Fate/WhiteЯ ――蛇川市における怪奇現象、および聖杯戦争について――   作:ぬる子

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Scene Ⅵ:王の影、招かれざる来訪者の微笑み (The King’s Shadow, the Unbidden Visitant’s Smile)

「えっと……あの、お久しぶりです、お母さん……」

「はい、お久しぶりね、エドワード。そして最悪の再会です。貴方、自分が何をしでかしたか分かっておいで?」

「何を……。えっと、何しちゃったんですか、俺……」

 

 彼女は分かりやすく不機嫌になり、将の正面に腰を下ろした。

「自分の左手を見て」

 

 将は言われた通りに左手を見る。手の甲に、三つの模様があった。

 

「……令呪、って言うんでしたっけ……」

「そう。令呪。サーヴァントへの三回きりの絶対命令権であり、聖杯戦争に参加するマスターの証」

 

 ため息をつく。ライダーは完璧な笑みを崩さず、じっとハリエットを見つめている。

 

「フィリップに宿るはずだったのよ、その令呪。いいこと、エドワード。それは貴方の兄のもの。貴方は、卑しくもそれを簒奪したと知りなさい」

 

 ――そんなこと、言われても。

 

 うろうろと目を泳がせ、震える声で将は言葉を発した。

 

「……あの、じゃあ、その……俺は、あの時死んでりゃ良かったんですか……」

「いいえ、まさか。そんなことになれば、私の研究が進まないじゃない」

 

 間髪を入れずの返答だった。火は熱いというように、ごく自然に、それが当然というように答えられた。何も言い返せず、金魚のように口だけが動く。

 

 ライダーの笑みが一瞬――ほんの一瞬、消えたように見えた。

 

「全く、そんなくだらないことを答えさせないでちょうだい。あのね」

 

「麗しいマダム、少々お待ちを」

 

 そして、彼は口を開いた。

 

「簒奪――簒奪とは、随分難しい言葉をお使いなさる。しかしその唇から零れるにはあまりに毒がありすぎる。お控えなさいませ。ご不満であれば、このライダーがお引き受けしましょう」

 

「なんです、ライダー。貴方には関係のないことでしょう」

 

「それがマダム、関係あるのです。弱き者が助けを求めた、それが罪とは。少々筋が違うのではございませんか?」

 

「筋が違う? ええ、違うわ。違います。マスターが違うのよ」

 

「その通り、違うのですよ。ええ、違いますとも! 全くもって――」

 

 将はぐっと拳を握った。ライダーが、そっとその手に自分の手を重ねた。彼の口元には、あの美しい笑みは浮かんでいなかった。

 

「違うのは責める相手です。お門違いというものだ。戦場に立たぬ者に彼を責める資格はありません」

 

 ライダーはまた、美しく微笑んだ。

 

「どうやらお言葉はない様子。お引取りを、プリンセス。これ以上は将殿の傷に障ります」

 

 ライダーはハリエットから顔を逸らし、将を見た。

 

「さぁ、将殿。まだ痛むでしょう。もう少し寝ていましょうか」

 

 そしてありえないほど優しい声で言い、将を布団に寝かしつける。

 

「私は魔術師よ。そして貴方はサーヴァント、使い魔でしょう」

 

「マダム」

 

 ライダーは静かに言った。

 

「これ以上は優しくして差し上げられませんよ」

 

 全身に鳥肌が立った。痛みからではなく、心臓が握られたような感覚から、である。将は思わずライダーから目を逸らし、宙雷を見た。宙雷は青い顔でハリエットを見ている。つられて将もハリエットを見る。

 

 彼女は、石のような目でライダーを見ていた。

 

「……まぁ、いいわ」

 

 意外なほど落ち着いた声で言い、彼女は踵を返す。

 

「やり方なんていくらでもありますからね」

 

 ハリエットは部屋をあとにした。それを見送り、双子は同時にため息をついた。

 

「心臓なくなるかと思った」

「俺もだよ」

「宙雷、お母さんっていつもあんなの?」

「言い負かしたことねぇからわかんねぇよ」

 口々に言い、宙雷は将に向き直った。

「将」

「うん」

「逃げろ」

「どこに」

「秘密基地」

「……ああ、了解」

 

 ライダーはパッと顔を明るくした。

 

「秘密基地! ああ、なんと胸踊る響き! 行きましょう、どこかは存じ上げないが!」

「静かに!」「静かに!」

 

 全く同じ顔が二つ、全く同じことを言った。

 

「……はい、すみません」

 

 ライダーは、自分の口にチャックを閉めるようなジェスチャーをした。

 

 

 ***

 

 脱出の準備中、ライダーは自分が召喚された神楽舞台を見ていた。血の跡が生々しく残っていて、マスター――将の痛みを肌で感じるようだった。

 ふと、気が付いた。祭壇に触媒が置かれたままだった。

 

「……あ」

 

 ぽつりと声が出た。顔のある太陽――エドワード四世の徽章。手のひらと同じくらいの大きさの徽章に、彼はためらいながらも、そっと触れた。一瞬、息が止まった。わずかに指先が震える。それでも、少し撫で、手に取った。しばらく眺め、端に口付けた。真っ赤なルージュがうつった。

 

(ライダーさん、どこいる?)

 

 脳内に将の声が響いた。ハッとして、

 

(いつでも貴方様のお傍に!)

 

 と返事をした。ルージュを指で擦り取り、元の場所に戻した。赤く汚れた指先を見て、ため息をついた。

 

「……貴方は、私には眩しすぎる」

 

 そう、呟いた。神楽舞台を横切り、階段に差し掛かった時、従者を呼ぶように指を鳴らした。

 

「ケイツビー」

 

 彼の影がぐにゃりと歪み、立体となる。

 影はライダーに傅き、命令を待っていた。

 

「気付かれぬよう、宙雷殿の護衛を。定期報告だけでいい」

 

 影――ケイツビーは頷き、地面に沈み、姿を消した。

 

「……私としたことが……。役者が役を忘れてはいけませんよ」

 

 ***

 

「あ、来た」

「はい、来ましたよ」

 

 将の元へ戻ると、彼は車の傍に立っていた。その横には、彼と雰囲気が似た男が立っている。

 

「そちらの方は?」

「お父さんっすね」

 

 お父さんと呼ばれた男は、軽く会釈をした。静謐な目でライダーを見る彼の目は、宙雷によく似ていた。

 

「なるほど、お父上でしたか。しばらくご子息方をお預かりするライダーでございます」

「雷太郎という。息子たちをよろしく頼むよ」

「もちろん」

 

 ライダーは胸に手を当て軽く頭を下げた。

 

「で、ライダーさんどこ行ってたの?」

「いや、なに。懐かしいものがありましたので、見ていただけですよ、将殿」

「懐かしいもの?」

「――ええ。とても懐かしいもの」

 

 ふと穏やかに微笑み、その微笑みはすぐ完璧なものになった。将は何となく目を逸らした。

 

「そっか。あ、お父さんが一旦家まで送ってくれるって」

 

 何をどうしたのかは知らないが、雷太郎が将とライダーを車で送る運びとなっていた。宙雷はハリエットを撒き次第、遅れて合流するらしい。

 将はエンジンがかかった車の助手席に乗り込む。

 

「あ、ライダーさん助手席の方がいい?」

「いえ、私は哨戒――つまりは車の上に乗車いたします」

 

 雷太郎が口を挟んだ。

 

「えぇ……汚れるからやめてくれないか?」

「では車が大破するかもしれませんな。うーん、後部座席に座っている私。もしも敵が来たとして……ええ、お二人は守れますが、車まではちょっと!」

「……わかった。じゃあ上に乗っててくれ」

「承知。命にかえてもお守りいたしますとも!」

 

 ライダーは言い、光の粒となって消えた。宙雷いわく、霊体化というらしい。将は不思議そうにそれを見送り、シートベルトをしめた。

 

 

 エンジンの音と、ラジオの声が車内に響いている。ラジオパーソナリティの軽快なトークと共に、次々と流行りの曲が垂れ流されている。

 赤信号で停車中、雷太郎はふと口を開いた。

 

「智子……叔母さんのこと、まだお母さんって呼べないか?」

「……うん、まぁ」

 

 将は外を眺めながら小さく答えた。

 

「そうか」

 

 それ以上の言葉はなかった。ラジオでは、流行りのミュージシャンが爽やかな応援ソングを朗々と歌い上げていた。

 

 

 将の住居、叔母の家の前で停車した。符などの装備を整えるためだ。結界は貼られておらず、鍵も開いたままだ。

 

「ありがとう、お父さん」

「ああ、無理はするなよ。まだ傷はふさがってない。何かあれば連絡してこい」

「……うん、ありがとう」

 

 父を見送り、将は玄関を開けた。夏の夜は蒸し暑い。家にこもった熱気が将を包んだ。

 

「ただいま」

 

 誰もいない家にそう言い、靴を脱ぐ。ライダーが実体化した。

 

「あ、上がるなら靴脱いでくださいね」

「……」

 

 彼は無言で霊体化した。

 

 ――嫌だったんだ。

 

 将は苦笑し、靴を揃えた。

 リビングのドアを開けると、コーヒーの香りがした。眉をひそめる。電気をつけた。

 

「やぁ、おかえり」

 

「……は?」

 

 ホームズがいた。卓につき、帽子を脱いでくつろいでる。彼はコーヒーを飲んでいた。

 

「いやね、ほら、散らかしてしまったし。散らかしっぱなしは良くないでしょう。だから掃除しに来た。綺麗になってるだろう? それと、Japanの家では靴を脱ぐのが慣例と聞いてるから、脱いでるよ。そこは安心してほしい」

 

 彼は床を指さした。確かに、叔母が刺されて倒れていたとは思えないほど綺麗になっていた。そして、彼の私物と思しき上等なハンカチの上に革靴が並べて置かれている。ホームズは白い靴下を履いていた。

 

「コーヒー……あ! ミルクと砂糖、勝手に使っちゃったけど大丈夫だったかな。せっかくだし、君もコーヒー、飲むかい? そこで霊体化してる君も、いかがかな?」

 

「……え?」

 

 彼が何を言っているのか、理解はできるが、脳がそれを拒んでいる。

 

「何言ってんの、お前……」

 

 ライダーが霊体化を解いた。ホームズに鎌を突き付ける。

 

「呼ばれもしないのに勝手に家に上がりこんで。ミルクや砂糖以前の話でしょう、貴方」

 

「やあ、さっきぶり。おや、なんだか縮んだかい?」

 

「ふふふふふ……よく回る口だこと。役者が役作りをするのは当然――厚底ブーツもその一環ですのでね」

 

 トン、と一歩、前に出る。ホームズは座ったままコーヒーを飲み干した。

 

「掃除だけしにきた、というわけではないのでしょう」

「まぁね。コーヒー飲みたかったし。ねぇ、怖いからこれ、下げてくれるかい? サインは今度貰うことにするよ、役者さん」

 

 指で鎌を押し退け、彼は立ち上がった。ライダーは鎌を下げ、一歩引く。台所でカップを洗い、干していたコーヒーサイフォンを片付ける。カップとソーサーとセットにして、椅子にかけていた鞄に持参のコーヒーセットをしまう。

 

「さてと、お邪魔したね……と、そうそう」

 

 彼は将に歩み寄った。ポケットに手を入れる。

 

「……あっ」

 

 ライダーはハッとして振り返った。

 

 ――やられた!

 

 ホームズはすでに将の目の前にいた。ポケットから何かを取り出した。それを彼に突き付ける。

 

「将殿!」

 

「これ、君の生徒手帳だよね。落としてたから、気を付けてね」

 

 ――生徒手帳?

 

 ライダーは毒気を抜かれたようにその場に立ち尽くした。

 

「……あ、ほんとだ」

 

 ズキズキと腹の傷がうずいた。なにか、違和感がある。

 

「はい、どうぞ。蛇川高校二年三組の、中津淵エドワード将くん」

 

 将は手渡された生徒手帳を受け取った。弾かれたようにホームズの顔を見る。彼はにこやかに微笑んでいた。

 

「……ありがとう……」

 

「いえいえ。じゃあ、僕はこれで」

 

 革靴を拾い、ハンカチをたたんで尻ポケットにしまう。

 

「……あ。蛇川高校二年三組って、なぎさちゃんと同じクラスなんだね。じゃあね」

 

 ホームズはリビングを出る。まもなく、玄関のドアが開閉する音がした。

 将はしばらくその場で凍りついていた。

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