Fate/WhiteЯ ――蛇川市における怪奇現象、および聖杯戦争について―― 作:サイベリアンザウルス
目を覚ますと、将は布団に寝かされていた。起き上がろうとすると、腹に激痛が走った。
「ガチかぁ……」
そう呟く。どうやら夢ではなかったらしい。腹部を見ると、包帯が巻かれている。誰かが手当をしてくれたようだ。外はまだ暗いので、さほど時間は経っていないらしい。ぼんやりと、壁に貼られたゲームや怪獣映画のポスターを見て、考える。
――えーっと、何してたっけ……とりあえず走って……刺されて……神社行って、で……えっと……?
そこであることに気付き、ガバッと勢いよく起き上がった。
「叔母さんは!」
「叔母さんは大丈夫だよ」
「うわぁっ!!」
即座に掛け布団を跳ね除けて声の主から距離を取る。そして激痛に顔をしかめた。一息ついてちらりと声の主を確認する。
「……あ、宙雷?」
「声で分かれや」
双子の兄、宙雷だった。鏡合わせの顔は、不機嫌そうに歪んでいる。布団のそばで正座をしていた宙雷は、「よっこいしょ」と言ってあぐらをかいた。いちいち動作がおっさん臭いのは昔からの癖だ。
「てかお前そんな急な運動すんじゃねぇ。ぶっ飛ばすぞボケ」
「口悪……俺今さっきクソ刺されてなかった?」
「刺されてたから言ってんだよ。俺とライダーが居なかったら、お前死んでたんだぞ」
「おん、それはありがとう……ライダー?」
聞きなれない言葉だ。仮面ライダーなら知っているのだが。将は首を傾げた。
「ライダーって何?」
「私ですよ」
「うわぁっ!!」
こういうのを、デジャブと言うのだろう。真後ろから声をかけられて、将は布団に倒れ込んだ。
「あぁ……いたぁい……誰ぇ……?」
真後ろにいたのは男だった。目元を隠す仮面をつけた、黒い男。仮面には白い猪が描かれていた。
――仮面ライダーってか、プリキュアの敵幹部?
将は怪訝な顔で彼を見た。
「ふふふふふふ。素晴らしいリアクション、ありがとうございます。では、改めまして自己紹介を」
黒い男は立ち上がり、片足を下げ、優雅に礼をした。
「初めまして、中津淵エドワード将殿。私、リチャード三世役を仰せつかっております、ライダー、騎兵でございます。貴方様方の従属、下僕。サーヴァント! ああ、そう怪訝なお顔をなさらずに! 心配せずとも刺し殺したりはしませんとも! 何せ、私、貴方様の味方ですので、ね?」
顔をあげる。真っ赤なルージュを塗った唇に微笑みを浮かべていた。あのホームズを名乗る男とは比べるべくもない。息を飲むほど完成された笑みだ。しかし、だからこそ――
――胡散臭……!!
胡散臭さを感じざるを得なかった。蝋人形を思わせる微笑みから、将は無意識に距離をとる。ライダーは肩をすくめる。
「……まぁ、とりあえずだ」
宙雷が言った。
「説明が先だな」
***
――数時間前。
ホームズは弾き飛ばされたナイフを拾った。
「……あっちゃっちゃ。取られちゃったよ」
彼はくるりと凶器を弄ぶ。そしてそのまま血がついたナイフで将を指し示した。
「その子、僕のマスターになってもらう予定だったんだけど……ま、いいか。今は
黒い男――ライダーは、ホームズを見て不敵に笑った。
「おやおや、ご存知ない様子。ならば教えて差し上げましょう――」
彼は口の前で人差し指を立てた。辺りの音が消え、シンと静まり返る。そうしてようやく、口を開いた。
「――良いですか。主役が舞台に上がる時は、三枚目の道化は下がる。
「お生憎様!」
道化と呼ばれたホームズは楽しそうに笑い、軽やかなステップを踏んでくるりと回った。
「僕は知能犯、だが常識というものにとんと興味がない! おっとびっくり、僕は愚者じゃないらしい……ん?」
「ふふふふふふ。道化は真実を語るもの。だが長くは舞台にいられない――そうでしょう?」
コツン、と硬質な足音を立て、ライダーは一歩前へ出る。大鎌が舞台を擦り、キィ、と音を立てた。
ホームズは一歩後ろに下がる。そして、ため息をついた。
「……今はやめとくよ、君、強そうだし。でも、また後で必ず会いに来る。そう、彼に伝えておいてよ」
彼は将を見た。そして、帽子を取って会釈をした。
「僕はホームズ。君のサーヴァントになる男だって」
そうして彼は、神楽舞台から飛び降りた。光の粒になって、空気中に溶け込む。気配は消え、辺りは静寂に包まれた。
「――さて」
ややあって、ライダーが口を開いた。
「観客席にお座りの、私の
***
「……えーっと、つまり?」
将は眉間を押さえる。にわかには信じられない話を聞いた。
「俺は聖杯戦争っつー……その、なんだ。魔術師の、魔術師による、魔術師のためのデスゲーム、みたいなのに意図せず参加しちゃったと。で、このプリキュアの敵幹部みたいな人、ライダーさんだっけ。この人はその相棒の、サーヴァント。こういうこと?」
「そんな感じ。難儀なこったな」
二人一組のチームで、最後のひとりになるまで殺し合う。残った一組は、なんでも願いを叶えられる聖杯なるものを与えられる。
――なんつー物騒なことをこの街でやるんだよ、無人島とかでやってくれよ……。
正座を崩し、将もあぐらを組んだ。
「じゃあ、あのホームズとかいう野郎も、その聖杯戦争絡みか?」
「ええ。彼もそうでしたな」
今まで静かにしていたライダーが口を開いた。
「ふふふ。
「……?」
よく分からずに首を傾げていると、宙雷が
「あー……なんだ。その、英雄や偉人を神とした場合の
と補足をした。
「ふーん。で、英霊の座ってのは?」
「役者のプライベート故、トップシークレットです」
「うぃ。式神とはまた違う?」
「私には式神がよくわかりませんが……はてさて、なんのことやらさっぱりですな」
ライダーは完璧な笑みを崩さずにそう言った。
「全然違うっての」
宙雷はため息混じりに言う。
「お前ら陰陽師が使う式神は今あるもの、霊体や符、
「なるほど、わからん」
「期間限定の激強使い魔ってこと」
「あーね?」
「あんまよく分かってねーだろ」
「うん!」
「元気よく返事しやがって……」
アッシュブラウンの髪をかき、「こっからが本題だ」と宙雷は難しい顔をした。
「さっき二人一組と言ったが、俺たちに限っては三人一組になる」
「なんで?」
「俺の魔力でお前が召喚したもんだから、契約が変になっちまったんだよ」
「……どゆこと?」
宙雷は、この世の全てが暗澹とし、何もかもが絶望に苛まれているかのようなため息をついた。
「お前、気失ってたもんな……まぁ、続きはセーフハウスについてからだ。現時点での最難関は――」
「――最難関って、それは私のことかしら。フィリップ、エドワード。そして、ライダー」
女性の声がした。将の顔が強ばった。何かを言おうとして口を動かすが、声が出ない。
「……お」
やっと絞り出した声は、死にかけの鶏のような萎びた声だった。
「……お母さん……ですか……?」
その声に、女性は呆れたような声で返した。
「ええ、貴方たち二人のお母さん。いやだわ、そんな声をあげられたら、私が極悪人みたいじゃない」
――実際そうだろ。
とは言わず、寛いでいた足を正座に組み替えた。そろりそろりと振り返る。
グレーの瞳が、将を――将の左手を射抜いている。彼女が歩みを進めると、一拍遅れてブロンドの髪がついてきた。宙雷は居住まいを正した。
「待ってくれ、お母さん。将は悪くない。悪いのは」
「善悪の話はしていないわ。間違いのつづきの話をしています。お黙りなさいな、フィリップ」
二人の母、ハリエット・バーボンだった。