ピクミン擬人化ハーレム物   作:風神ぷー

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第十二話 灼熱の決戦

 

 

夜明け前。

 

灼熱花道は、昨日と変わらず熱を抱えていた。

 

空はまだ薄暗い。

 

それでも黒い岩肌からは白い湯気が立ち上り、赤い花々は朝露ではなく熱気に揺れている。

 

眠っていた森が目を覚ますのではない。

 

この土地は、一晩中燃え続けているのだ。

 

俺は目を開け、すぐ隣へ視線を向けた。

 

ローズはすでに起きていた。

 

岩へ背中を預けたまま、静かに拳を握ったり開いたりしている。

 

隣では、ひまわりがまだ眠そうに身体を丸めていた。

 

「……おはよう。」

 

俺が声を掛けると、ローズはこちらを見る。

 

「おはよう。」

 

短い返事。

 

昨日と同じ。

 

それだけで十分だった。

 

「眠れたか。」

 

「普通。」

 

「緊張は?」

 

ローズは少しだけ考える。

 

「ある。」

 

「でも。」

 

「怖くはない。」

 

その言葉に嘘は感じなかった。

 

強がりでもない。

 

ただ、自分の役割を受け入れている。

 

そんな表情だった。

 

俺は立ち上がり、小さく伸びをする。

 

身体中が痛い。

 

昨日は岩場を登り降りし続けたせいで、足も肩も悲鳴を上げていた。

 

「いてて……。」

 

「大丈夫?」

 

いつの間にか起きていたひまわりが心配そうにこちらを見る。

 

「歳かな。」

 

「オリマーって、おじさん?」

 

「まだ違う。」

 

「たぶん。」

 

「たぶん?」

 

「自信なくなってきた。」

 

ひまわりは声を押し殺して笑った。

 

その笑い声につられて、ローズの口元も少しだけ緩む。

 

ほんの一瞬だった。

 

だが昨日より自然だった。

 

俺は荷物を広げる。

 

昨日作った地図。

 

蔦。

 

匂い付けに使う布。

 

予備の枝。

 

そして残った水。

 

どれも十分とは言えない。

 

「水は最後に飲もう。」

 

「出る直前。」

 

二人が頷く。

 

朝食も質素だった。

 

昨日拾った木の実を一つずつ。

 

果実を半分。

 

それだけ。

 

空腹は残る。

 

だが満腹で動く方が危険だ。

 

配送でも積み過ぎた車は止まりにくい。

 

人間も似たようなものだった。

 

食事を終えると、俺は地図を広げた。

 

「確認する。」

 

ローズとひまわりが近寄ってくる。

 

木炭で描かれた線は少し見づらい。

 

それでも昨日一日掛けて調べた成果だった。

 

「まず。」

 

俺は巡回路を指差す。

 

「マグマチャッピーは、この順番で回る。」

 

中央。

 

火吹き花。

 

出口。

 

中央。

 

「途中で止まる場所は二つ。」

 

「出口前と。」

 

「ここ。」

 

中央の岩場へ印を付ける。

 

「休憩してる場所。」

 

ローズが補足する。

 

「でも寝てない。」

 

「いつでも動ける。」

 

「ああ。」

 

完全に油断する時間はない。

 

だからこそ、こちらも慌てない。

 

「次。」

 

俺は火吹き花の群生へ丸を描く。

 

「ここが一番重要だ。」

 

ひまわりが頷く。

 

「岩を落とす場所。」

 

「そう。」

 

「蔦を引けば岩が落ちる。」

 

「花が反応する。」

 

「地面がさらに弱くなる。」

 

ローズはその横の印を見る。

 

「空洞。」

 

「ああ。」

 

「ここへ踏み込ませる。」

 

「でも。」

 

ひまわりが不安そうに言う。

 

「踏まなかったら?」

 

「その時は。」

 

俺はローズを見る。

 

ローズも静かに頷いた。

 

「私が誘う。」

 

「最後の手段だ。」

 

俺はすぐに言った。

 

「最初からやるな。」

 

「分かってる。」

 

「本当に?」

 

「……しつこい。」

 

「大事だからな。」

 

ローズは少しだけ頬を膨らませる。

 

ひまわりが笑う。

 

「また心配してる。」

 

「当たり前だ。」

 

「誰か一人欠けたら終わる。」

 

「俺たちは三人で帰る。」

 

その言葉に、二人とも静かになった。

 

風だけが岩陰を吹き抜ける。

 

やがてローズが、小さく頷いた。

 

「うん。」

 

それだけで十分だった。

 

俺たちは荷物をまとめ始める。

 

蔦は昨日確認した通り。

 

結び目も問題ない。

 

布には汗が染み込んでいる。

 

正直、自分でもあまり近付きたくない匂いだった。

 

「くさい。」

 

ひまわりが鼻を摘まむ。

 

「そんなにはっきり言うか。」

 

「本当だもん。」

 

ローズも布へ近付き、小さく鼻を動かした。

 

「……くさい。」

 

「お前まで。」

 

「事実。」

 

二対一だった。

 

少し傷付く。

 

「作戦の要なんだけどな。」

 

「役には立つ。」

 

ローズが真面目な顔で言う。

 

「でも、くさい。」

 

「そこは譲らないんだな。」

 

ひまわりは笑いながら布を受け取った。

 

「これ置いていくんだよね。」

 

「ああ。」

 

「間隔は昨日決めた通り。」

 

「風向きも変わってない。」

 

俺は花を見る。

 

赤い花弁は出口側から中央へ向かって揺れている。

 

風も昨日と同じ。

 

条件は悪くない。

 

「行こう。」

 

俺が立ち上がる。

 

ローズもひまわりも荷物を背負った。

 

窪地を出る。

 

朝の灼熱花道は静かだった。

 

聞こえるのは風と、遠くで燃える火の音だけ。

 

マグマチャッピーの姿は見えない。

 

だが、いる。

 

見えないだけだ。

 

三人は岩棚へ登る。

 

昨日何度も歩いた道。

 

足場も危険な場所も覚えている。

 

「右。」

 

ローズが短く言う。

 

俺は頷き、その通りに進む。

 

空洞音がした岩を避ける。

 

脆い場所は踏まない。

 

昨日より足取りは軽かった。

 

知っている道は、それだけで安心感が違う。

 

岩棚の上まで登ると、俺たちは身を伏せた。

 

下には灼熱花道が広がっている。

 

赤い花。

 

黒い岩。

 

白い湯気。

 

そして。

 

ドン。

 

地面が震えた。

 

三人は同時に視線を向ける。

 

黒い道の向こう。

 

炎を背負った巨体がゆっくりと姿を現した。

 

マグマチャッピー。

 

朝になっても、その炎は衰えていない。

 

一歩。

 

また一歩。

 

歩くたび、足元の花が焦げる。

 

昨日と同じ巡回だ。

 

「予定通り。」

 

俺は小さく呟く。

 

ローズも頷く。

 

「うん。」

 

「始められる。」

 

俺は深く息を吸った。

 

昨日まで逃げるだけだった。

 

今日は違う。

 

俺たちが動く番だ。

 

「ひまわり。」

 

「うん。」

 

「最初の布を。」

 

「了解。」

 

ひまわりは静かに頷き、汗の染み込んだ布を一枚取り出した。

 

三人は岩陰を伝いながら、マグマチャッピーに気付かれないよう最初の配置場所へ向かう。

 

灼熱の番人との勝負が、静かに始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

三人は岩壁へ身を寄せながら進んだ。

 

足音はできる限り殺す。

 

転がる小石一つでも、余計な音は立てたくない。

 

岩陰からそっと覗くと、マグマチャッピーは中央の岩場をゆっくり歩いていた。

 

まだこちらには気付いていない。

 

「今。」

 

俺が小さく言う。

 

ひまわりは頷き、汗の染み込んだ布を岩陰へ置いた。

 

布は風に揺れないよう、小石で押さえる。

 

これで終わりではない。

 

ここは最初の目印に過ぎない。

 

三人はさらに先へ進んだ。

 

次の配置場所まで、およそ二十歩。

 

その間にも、俺は何度もマグマチャッピーへ目を向ける。

 

巡回は予定通り。

 

焦る必要はない。

 

「止まって。」

 

ローズが囁いた。

 

三人はその場でしゃがみ込む。

 

マグマチャッピーが立ち止まり、鼻先を高く上げている。

 

大きく息を吸う。

 

鼻がゆっくり左右へ動いた。

 

「匂い……。」

 

ひまわりが小さく呟く。

 

俺は返事をしない。

 

息さえ止める。

 

数秒後。

 

マグマチャッピーは再び歩き始めた。

 

こちらへ来る様子はない。

 

「……大丈夫。」

 

ローズが静かに言う。

 

俺もようやく息を吐いた。

 

思った以上に鼻が利くらしい。

 

「急ごう。」

 

三人は次の場所へ移動した。

 

二枚目の布を置く。

 

風向きを確認する。

 

布から布まで、匂いが途切れない距離。

 

近すぎても意味がない。

 

遠すぎても辿れない。

 

昨日、何度も話し合って決めた間隔だった。

 

「これで二つ。」

 

ひまわりが小声で言う。

 

「あとは最後。」

 

俺は頷く。

 

最後の布は、空洞近くへ置く予定だった。

 

そこまで誘導できれば、作戦は半分成功したも同然だ。

 

しかし。

 

予定通りにいくほど、この森は甘くない。

 

ドン。

 

重い足音が響く。

 

俺は反射的に顔を上げた。

 

「……早い。」

 

巡回が予定より少し早い。

 

マグマチャッピーが、もう火吹き花の群生へ近付いていた。

 

「昨日より速い。」

 

ひまわりも不安そうに呟く。

 

「急ぐ。」

 

俺たちは岩壁沿いを進む。

 

走らない。

 

走れば終わる。

 

焦る気持ちを抑え、一歩ずつ進む。

 

ようやく空洞近くへ辿り着いた。

 

俺は最後の布を受け取る。

 

「ここだ。」

 

岩盤の端。

 

風が巡回路へ流れる位置。

 

慎重に布を置く。

 

石で押さえようとした、その時だった。

 

ゴォッ。

 

突然、風向きが変わった。

 

布がふわりと浮く。

 

「あっ!」

 

ひまわりが手を伸ばす。

 

だが間に合わない。

 

布は熱風へ乗り、巡回路とは反対側へ飛ばされていった。

 

俺は舌打ちを飲み込んだ。

 

「まずい。」

 

布は岩へ引っ掛かることなく、そのまま赤い花の中へ落ちる。

 

よりにもよって、火吹き花の群生から外れた場所だ。

 

「あれじゃ匂いが繋がらない。」

 

ひまわりの顔が青ざめる。

 

俺はすぐ地図を見る。

 

布は回収できない。

 

近付けば見つかる。

 

「……変更する。」

 

「どうする?」

 

「匂いが足りないなら。」

 

俺は自分の肩へ掛けていた布を外した。

 

汗が染み込んでいる。

 

予備に取っておいた一枚だった。

 

「これを置く。」

 

「オリマー。」

 

ローズが俺を見る。

 

「布がなくなる。」

 

「構わない。」

 

「今は作戦が優先だ。」

 

俺は岩陰から身を乗り出す。

 

あと数歩。

 

そこへ置けば間に合う。

 

マグマチャッピーとの距離は十分ある。

 

そう判断した。

 

一歩。

 

二歩。

 

三歩。

 

布を置こうと腰を下ろした、その瞬間。

 

ドン。

 

地面が震えた。

 

俺は顔を上げる。

 

マグマチャッピーが立ち止まっていた。

 

こちらを向いている。

 

「……見られた?」

 

ひまわりの声が震える。

 

マグマチャッピーは動かない。

 

鼻先だけがゆっくりと左右へ揺れている。

 

匂いを探している。

 

俺は動けなかった。

 

今動けば気付かれる。

 

動かなければ、匂いだけで終わるかもしれない。

 

時間だけが流れる。

 

やがて。

 

マグマチャッピーが一歩踏み出した。

 

こちらへ。

 

「来る。」

 

ローズが呟く。

 

二歩。

 

三歩。

 

巡回路を外れ、真っ直ぐこちらへ向かってくる。

 

匂いに気付いた。

 

そう考えるしかなかった。

 

「戻るぞ。」

 

俺は小さく言う。

 

だが、ローズは首を横へ振った。

 

「間に合わない。」

 

確かに。

 

ここから岩棚までは距離がある。

 

三人で戻れば、その途中で追いつかれる。

 

「私が行く。」

 

ローズが一歩前へ出る。

 

「駄目だ。」

 

「まだ。」

 

「今しかない。」

 

「ローズ!」

 

俺が腕を掴もうとした時には、もう遅かった。

 

ローズは岩陰から飛び出していた。

 

赤い花道へ。

 

その姿を見つけたマグマチャッピーが、大きく咆哮する。

 

ゴォォォォォッ!!

 

灼熱花道全体が震えた。

 

炎を背負った巨体が、ローズへ向かって走り出す。

 

「こっち。」

 

ローズは振り返り、小さく呟いた。

 

そして迷いなく駆け出す。

 

俺は拳を強く握る。

 

最初から、こうするつもりだった。

 

もし匂いだけで駄目なら。

 

自分が囮になる。

 

そんな覚悟を、最初から決めていたのだ。

 

「……無茶しやがって。」

 

だが。

 

ここで止めても間に合わない。

 

俺はすぐにひまわりを見る。

 

「予定変更だ!」

 

「岩棚へ!」

 

「急げ!」

 

三人で考えた作戦は、もう形を変え始めていた。

 

だが、まだ終わってはいない。

 

むしろ。

 

ここからが、本当の勝負だった。

 

 

 

 

 

ローズが赤い花道へ飛び出した瞬間。

 

ゴォォォォォッ!!

 

マグマチャッピーが腹の底へ響く咆哮を上げた。

 

その巨体が、一気に地面を蹴る。

 

ドンッ!!

 

踏み込むたび、黒い岩が震える。

 

赤い花々が左右へ押し分けられ、焼けた花弁が宙へ舞った。

 

「ローズ!」

 

俺は思わず叫ぶ。

 

しかし、ローズは振り返らない。

 

一直線に火吹き花の群生とは反対方向へ駆けていく。

 

「予定変更だ!」

 

俺はひまわりへ振り返った。

 

「岩棚へ!」

 

「うん!」

 

ひまわりも状況を理解したのだろう。

 

迷わず走り出す。

 

俺もその後を追う。

 

ローズが囮になった以上、一秒でも早く持ち場へ着かなければならない。

 

ドン!!

 

再び大地が震えた。

 

マグマチャッピーは予想以上に速い。

 

巨体からは想像できない加速だった。

 

「速い……!」

 

ひまわりが息を呑む。

 

「走れ!」

 

俺たちは岩壁沿いを駆け抜けた。

 

昨日まで何度も歩いた道だ。

 

危険な場所も覚えている。

 

右側は空洞。

 

左側は崩れやすい。

 

迷わず進める。

 

それだけが唯一の救いだった。

 

岩棚へ登り始めた時だった。

 

ゴォッ!!

 

背後から熱風が吹き抜ける。

 

思わず振り返る。

 

マグマチャッピーが炎を吐いたのだ。

 

一直線ではない。

 

扇状に広がる灼熱の息吹。

 

炎は赤い花々を飲み込みながら進み、火吹き花の群生へ届く。

 

ボボボボッ!!

 

花々が一斉に反応した。

 

無数の炎柱が空へ立ち上る。

 

昨日見た光景より、さらに激しい。

 

「ローズ!」

 

炎の中を、小さな影が駆け抜ける。

 

ローズだった。

 

炎を真正面から浴びながらも、速度は落ちない。

 

熱を物ともせず、花の間を縫うように走っている。

 

「やっぱり……。」

 

俺は思わず呟いた。

 

「火は効かない。」

 

「でも。」

 

その直後。

 

ローズが大きく跳んだ。

 

炎ではない。

 

足元の亀裂を避けたのだ。

 

着地した瞬間、地面が崩れる。

 

ガラガラと黒い岩が崩落していく。

 

「地面は平気じゃない。」

 

火には耐えられる。

 

だが、足場は別だ。

 

ローズ自身も、そのことは理解している。

 

無茶をしているようで、ちゃんと危険は見ている。

 

「オリマー!」

 

ひまわりの声で我に返る。

 

「早く!」

 

「ああ!」

 

俺たちは岩棚を駆け上がる。

 

持ち場まではあと少し。

 

その間にも、ローズはマグマチャッピーとの距離を保ち続けていた。

 

決して離しすぎない。

 

近付きすぎない。

 

追い付かれそうになると方向を変える。

 

昨日決めた逃走経路ではない。

 

その場その場で判断している。

 

「うまい……。」

 

思わず感心した。

 

ローズは速いだけじゃない。

 

ちゃんと相手を見ている。

 

真正面へ逃げない。

 

急な方向転換も多用する。

 

巨体のマグマチャッピーは、その度に大きく身体を振らなければならない。

 

ほんの一瞬。

 

その一瞬が距離になる。

 

「ローズって。」

 

ひまわりが走りながら言う。

 

「逃げるのも上手なんだね。」

 

「ああ。」

 

「たぶん。」

 

俺はマグマチャッピーを見る。

 

「何度も生き残ってきたんだ。」

 

その言葉に、ひまわりは黙った。

 

ローズは、この森で長く生きてきた。

 

戦った回数より。

 

逃げた回数の方が、ずっと多いはずだ。

 

だからこそ、生きている。

 

岩棚へ到着する。

 

「ひまわり!」

 

「ここだ!」

 

昨日作った仕掛けが目の前にあった。

 

太い蔦。

 

岩へ結び付けた結び目。

 

その先には、巨大な岩。

 

下には火吹き花の群生。

 

「位置は!」

 

俺が叫ぶ。

 

ひまわりはすぐ耳を澄ませた。

 

「まだ遠い!」

 

「あと少し!」

 

俺は岩棚から身を乗り出す。

 

ローズは大きく回り込みながら、少しずつこちらへ近付いている。

 

予定していた空洞の方向へ。

 

「そのままだ……。」

 

ローズは俺の姿を見つけた。

 

ほんの一瞬だけ頷く。

 

声は届かない。

 

それでも十分だった。

 

作戦は続いている。

 

マグマチャッピーが再び炎を吐く。

 

ゴォォッ!!

 

熱風が花道を走る。

 

火吹き花が次々と炎を噴き上げる。

 

爆ぜるような音。

 

吹き上がる火柱。

 

赤い花弁が炎へ飲まれていく。

 

まるで花道そのものが燃え始めたようだった。

 

「すごい……。」

 

ひまわりが息を呑む。

 

俺も同じだった。

 

昨日は敵だと思っていた景色が、今日は利用できる地形へ変わっている。

 

見方一つで世界は変わる。

 

配送でも同じだ。

 

遠回りに見える道が、一番早いこともある。

 

「来る!」

 

ひまわりが叫ぶ。

 

ローズが火吹き花の群生へ近付いた。

 

そのすぐ後ろにはマグマチャッピー。

 

距離は十メートル。

 

八メートル。

 

六メートル。

 

「まだだ。」

 

俺は蔦へ手を掛けたひまわりを止める。

 

「まだ引くな!」

 

「でも!」

 

「まだだ!」

 

岩を落とすのは一度きり。

 

早すぎれば意味がない。

 

遅すぎればローズが危ない。

 

一番難しい役目だった。

 

ローズが群生の横を駆け抜ける。

 

マグマチャッピーも続く。

 

火吹き花が一斉に炎を噴いた。

 

しかし巨体は止まらない。

 

炎を浴びながら、そのまま突っ込んでくる。

 

「まだ!」

 

俺は叫ぶ。

 

ローズが空洞の手前まで来た。

 

あと少し。

 

あと数歩。

 

そこへ。

 

ガキッ。

 

ローズの足が岩へ引っ掛かった。

 

身体が大きく前へ傾く。

 

「ローズ!」

 

俺の心臓が止まりそうになる。

 

だが。

 

ローズは倒れなかった。

 

咄嗟に片手を地面へ突き、その反動で身体を立て直す。

 

そのまま前転するように転がり、すぐ立ち上がった。

 

一瞬の隙。

 

だが、その一瞬で。

 

マグマチャッピーとの距離が一気に縮まる。

 

あと三メートル。

 

二メートル。

 

「オリマー!」

 

ひまわりの声が震える。

 

俺は歯を食いしばる。

 

まだだ。

 

まだ早い。

 

空洞へ踏み込んでいない。

 

焦れば全部終わる。

 

俺はマグマチャッピーの前足だけを見つめた。

 

あと一歩。

 

あと一歩だけ踏み込めば――。

 

 

 

 

 

 

 

俺はマグマチャッピーの前足だけを見つめていた。

 

巨大な爪が岩盤を叩く。

 

ドンッ。

 

地面が震える。

 

まだ空洞の手前だ。

 

「まだ!」

 

俺は叫ぶ。

 

ひまわりは蔦を握ったまま耐えている。

 

腕が震えていた。

 

引けば終わり。

 

引かなければ、ローズが食われる。

 

その境界だった。

 

ローズは転倒から立て直すと、もう一度走り出した。

 

無駄な動きはない。

 

息も乱れていない。

 

だが、速度はほんの少しだけ落ちていた。

 

疲労だ。

 

昨日から休みなく動き続けている。

 

火には強くても、体力まで無限ではない。

 

マグマチャッピーとの距離がさらに縮まる。

 

二メートル。

 

一メートル。

 

大きく開かれた口。

 

鋭い牙。

 

熱気が岩棚まで届く。

 

「ローズ!」

 

俺は叫ぶ。

 

その瞬間だった。

 

ローズが真横へ跳ぶ。

 

マグマチャッピーの牙が空を噛む。

 

ガチンッ!!

 

岩を砕くような音が響いた。

 

「避けた!」

 

ひまわりが叫ぶ。

 

だが、安心する暇はない。

 

マグマチャッピーはすぐ身体を捻り、もう一度追い始めた。

 

今度こそ空洞の方向へ。

 

「……来い。」

 

俺は小さく呟く。

 

あと数歩。

 

空洞まであと数歩。

 

ローズは振り返らない。

 

ただ一直線に走る。

 

彼女も分かっている。

 

今振り返れば遅れる。

 

だから信じている。

 

俺たちを。

 

ドンッ。

 

前足が岩盤へ乗る。

 

ガリッ。

 

細い亀裂が広がる。

 

もう一歩。

 

さらに前足が踏み込む。

 

「まだ。」

 

俺は歯を食いしばる。

 

空洞全体へ身体が乗っていない。

 

今では足りない。

 

ローズが空洞を飛び越える。

 

着地。

 

そのまま岩場へ転がり込む。

 

続いて。

 

マグマチャッピーが大きく踏み出した。

 

ズシンッ!!

 

巨体が空洞の真上へ乗る。

 

岩盤全体が沈む。

 

「今だ!!」

 

俺の叫びと同時に。

 

「うんっ!!」

 

ひまわりが全身で蔦を引いた。

 

腕だけではない。

 

岩へ足を掛け、身体ごと後ろへ倒れ込む。

 

ギシギシッ!!

 

蔦が大きく軋む。

 

結び目が張る。

 

巨大な岩がゆっくり動いた。

 

「もう一回!」

 

「えいっ!!」

 

ひまわりがさらに力を込める。

 

ゴゴゴゴ……

 

岩が傾く。

 

一瞬。

 

止まる。

 

「動いて!」

 

ひまわりの声が響く。

 

その時だった。

 

ローズが岩の下へ飛び込んだ。

 

「ローズ!」

 

俺が叫ぶより早く。

 

ドンッ!!

 

ローズの拳が巨大な岩へ叩き込まれる。

 

鈍い衝撃音。

 

岩が一気に傾いた。

 

ゴゴゴゴゴゴッ!!

 

巨大な岩塊が斜面を転がり始める。

 

「行った!」

 

俺は息を呑む。

 

岩は勢いを増しながら火吹き花の群生へ落下した。

 

ドォォォンッ!!

 

地面が揺れる。

 

岩が群生へ激突した。

 

次の瞬間。

 

ボボボボボボボボォッ!!

 

無数の火吹き花が一斉に炎を噴き上げる。

 

一本。

 

二本。

 

十本。

 

二十本。

 

数え切れない火柱が空へ立ち上った。

 

熱風が爆発する。

 

岩盤が悲鳴を上げる。

 

メリメリメリッ!!

 

地面に走っていた亀裂が、一気に繋がった。

 

「来る!」

 

俺は叫ぶ。

 

マグマチャッピーが身体を止めようとする。

 

しかし遅い。

 

巨体は勢いのまま前へ進む。

 

ズズッ……

 

前足が沈む。

 

続いて後ろ足も。

 

「うおおおっ!!」

 

俺は思わず声を上げた。

 

岩盤全体が大きく沈む。

 

耐える。

 

持ちこたえる。

 

いや。

 

もう限界だった。

 

バキィィィィン!!

 

凄まじい破砕音。

 

空洞を覆っていた岩盤が、一斉に崩れ落ちる。

 

マグマチャッピーの巨体が大きく傾いた。

 

「グオオオオォォォッ!!」

 

怒りとも驚きともつかない咆哮が響く。

 

前足が空を掻く。

 

岩へ爪を立てようとする。

 

だが。

 

掴めない。

 

重すぎる身体が、自らを引きずり込んでいく。

 

ズドォォォォォン!!

 

地面が大きく沈み込んだ。

 

砂煙。

 

熱風。

 

砕けた岩。

 

赤い花弁。

 

全てが空高く舞い上がる。

 

俺たちは思わず腕で顔を庇った。

 

轟音だけが辺りへ響き続ける。

 

やがて。

 

静寂。

 

「……やった?」

 

ひまわりが恐る恐る顔を上げる。

 

俺も穴を見る。

 

巨大な空洞。

 

その底までは見えない。

 

マグマチャッピーの姿もない。

 

「成功……。」

 

そう呟いた、その瞬間だった。

 

グオオオオォォォォォッ!!

 

穴の底から、とてつもない咆哮が響いた。

 

地面が震える。

 

砕けた岩が穴の中から弾き飛ばされる。

 

「生きてる!」

 

ひまわりの顔が青ざめた。

 

ローズは穴を見つめ、静かに言う。

 

「登ってくる。」

 

俺も頷いた。

 

倒したわけじゃない。

 

閉じ込めた時間も長くはない。

 

「今しかない!」

 

俺は二人を見る。

 

「走るぞ!」

 

ローズが真っ先に駆け出す。

 

ひまわりが続く。

 

俺も荷物を掴み、全力で二人を追った。

 

背後ではなお、マグマチャッピーの咆哮が灼熱花道を揺らしていた。

 

灼熱の番人との勝負は、まだ終わっていなかった。

 

 

 

 

 

「今しかない!」

 

俺の声と同時に、三人は駆け出した。

 

先頭はローズ。

 

その後ろをひまわり。

 

最後尾を俺が追う。

 

背後では、なおもマグマチャッピーの咆哮が響いている。

 

グオオオオォォォッ!!

 

穴の底から響く怒号は、灼熱花道そのものを震わせていた。

 

「急いで!」

 

ひまわりが振り返る。

 

「ああ!」

 

俺は息を切らしながら走る。

 

全身が重い。

 

足は鉛のようだった。

 

だが止まれない。

 

止まれば、ここまで積み重ねたものが全部無駄になる。

 

ローズは先頭で道を選んでいた。

 

「右!」

 

短く言う。

 

三人は昨日通った岩場へ入る。

 

空洞音がした場所。

 

崩れやすい岩。

 

全部覚えている。

 

知っている道を走るだけでも、昨日とは安心感が違った。

 

その時。

 

ズドン!!

 

背後から大きな衝撃が伝わる。

 

地面が大きく揺れた。

 

「出た!」

 

ひまわりが叫ぶ。

 

俺も反射的に振り返る。

 

穴の縁へ、巨大な前足が掛かっていた。

 

黒い爪が岩へ食い込む。

 

続いて炎をまとった頭が姿を現す。

 

マグマチャッピーだ。

 

全身が土埃にまみれている。

 

それでも傷らしい傷はない。

 

やはり倒せてはいなかった。

 

「速い!」

 

俺は歯を食いしばる。

 

思ったより早い。

 

もっと時間を稼げると思っていた。

 

ローズも振り返る。

 

「走って。」

 

「止まらない。」

 

「分かってる!」

 

俺たちは再び前だけを見る。

 

出口までは、あと少し。

 

黒い岩壁の向こう。

 

空気の違う場所。

 

あそこを抜ければ灼熱花道は終わる。

 

その時だった。

 

ゴォォォッ!!

 

熱風が背中を襲う。

 

「伏せろ!」

 

俺は叫んだ。

 

三人は反射的に地面へ飛び込む。

 

次の瞬間。

 

炎が頭上を通り過ぎた。

 

轟音と共に、後方の火吹き花が一斉に燃え上がる。

 

熱風だけで反応したのだ。

 

ボボボボボッ!!

 

無数の火柱。

 

赤い花弁が焼け散る。

 

「大丈夫か!」

 

俺は二人を見る。

 

「平気!」

 

ひまわりがすぐ答える。

 

ローズも静かに頷いた。

 

「行こう。」

 

三人は立ち上がる。

 

だが。

 

マグマチャッピーはもう巡回していた時とは違った。

 

一直線に追ってくる。

 

縄張りを守るためではない。

 

怒っている。

 

明らかだった。

 

「まずいな。」

 

俺は息を切らしながら呟く。

 

「出口まで持つか……。」

 

ローズは少しだけ前へ出る。

 

「私が止める。」

 

「駄目だ。」

 

「でも。」

 

「時間なら作った。」

 

俺は首を横へ振る。

 

「ここで戦う必要はない。」

 

「帰るぞ。」

 

ローズは少しだけ迷う。

 

それでも頷いた。

 

「……うん。」

 

出口まで残り百メートル。

 

九十。

 

八十。

 

後ろではマグマチャッピーが岩を砕きながら追ってくる。

 

五十。

 

四十。

 

もう目の前だった。

 

その時。

 

ゴォォォッ!!

 

再び炎。

 

今度は真正面へ広がる。

 

「横へ!」

 

ローズが叫ぶ。

 

三人は左右へ散った。

 

炎が中央を焼き払う。

 

熱風で息が詰まる。

 

だが。

 

その炎が思わぬ結果を生んだ。

 

出口付近に残っていた火吹き花が、一斉に炎を噴いたのだ。

 

ボボボボボッ!!

 

炎が壁のように立ち上がる。

 

マグマチャッピーは止まらない。

 

そのまま突っ込む。

 

しかし。

 

視界だけは遮られた。

 

「今だ!」

 

俺は叫ぶ。

 

三人は炎の壁を横から回り込む。

 

ローズは火の中を突っ切る。

 

ひまわりと俺は岩壁沿いを駆け抜けた。

 

マグマチャッピーは炎の向こうで俺たちを見失ったらしい。

 

鼻先を左右へ振っている。

 

その一瞬。

 

それだけで十分だった。

 

「出口だ!」

 

目の前の岩壁が途切れる。

 

熱風が変わる。

 

乾いた空気から、少しだけ湿った風へ。

 

赤い花が消えた。

 

黒い岩も少なくなる。

 

代わりに見えてきたのは。

 

青々とした草だった。

 

「抜けた……。」

 

ひまわりが立ち止まる。

 

俺たち三人は振り返った。

 

灼熱花道。

 

赤い花々がどこまでも続いている。

 

その奥で。

 

マグマチャッピーが立っていた。

 

こちらを見ている。

 

しかし。

 

追っては来ない。

 

一歩だけ前へ出る。

 

そこで止まる。

 

まるで見えない境界線でもあるようだった。

 

ローズが静かに呟く。

 

「ここまで。」

 

俺はその言葉の意味が分かった。

 

あいつは番人だ。

 

縄張りを守る存在。

 

追い払うことはあっても、どこまでも追い掛けるわけではない。

 

自分の役目は、この花道を守ることなのだ。

 

マグマチャッピーは低く唸る。

 

それから、ゆっくりと身体を反転させた。

 

炎を揺らしながら、灼熱花道の奥へ戻っていく。

 

その背中を、三人は黙って見送った。

 

やがて、その姿は赤い花々の中へ消える。

 

静寂だけが残った。

 

ひまわりが大きく息を吐く。

 

「生きてる……。」

 

「ああ。」

 

俺も座り込んだ。

 

全身から力が抜ける。

 

指先まで震えていた。

 

ローズもその場へ腰を下ろす。

 

珍しく、肩で息をしている。

 

「疲れたか。」

 

俺が尋ねる。

 

ローズは小さく笑った。

 

「少し。」

 

「初めて聞いたな。」

 

「何が。」

 

「お前が疲れたって言ったの。」

 

ローズは首を傾げる。

 

「疲れるよ。」

 

「当たり前。」

 

「でも。」

 

ひまわりが笑う。

 

「ローズって疲れない人だと思ってた。」

 

「違う。」

 

「我慢してるだけ。」

 

その一言に、俺は思わず苦笑した。

 

「それもほどほどにな。」

 

ローズはこちらを見る。

 

「オリマーも。」

 

「また返された。」

 

「同じだから。」

 

ひまわりが吹き出した。

 

「やっぱり似てる!」

 

「似てない。」

 

ローズは即座に否定する。

 

俺はもう反論しなかった。

 

言っても無駄だと学習した。

 

三人で顔を見合わせる。

 

そして。

 

誰からともなく笑った。

 

灼熱花道。

 

炎の番人。

 

逃げることしかできなかった昨日。

 

知恵を集め、準備を重ね、ようやく越えられた今日。

 

倒したわけではない。

 

勝ったわけでもない。

 

それでも。

 

俺たちは前へ進めた。

 

俺は新しい景色を見上げる。

 

草木は鮮やかな緑へ変わり、遠くには澄んだ水の流れる音が聞こえていた。

 

「水だ。」

 

ひまわりが目を輝かせる。

 

ローズも耳を澄ませる。

 

「近い。」

 

俺は笑みを浮かべた。

 

「まずは休もう。」

 

「その後だ。」

 

三人は新しい土地へ、一歩を踏み出す。

 

灼熱花道は、もう背中の向こうだった。

 

だが、この森の旅は、まだ始まったばかりだった。

 

 

 

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