本話の更新を一区切りとして、『ピクミン擬人化ハーレム物』はしばらく休載とさせていただきます。
今後の展開や執筆方針を一度整理するため、再開時期は未定です。
なお、休載期間中も同アカウントにて別作品を投稿する場合があります。
本作を楽しみにしてくださっている方には申し訳ありませんが、気長にお待ちいただければ幸いです。
水鏡湿原を抜けたところで、オリマーの左足が鳴いた。
ぐしゅ。
前を歩いていたひまわりが振り返る。
「今の何?」
「何でもない」
ぐしゅ。
「また鳴いた」
「靴だ。水が入ってるだけ」
「オリマーの靴、生きてるの?」
「生きてない」
もう一歩。
ぐしゅ。
ひまわりが楽しそうに笑った。
「返事した」
「してない」
「私も鳴らせるかな」
「真似するな」
その直後だった。
ぐしゅ。
今度はオリマーの右隣から鳴った。
ひまわりとオリマーが同時にそちらを見る。
ローズが止まっている。
「……何よ」
「ローズも鳴いた」
「鳴いてないわよ」
「今、鳴った」
「地面でしょ」
ひまわりが足元を見る。
乾いていた。
ローズも見る。
少し黙る。
「……下の方が湿ってんのよ」
ぐしゅ。
もう一度鳴った。
最後尾にいたアジサイが、二人の足元を順番に眺めた。
「繁殖期?」
「違う!」
オリマーとローズの声が綺麗に重なった。
ひまわりが腹を抱えて笑う。
ローズは耳を赤くして睨みつけた。
「アンタも笑ったら殴るわよ」
「俺はまだ笑ってない」
「まだって何よ!」
背後には、小さな墓が残っている。
その意味を忘れたわけではない。
それでも歩けば靴に水は入り、腹は減り、誰かがどうでもいいことを言えば誰かが怒る。
そういう時間が戻ってきたことを、オリマーは悪いとは思わなかった。
尾根へ上がると、足元はさらに乾いていた。
日当たりも悪くない。
オリマーは荷物を下ろし、中身を確かめる。布は湿り、包んだ食料の一部も水を吸っていた。
今日の予定はそれで決まった。
「今日はここで止まるぞ」
「やった!」
ひまわりが両手を上げた。
「休み!」
「作業日」
「歩かないよ?」
「荷物を乾かす。服も乾かす。食料を探す。袋を直す。水も確保する」
ひまわりは指を折って数えた。
「いっぱいあるね」
「だから休みじゃない」
「でも遠くまで歩かない」
「……まあ、それはそうだな」
ひまわりが胸を張った。
「休み!」
「話戻ったぞ!」
後ろでローズが笑う。
「ひまわりに負けてる」
「負けてない」
「じゃあ何で休みになったの?」
「なってない!」
アジサイが荷物を下ろしながら一言。
「弱い」
「お前まで乗るな」
「事実」
朝から全員に好き放題言われている。
オリマーはもう反論するのをやめた。
濡れた布を枝へ掛け、食料を日の当たる石の上に並べる。
残量を確認しながら四つに分けていると、ひまわりが横へしゃがんだ。
「歓迎会しよう」
「誰の?」
「アジサイ」
少し離れた場所で布を絞っていたアジサイが即座に振り返った。
「しない」
「まだ聞いてないよ?」
「聞かなくていい」
「どうして?」
「私は仲間じゃないから」
「でも一緒にいる」
「案内してるだけ」
「どこまで?」
アジサイの手が止まった。
「……もう少し」
「もう少しってどこ?」
「まだ決めてない」
「じゃあ今日も一緒?」
「今いるでしょ」
「なら今日歓迎してもいいよね」
アジサイが口を開き、閉じた。
ローズが肩を震わせる。
「負けたわね」
「負けてない」
「止まったじゃない」
「論理が雑すぎて、どこから直せばいいのか分からないだけ」
ひまわりはすでに勝った顔をしていた。
その横で、アジサイが四つに分けられた食料を見る。
「……私の分もあるの?」
「四人いるからな」
「私はまだ――」
「食べないのか?」
アジサイが止まる。
「……食べる」
「じゃあある」
「話を単純化しないで」
「腹減ってる時に難しい話したくないんだよ」
ひまわりが満足そうに頷く。
「歓迎会だね」
「違う」
返事だけは速い。
それでもアジサイは、四つ目の食料を自分の荷物の横へ寄せた。
ローズが見逃さない。
「受け取るんだ」
「食料は別」
「便利ね、その『別』」
「ローズの分いらないならもらうけど」
「何でアタシのまで取るのよ!」
「ほら、管理できてない」
「できる!」
ひまわりは食料の山を見ながら言った。
「歓迎会なのに少ないね」
オリマーは嫌な予感を覚えた。
「歓迎会じゃなくても少ない。だからこれから探す」
「ごちそう探し?」
「食料」
「同じだね」
「今日、何を言っても歓迎会になるのか?」
「うん」
「認めるな」
四人は尾根から大きく離れない範囲で食料を探した。
最初に赤い実を見つけたのはローズだった。
「これ食べられるわよ」
低い枝を引き寄せる。
アジサイが一つ摘み、指先で押した。
「まだ早い」
「毒じゃないでしょ」
「腹を壊さないとも言ってない」
「いちいち腹立つ言い方するわね」
「ローズが雑だから」
「何が雑よ!」
「昨日、似た葉を全部同じ袋に入れようとしてた」
「似てたからよ!」
「だから分けるの」
「だったら先に言いなさいよ!」
「言った」
「もっと強く言いなさいよ!」
「それは理不尽でしょ」
二人が睨み合う。
その横で。
ぷち。
何かが潰れた。
ひまわりが赤い実を食べている。
三人の視線が集まった。
ひまわりの頬が止まる。
「どう?」
オリマーが聞く。
頑張って噛む。
「……食べられる味」
ローズが腕を組む。
「美味しい?」
「食べられる」
「酸っぱいのね」
「食べられる!」
アジサイが一つ取り、先端を少し舐めて戻した。
「まだ早いって言った」
ひまわりが目を丸くする。
「アジサイも食べた」
「私は飲み込んでない」
「ずるい」
「確認は勝負じゃない」
オリマーは袋を広げた。
「毒はなさそうだ。少しだけ採ろう」
その後も食べられる葉や木の実を集めていく。
順調だった。
順調だったので、オリマーは袋の中身を数えた。
「……五個足りない」
ローズの手が止まる。
アジサイも袋を見る。
三人同時にひまわりを見る。
「私?」
「他に誰がいる」
「安全確認した」
「一個食べたよな」
「一回では分からないかもしれないから」
「五回?」
「念のため」
オリマーは袋をひまわりから遠ざけた。
「今日から食料とお前は別管理だ」
「ひどい!」
「採った端から消えるんだよ!」
「でも五回とも大丈夫だった」
「そこ誇るところじゃない!」
ローズまで袋を自分の後ろへ隠した。
「森の食料を守るためにも距離置いた方がいいわね」
「ローズまで!」
アジサイが頷く。
「それがいい」
「アジサイは今日歓迎しない!」
「助かる」
「でもご飯は四人分!」
「そこはもらう」
「都合いい!」
ひまわりが怒っている横で、オリマーは別の場所へ目を向けた。
足元に小さな赤褐色の殻が落ちている。
拾う。
薄くて硬く、表面には少し艶がある。
形も悪くない。
オリマーは土を払って、何も言わず袋へ入れた。
ふと視線を感じる。
ローズだった。
目が合う。
「何?」
「いや」
「変な人」
ローズはそれ以上尋ねず、別の木へ向き直る。
指先が一度だけ、自分の髪へ触れた。
それだけだった。
「そっち、食べられそうなのあった?」
「まだ」
「ならちゃんと探して」
「探してるよ」
「殻拾ってたじゃない」
「見てたのか」
「たまたま」
それ以上は何も言わなかった。
オリマーも聞かなかった。
野営地へ戻る頃には、荷物もかなり乾いていた。
オリマーは大きな果皮を器にして、集めた材料で煮込みを作る。
「ローズ、火」
「任せて」
「アジサイは水と食材の確認」
「分かった」
「ひまわりは葉を洗ってくれ」
ひまわりが手を挙げる。
「味見――」
「駄目」
「駄目」
「駄目」
三人の声が重なった。
ひまわりが口を尖らせる。
「まだ最後まで言ってない」
「何て言うつもりだった?」
「味見担当は必要?」
「ほぼ言ってるじゃないか」
料理は順調に進んだ。
ローズが火を調整し、アジサイが食材を選別し、オリマーが刻んで鍋へ入れる。
湯気が立つ。
匂いも悪くない。
「普通にできてる」
ローズが覗き込む。
「それが正解だ」
「ひまわりがいるのに」
少し離れた水場から声が飛んだ。
「聞こえてるよ!」
「なら真面目に洗って!」
「洗ってる!」
オリマーは、干していた布が風でめくれたのを見た。
「少し荷物見てくる。誰も鍋触るなよ」
三人を見る。
特にひまわり。
「何で私見るの?」
「理由分かってるだろ」
「今は食べないよ」
「入れるのも駄目だ」
ひまわりが黙った。
オリマーの足が止まる。
「何か入れるつもりだったな?」
「まだ入れてない」
「何を?」
「黄色い実」
「入れるな」
「分かった」
念を押してから、オリマーは荷物の方へ向かった。
布を裏返す。
袋の紐を結び直す。
ほんの僅かな時間だった。
背後からローズの声が飛ぶ。
「ちょっと、何入れたのよ!」
オリマーは目を閉じた。
「甘い方がおいしいと思って」
ひまわりだった。
「入れすぎ! 甘っ!」
「歓迎会だから」
「歓迎会じゃない!」
アジサイの声。
少し間が空く。
ローズが言った。
「待って。これなら消えるわ」
嫌な予感。
「それ、苦味強いけど」
「早く言いなさいよ!」
「今言った」
「入れる前に!」
さらに。
「二人とも退いて。私が直す」
アジサイだった。
オリマーは振り返る。
「待て!」
遅かった。
赤い実が潰され、汁が鍋へ落ちた。
三人が同時にオリマーを見る。
オリマーはゆっくり戻った。
鍋から漂う匂いを嗅ぐ。
甘い。
苦い。
酸っぱい。
全部いる。
「……俺がいない間に、鍋が三回改造されてるんだけど」
ひまわりが手を挙げた。
「最初はおいしくしようとした」
「お前は修正ですらない!」
ローズが指を差す。
「元はひまわりよ」
「ローズも入れた」
「直そうとしたの!」
「直ってない」
アジサイが鍋を見て言う。
ローズが睨む。
「アンタも失敗してるでしょ」
「私が触る前から手遅れだった」
「責任逃れ早いわね!」
オリマーは三人を見る。
「どうして全員、自分なら直せると思ったんだ?」
沈黙。
ひまわりが鍋を覗く。
「見た目はおいしそう」
三人がひまわりを見る。
「じゃあ食べろ」
「何で私だけ?」
「最初に入れたから」
ひまわりが一歩下がる。
「歓迎会はみんなで食べるものだよ」
「急に歓迎会を盾にするな」
ローズまで後ろへ下がる。
「四人で作ったんだから、四人で食べるべきじゃない?」
「俺は何も足してない」
「火の管理をアタシに任せた」
「責任を広げるな!」
アジサイは黙って器を四つ出した。
「平等に分ける」
「お前が一番恐ろしいことを真顔で言うな」
「捨てる方が問題」
正しい。
正しいから困る。
オリマーは諦めて四つに分けた。
「全員同時」
ローズが眉を寄せる。
「何で?」
「一人だけ先に食うの嫌だろ」
「酷い前提ね」
四人で器を持つ。
ひまわりが嬉しそうに構えた。
「せーの?」
「何でちょっと楽しそうなんだよ」
一斉に食べる。
最初に甘さが来た。
次に苦味が追いついた。
最後に酸味が全部を殴った。
誰も喋らない。
ひまわりが頑張って飲み込み、笑う。
「……いろんな味がする!」
アジサイが即座に返した。
「それ以外に褒めるところがなかったのね」
「全部の味がするよ」
「悪化した」
ローズはもう一口食べた。
「食べられなくはないわ」
オリマーは水を飲んだ。
「お前の『食べられなくはない』を信用するの、そろそろやめたい」
「じゃあ捨てる?」
「食べる」
「ほら」
「勝った顔するな!」
結局、四人で完食した。
途中、ひまわりが苦い葉をローズの器へ移そうとして捕まり、アジサイが酸っぱい実の欠片をオリマーの器へ移して戻された。
全員、自分だけ少しでも楽をしようとしていた。
歓迎会と呼ぶには、あまりに敵対的な食事だった。
片づけが終わったところで、水の残量が足りないことに気づいた。
主に、料理を直そうとして使いすぎている。
ローズが容器を覗く。
「少ないわね」
アジサイも見る。
「汲んでくる」
「逃げたわね」
「合理的判断」
「便利な言葉ね」
オリマーが立ち上がる。
「俺も行く。場所分かるのアジサイだろ」
「うん」
ローズが一瞬こちらを見る。
何か言いたそうだったが、合理的な組み合わせなので何も言わなかった。
ひまわりだけが楽しそうに手を振る。
「二人で行ってらっしゃい」
アジサイが止まった。
「その言い方やめて」
「普通だよ?」
「普通じゃない」
「仲良くね!」
「ひまわり」
「何?」
「戻ったら葉をもう一回洗って」
「何で!」
オリマーとアジサイは騒ぐ声を背中に尾根を下った。
二人になると、急に静かになった。
風が葉を揺らす音。
遠くから流れる水の音。
それだけだ。
アジサイが先を歩く。
斜面へ差しかかると、彼女は先に下りた。
数歩進み、振り返る。
「そこ滑る」
「ああ」
「手」
差し出された。
「大丈夫だぞ」
「転ばれたら困る」
「信用ないな」
「実績があるから」
「そんなに転んだ覚えないぞ」
「無茶するのと転ぶのは同じくらい面倒」
いつもの皮肉に近い。
それでも声は少し柔らかかった。
オリマーは手を取る。
斜面を下りる。
平らな場所へ着いても、アジサイは手を離さなかった。
一歩。
二歩。
普通に歩き始める。
オリマーは繋いだ手を見る。
「もう滑らないぞ」
「……知ってる」
「なら」
そこでアジサイも手元を見た。
すぐに離れる。
「言うの遅い」
「俺のせいか?」
「気づいたなら早く言って」
「お前が離せばいいだろ」
「うるさい」
三人の前なら、もっと刺々しく言う。
今はそうでもない。
オリマーは少し横顔を見る。
「三人でいる時と違うな」
「何が?」
「今、俺を馬鹿にしなかった」
「してほしいならするけど」
「頼んでない」
「ならしない」
「それも珍しい」
「うるさい」
それでも怒っているようには聞こえなかった。
水場へ着く。
アジサイが先に流れを確認した。
「ここなら大丈夫」
「助かる」
器へ水を汲む。
二人とも黙って作業する。
不思議と気まずくはない。
しばらくして、オリマーが口を開いた。
「残ってくれて助かってる」
アジサイの手が止まる。
「まだ残るとは言ってない」
「今はいるだろ」
「いるだけ」
「それだけでも助かってる」
アジサイは返さない。
水を汲む。
一杯。
二杯。
やがて、小さな声で言った。
「あなたたちだけだと心配だから」
オリマーは少し笑った。
「ひまわりが?」
「主に」
「ローズも?」
「少し」
「俺は?」
「一番」
即答だった。
「俺?」
「そう」
「何で?」
アジサイは今度こそ呆れた顔をした。
「自分を最後にするから」
「何の話だ?」
「全部」
アジサイは水面から顔を上げる。
「誰かを逃がす時も。危ないところを見る時も。自分が残ればいいと思ってる」
「そんなつもりは――」
「ある」
反論しにくかった。
オリマーは器へ視線を落とす。
「……気をつけるよ」
「信用してない」
「即答だな」
「見てれば分かる」
アジサイがふと、オリマーの手を見る。
「それ」
「何?」
「傷」
手の甲に薄い擦り傷があった。
湿原を抜ける途中についたものらしい。
「大したことない」
「見せて」
「このくらい――」
「オリマー」
強くはない。
それでも逆らいづらい。
手を出す。
アジサイは手首を支え、水で傷を洗った。
指先が丁寧に汚れを払う。
「痛くない?」
「平気」
少し強く擦られる。
「痛っ」
「痛いじゃない」
「今お前が強くしたからだよ」
「我慢しないで」
その言葉に、オリマーは思い出した。
「ローズにも似たこと言われたな」
アジサイの指が止まる。
「……そう」
次の瞬間、傷へ流れる水が少しだけ強くなった。
「冷たっ」
「洗ってるだけ」
「さっきより雑になったぞ」
「気のせい」
「何で急に」
「ローズにやってもらえば?」
オリマーは首を傾げた。
「何でローズが出てくる?」
「あなたが出したから」
「話しただけだぞ」
「そう」
「何で不機嫌なんだ?」
「なってない」
「なってるだろ」
アジサイはオリマーの手を離した。
「終わり」
結局、理由は教えてくれなかった。
水を汲み終え、二人は来た道を戻った。
斜面を上る。
今度はオリマーが前だった。
「そこ、石動くぞ」
「分かってる」
「気をつけろよ」
「分かってるって――」
小石が崩れた。
アジサイの身体が横へ傾く。
オリマーは反射的に腕を伸ばし、腰を支えた。
アジサイの手が胸元を掴む。
水の器は落ちなかった。
「大丈夫か?」
「……うん」
声が近い。
アジサイはすぐには離れなかった。
オリマーも足元を確認するまでそのまま支える。
「もう平気か?」
「うん」
ようやく離れた。
数歩歩く。
アジサイが先に口を開いた。
「もう少しなら、一緒に行ってもいいと思ってる」
「紫霧の森まで?」
「霧があるところまでは」
「その先は?」
「着いてから考える」
「そうか」
アジサイが横を見る。
「……それだけ?」
「何が?」
「別に」
少し歩く。
「引き止めないの?」
オリマーが振り返る。
アジサイ自身も、口に出したことを少し後悔しているようだった。
「残ってほしいとは思ってるよ」
「……そう」
「でも、決めるのはお前だろ」
アジサイはしばらく黙った。
「そういう答え、本当にずるい」
「何が?」
「分からないなら、そのままでいて」
「意味分からないんだけど」
「分からなくていい」
再び歩き始める。
斜面の途中で、アジサイの指がオリマーの袖を軽く掴んだ。
「まだ滑るから」
「分かった」
それ以上は聞かなかった。
尾根が見えるところまで、アジサイはそのままだった。
野営地へ戻ると、ローズとひまわりが並んで待っていた。
ひまわりが二人を見る。
それから、オリマーの袖を掴んでいるアジサイの手を見る。
「仲良くなった?」
アジサイの手が即座に離れた。
「なってない」
ローズの目が細くなる。
「随分遅かったわね」
「この人が斜面で転びそうになったから」
アジサイがオリマーを指した。
「待て。滑ったのお前だろ」
「知らない」
「俺が腰支えたんだぞ」
ひまわりの顔が輝く。
「腰?」
「そこだけ拾うな!」
ローズまでアジサイを見る。
「何があったの?」
「何もない」
返事が速い。
オリマーは余計なことを言った。
「二人きりの時は、もっと素直だったぞ」
アジサイが無言でオリマーの足を踏んだ。
「痛っ!」
「虫でもいたんじゃない?」
「いないよ」
ひまわりが足元を確認する。
ローズが言う。
「じゃあ踏んだだけね」
「だろ!」
「何の話?」
アジサイは平然としている。
オリマーは足をさすりながら睨んだ。
「二回目は禁止だからな」
「何の?」
「もういい」
ローズとひまわりは明らかに気になっていたが、オリマーはそれ以上何も言わなかった。
アジサイも話題を変えるように水の器を置く。
水場での柔らかい雰囲気は、戻って数十秒で消滅した。
夜。
食事は昼の反省を踏まえ、余計な味付けをせずに済ませた。
誰も「もっと美味しくしよう」と言わなかった。
少なくとも、一度の失敗から学習する能力はあるらしい。
ひまわりは寝床へ転がりながら、まだ歓迎会を諦めていなかった。
「アジサイ」
「何?」
「歓迎会、楽しかった?」
「どの辺りが歓迎会だったの?」
「みんなでご飯作った」
「事故だった」
「みんなで食べた」
「罰だった」
「一緒に食料探した」
「五個消えた」
「確認だよ」
「反省してない」
ひまわりは指を折る。
「あと、オリマーと二人で水汲んだ」
「水を汲んだのは、この人と二人で――」
アジサイが止まった。
ローズの顔が上がる。
ひまわりは笑う。
「うん」
「……今の忘れて」
ローズが起き上がった。
「自分から強調したわよね?」
「してない」
「『この人と二人で』って」
「事実」
「へえ」
「その顔やめて」
ひまわりが満足そうに笑った。
「じゃあ明日も四人だね」
アジサイが反射的に口を開く。
「だから私はまだ――」
途中で止まった。
寝床は四つ。
朝の食料も四つ。
水も四人分。
オリマーは最初からそのつもりで用意していた。
アジサイがそれを見る。
「……勝手に決めないで」
ローズがすぐに返す。
「嫌なら使わなきゃいいじゃない」
アジサイは四つ目の寝床を見る。
少し考えた。
そして座る。
「作ったものを無駄にする方が問題」
「はいはい」
「その返事嫌い」
「でも使うのね」
「無駄だから」
ひまわりが横へ転がってくる。
「歓迎された?」
「されてない」
「寝床あるよ?」
「必要物資」
「ご飯も四つ」
「食事」
「明日も四人」
アジサイが少し黙る。
「……予定」
ひまわりは嬉しそうに笑った。
「じゃあ成功だね」
「違う」
否定する声は、もうそれほど強くなかった。
夜が深くなる。
最初にひまわりが眠った。
ローズも横になり、しばらくすると寝息が聞こえ始める。
オリマーも目を閉じていたが、まだ完全には眠っていなかった。
何となく目を開ける。
少し離れた寝床にいるアジサイと目が合った。
昼間のような険しい表情ではない。
アジサイはほんの少しだけ口元を緩めた。
声には出さない。
唇だけが動く。
おやすみ。
オリマーも小さく手を上げる。
その直後。
ローズが寝返りを打った。
アジサイは即座に目を閉じた。
見事な寝たふりだった。
オリマーは笑いそうになるのを堪えて、自分も目を閉じた。
翌朝。
「いつまで寝てるの?」
目を開ける。
アジサイがすでに準備を終えて立っていた。
昨日の夜の柔らかい顔はどこにもない。
「早いな」
「遅い」
「まだひまわり寝てるぞ」
「置いていく」
「どこへ?」
「紫霧の森」
言った直後、アジサイが僅かに止まる。
オリマーは何も言わなかった。
荷物を確認する。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
食料も四つ。
水も四人分。
「よし」
オリマーは立ち上がった。
少し先では、ローズがひまわりを揺すっている。
「起きなさい」
「あと少し……」
「置いてくわよ」
「アジサイも同じこと言ってた……」
「じゃあ本当に置いてくわよ」
「みんな酷い……」
「起きなさい!」
ひまわりがようやく身体を起こす。
アジサイは腕を組み、呆れた顔で待っていた。
だが先へは進まない。
ひまわりが顔を洗い、ローズが荷物をまとめ終わり、四人分の準備が揃うまで、その場から動かなかった。
遠くの木々の間に、薄い紫色の霧が漂っている。
紫霧の森。
次の目的地は近い。
オリマーが荷物を背負う。
「行くぞ」
「はーい」
ひまわりが答える。
ローズも歩き出す。
アジサイは一度だけ三人を見て、その横へ並んだ。
少し歩いたところで、ひまわりが振り返る。
「アジサイ」
「何?」
「今日もいるね」
「いるけど」
「じゃあ歓迎会成功」
アジサイの眉が動く。
「昨日からその理屈おかしいって言ってるでしょ」
「でもいるよ?」
「それとこれとは別」
「また別?」
ローズが笑った。
「便利よね、その言葉」
「ローズは黙って」
「何でよ!」
また二人が始める。
ひまわりは楽しそうにその間を歩く。
オリマーは三人の後ろを歩きながら、四人分の荷物が揃っていることをもう一度確認した。
歓迎された覚えはない。
仲間になるとも言っていない。
それでも寝床は三人の隣にあり、食料は最初から四つに分けられている。
そして本人も、四人分の準備が終わるまで歩き出そうとはしなかった。
仲間というものは、本人の許可を取ってから始まるとは限らないらしい。
紫色の霧が漂う森へ向かって、四人は並んで歩いていった。