勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

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第68話 聖女の声

王太子からの命令が届いた時点で、敵援軍の到着までは四日ほどしか残っていなかった。

 

早馬でも、距離は消せない。

命令が出された瞬間と、それをこちらが読む瞬間には、どうしても間がある。

 

今頃、本隊はミストラティ本国軍と戦っているかもしれない。

そう考えると、妙な感じがした。

 

こちらが羊皮紙を囲み、ハンブディフの城壁を睨み、避難民の粥の量を数えている間に、王太子本隊は丘の上で矢を浴びているかもしれない。

あるいは、もう勝っているかもしれない。

あるいは、まずいことになっているかもしれない。

 

分からない。

分からないが、こちらにも時間はない。

 

「本隊は勝てるんだよな」

 

俺が言うと、ノアは羊皮紙から目を上げなかった。

 

「勝ってもらわねば困る」

 

答えになっていない。

だが、それ以上の答えは誰にも出せない。

 

王太子の命令は明瞭だった。

 

ハンブディフを落とせ。

敵援軍が来る前に確保し、防備を固めろ。

 

言葉にすれば簡単だ。

 

だが、現実の城壁は、言葉ほど軽くない。

 

ハンブディフは、サボエほど大きな都市ではない。

城壁も低い。守備兵も多くはない。

 

普通に攻めれば、落とせる。

 

それは分かっていた。

 

問題は、普通に攻められないことだった。

 

◇◇

 

降伏勧告は、すでに数度行っていた。

 

使者を立て、条件を示し、返答を待つ。

その繰り返しだった。

 

条件は悪くない。

いや、かなり甘い。

 

明日中に開城するなら、守備兵の命は保証。

武装解除後、希望者は退去可。

市民への略奪、暴行、私刑は一切禁止。

都市評議会の存続を認め、有力者の権益も原則として保護する。

 

それ以降なら、やや厳しくなる。

 

守備兵は捕虜。

指揮官と評議員も拘束。

自治は停止。

備蓄と金銀は軍費として接収。

抵抗を指導した者は審問対象。

 

ただし、市民への狼藉はしない。

そこだけは、ルナが譲らなかった。

 

まあ、譲らないだろうとは思っていた。

むしろ、そこを譲るルナなら、こんなに面倒なことにはなっていない。

 

「相手は魔族ではないのですよ」

 

軍議の場で、ルナはそう言った。

 

「ハンブディフの人々には、同じ聖音を聞く者も多いはずです。剣を向ける前に、言葉を尽くすべきです」

 

ノアは苦い顔をした。

 

「殿下。彼らは今、我らに城門を閉ざしています」

 

「分かっています。ですが、だからこそです」

 

エリサは、その場にいた。

何も言わず、避難民の列へ目を向けていた。

俺も何も言わなかった。

 

ルナは善人だ。それは間違いない。

ただ、その善意には、本人が疑ったことのない線がある。

 

その線がどこに引かれているのか。今は考えないことにした。

考えても、城壁は低くならない。

 

「条件は効いています」

 

ノアは言った。

 

「評議会代表は、明らかに迷っています。ミストラティ本国からの指揮官は強硬ですが、ハンブディフの全員が同じ考えではありません」

 

「降ると思うか」

 

「確信は持てん」

 

「だよな」

 

手応えはある。

だが、確信はない。

 

あと一押しで降るかもしれない。

 

だから、力攻めをすれば、その一押しになるかもしれない。

 

逆に、攻めた瞬間、降伏派ごと潰してしまうかもしれない。

 

普通の指揮官なら、そこで迷わない。

迷っても、迷う時間を短くする。

 

だが、こちらの指揮官はルナだ。

そしてルナは、もう少しで言葉が届くかもしれない、と思っている。

 

その可能性は、実際にあった。

だからこそ、厄介だった。

 

◇◇

 

食料は、一度はどうにかなった。

 

王女の名。

ノアの名。

王家の信用。

高すぎる買値。

返済の見込みがあるのか怪しい証文。

 

それらを積み上げて、商人たちから麦と豆を引っ張った。

 

褒められた方法ではない。

だが、今日明日にも避難民が飢えて暴発する、という状況は避けられた。

 

少なくとも、その時は。

 

問題は、商人という生き物が、こちらの都合で動いているわけではないことだった。

 

ミストラティ本国軍が動いた。

王太子本隊が野戦に出た。

ハンブディフ方面へも敵援軍が向かって来ている。

 

そういう報が広がると、商人たちの動きは露骨に鈍った。

 

昨日まで来るはずだった荷が来ない。

買えるはずだった豆が、突然、先約ありになる。

麦袋を積んだ荷車が、途中の村で止まったまま動かない。

次に来るはずの商人が、別の道へ逃げたという噂まで聞こえた。

 

商人は戦争が好きだ。

戦争は儲かるからだ。

 

だが、戦場は嫌いだ。

死ぬからだ。

 

避難民への粥は、さらに薄くなった。

 

椀の底に穀粒が沈んでいるだけ、ありがたいと思え。

そう言っているような薄さだった。

 

もちろん、言えば殴られるだろう。

俺でも言わない。

 

避難民は一枚岩ではない。

 

ルナを聖女と呼び、手を合わせる者は多い。

王国軍の略奪から逃げ、別の王国軍に保護されているという状況の歪みを、見ないふりして感謝する者もいる。

子どもに粥が渡るだけで泣く者もいる。

 

だが、一度受けた施しは、すぐに当然になる。

 

昨日までかろうじて粥と呼べた物が、今日は黒麦と豆の泳ぐスープになった。

兵にはまだ固いパンが出ている。

俺たちの土地で、なぜ俺たちだけ飢えるのか。

聖女様が助けてくれるのではなかったのか。

そもそも、その聖女様は、俺たちの村を荒らした連中の仲間ではないのか。

 

そういう声が出るのは当然だった。

俺はそれを責める気にはなれない。

人間は腹が減る。

 

「不満を言う人も出てきてるわ」

 

エリサが言った。

 

「見りゃ分かる」

 

避難民が集まるようになってから、エリサは幕舎の外ではフードを被っている。

 

避難民の多くは人間だ。

しかし、アマゾネス国家の勢力圏であり、ハーフエルフを見たくらいで大騒ぎをする連中は少ないはずだ。

 

なにか思う所でもあるのかもしれない。

俺も深く聞こうとも思わない。

 

そして、避難民の仮設集落へ、よく行っている。

なにかをするわけじゃない。

ただ、話を聞いたり、様子を見てくる。

 

そして、見たり聞いたものを、俺に教えてくれる。

今のように。

 

別に、俺が指示を出したわけではない。

 

――食料供給を減らされた避難民が、どう思うか考えてる?

 

そう言ったあの日から、彼女は集落へ通い出した。

 

「でも、王女を心底憎んでいるわけじゃない」

 

「まあ、殺したり奪ったりする連中よりマシだからな」

 

「そういう話じゃなくて」

 

エリサは避難民の列を見ていた。

 

「期待したのよ。助けてくれるって。だから、減らされて怒ってる。最初から何もくれない相手には、ああいう怒り方はしないわ」

 

俺は黙った。

 

分からなくはない。

だが、俺が見ていたのは、胃袋の数と麦袋の残りと、兵の不満だった。

 

エリサの視線は、避難民の列の端にいる年嵩の男で止まっていた。

不満を口にする者たちが、その男に目を向け、声を少し落とす。

 

少し離れたところでは、若い女が子どもに椀を渡していた。

男はそれを見て近寄ると、何か言いかけ、結局黙った。

 

エリサは、その二人をしばらく見ていた。

 

エリサは人の機微を見る。

きっと、今もなにかが見えている。

 

俺は、そういうものを見るのが得意ではない。

 

「面倒だな」

 

「うん」

 

エリサは小さく頷いた。

 

「でも、まだ爆発してない」

 

「爆発したら困る」

 

「知ってる」

 

エリサは、俺ではなく、ルナを見た。

 

「王女も、たぶん知ってる」

 

「知っててどうにかできるなら苦労しない」

 

「そうね」

 

エリサの声は静かだった。

 

その静けさが、少しだけ気になった。

 

エリサはまだ、ルナを見ている。

 

◇◇

 

使者が戻ったのは、その後だった。

 

ノアが報告を受ける。

俺も横で聞いていた。

 

内容は、悪くない。

 

評議会代表は、即時開城の条件に強い関心を示している。

守備兵の退去、評議会の存続、有力者の権益保護。

その辺りについて、細部の確認があった。

 

迷っている。

たぶん、そう見ていい。

 

だが、同時に、拒まれたものもあった。

 

「城外の避難民については、どうだった」

 

ノアが問うた。

 

使者はわずかに表情を曇らせた。

 

「受け入れは拒否されました」

 

まあ、そうだろう。

 

避難民を入れれば、食料消費が増える。

治安も悪くなる。

衛生も悪化する。

敵の工作員が紛れ込むかもしれない。

 

攻城を受ける都市としては、当然の判断だ。

 

使者は続けた。

 

「食料の供出も、拒否されました」

 

「理由は」

 

「彼らは市民権を持たず、現状は王国軍の管理下にある。よって食料は渡せぬ、と。王国軍の兵糧に転用されぬ保証がない、とも」

 

それも当然だった。

 

ハンブディフ側は、普通の判断をしている。

普通の都市指導者として、普通に城を守ろうとしている。

 

だが、その報告を聞いたルナの顔が変わった。

 

「受け入れないのですか」

 

ノアがルナを見た。

 

「殿下」

 

「そもそも食料が不足しているのですか?」

 

使者は少し、間を置いてから答える。

 

「市庁舎への道中で見た限り、市民が困窮しているという印象はありませんでした」

 

まあ、そうだろう。

大動員は目立つ。その間、敵側も準備はする。

 

どんな準備をしていたかまで知らないが、前線の都市に多少の食料を集積するくらいはする。

 

「それなのに、受け入れるどころか、食料を分け与えることも出来ないのですか」

 

「殿下。ハンブディフ側の判断は、軍事的には当然です」

 

「当然」

 

ルナは、その言葉を繰り返した。

 

声が小さかった。

 

「彼らは、平時にはあの人々から税を取っていたのでしょう。畑を耕させ、道を直させ、荷を運ばせ、この地の一部として扱ってきたのでしょう」

 

ノアは何も言わなかった。

 

「それなのに、市民権を持たないからといって、門の外に置くのですか」

 

「殿下」

 

ノアの声に、警戒が混じる。

 

「今は交渉中です。こちらの言葉は慎重に」

 

ルナは聞いていなかった。

 

いや、聞こえてはいただろう。

だが、止まらなかった。

 

彼女は立ち上がった。

 

最初、俺はその意味が分からなかった。

 

「殿下?」

 

ノアが呼びかけるが、返事はない。

 

ルナは歩き出す。

 

ノアも、思い出したように、遅れて追いかける。

 

「殿下、どちらへ」

 

ルナは答えない。

 

嫌な予感がした。

 

「おい、なにを」

 

答えない。

怒っている?

 

ルナは、避難民の仮設集落へ向かう。

黙って、一人で、歩いていく。

 

なにをするつもりなのかは、分からない。

俺には見当もつかない。

 

しかし、なにかあっては困る。

護衛としては、付いて行くしかない。

 

ノアが必死で止めている。完全に無視。

初めて見る光景だった。

 

ルナは、決して感情的な人間ではない。

極めて情緒的な人間であるだけだ。

 

怒りに我を忘れるような姿は、見たことがない。

わめき散らすような姿も、見たことがない。

涙は、二度だけ見たことがある。

 

集落へ近づくと、避難民たちが、何事かとこちらを注視する。

すでに見慣れた聖女様の、いつもと違う雰囲気に、小さなどよめきが起こる。

 

ルナは大きく息を吸い込むと、普段は決して出さないような、大きな声で呼びかけた。

 

「皆さん、私と一緒に、ハンブディフの城壁へ来てください!」

 

◇◇

 

城壁の前。

ハンブディフの城壁は低い。

市内の建物の屋根が、城壁の上から覗いている。

 

その気になれば、敵の弓が簡単に届く距離。

そこにルナは立っていた。

 

避難民たちは、少し離れた後方に集まっている。

それでも、城壁の上からは充分に圧を感じる距離だった。

 

俺は、いつでもルナの前に壁を構築できる距離に控えている。

 

同じく側に立つノアの顔は、青ざめていない。

ただの無表情。なにかの臨界を突破してしまったのかもしれない。

 

「ハンブディフの方々、聞いてください」

 

ルナは、城壁へ向かって言った。

 

ルナの声は、よく通った。

 

不思議なものだと思う。

 

戦場の声は、怒鳴っても届かないことがある。

蹄の音、鎧の音、人のざわめき、風。

それらに削られて、言葉はすぐに薄くなる。

 

だが、ルナの声は違った。

 

大きいだけではない。

よく響く。

聞いてしまう。

 

城壁の上の兵も。

こちらの兵も。

避難民も。

 

皆が、ルナを見ていた。

 

「ここにいる人々は、あなた方の敵ではありません。あなた方の城を攻めるために来た者たちではありません。村を追われ、家を失い、飢えている人々です」

 

そう言ってから、避難民の列を見やる。

 

「なぜ、この人々を門の外に置くのですか」

 

それは、問いだった。

 

降伏勧告ではなかった。

交渉でもなかった。

 

問いだった。

 

感情のこもった、まっすぐすぎる問い。

 

「見えているはずです。この人たちが、ここにいることを。飢えていることを」

 

ハンブディフのお偉いさんなら『お前らが攻めて来るからだろう』の一言で終わる問い。

 

「彼らはこの地を耕し、税を納め、道を直し、荷を運び、あなた方の都市を支えてきた人々ではありませんか。城壁の内に住まぬからといって、飢えたまま外に置かれてよい人々なのですか」

 

避難民の中から、いくつか『そうだ』と同調する声が漏れる。

 

「門を開けられない事情があるのなら、せめて食料を分けてください」

 

ノアが、隣で小さく溜め息をついた。

 

そして、つぶやくように小さな声で言った。

 

「……馬鹿か」

 

俺は耳を疑った。

でも、確かにそう言った。

 

ルナに聞こえなかっただろうか。

特に反応がないので聞こえなかったのか。

それとも、聞こえないふりか。

 

どちらでもいいか。

 

俺も内心では同じだった。

 

馬鹿か。

本当に馬鹿か。

 

交渉の時点で、避難民の受け入れを打診するのは、まあいい。

しかし、食料の供出要求はまずい。

 

敵にこちらの弱点を自分から教えた。

避難民を切れないと教えた。

 

しかも、供出された食料を兵糧に充てないと言って、相手が信じる理由がない。

 

それでも、ルナはそれを交渉に盛り込んだ。

彼女の中に、避難民を切る選択肢はない。

 

そして弱点を、交渉の机の上に置いてしまうだけなら、まだしも。

城壁の上の兵にも、城壁の外の避難民にも、聞こえる形で晒してしまうとは。

 

「私たちは、あなた方の食料を奪うつもりはありません。差し出された食料を、兵糧に用いることもありません。王女ルナの名において、聖音の前に誓います」

 

言った。

 

また、言ってしまった。

 

「どうか、この人々を見捨てないでください」

 

ルナは頭を下げた。

 

王女が。

聖女が。

敵の城壁へ向かって。

 

「あなた方が治めてきた民を、あなた方の手で見捨てないでください」

 

沈黙が落ちた。

 

ハンブディフの城壁から返答はなかった。

 

旗は動かない。

門も開かない。

守備兵が互いに顔を見合わせているが、食料の袋が出てくるはずもない。

 

当然だ。

出すわけがない。

 

だが。

 

避難民の中から、声が上がった。

 

「聖女様が……」

 

小さな声だった。

 

別の声が続く。

 

「言ってくれた」

 

「俺たちのために」

 

ここまで付いて来た者は、元々がルナに好印象を持つ者がほとんどだろう。

 

聖女様が完全に自分たちの側に立ってくれている。

そう見える。

 

いや、嘘でも演技でもない。

だから、そう見える。

 

「税は取っただろう」

 

空気が変わった。

 

「門を開けろ」

 

誰かが言った。

 

まだ怒号ではなかった。

独り言に近かった。

 

だが、次の声が続いた。

 

「開けられないなら、食料を出せ」

 

「俺たちは外で飢えているんだ」

 

「税は取っただろう!」

 

「取るだけ取って見捨てるのか!」

 

声は増えていく。

 

大きくなる。

熱を持つ。

形を持つ。

 

「城の中には倉があるんだろう!」

 

「俺たちはこの地の民だ!」

 

俺は、眉をひそめた。

 

椀が薄い。

粥が足りない。

兵には飯がある。

聖女様は助けてくれるのではなかったのか。

 

さっきまで、一部の不満はルナへ向いていた。

 

ここまで付いて来た者の中にも、ルナを胡散臭い目で見ている者が僅かにいた。

 

そんな者たちの不満が、少しずつ動いている。

 

その怒りの置き場が、変わっていく。

 

ハンブディフへ。

 

城壁へ。

 

門の内側へ。

 

「聖女様は俺たちに飯をくれたぞ!」

 

「門の内側だけが人間か!」

 

ルナは敵に弱みを見せた。

 

軍事的には悪手だ。

交渉としても、褒められたものではない。

まともな指導者なら、食料など出さない。

 

だが同時に、ルナは飢えた人々の前に立った。

 

自分たちのために頭を下げる王女として。

自分たちの空腹を、城壁の内側へ届ける声として。

 

俺にはできない。

 

俺が同じことを言っても、誰も信じない。

敵はもちろん、避難民だって信じない。

兵糧が欲しいだけだろう、と言われて終わりだ。

 

だが、ルナは違う。

 

本気で言っている。

本気で約束している。

本気で飢えた人間のために頭を下げている。

 

だから効く。

 

腹立たしいほど、効いていた。

 

俺は、避難民の列を見た。

 

怒りはまだ荒い。

ばらばらだ。

放っておけば暴発するか、しぼむ。

 

だが、風向きは変わった。

 

これは、使える声になる。

圧になる。

 

城壁の外に置かれた、飢えた人間たちの声。

 

ハンブディフは、門を開けられない。

食料も出せない。

 

だが、拒めば、その声を背負うことになる。

 

戦後も。

明日も。

門の内側にいる者たちの記憶にも。

 

俺は、ようやく気づいた。

 

城壁の外に、飢えた人間を置く。

城壁の内に、食料を抱えた者たちを閉じ込める。

受け入れれば腹が減る。工作員が混じる。

拒めば恨みが残る。怨嗟の声に囲まれる。

 

そんな状況を思い描いていた。

それを作る簡単な案を、思いついていた。

 

そして、そのすべてを、なかったことにしていた。

 

やれないからではない。

やるデメリットが大きいからでもない。

提案する価値がないからだ。

ルナが採るわけがないからだ。

 

言えば、却下される。

そして俺を見る目だけが変わる。

 

損しかない。

 

なのにルナは、善意だけで、それに似た形を作ってしまった。

 

「……使える」

 

小さく呟いた声は、避難民のざわめきに紛れた。

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