ピンポーンとチャイムが鳴ります。逸る足を気合で抑えて玄関へ。扉を開くと、待っていた通りの見慣れた顔が、立っていました。
「ようこそきりたん、私の城へ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
時は3日ほど前に遡ります。
「泊りでゲーム?」
「はい。ガキンチョは好きでしょう、お泊り。そしてゲームも好き。好き×好き=大好きっていう寸法ですよ」
私がそう言うときりたんは露骨にめんどくさいといった顔をします。
「私お泊りしたことないから好きも嫌いもないんだが?」
「なら今回で判断すればいいでしょう?ほら、ゆかりお姉さんにどんと任せてください」
「私実姉が2人…まあいいや。3連休に泊まるのでいいんですよね?」
「ええ、存分に遊び倒してやりましょう」
それからお泊り会の準備をして、今日に至るというわけです。
「お邪魔します」
「どうです、私の城は?」
「城って言うほどでかくはないですね。まあ過ごしやすそうだから加点してあげます」
開幕から失礼をかましてきますね、このクソガキは。まあ、今日は気分がいいので許してやるとしましょう。
きりたんの荷物を置いたらさっそくリビングへ。もちろんやることはただ1つ。
「さあ、きりたん。ゲームをしましょうか!」
私がしてきた「準備」を見せつけてやりましょう!
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ざぁ〜こ♡よわよわ♡コソ練したのに小学生に負けて恥ずかしくないの♡」
「そんな…ばかな…20時間も練習したんですよ…!」
全てのコースのショトカを覚えて青甲羅も回避できるようになったというのに…!
「ゆかりさん、言っとくけど私、レート9300あるから」
ほーん、9300ですか…9300!?
「思いっきり上位勢じゃないですか!私のレート7500ですよ!やめです、やめ!別のゲームしますよ!」
「それは別にいいけどうるさいから静かにしてください」
それから手を変え品を変え、色々なゲームで対戦し続けること5時間。私の戦績はというと――
「まさかこのゆかりさんが1度も勝てないとは思いませんでしたよ…」
そう、1度たりとも勝てなかったのです。レースゲームだけでなく、音ゲー・格ゲー・FPSに至るまで、何一つ。
「あなたなんでそんなに強いんですか。小学生って普通もっと弱いでしょう」
そう聞くと、彼女はやれやれとでも言いたげな顔をしながら答えます。
「ゆかりさん、私のプロフィール、特技なんて書いてあるのか知ってます?」
「ええと…たしかゲーム、でしたか?」
「そう、ゲームなんですよ。『趣味』じゃなくて、『特技』ゲーム。趣味でやってるだけのゆかりさんとは格が違うんだな」
そう言ってフッ、と笑うきりたん。なんですかその笑い方腹立ちますね。
「それよりゆかりさん、夜ご飯どうするんですか?私お腹空いたんですけど。なにか作りましょうか?」
そう言われて時計を見るともう19時を過ぎたところ。お腹も空いてくる時間です。ですが折角初めてお泊りをしているのですから、普通に料理を作るのでは面白くありません。
「…決めました。ピザにしましょう。パーティーといったらやはりジャンクフードです」
「うおおおおお!!ゆかりさん最高!天才!」
そう言ってきりたんが勢いよく抱きついてきます。
フッ…ガキなんてやっぱり単純なものですね。この程度で宿敵である私にハグまでしてくるとは。
「まったく、褒めてもジュースしか出ませんよ?」
「マジか!ゆかりさん天才美人素敵ナイスバディー!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
しばらくして、デリバリーのピザを食べ終わったきりたんは既に眠そうにしていました。私のプレイを見ながら、うつらうつらと船を漕いでいます。
「眠いならもう寝てしまいますか?布団とベッド両方ありますよ」
そう声をかけると、一拍おいてぼんやりとした声が返ってきました。
「…まだ、寝たくない。もったいない」
「もったいないって…まったく、本格的に寝そうなら叩き起こしますからね。私運べませんよ?」
などと言っても、「ん」と、わかっているのかいないのか。
しばらく限界が近いきりたんの隣でゲームをしていると、ぽてん、と軽い衝撃が。そちらを見れば、きりたんの顔がすぐそこに。どうやら眠ってしまったようです。
それにしても、普段はあんなにしっかりしているこの子が眠気に負けるなんて珍しいですね。
「ははーん、さては楽しみ過ぎて眠れなくなりましたね?きりたんってば私のこと大好きなんですからね」
それにしても、こうして眠っていると可愛いものですね。普段のクソガキっぷりが嘘のようです。あどけない寝顔で、きっとこういうのを「天使のような」と表現するのでしょう。いやホントに可愛いですね。しかし、ここで寝られては困ります。
「きりたん、ここではなく布団に入ってから寝てください」
そう声をかけながら軽く揺すると、きりたんが薄く目を開きます。
「ゆかりさん…?」
「はい。天才美人素敵ナイスバディーなゆかりさんですよ。ちゃんと布団で寝てくださいね」
「んぅ…」
ダメですね、会話が成り立ちません。床で寝るのは明日に響いてしまいます。ですが、私の腕力は運動不足な分他人よりも弱いのです。ベッドまでの3mを運びきれるかどうか…
「きりたんの体重から考えてギリギリ…といったところでしょうか」
幸いにも、きりたんは私にもたれかかっているおかげで抱え易い体勢です。彼女の脇下に手を差し入れて抱き上げました。
「お、思ったより軽い。これなら運べますね」
きりたんをベッドに乗せ、ゲームをしに戻ろうとしたところ、手を掴まれました。
「ゆかりさんだいすき…いかないで…」
そのまま掴んだ手にスリスリと顔を寄せてきます。
「……まったく、甘えんぼうですね。仕方ないから一緒にいてあげますよ」
ちょうどキリもいいところですし、と誰に言うでもなく呟いて、私はきりたんの隣で横になります。私よりも高い体温が心地よく、私はあっさりと眠りに落ちていました。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ゆかりさん、朝だぞ。ごはんできてるからさっさと起きてください」
そんな声と、トーストの香りに目が覚めました。
「……いま何時ですか」
「7時だけど」
なんでこんな早朝に起こすんでしょうこの子。今日日曜日ですよ?
そんな疑問を浮かべながらも、とりあえずご飯は頂きます。
「着物姿で作るのがトースト、ベーコン、スクランブルエッグって、ギャップがすごくないですか?」
「パンの方が楽だし、ゆかりさんの冷蔵庫に食材が全然なかったから。ゆかりさん自炊してないですよね。そんなものぐさだと恋人できませんよ?」
「悪かったですねものぐさで」
ポンポンと言葉を返しながら朝食を食べていきます。しかし、こんなにまともな朝食は久々ですね。
「一家に1人きりたんがいたら毎日ちゃんとしたご飯食べれそうですね」
「…ゆかりさんのごはんくらいなら作ってもいいですけど」
おや、「何をくだらないことを」くらいを想像してたんですが、意外に乗り気ですね。思ってたよりも好感度が高いんでしょうか?ちょっと押してみましょうか。
「もう毎日泊まっていって欲しいくらいですよ。なんならみそ汁の材料でも買っておきましょうか」
「…告白かなんかですか、それ?」
「さて、どうでしょうかね」
そんなことを言ってみると、揶揄われていると判断したのか、脇腹をツンツン突いてきます。
「ちょ、やめてください。くすぐったいですって」
「告白っぽいこと言ってからかうゆかりさんが悪いんです」
ひどいですね。半分くらいは本気でご飯を作って欲しいと思っているのに。まあ、まだ私のターンです。からかうネタはありますからね。
「告白というならきりたんこそ昨日してきたじゃないですか」
そう言うときりたんがピシリ、と固まります。
「私が?誰に?」
「きりたんが、私にです。ベッドに乗せてゲームに戻ろうとしたら、『ゆかりさんちゅきちゅき大ちゅき行かないで〜』って言ってました。覚えてないんですか?」
私の言葉を聞いたきりたんの顔がみるみる赤くなっていきます。これは思い当たる節がありましたね。あ、プルプル震えだしてます。
ダンッ、ときりたんが勢いよく立ち上がり、そのままリュックを背負い始めました。
「きりたん?急にどうしたんですか?」
「……帰る」
「もうですか?からかったのは謝りますからもう少し遊びましょうよ」
そう言いながら玄関に向かって行くきりたんを追いかけます。すると、靴を履いたきりたんがこちらに振り向きました。
「お、もっと遊ぶ気になりましたか?時間もお菓子もまだまムグッ!?」
私の口が柔らかい何かで塞がれます。目の前にはきりたんの顔が、触れてしまうほど近くに。つまり私の口を塞ぐこれは……キス?Kiss?Why?
私の混乱をよそにきりたんはしたり顔で口を開きます。
「からかってきたのはこれでチャラにしてあげます。…あと、ゆかりさん、私本気でゆかりさんのこと好きだから」
それじゃ、バイバイ。そう言って、呆然とする私を放って出ていくきりたん。
「本気って、マジですか…」
後には、柔らかな唇の感触だけが残されていました。