第一条
皇帝は、その職責において帝国の存立と秩序の維持に奉仕する第一の公僕である。皇帝の権能は、法に基づき行使される。
第二条
法とは、帝国の統治における恒常的手続および規範をいう。
第三条
皇帝は国家目的の実現に責任を負う。皇帝の判断が帝国の恒常的秩序と抵触すると認められる場合、独立した審議機関は再審を請求することができる。
書いてみた文章を読んで、ふう、とヒルダは息を吐いた。
機関の形は後から決めればよい。まず必要なのは原理だった。
頭の中に、ユリアン・ミンツの言葉がよみがえる。
「二人は、反対側の絶壁から同じ山を登っていたのですね」
必要なのは“皇帝の限界”、つまり“制御装置”であり、国家の形を守る“静止点”。
ユリアンはそう言った。
「ヤン提督はよく言っていました。国家を内部から守るのは、軍隊ではなく、権力を制限する法律だと。ですからヤン提督は、外側から銀河帝国に「憲法」を打ち込もうとしました。この覚書の方は、内側にいて、皇帝大権を制御しようとしています。……二人は、反対側の絶壁から同じ山を登っていたのですね」
血の海を越えて皇帝に議会と憲法を語った男であるユリアン・ミンツは、ただそう言った。
同じ山。
ヤン・ウェンリーが理念として語った「権力を縛る法」を、オーベルシュタインは自分自身をその機能として使った。彼は、ラインハルトの“制御装置”だった。その激情を冷却し、国家の利益に整形するための。
同じ山。
権力を制限するという一点だけを見れば、そう言えるのかもしれなかった。
オーベルシュタインを永久凍土上の石板に例えたとき、それは批判と非難の感情からだった。
だが今は理解できる。
皇帝を愛するだけでは国家は守れない。国家を預かった者は、時に皇帝そのものを止めなければならない。
「……あの方は、陛下の参謀ではなく、陛下の『暫定的な憲法』だった」
ふう、と再びヒルダは息を吐く。
静かに条文案を見つめたまま、しばらく瞬きさえ忘れた。
永久凍土が自分の足元にも広がっているような幻想に襲われそうだ。
誰の熱狂にも溶かされず、誰の怒りによっても破壊されない。不変の価値を持つ、永久凍土上の石板。
だが、石板ならば死なない。
石板なら、自ら死地へ歩いて行ったりはしない。
彼はあまりにも自然に、あまりにも静かに、ラインハルトとともに姿を消した。だからヒルダは、その死さえも彼の計算のうちだと信じて疑わなかった。彼ならばやりかねない、と。
しかし、この覚書を前にすると、確信は揺らぐ。
彼は、本当は何を見ていたのだろう。
pixivより大幅に修正して転載