ピクミン擬人化ハーレム物   作:風神ぷー

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【お知らせ】
本話の更新を一区切りとして、『ピクミン擬人化ハーレム物』はしばらく休載とさせていただきます。

今後の展開や執筆方針を一度整理するため、再開時期は未定です。
なお、休載期間中も同アカウントにて別作品を投稿する場合があります。

本作を楽しみにしてくださっている方には申し訳ありませんが、気長にお待ちいただければ幸いです。


第二十二話 歓迎会ではありません

 

 

水鏡湿原を抜けたところで、オリマーの左足が鳴いた。

 

ぐしゅ。

 

前を歩いていたひまわりが振り返る。

 

「今の何?」

 

「何でもない」

 

ぐしゅ。

 

「また鳴いた」

 

「靴だ。水が入ってるだけ」

 

「オリマーの靴、生きてるの?」

 

「生きてない」

 

もう一歩。

 

ぐしゅ。

 

ひまわりが楽しそうに笑った。

 

「返事した」

 

「してない」

 

「私も鳴らせるかな」

 

「真似するな」

 

その直後だった。

 

ぐしゅ。

 

今度はオリマーの右隣から鳴った。

 

ひまわりとオリマーが同時にそちらを見る。

 

ローズが止まっている。

 

「……何よ」

 

「ローズも鳴いた」

 

「鳴いてないわよ」

 

「今、鳴った」

 

「地面でしょ」

 

ひまわりが足元を見る。

 

乾いていた。

 

ローズも見る。

 

少し黙る。

 

「……下の方が湿ってんのよ」

 

ぐしゅ。

 

もう一度鳴った。

 

最後尾にいたアジサイが、二人の足元を順番に眺めた。

 

「繁殖期?」

 

「違う!」

 

オリマーとローズの声が綺麗に重なった。

 

ひまわりが腹を抱えて笑う。

 

ローズは耳を赤くして睨みつけた。

 

「アンタも笑ったら殴るわよ」

 

「俺はまだ笑ってない」

 

「まだって何よ!」

 

背後には、小さな墓が残っている。

 

その意味を忘れたわけではない。

 

それでも歩けば靴に水は入り、腹は減り、誰かがどうでもいいことを言えば誰かが怒る。

 

そういう時間が戻ってきたことを、オリマーは悪いとは思わなかった。

 

尾根へ上がると、足元はさらに乾いていた。

 

日当たりも悪くない。

 

オリマーは荷物を下ろし、中身を確かめる。布は湿り、包んだ食料の一部も水を吸っていた。

 

今日の予定はそれで決まった。

 

「今日はここで止まるぞ」

 

「やった!」

 

ひまわりが両手を上げた。

 

「休み!」

 

「作業日」

 

「歩かないよ?」

 

「荷物を乾かす。服も乾かす。食料を探す。袋を直す。水も確保する」

 

ひまわりは指を折って数えた。

 

「いっぱいあるね」

 

「だから休みじゃない」

 

「でも遠くまで歩かない」

 

「……まあ、それはそうだな」

 

ひまわりが胸を張った。

 

「休み!」

 

「話戻ったぞ!」

 

後ろでローズが笑う。

 

「ひまわりに負けてる」

 

「負けてない」

 

「じゃあ何で休みになったの?」

 

「なってない!」

 

アジサイが荷物を下ろしながら一言。

 

「弱い」

 

「お前まで乗るな」

 

「事実」

 

朝から全員に好き放題言われている。

 

オリマーはもう反論するのをやめた。

 

濡れた布を枝へ掛け、食料を日の当たる石の上に並べる。

 

残量を確認しながら四つに分けていると、ひまわりが横へしゃがんだ。

 

「歓迎会しよう」

 

「誰の?」

 

「アジサイ」

 

少し離れた場所で布を絞っていたアジサイが即座に振り返った。

 

「しない」

 

「まだ聞いてないよ?」

 

「聞かなくていい」

 

「どうして?」

 

「私は仲間じゃないから」

 

「でも一緒にいる」

 

「案内してるだけ」

 

「どこまで?」

 

アジサイの手が止まった。

 

「……もう少し」

 

「もう少しってどこ?」

 

「まだ決めてない」

 

「じゃあ今日も一緒?」

 

「今いるでしょ」

 

「なら今日歓迎してもいいよね」

 

アジサイが口を開き、閉じた。

 

ローズが肩を震わせる。

 

「負けたわね」

 

「負けてない」

 

「止まったじゃない」

 

「論理が雑すぎて、どこから直せばいいのか分からないだけ」

 

ひまわりはすでに勝った顔をしていた。

 

その横で、アジサイが四つに分けられた食料を見る。

 

「……私の分もあるの?」

 

「四人いるからな」

 

「私はまだ――」

 

「食べないのか?」

 

アジサイが止まる。

 

「……食べる」

 

「じゃあある」

 

「話を単純化しないで」

 

「腹減ってる時に難しい話したくないんだよ」

 

ひまわりが満足そうに頷く。

 

「歓迎会だね」

 

「違う」

 

返事だけは速い。

 

それでもアジサイは、四つ目の食料を自分の荷物の横へ寄せた。

 

ローズが見逃さない。

 

「受け取るんだ」

 

「食料は別」

 

「便利ね、その『別』」

 

「ローズの分いらないならもらうけど」

 

「何でアタシのまで取るのよ!」

 

「ほら、管理できてない」

 

「できる!」

 

ひまわりは食料の山を見ながら言った。

 

「歓迎会なのに少ないね」

 

オリマーは嫌な予感を覚えた。

 

「歓迎会じゃなくても少ない。だからこれから探す」

 

「ごちそう探し?」

 

「食料」

 

「同じだね」

 

「今日、何を言っても歓迎会になるのか?」

 

「うん」

 

「認めるな」

 

四人は尾根から大きく離れない範囲で食料を探した。

 

最初に赤い実を見つけたのはローズだった。

 

「これ食べられるわよ」

 

低い枝を引き寄せる。

 

アジサイが一つ摘み、指先で押した。

 

「まだ早い」

 

「毒じゃないでしょ」

 

「腹を壊さないとも言ってない」

 

「いちいち腹立つ言い方するわね」

 

「ローズが雑だから」

 

「何が雑よ!」

 

「昨日、似た葉を全部同じ袋に入れようとしてた」

 

「似てたからよ!」

 

「だから分けるの」

 

「だったら先に言いなさいよ!」

 

「言った」

 

「もっと強く言いなさいよ!」

 

「それは理不尽でしょ」

 

二人が睨み合う。

 

その横で。

 

ぷち。

 

何かが潰れた。

 

ひまわりが赤い実を食べている。

 

三人の視線が集まった。

 

ひまわりの頬が止まる。

 

「どう?」

 

オリマーが聞く。

 

頑張って噛む。

 

「……食べられる味」

 

ローズが腕を組む。

 

「美味しい?」

 

「食べられる」

 

「酸っぱいのね」

 

「食べられる!」

 

アジサイが一つ取り、先端を少し舐めて戻した。

 

「まだ早いって言った」

 

ひまわりが目を丸くする。

 

「アジサイも食べた」

 

「私は飲み込んでない」

 

「ずるい」

 

「確認は勝負じゃない」

 

オリマーは袋を広げた。

 

「毒はなさそうだ。少しだけ採ろう」

 

その後も食べられる葉や木の実を集めていく。

 

順調だった。

 

順調だったので、オリマーは袋の中身を数えた。

 

「……五個足りない」

 

ローズの手が止まる。

 

アジサイも袋を見る。

 

三人同時にひまわりを見る。

 

「私?」

 

「他に誰がいる」

 

「安全確認した」

 

「一個食べたよな」

 

「一回では分からないかもしれないから」

 

「五回?」

 

「念のため」

 

オリマーは袋をひまわりから遠ざけた。

 

「今日から食料とお前は別管理だ」

 

「ひどい!」

 

「採った端から消えるんだよ!」

 

「でも五回とも大丈夫だった」

 

「そこ誇るところじゃない!」

 

ローズまで袋を自分の後ろへ隠した。

 

「森の食料を守るためにも距離置いた方がいいわね」

 

「ローズまで!」

 

アジサイが頷く。

 

「それがいい」

 

「アジサイは今日歓迎しない!」

 

「助かる」

 

「でもご飯は四人分!」

 

「そこはもらう」

 

「都合いい!」

 

ひまわりが怒っている横で、オリマーは別の場所へ目を向けた。

 

足元に小さな赤褐色の殻が落ちている。

 

拾う。

 

薄くて硬く、表面には少し艶がある。

 

形も悪くない。

 

オリマーは土を払って、何も言わず袋へ入れた。

 

ふと視線を感じる。

 

ローズだった。

 

目が合う。

 

「何?」

 

「いや」

 

「変な人」

 

ローズはそれ以上尋ねず、別の木へ向き直る。

 

指先が一度だけ、自分の髪へ触れた。

 

それだけだった。

 

「そっち、食べられそうなのあった?」

 

「まだ」

 

「ならちゃんと探して」

 

「探してるよ」

 

「殻拾ってたじゃない」

 

「見てたのか」

 

「たまたま」

 

それ以上は何も言わなかった。

 

オリマーも聞かなかった。

 

野営地へ戻る頃には、荷物もかなり乾いていた。

 

オリマーは大きな果皮を器にして、集めた材料で煮込みを作る。

 

「ローズ、火」

 

「任せて」

 

「アジサイは水と食材の確認」

 

「分かった」

 

「ひまわりは葉を洗ってくれ」

 

ひまわりが手を挙げる。

 

「味見――」

 

「駄目」

 

「駄目」

 

「駄目」

 

三人の声が重なった。

 

ひまわりが口を尖らせる。

 

「まだ最後まで言ってない」

 

「何て言うつもりだった?」

 

「味見担当は必要?」

 

「ほぼ言ってるじゃないか」

 

料理は順調に進んだ。

 

ローズが火を調整し、アジサイが食材を選別し、オリマーが刻んで鍋へ入れる。

 

湯気が立つ。

 

匂いも悪くない。

 

「普通にできてる」

 

ローズが覗き込む。

 

「それが正解だ」

 

「ひまわりがいるのに」

 

少し離れた水場から声が飛んだ。

 

「聞こえてるよ!」

 

「なら真面目に洗って!」

 

「洗ってる!」

 

オリマーは、干していた布が風でめくれたのを見た。

 

「少し荷物見てくる。誰も鍋触るなよ」

 

三人を見る。

 

特にひまわり。

 

「何で私見るの?」

 

「理由分かってるだろ」

 

「今は食べないよ」

 

「入れるのも駄目だ」

 

ひまわりが黙った。

 

オリマーの足が止まる。

 

「何か入れるつもりだったな?」

 

「まだ入れてない」

 

「何を?」

 

「黄色い実」

 

「入れるな」

 

「分かった」

 

念を押してから、オリマーは荷物の方へ向かった。

 

布を裏返す。

 

袋の紐を結び直す。

 

ほんの僅かな時間だった。

 

背後からローズの声が飛ぶ。

 

「ちょっと、何入れたのよ!」

 

オリマーは目を閉じた。

 

「甘い方がおいしいと思って」

 

ひまわりだった。

 

「入れすぎ! 甘っ!」

 

「歓迎会だから」

 

「歓迎会じゃない!」

 

アジサイの声。

 

少し間が空く。

 

ローズが言った。

 

「待って。これなら消えるわ」

 

嫌な予感。

 

「それ、苦味強いけど」

 

「早く言いなさいよ!」

 

「今言った」

 

「入れる前に!」

 

さらに。

 

「二人とも退いて。私が直す」

 

アジサイだった。

 

オリマーは振り返る。

 

「待て!」

 

遅かった。

 

赤い実が潰され、汁が鍋へ落ちた。

 

三人が同時にオリマーを見る。

 

オリマーはゆっくり戻った。

 

鍋から漂う匂いを嗅ぐ。

 

甘い。

 

苦い。

 

酸っぱい。

 

全部いる。

 

「……俺がいない間に、鍋が三回改造されてるんだけど」

 

ひまわりが手を挙げた。

 

「最初はおいしくしようとした」

 

「お前は修正ですらない!」

 

ローズが指を差す。

 

「元はひまわりよ」

 

「ローズも入れた」

 

「直そうとしたの!」

 

「直ってない」

 

アジサイが鍋を見て言う。

 

ローズが睨む。

 

「アンタも失敗してるでしょ」

 

「私が触る前から手遅れだった」

 

「責任逃れ早いわね!」

 

オリマーは三人を見る。

 

「どうして全員、自分なら直せると思ったんだ?」

 

沈黙。

 

ひまわりが鍋を覗く。

 

「見た目はおいしそう」

 

三人がひまわりを見る。

 

「じゃあ食べろ」

 

「何で私だけ?」

 

「最初に入れたから」

 

ひまわりが一歩下がる。

 

「歓迎会はみんなで食べるものだよ」

 

「急に歓迎会を盾にするな」

 

ローズまで後ろへ下がる。

 

「四人で作ったんだから、四人で食べるべきじゃない?」

 

「俺は何も足してない」

 

「火の管理をアタシに任せた」

 

「責任を広げるな!」

 

アジサイは黙って器を四つ出した。

 

「平等に分ける」

 

「お前が一番恐ろしいことを真顔で言うな」

 

「捨てる方が問題」

 

正しい。

 

正しいから困る。

 

オリマーは諦めて四つに分けた。

 

「全員同時」

 

ローズが眉を寄せる。

 

「何で?」

 

「一人だけ先に食うの嫌だろ」

 

「酷い前提ね」

 

四人で器を持つ。

 

ひまわりが嬉しそうに構えた。

 

「せーの?」

 

「何でちょっと楽しそうなんだよ」

 

一斉に食べる。

 

最初に甘さが来た。

 

次に苦味が追いついた。

 

最後に酸味が全部を殴った。

 

誰も喋らない。

 

ひまわりが頑張って飲み込み、笑う。

 

「……いろんな味がする!」

 

アジサイが即座に返した。

 

「それ以外に褒めるところがなかったのね」

 

「全部の味がするよ」

 

「悪化した」

 

ローズはもう一口食べた。

 

「食べられなくはないわ」

 

オリマーは水を飲んだ。

 

「お前の『食べられなくはない』を信用するの、そろそろやめたい」

 

「じゃあ捨てる?」

 

「食べる」

 

「ほら」

 

「勝った顔するな!」

 

結局、四人で完食した。

 

途中、ひまわりが苦い葉をローズの器へ移そうとして捕まり、アジサイが酸っぱい実の欠片をオリマーの器へ移して戻された。

 

全員、自分だけ少しでも楽をしようとしていた。

 

歓迎会と呼ぶには、あまりに敵対的な食事だった。

 

片づけが終わったところで、水の残量が足りないことに気づいた。

 

主に、料理を直そうとして使いすぎている。

 

ローズが容器を覗く。

 

「少ないわね」

 

アジサイも見る。

 

「汲んでくる」

 

「逃げたわね」

 

「合理的判断」

 

「便利な言葉ね」

 

オリマーが立ち上がる。

 

「俺も行く。場所分かるのアジサイだろ」

 

「うん」

 

ローズが一瞬こちらを見る。

 

何か言いたそうだったが、合理的な組み合わせなので何も言わなかった。

 

ひまわりだけが楽しそうに手を振る。

 

「二人で行ってらっしゃい」

 

アジサイが止まった。

 

「その言い方やめて」

 

「普通だよ?」

 

「普通じゃない」

 

「仲良くね!」

 

「ひまわり」

 

「何?」

 

「戻ったら葉をもう一回洗って」

 

「何で!」

 

オリマーとアジサイは騒ぐ声を背中に尾根を下った。

 

二人になると、急に静かになった。

 

風が葉を揺らす音。

 

遠くから流れる水の音。

 

それだけだ。

 

アジサイが先を歩く。

 

斜面へ差しかかると、彼女は先に下りた。

 

数歩進み、振り返る。

 

「そこ滑る」

 

「ああ」

 

「手」

 

差し出された。

 

「大丈夫だぞ」

 

「転ばれたら困る」

 

「信用ないな」

 

「実績があるから」

 

「そんなに転んだ覚えないぞ」

 

「無茶するのと転ぶのは同じくらい面倒」

 

いつもの皮肉に近い。

 

それでも声は少し柔らかかった。

 

オリマーは手を取る。

 

斜面を下りる。

 

平らな場所へ着いても、アジサイは手を離さなかった。

 

一歩。

 

二歩。

 

普通に歩き始める。

 

オリマーは繋いだ手を見る。

 

「もう滑らないぞ」

 

「……知ってる」

 

「なら」

 

そこでアジサイも手元を見た。

 

すぐに離れる。

 

「言うの遅い」

 

「俺のせいか?」

 

「気づいたなら早く言って」

 

「お前が離せばいいだろ」

 

「うるさい」

 

三人の前なら、もっと刺々しく言う。

 

今はそうでもない。

 

オリマーは少し横顔を見る。

 

「三人でいる時と違うな」

 

「何が?」

 

「今、俺を馬鹿にしなかった」

 

「してほしいならするけど」

 

「頼んでない」

 

「ならしない」

 

「それも珍しい」

 

「うるさい」

 

それでも怒っているようには聞こえなかった。

 

水場へ着く。

 

アジサイが先に流れを確認した。

 

「ここなら大丈夫」

 

「助かる」

 

器へ水を汲む。

 

二人とも黙って作業する。

 

不思議と気まずくはない。

 

しばらくして、オリマーが口を開いた。

 

「残ってくれて助かってる」

 

アジサイの手が止まる。

 

「まだ残るとは言ってない」

 

「今はいるだろ」

 

「いるだけ」

 

「それだけでも助かってる」

 

アジサイは返さない。

 

水を汲む。

 

一杯。

 

二杯。

 

やがて、小さな声で言った。

 

「あなたたちだけだと心配だから」

 

オリマーは少し笑った。

 

「ひまわりが?」

 

「主に」

 

「ローズも?」

 

「少し」

 

「俺は?」

 

「一番」

 

即答だった。

 

「俺?」

 

「そう」

 

「何で?」

 

アジサイは今度こそ呆れた顔をした。

 

「自分を最後にするから」

 

「何の話だ?」

 

「全部」

 

アジサイは水面から顔を上げる。

 

「誰かを逃がす時も。危ないところを見る時も。自分が残ればいいと思ってる」

 

「そんなつもりは――」

 

「ある」

 

反論しにくかった。

 

オリマーは器へ視線を落とす。

 

「……気をつけるよ」

 

「信用してない」

 

「即答だな」

 

「見てれば分かる」

 

アジサイがふと、オリマーの手を見る。

 

「それ」

 

「何?」

 

「傷」

 

手の甲に薄い擦り傷があった。

 

湿原を抜ける途中についたものらしい。

 

「大したことない」

 

「見せて」

 

「このくらい――」

 

「オリマー」

 

強くはない。

 

それでも逆らいづらい。

 

手を出す。

 

アジサイは手首を支え、水で傷を洗った。

 

指先が丁寧に汚れを払う。

 

「痛くない?」

 

「平気」

 

少し強く擦られる。

 

「痛っ」

 

「痛いじゃない」

 

「今お前が強くしたからだよ」

 

「我慢しないで」

 

その言葉に、オリマーは思い出した。

 

「ローズにも似たこと言われたな」

 

アジサイの指が止まる。

 

「……そう」

 

次の瞬間、傷へ流れる水が少しだけ強くなった。

 

「冷たっ」

 

「洗ってるだけ」

 

「さっきより雑になったぞ」

 

「気のせい」

 

「何で急に」

 

「ローズにやってもらえば?」

 

オリマーは首を傾げた。

 

「何でローズが出てくる?」

 

「あなたが出したから」

 

「話しただけだぞ」

 

「そう」

 

「何で不機嫌なんだ?」

 

「なってない」

 

「なってるだろ」

 

アジサイはオリマーの手を離した。

 

「終わり」

 

結局、理由は教えてくれなかった。

 

水を汲み終え、二人は来た道を戻った。

 

斜面を上る。

 

今度はオリマーが前だった。

 

「そこ、石動くぞ」

 

「分かってる」

 

「気をつけろよ」

 

「分かってるって――」

 

小石が崩れた。

 

アジサイの身体が横へ傾く。

 

オリマーは反射的に腕を伸ばし、腰を支えた。

 

アジサイの手が胸元を掴む。

 

水の器は落ちなかった。

 

「大丈夫か?」

 

「……うん」

 

声が近い。

 

アジサイはすぐには離れなかった。

 

オリマーも足元を確認するまでそのまま支える。

 

「もう平気か?」

 

「うん」

 

ようやく離れた。

 

数歩歩く。

 

アジサイが先に口を開いた。

 

「もう少しなら、一緒に行ってもいいと思ってる」

 

「紫霧の森まで?」

 

「霧があるところまでは」

 

「その先は?」

 

「着いてから考える」

 

「そうか」

 

アジサイが横を見る。

 

「……それだけ?」

 

「何が?」

 

「別に」

 

少し歩く。

 

「引き止めないの?」

 

オリマーが振り返る。

 

アジサイ自身も、口に出したことを少し後悔しているようだった。

 

「残ってほしいとは思ってるよ」

 

「……そう」

 

「でも、決めるのはお前だろ」

 

アジサイはしばらく黙った。

 

「そういう答え、本当にずるい」

 

「何が?」

 

「分からないなら、そのままでいて」

 

「意味分からないんだけど」

 

「分からなくていい」

 

再び歩き始める。

 

斜面の途中で、アジサイの指がオリマーの袖を軽く掴んだ。

 

「まだ滑るから」

 

「分かった」

 

それ以上は聞かなかった。

 

尾根が見えるところまで、アジサイはそのままだった。

 

野営地へ戻ると、ローズとひまわりが並んで待っていた。

 

ひまわりが二人を見る。

 

それから、オリマーの袖を掴んでいるアジサイの手を見る。

 

「仲良くなった?」

 

アジサイの手が即座に離れた。

 

「なってない」

 

ローズの目が細くなる。

 

「随分遅かったわね」

 

「この人が斜面で転びそうになったから」

 

アジサイがオリマーを指した。

 

「待て。滑ったのお前だろ」

 

「知らない」

 

「俺が腰支えたんだぞ」

 

ひまわりの顔が輝く。

 

「腰?」

 

「そこだけ拾うな!」

 

ローズまでアジサイを見る。

 

「何があったの?」

 

「何もない」

 

返事が速い。

 

オリマーは余計なことを言った。

 

「二人きりの時は、もっと素直だったぞ」

 

アジサイが無言でオリマーの足を踏んだ。

 

「痛っ!」

 

「虫でもいたんじゃない?」

 

「いないよ」

 

ひまわりが足元を確認する。

 

ローズが言う。

 

「じゃあ踏んだだけね」

 

「だろ!」

 

「何の話?」

 

アジサイは平然としている。

 

オリマーは足をさすりながら睨んだ。

 

「二回目は禁止だからな」

 

「何の?」

 

「もういい」

 

ローズとひまわりは明らかに気になっていたが、オリマーはそれ以上何も言わなかった。

 

アジサイも話題を変えるように水の器を置く。

 

水場での柔らかい雰囲気は、戻って数十秒で消滅した。

 

夜。

 

食事は昼の反省を踏まえ、余計な味付けをせずに済ませた。

 

誰も「もっと美味しくしよう」と言わなかった。

 

少なくとも、一度の失敗から学習する能力はあるらしい。

 

ひまわりは寝床へ転がりながら、まだ歓迎会を諦めていなかった。

 

「アジサイ」

 

「何?」

 

「歓迎会、楽しかった?」

 

「どの辺りが歓迎会だったの?」

 

「みんなでご飯作った」

 

「事故だった」

 

「みんなで食べた」

 

「罰だった」

 

「一緒に食料探した」

 

「五個消えた」

 

「確認だよ」

 

「反省してない」

 

ひまわりは指を折る。

 

「あと、オリマーと二人で水汲んだ」

 

「水を汲んだのは、この人と二人で――」

 

アジサイが止まった。

 

ローズの顔が上がる。

 

ひまわりは笑う。

 

「うん」

 

「……今の忘れて」

 

ローズが起き上がった。

 

「自分から強調したわよね?」

 

「してない」

 

「『この人と二人で』って」

 

「事実」

 

「へえ」

 

「その顔やめて」

 

ひまわりが満足そうに笑った。

 

「じゃあ明日も四人だね」

 

アジサイが反射的に口を開く。

 

「だから私はまだ――」

 

途中で止まった。

 

寝床は四つ。

 

朝の食料も四つ。

 

水も四人分。

 

オリマーは最初からそのつもりで用意していた。

 

アジサイがそれを見る。

 

「……勝手に決めないで」

 

ローズがすぐに返す。

 

「嫌なら使わなきゃいいじゃない」

 

アジサイは四つ目の寝床を見る。

 

少し考えた。

 

そして座る。

 

「作ったものを無駄にする方が問題」

 

「はいはい」

 

「その返事嫌い」

 

「でも使うのね」

 

「無駄だから」

 

ひまわりが横へ転がってくる。

 

「歓迎された?」

 

「されてない」

 

「寝床あるよ?」

 

「必要物資」

 

「ご飯も四つ」

 

「食事」

 

「明日も四人」

 

アジサイが少し黙る。

 

「……予定」

 

ひまわりは嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ成功だね」

 

「違う」

 

否定する声は、もうそれほど強くなかった。

 

夜が深くなる。

 

最初にひまわりが眠った。

 

ローズも横になり、しばらくすると寝息が聞こえ始める。

 

オリマーも目を閉じていたが、まだ完全には眠っていなかった。

 

何となく目を開ける。

 

少し離れた寝床にいるアジサイと目が合った。

 

昼間のような険しい表情ではない。

 

アジサイはほんの少しだけ口元を緩めた。

 

声には出さない。

 

唇だけが動く。

 

おやすみ。

 

オリマーも小さく手を上げる。

 

その直後。

 

ローズが寝返りを打った。

 

アジサイは即座に目を閉じた。

 

見事な寝たふりだった。

 

オリマーは笑いそうになるのを堪えて、自分も目を閉じた。

 

翌朝。

 

「いつまで寝てるの?」

 

目を開ける。

 

アジサイがすでに準備を終えて立っていた。

 

昨日の夜の柔らかい顔はどこにもない。

 

「早いな」

 

「遅い」

 

「まだひまわり寝てるぞ」

 

「置いていく」

 

「どこへ?」

 

「紫霧の森」

 

言った直後、アジサイが僅かに止まる。

 

オリマーは何も言わなかった。

 

荷物を確認する。

 

一つ。

 

二つ。

 

三つ。

 

四つ。

 

食料も四つ。

 

水も四人分。

 

「よし」

 

オリマーは立ち上がった。

 

少し先では、ローズがひまわりを揺すっている。

 

「起きなさい」

 

「あと少し……」

 

「置いてくわよ」

 

「アジサイも同じこと言ってた……」

 

「じゃあ本当に置いてくわよ」

 

「みんな酷い……」

 

「起きなさい!」

 

ひまわりがようやく身体を起こす。

 

アジサイは腕を組み、呆れた顔で待っていた。

 

だが先へは進まない。

 

ひまわりが顔を洗い、ローズが荷物をまとめ終わり、四人分の準備が揃うまで、その場から動かなかった。

 

遠くの木々の間に、薄い紫色の霧が漂っている。

 

紫霧の森。

 

次の目的地は近い。

 

オリマーが荷物を背負う。

 

「行くぞ」

 

「はーい」

 

ひまわりが答える。

 

ローズも歩き出す。

 

アジサイは一度だけ三人を見て、その横へ並んだ。

 

少し歩いたところで、ひまわりが振り返る。

 

「アジサイ」

 

「何?」

 

「今日もいるね」

 

「いるけど」

 

「じゃあ歓迎会成功」

 

アジサイの眉が動く。

 

「昨日からその理屈おかしいって言ってるでしょ」

 

「でもいるよ?」

 

「それとこれとは別」

 

「また別?」

 

ローズが笑った。

 

「便利よね、その言葉」

 

「ローズは黙って」

 

「何でよ!」

 

また二人が始める。

 

ひまわりは楽しそうにその間を歩く。

 

オリマーは三人の後ろを歩きながら、四人分の荷物が揃っていることをもう一度確認した。

 

歓迎された覚えはない。

 

仲間になるとも言っていない。

 

それでも寝床は三人の隣にあり、食料は最初から四つに分けられている。

 

そして本人も、四人分の準備が終わるまで歩き出そうとはしなかった。

 

仲間というものは、本人の許可を取ってから始まるとは限らないらしい。

 

紫色の霧が漂う森へ向かって、四人は並んで歩いていった。

 

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