Fate/WhiteЯ   作:サイベリアンザウルス

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Scene Ⅶ:夜食の梅干し、楽屋の王と双子 (Midnight Plums in the Green Room――The King and the Twins)

 将はシャワーを浴びていた。ジクジクと傷が痛むが、それよりも気分をリセットしたかった。

 

 ***

 

 

 ホームズが去った後、しばらく時が止まったように、将は動けなかった。

 ようやく動けるようになり、最初にしたことは、トイレに駆け込み嘔吐することだった。夕食を抜かしたので胃酸しか出なかったが、とにかく気持ち悪くて、全てを出し切りたかった。

 吐き気が収まったあと、ホームズが使っていったスポンジを捨てて、新しいものを出した。テーブルを拭いて、椅子を拭いた。

 

 ガラスのコップに水を汲んで一気に流し込む。胃が冷えるような感覚が心地よくて、将はようやく一息ついた。

 

「……申し訳ない、将殿。私がいながらあのようなこと」

 

 ライダーが、ぐっと拳を握る。

 

「おそらく、あの男のスキルか宝具か。それで警戒心を解かれ――」

 

 彼は言葉を止め、わざとらしく咳払いをした。

 

「何はともあれ――ですな。気分を変えるとよろしい、将殿。見張りであればお任せを。あまり信用できないかもしれませんが!」

 

 

 ***

 

 

 そのような流れで、ライダーの言葉に従いシャワーを浴びていた。鏡に映る腹は、魔術である程度ふさいでいるとはいえ、未だ痛々しい。

 

「……ホームズ……」

 

 呟き、舌打ちをした。腹の傷がズキズキと痛む。

 

 ――何がホームズだ。ふざけやがって。

 

 何をしても無駄だった。何一つ、効きやしなかった。

 ホームズ、シャーロック・ホームズ。将はそのシリーズに触れたことはなかったが、当然名前と役割くらいは知っている。事件を調査する探偵だ。

 だが、彼は事件の調査どころか、むしろ事件を起こしていた。

 

 ――叔母さんと俺を刺しといて、どの口がマスターになれなんざ言いやがる、あの野郎。

 

「ふざけんな、ちくしょう……」

 

 シャワーを握る手に力が入る。

 

 ――なぎさちゃんと同じクラスなんだね、とか。どこで……。

 

「黒田ちゃ、いってぇ!! ……クソッ、痛てぇ……!」

 

 お湯がシャワーヘッドから直接患部にかかり、思考が途切れた。大丈夫ですか、と外からライダーが声をかけてきた。

 

「はー……大丈夫っす。もう上がるんで」

 

 なんとなく、彼がいつでも突入できるように準備をしている気がして、将は手早く体を拭いて服を着た。脱衣所のドアを開けると、ライダーがクラウチングスタートの姿勢を取っていた。二秒ほど静止し、将は少し笑った。

 

「……ねえ、何してんの?」

 

「茨に巻かれた心、ああ、なんと痛ましいことか!」

 

「え、何?」

 

 ライダーは勢いよく立ち上がり、仰々しく腕を開いた。

 

「ですが将殿。私、このライダーは! 騎兵(ライダー)のクラスに恥じぬ機動力を持っております故! 地の果てからでも! 嘘です。地の果てなどありません、何故なら地球は丸い! つまり地の果てとは――」

 

 とりあえず、ペットボトルに汲んでおいた水を飲む。彼は話し続ける。しばらく聞いていたが、将は諦めてドライヤーの電源を入れた。熱風と轟音に、ライダーの長台詞はかき消される。

 

 髪を乾かし終えても、ライダーはめげずに話続けていた。ドライヤー同様、大層な熱が入っているらしい。

 

「喉疲れない?」

「疲れませんとも、まだまだ喋りますよ!」

「すげぇ馬鹿みてぇだからやめて?」

「はい」

 

 彼は素直に口を閉じ、一息ついてコルセットを締め直した。わざわざマントを脱いで椅子に引っ掛けている様子を見るに、困ったことに、彼は常に本気なのだろう。

 

「おう。勝手に上がってんぞ」

 

 テーブルの方から声がした。

 

「……宙雷!」

 

 宙雷は軽く手を挙げた。

 

「いつ来たの?」

「さっき。お前ならまずここに来ると思ってな、寄って正解だったわ」

 

 彼は麦茶のペットボトルの蓋を閉める。キュ、と小さく音が鳴った。

 

「で、一応あらましは聞いた。こいつのクソほど分かりにくい口調でな」

 

 辟易したように親指でライダーを指し、「ま、座れや」と椅子をひいた。将は素直に椅子に腰かける。

 

「お前、なんか色々と大変だったな」

「そりゃあもうめちゃくちゃ大変だったよ……ホームズの野郎は怖ぇし、お母さんはもっと怖ぇし、ライダーはうぜぇし」

 

 将の言葉にライダーはパッと顔を上げた。

 

「え、今、私の悪口言いました?」

「言った。ちょっと休ませて欲しいんすけど」

「はい」

 

 満足そうに彼は口を閉じ、少し後ろに立った。宙雷はライダーを怪訝そうな顔で見た。

 

「まぁいい。喜べ、将」

 

 すぐに視線を外し、椅子にかけていたコンビニのビニール袋を取った。中には数個のおにぎりとペットボトル飲料が数本入っていた。

 

「高菜が残ってた。好きだろ」

「マジ? やった。ありがとう」

「適当に食ってろよ、お茶入れる」

「え、いいよ、そんなの。俺がやるし」

「テメェ怪我人だろ、馬鹿が」

「えぇ、口悪……」

 

 ブツブツと文句を言いながら、高菜おにぎりのパッケージを剥く。かじりつくと、パリッといい音がした。

 

 台所では、宙雷がケトルで沸かしたお湯を、ほうじ茶のティーバッグを入れたマグカップに注いでいる。トクトクという音が耳に心地よい。香ばしい匂いが辺りに広がると、サッとティーバッグを引き上げて、マグカップをテーブルに持ってきた。

 

「ありがとう。高菜美味い」

 

 微笑む将に、宙雷は不敵に笑い返した。

 

「ぜってー明太子の方が美味い」

「とかいってお前ツナマヨ食ってんじゃん」

「っせーな、明太子無かったんだよ」

「ふーん」

 

 宙雷が入れたほうじ茶を一口飲み、将は気が付いたように後ろを振り返った。

 

「ライダーさんもおにぎり食べます?」

「おにぎり、ですか?」

「うん、おにぎり。美味いっすよ。好きなの選んで」

「俺が買ってきたんだけど」

「二人分にしちゃ多いし、ライダーさんのも入ってんだろ」

「うっせ。俺が全部食う」

「いやそれはヤンチャすぎるって。あ、大丈夫っすよ、ライダーさん。こいつこれで優しいんで」

 

 宙雷の横槍を一刀両断した将は、ライダーにビニール袋を差し出す。ライダーは一歩引いた。

 

「しかし、そのような……私ごときが、よろしいのですか?」

「そんな遠慮しなくて良くない?」

 

 申し訳なさそうに「はぁ」と曖昧な返事をしたライダーは、素直にひとつ選んだ。

 

「では、こちらをいただきますね。ありがとうございます、宙雷殿、将殿」

 

 ライダーが選んだのは梅味だった。見よう見まねでビニールを剥き、やけに慎重に口に運ぶ。パリ、と控えめな音がした。しばらく咀嚼し、突然、雷に打たれたように動きを止めた。

 

「あれ? 口に合わなかった?」

「梅干し酸っぱいからな」

 

 唇を真一文字に結び、微妙な表情で硬直しているライダーを横目に、宙雷はほうじ茶をすすり、将は二つ目のおにぎりに手を出している。しばらくして、彼はようやく口を開いた。

 

「これは……熟れていない木苺の如き……!?」

 

 あまりにも壮絶な反応をするので、双子は顔を見合わせて苦笑した。

 

「木苺って!」

「何時代のやつだよ」

 

 宙雷の言葉にライダーはスッと真顔になった。

 

「十五世紀です。プランタジネット朝、あるいはヨーク朝とも」

「いやそらそうなんだけどな?」

 

 数秒の間があり、三人ともぷっと吹き出した。

 

「なんだよ今の間! クッソ腹バカ痛ぇ!」

「知らねぇよ、ライダーに聞けよ」

「私に聞かれましても! おや? 最近の子は木苺食べないんですか?」

 

「あんま食わねぇけど、ケーキの上に乗ってるかも?」「あんま食わねぇけど、ケーキの上に乗ってるかも?」

 

 双子は同時に返した。

 

 三人で顔を見合わせひとしきり笑い、最初に切り出したのは宙雷だった。

 

「あーあ。ったく……で、これからどうするよ」

「俺もう家から出たくない」

「しかし将殿、ここはホームズに知られていますよ」

「それなんだよなぁ……」

 

 将は項垂れる。兄がその背を軽く叩いた。「いてっ」と声が出た。

 

「……とりあえず教会だな」

「俺らクリスチャンじゃないけど」

「バーカ。誰がこんな時間にお祈りかましにいくんだよ」

 

 ――お祈り、かましに?

 

 ライダーはそう思ったが、言わなかった。

 

「監督役ってのがいてな。説明聞いてなかったのか?」

「いや腹痛くて……刺されてんだぜ、俺」

「……そうだな」

「何その顔」

 

 宙雷は不機嫌そうな表情のまま言葉を続けた。

 

「まとめ役みたいなのがいんだよ。そいつに会いに行く。一応そういうルールだ」

「ふーん……色々あるんだな」

「色々あんだよ。だからさっさと飯食って行くぞ。ライダー、お前もだ。サーヴァントが梅干しに手こずってんじゃねぇよ」

「くっ……」

 

 恐らく、彼の仮面の奥にある眉はひそめられている。そのような面持ちで、ライダーは思いのほか小さな一口でおにぎりを食べ進めていた。

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