繋がる虚ろな人格戦争(セブンスヘイブン) および 神をも断ち切る白黒の剣(デュランダル) 作:茶鹿秀太
「出してくださーい。俺は無実でーす。出してくださーい」
「うるさいわよアラタ! 大人しくしなさい!」
「いやお前のせいで牢屋入れられてるんだけどぉ!」
「あ? お前って誰よ!」
「お前だよぉおおおお前お前お前お前ぇええ!」
「なあああああああんですってぇえええっ!」
牢屋の檻を揺らして声を出すも、姉以外は誰も反応しない。
姉と一緒に牢屋に入るなんてレアな経験をさせてもらって、看守には感謝しています。
姉の墓場は先に予約しておこうと思います。
土葬が良いと思うので、生きている間に体験させてあげたいです。
「はぁ……。どうすんだよぉ。最低1年は牢屋って親父が言ってたぞ……。はぁ……」
「まぁ過ぎたことはしょうがないわよ。気にしない気にしない!」
「お前は気にしろよ!?」
「あーはいはい分かった分かった。私はもう何も気にしないわよ。スッキリしてるから」
「そりゃあんだけ騎士団長ぼっこぼこにしたからなぁっ! あとあれなんだよ、聖剣の所有者がなんたらって!」
「知らないわよ。まぁあれでしょ。あんな冴えない黒髪の男よりも、超絶美少女の私の方が剣も幸せだったんじゃない? あー気分が良い。聞いた? 適合率100%って。アイツは? 99%。ぷぷ~はい私の勝ち~」
「ひでぇ……安全圏から勝利宣言してやがる……」
牢屋の中に灯りはない。
月明りがはめ殺しの窓から入り、二人の影だけが伸びていく。
……ロラ姉が静かになると、どうしても耳鳴りが止まらなそうな心持になる。
「……はぁ」
この場所は街の中央に存在する、
数多の無機物が破壊されつくされた中で、この近辺で唯一大部分が生き残った歴史ある巨大施設だ。
宗教家は大喜びだったろう。神の奇跡ともいえる現象だ。
勿論今もなお、修復作業が続いている場所ではあるが、特に生き残った大部分、全長130m のある塔は、天の世界に通じているとさえ言われている。
その頂上部に、聖女リルリカ様が住まわれていることも有名だ。
聖女は一番上で俺たちを見下ろす。
そして俺たちはたった今モグラみたいに牢屋暮らし。
なんか、人生の縮図って感じだ。
俺たちが頑張って生き抜いても、自由ってやつは上から与えられたもので、俺たちが食わせてもらっている以上、鳥かごの中でも自由を喜ぶべきなのだとは思う。
だが、どうして俺はこんなにもこの居心地のいい場所から抜け出して、一人で生きていきたいと願っているんだろう。
『アラタ……。……ごめんね』
たまたま目が合ったパト姉が、やはり申し訳なさそうに謝ってくる。
その時に頭によぎる、「謝るくらいなら変わってくれればいいのに」という言葉が、どうしても頭から離れない。
不貞腐れるように畳んであった毛布を手に取って、俺は固い石の床で眠りについた。
「アラタってよ、人格持ちじゃないでしょ」
「え?」
俺が7歳ごろのことだ。同じくらいの年齢の子に、そうはっきり言われたのだ。
「ちがうよぉ! 俺、本当に人格を持っているんだ!」
「うそだうそだぁ! アラタはうそつきなんだぁ!」
「嘘じゃないもん! 嘘ついてないもん! だって、だって本当にいるんだあ!」
子どもが俺を見透かすように笑った。
「うそだよ! だって人格持ちって、世界が滅んだときに生きてた人だけなんだよ! しかも、人格を持ってるやつは歳を取らないんだ! ずっと同じ顔だって、お父さん言ってた! アラタは俺と同じくらいの年なのに、人格がお姉さんってうそだ! だって人格は同じ年と同じ性別の人しかいないって言ってた! アラタうそやめよう! うそつき嫌い!」
「う、嘘じゃない嘘じゃない! だって、だってそこに!」
パトリシア・デューという、7年前から顔つきも、体型も変わらない女性が、半透明でそこに立っている。
パト姉さんは、俺が物心ついた時からずっとそばにいてくれたが……。
そこで初めて、人格所持者の常識を知った。その後、俺は親父と相談して、教会の病院に行った。
「人格持ちなら、入れ替われるんじゃないの?」
医者からそう言われた。でも、パト姉は入れ替われないと言って、首を振った。
「できません……」
「……、そうですか。例えば、たまに意識を失うことってありますか?」
「え?」
「ほかにも……。気付いたら、ワープしていたような、別の場所に立っていたという経験や、突然呂律が回らなくなったり……、歩けなくなった経験は?」
「……あの、え? なんの、話ですか……?」
俺は病室を追い出されて、親父と医者が二人きりで話をすることになった。
曰く、患っている可能性と、……虚言の可能性があると。
「パト姉出てきてよ! 出てきてよ! 俺嘘ついてないよ! 嘘ついてないって言ってよ!」
『ご、ごめ……、それが……できなくて……』
「……俺、嘘つきじゃない! 嘘つきじゃない! なんで! なんで! いやだ、いやだ!俺嘘つきって言われたくない! 助けてよぉパト姉! 助けてよぉ!」
……それから、周囲の目ばかり気になる様になった。
人格持ちなのに、持ってないように扱われる。
挙句の果てに、自分の本心を疑われるし、人目を引きたいがための嘘をついているように思われた。
それからだろう。
うっすらと、この街に対して不信感みたいなのが芽生えてきたのは。
……その時、俺はどうやって乗り越えたんだろう。
パト姉はこの話題が出るたびに申し訳なさそうな顔をする。
親父も、どこか俺に対して腫物を扱うように接するような気がする。
親父はそんな気がないとは思う。そう信じてる。でも、どうしても、疑ってしまう。
それが辛い。ロラ姉は、……ロラ姉はどうだったっけ。
「うるさいわよ……アラタ」
「……」
目が覚める。
俺がふて寝をしてから、そんなに時間が経ってないように感じた。
それなのに、俺の頬には涙が流れていて、それを隠すように、ロラ姉は俺を抱きしめるように眠っていた。
「ロラ姉……」
「安心しなさい、アラタ……。私が……、守ってあげるから……。………………、んごぉぉおお……ずびびびぃぃぃ…………」
「いや、いびきうっさ」
思わずツッコむレベルのいびきだった。
本当にうるさかった。
うるさくてうるさくて、なんだかすべてがどうでもよくなった。
ふと、俺の頭の上に気配を感じた。パト姉だ。
薄目を開けると、彼女は静かに、触れられもしないのに頭撫ででていた。
……なんでみんな、俺に優しいのか分からない。
気付いたら、俺も深い眠りについていた。
目覚めて騎士団に誘導されてたどり着いた場所は、全長130mのある塔の最上階にあ
る……聖女の部屋だった。なんでぇ……?
「あの……ここに入った瞬間不敬罪で死刑とかないっすよね」
「ははは」
騎士団の人は笑った。
いや否定しろよ。
え、死ぬの俺? 否定してくれるよね? え、しない?
彼らは「ははは」と言いながら扉をノックした。
嘘だろこのまま話進むの?
扉の奥から「どうぞー」との声が聞こえた。
扉が開かれると、パッと視界に入った聖女の部屋の印象は、真面目な人の執務室だった。
部屋の奥に机があって、本が山積みになっていて、羽ペンをひたすら動かしながら女性がひたすら働いている。
机の色は黒くて、大人っぽいなと思った。
それに対比する形で、金髪の長い髪の女性が白を基調にした祭服を着ていた。
「すいませーん。ちょーっと仕事中で、ちょっと待っててくださいね。あー、セバス? お茶淹れてあげてお茶。お客人はもてなさなきゃ。牢屋に一泊二日だけ過ごしてハイ終わりだと可哀そうでしょー」
「承知しました」
いつの間にか、聖女らしき人間の隣に立っていた燕尾服の老人。
気付かなかった。
とんでもなくレベルの高い気配消しだ。
背景かと思った。
この人強い気がする。
「やーっ、ごめんなさいねー。こっちも聖剣取られたって聞いて焦っちゃって。もうとても調べ上げたのでご安心ください。本当ならすぐ開放する予定なんですけど、ちょっとお話がありまして直接来てもらいました。まぁまぁ中に入って。入って右側に応対用のソファがありますよね? そこに座って待っててください」
なんだか、聖女という名前の割にはあまりにフランクな対応で、近所のパン屋のお姉さんを想像してしまった。
まだ彼女は顔を上げない。
騎士たちに誘導されるがままソファに座ると、セバスと呼ばれた燕尾服の老人がカップに赤い熱湯を注ぐ。
年配の熟練の技というやつだろうか。
ある程度の高さからでもこぼさずにカップに入れている。
そして、縦に段々に置かれた皿の上には、見たことのない食品が並んでいた。
いや、聞いたことがある。
おそらくこれは、教会関係者だけが食べられると言われている、砂糖菓子ではないか!?
「ろ、ロラ姉。これ、砂糖菓子だろ絶対っ! 宝石みたいだ! しかもこのお湯、赤いぞ!赤いお湯なんて初めてだ! 甘いのかな?」
「ちょ、やめなさいよ田舎者がうつるからっ! 恥ずかしい! こ、これはあれよ。ご近所のお姉さま方が言っていた、紅茶とお菓子ね。でもよく見なさい。下の皿にはサンドイッチがある」
「サンドイッチ……っ!? これが?! ぱ、パンが白過ぎないか!? てかどうしようマナーとか知らないぞ俺っ」
『こほんっ』
咳払いが聞こえた。
視線を上げると、パト姉がにっこりしている。
パト姉は反対側のソファで俺の目の前で、鎖をくるくると回した。
『えー。パトリシア流、マナ~講座~。お貴族様向け編だね。失敗したら大体嫌われて殺されるから気を付けようね~』
しまった、パトリシア流マナー講座が始まったっ!
俺が社会的ルールを守れなかったときに永遠に耳元でマナーを呟いてくるあの時間がっ!
というかマナーを守らなかったら殺されるのか、俺っ!!!?
『まずね、このお菓子がいっぱい置かれてるお皿立てね、これはティースタンドと言います。下のサンドイッチ、真ん中のスコーン、上のデザートの順で食べるのがマナーだよ。しょっぱいものから甘いものに移っていくんだね』
そ、そうなのか!?
じゃあ、まず下のサンドイッチに手を……。
『そして下のサンドイッチ、手づかみはダメだよ』
あぶねぇっ!?!!??!
思わず右手で行っちまいそうになったっ!
く、くそ……っ。なんて難しいんだっ。
こんなことしなくても、俺は生きていけるのに!
『フォークとナイフを使って、小皿に盛って食べようね。小さく切って食べるんだよ。ちなみに、右手がナイフで、左手がフォークだよ』
ぁ、ぁああああああああああっ、頭がおかしくなっちまいそうだっ!
ちまちま、ちまちまとぉっ!!!
なんで、こんなっ、暴れたくなっ、ぐ、ぐぎぎぎぎがあがががががが!
「あ、アラタっ! 行けるの? この作法で行けるの!?」
「黙っててくれロラ姉っ、今集中しているんだっ!」
「アラタ……」
俺は必死の思いでナイフとフォークを使い、サンドイッチを小さくして、口に運んだ。
美味しい。
あら素敵なお味ですこと。
『さて、次は紅茶だね。このお茶は紅茶。香りを楽しみながら飲んでほしいな。種類はちょっとぱっと見じゃ分からないけど、まぁ飲めればいいよね。そのティーカップの取っ手を右手で摘まんで、左手はカップの置いてあるお皿を持ってね。このお皿はソーサーって言うんだよ。うわー見てよアラタっ! カップのデザインが素敵だよ! 薔薇の模様だね』
じゃあ高ぇんじゃねぇか?
え、値打ちものだろこれ絶対。俺は震える手でカップとソーサーを持ち上げる。
や、やばい。手が震える。
「ひぃ、ひぃぃ……」
「アラタ……、行ける? 行けちゃうの? 行ける?」
「の、のまねば……飲まねば……っ、俺、俺はやれる……やれる……ひぃ、ひぃぃ」
「アラタぁあああっ」
だ、ダメだ。こ、こぼれるっ……、お、お父さーーーんっ。
「ふぅー! 仕事ひと段落ついた~~! あ、セバスもうお茶淹れたの? 私も飲むねっ! あ、サンドイッチもあるじゃ~んっ! 小腹空いてたんだぁ」
急に、真横から手づかみでサンドイッチを頬張り、俺たちの向かいのソファにドスっと座る女性。
パト姉も驚いて飛び上がっていた。
「せ、聖女様っ! はしたないですぞっ!」
咎めるセバスを尻目に右手をふりふりと振る女性。
その人の顔を、ようやくまじまじと見られた。
……10代半ばの少女のような顔立ち、それでいて力強い緑色の瞳。
どこか美少女と呼べそうな見た目。よく見れば、体つきも少女のそれだった。
「初めまして。私が