」

 高笑いとともにバーサーカーは去っていった。その背中を見送ったアーチャーは

「何あれ……むかつく……」

 とぼやいた。

 

 不審者たちが言い合っていたので、その間になぎさは逃げ出した。建設予定地を離れ、住宅街に逃げる。警察なんて呼んでる場合じゃない、とにかく安全な場所に逃げるのが先だ。

 

 走って走って、大きな道路を渡り、住宅地の近くまで来た。街灯の数が増えてきた。息が切れる。だが、まだ走らなくては

「おう、どこへ逃げる気だ?」

 ヒュ、と息を飲む。彼女の目の前には、斧を持った大男が立ちはだかっていた。焦げ茶色の瞳に涙が滲む。

 

「あ、あ……」

「安心しろよ、取って食いやしねぇ。俺様はトロルじゃあねぇからな。だが、見られた以上命は貰うぞ、小娘」

 

 二メートルを優に超す大男は、一歩ずつなぎさに歩み寄る。なぎさは一歩ずつ後ろに下がるが、ついに背中が壁についてしまった。上手く呼吸が出来なくなる。

 

「安心しろよ、痛くはしねぇ。どうした、怖いか? 当然だな。悪い悪い」

 

 悪いだなんて微塵も思っていなさそうな大男は斧を置き、腰にさした剣を手にした。先程銃の男とやり合っていた時とは打って変わって、感情のない目がなぎさを見つめる。道端の石でも見るような、冷えきった目だ。恐怖で身体が硬直する。は、は、と短い呼吸を続けるなぎさに、彼は何の遊びもない動作で剣を振りかぶった。

 

 その手にナイフが突き刺さった。

 

「なっ……」

 

 男はナイフを抜き取り、その主を探す。

 と。

 強烈な光と音。

 キィンと耳鳴りがして、なぎさは思わず目を閉じ、耳を塞ぐ。何者かが彼女の手を取り、走り出した。

 

 視界が戻ったバーサーカーは、「チッ」と大きな舌打ちをした。

 

「すまねえ、逃げられた」

 

「逃げられた、よりは、逃がされた、というのが妥当よ、バーサーカー」

 

 ふわりと、住宅の屋根の上から妙齢の女性が降りてきた。重力など無いかのように優雅に、ゆっくりと地面に立った彼女は、バーサーカーの方を見向きもせず、そう言った。茶色の髪は月明かりに照らされて、静かな森のような印象を受ける。彼女は四月一日(わたぬき)清香。盲目の女魔術師である。

 

「……見てたのか、きよちゃん」

「ええ。貴方の力を視たかったから。けれど、さすがにあの横槍は仕方がないわ」

「ああ。それにしても……」

 

 バーサーカーはキョロキョロと辺りを見回し、首を傾げた。

「あの小娘ごと、気配が消えた。あいつは……キャスターか? 気に食わねぇな、腰抜けの魔術師風情が」

 

 彼は現場に残された閃光手榴弾を踏み潰した。

 

「ねぇ、バーサーカー」

「なんだ、きよちゃん」

「私も魔術師で、貴方のマスターなのだけれど」

「……。……ごめん」

 

 ***

 

 この戦いを、マンションの屋上から見ていたものがいた。優に七十は過ぎていようという男だ。長く伸ばした真っ白の髪を後ろでひとつに束ねている。頭頂部は頭皮が透けて見えていて、服装も相まって、いかにも老紳士といった風だった。

 

 男の名は、レイモンドといった。レイモンドは、アーチャーとバーサーカーが戦闘した後を見ながら、口を開いた。

 

「君はどう見る、ランサー」

 老人の真後ろに、光の粒が集まっていく。やがてそれは人の形を成した。

 

「バーサーカー。彼は良い。素晴らしい駒になる。だが――」

 ランサーと呼ばれた壮年の男は、言葉を続けた。

「――台風の目は、アーチャー。彼を中心に盤面を組もう」

「出来るのか?」

「君は言葉を間違っている」

 

 ランサーの無機質な目は、異様なほど冷たく、これから戦場になる蛇川市を見下ろしていた。

 

「我らはサーヴァント。過去の亡霊。我らは勝利状態を確立させる存在に過ぎず……すまない、説明は不得手だ。慣れないことをするものではないな」

「いや、いいさ」

 レイモンドは微笑んで言った。

「つまり、勝つんだな、ランサー」

「その通りだ。召喚された以上、完膚なきまでに勝つのが私の仕事。そして、勝ち筋は見えている。あとは駒が揃うのを待つだけだ」

 

 ***

 

「やあ、危なかったね、お嬢さん。怪我はしていない? 目や耳は大丈夫かい?」

 

 耳鳴りがおさまった頃、なぎさは男に声をかけられた。いつの間にか抱き上げられていたようで、ゆっくりと床に降ろされた。辺りを見ると、どこかの建物の中らしい。豪華な内装は、上等なホテルを思わせる。

 

「えっと」

「もう大丈夫。彼らはここまでは追って来られない――ああ、ごめんね。自己紹介がまだだった」

 

 紳士風の男は、帽子を取って礼をした。

「僕はホームズ。気軽にホームズさん、と呼んでくれ」

 

 ホームズと名乗った男はなぎさの手を取り、ホテルの奥へと歩を進める。

 無人のロビーには、止まった振り子時計が置かれていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。