だからお前はエースになれって言ってんだろうが!   作:Aっていうよりクローバーの2

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第2話

「沢村ちゃん。俺のバッティングをどう思う?」

 

 夜、三年の増子透と二年の倉持洋一は、後輩でありルームメイトである沢村を連れて素振りに来ていた。ピッチャーだし、別メニューを走らされているのを見て、これまでは誘っていなかったが、紅白戦を見て一度誘うことにした。

 一応レギュラークラスの2人だが、バッティングに関しては巧打者というタイプではない。増子は典型的な長距離砲で率という面では不安定、倉持の方は俊足を活かした、しぶとい打撃が持ち味で外野にきれいな当たりを飛ばすタイプではない。

 二人にとって沢村は、自分達の課題を解決するための良い教本に思えた。年下でも、上手いヤツは上手い。それは認めつつも絶対に負ける気はない。年下でも良い部分は積極的に取り込む。そんな気概があった。中には活躍した一年生を面白くないと思っている二、三年生はいるが、レギュラークラスのメンバーは妬んでいる時間があったら練習。時間が勿体ない。それを根底において夜の時間を過ごしている。

 ルームメイトの上級生に恵まれているという自覚がない沢村は、増子の素振りを見て一言。

 

「良いと思いますよ」

 

 あまりに何の気もない沢村の言葉に増子がずっこけた。倉持は頭を引っぱたきそうになった。

 沢村の無垢な瞳を見て一瞬手を止め、やっぱりムカついたので軽く叩いた。

 

「イタっ!」

「増子さんが真剣に相談してんのに、テキトー抜かしてんじゃねえぞ!」

「いやホントですって! 外野にすらマトモに飛ばないモッチー先輩になら何か言えるかもしれませんけど、増子先輩に言う事なんて!」

「今なんつったぁ!? ライン越えたぞ!」

「どうどう倉持」

 

 本気でお見舞いしそうになった倉持の間に入って、増子がなだめる。顔が微妙にニヤついている。

 流石に先輩は殴れなかった。代わりに沢村の関節を極めにいった。相変わらずの柔軟性で微妙に外されるので余計にムカついた。増子も沢村に関節技は効果薄な事を知っているため、そこは止めにいかない。

 

「イデデデ! 真面目な話、お二人とも俺よりはるかに上手いので言う事ないっすよ」

「イヤミだろうが。それ!」

「本気っす! 俺は後ろの腕の脇なんて開けれないし、前足開けませんし、そんな大きくステップは踏めませんから!」

「……む? ちょっとその辺り詳しく話してくれないか? 沢村ちゃん」

 

 増子は耳聡く言い合いの中から沢村の言葉を拾う。自分達と沢村の間にある認識の違い、その糸口がそこにある気がした。

 

「えっ? あー、脇開けるとスイングの時に遊びが多くなるんで、同じコースに対して同じスイングが出来なくなるんですよ。他もほぼ同じ理由っす。だって同じコースに同じボールが来たら同じ打球が打てないとダメですよね?」

「……理想を言えばそうなるな。沢村ちゃん。けど実際はそれが出来ないから、プロでは3割で一流と言われるんだぞ?」

「はい。増子先輩みたいな長距離バッターはそれで良いんです。でも俺や倉持先輩みたいな中距離バッターは違うんすよ」

 

 いつの間にか関節技は緩んでいる。

 

「ホームランは野手が関与出来ないから無視して良いですけど、ヒットは野手が絡むから、バッターって実際は1対9で戦ってるじゃないですか」

 

 「仮に投手と捕手を抜いて、1体7と仮定しても」と、沢村は続ける。

 

「だったら10本打って、10本芯に当たっても、7割前後は野手に取られて当然なんスよ。中距離バッターはミスった時点で平均以下って若菜のヤツは言ってましたね。少なくとも自分のスイング自体は100回振ったら、100回同じスイング出来なきゃ、バッターボックスに立つ資格がないって。……どうしたんすか? 倉持先輩?」

「いや。何でも……何でもあるな。あぁそっか」

 

 俺はそこからなのか。そう倉持は思った。焦燥と不安。もちろん才能という要素は絶対的にある。けれど、自分の幼稚な考えで、先輩の最後の夏を台無しにすることだけは絶対にやってはいけない。

 2年生でレギュラーに入っている人間として、最低限の誇りだった。

 

「沢村、俺の直すところは?」

「んー。難しいっす。例えば予備動作を小さくすると、再現性は上がるんすけど、打てる間合いは狭くなるんすよ。そういった動作を変化球への対応力として変換するタイプもいるんで……。「出来るなら別にいい」って若菜は言ってました。あと「所詮2割5分しか打てない人間の理論だから、何か言われたら変えて良いよ」なんて。俺はそう思いませんけど」

「お、おう……」

 

 寮の前の照明が、キマリ気味の沢村の目を照らしていた。「怖っ。コイツ」と倉持は思った。増子はそそくさと素振りをしていた。顔色が微妙に悪い。

 

「あー。でも一つだけ気になることがあります。モッチー先輩両打ちですけど、左右で意識の違いとかあります?」

 

 ハイライトが戻った。切り替えの早さが逆に根の深さに思われて、空恐ろしい思いもあったが、倉持は出来るだけ平静を装う。

 

「意識の違い、か。……出来るだけ左右を同じく振るってことか? お前の話を聞いてると、どっちかに専念した方が良いのかもな……」

「そこっス。両打ち辞めるかどうかは分かりませんけど、左と右が同じ打ち方は基本あり得ないんすよ。真似していた自分もよく言われました」

 

 そういえばと、自分が両打ちに憧れた選手も似たようなこと言ってたことを倉持は思い出した。1塁に走り出す都合上、フォームが変わるのは「当然だわな」というのが当時の感想だったが。

 

「人間の身体って左右非対称なんですよ。バッターボックスの位置に加えて利き手、利き足による筋力の差や長さ、何より肝臓っていう重い臓器が右側にある以上、重心が右に寄りがちっすから。「左は多少動くけど、右は動いたらアウト。ただし左は身体が一度開くと、一試合は打てないの覚悟」っていうのがアイツの持論です。倉持先輩、飛ばないのを気にして右も左も動いて打ってる時ありません?」

「まぁ、ある。調子悪い時は大抵動き過ぎだな」

 

 合宿時の試合を思い出す。疲労が溜まって自重を受け止められなくなると、身体が流れはじめる。自覚はあった。

 そして感覚派だと思っていた沢村が、想像以上に理論的にバットを振っていることに驚いた。投手の方は昭和臭が漂ってきそうなド根性ピッチングなのに。

 

「「インパクトには重量や力だけじゃなくて、重心からポイントまでの距離の2乗が絡むから、動いてボールまでの距離が近づくと逆効果」……、物理苦手なんで詳しくは聞かないでください。動くと上下左右はともかく、前後に幅が出来るんで悪いことばかりじゃないんすけど。……思い出しました。これは増子先輩にも言った方が良いかもしれません」

「むっ?」

 

 素振りを止めた増子に、釣りでもするかのようにバットを向ける。

 

「自分がこのフォームに落ち着いた一つのきっかけなんすけど、「何で棒じゃなくてバットで打つと思う?」って言われたことがあって」

「なぜバットで打つ……?」

 

 二の句を言おうとして言葉が詰まった。増子は愛用のマスコットバットの手元を見る。グリップ部分のペイントはすっかり剥げて、木地はまる見え。グリップは細く、先端にかけて徐々に太くなっていく円柱状。

 そういえば、どうしてこの形なのだろう。

 

「あくまで自分の答えなんですけど、この形が一番飛ぶんですよ。なんで飛ぶかっていうと、この形状が一番加速した状況でインパクトを迎えやすいからです。そうなった時、あんまり大きく動くとバットの形を活かせないなって。飛距離が才能って言われる理由の一つだと思うんスよ」

 

 「だから増子さんには何も言えねえっす。自分」と沢村。

 増子と倉持、揃って自分のバットを見つめた。果たして自分はこの相棒を100%使い切るスイングを出来ているのかと。

 

「……ありがとう。沢村ちゃん。良い練習になった」

「お役に立てたのなら光栄っす! まぁ、もう一つの理由はボールを見てから振っても間に合わないから、苦肉の策で後ろを小さくしてるんですけど……。最後の見極めが遅いんですよ。俺」

「何言ってんだ。お前の言葉を借りるなら「出来るなら別にいい」だろ?」

「それ、若菜の言葉っす」

「はっはっは。さっきから若菜ちゃんのことばかりだな。沢村ちゃん。……わかな?」

 

 しばらくして、先輩2人と肩を組んで、部屋に戻る沢村が目撃されたという。両手に自販機で買ったであろう飲み物を持って。

 その日、日付が変わっても沢村達の部屋の灯りは消えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

~紅白戦の結果を受けて沢村がクリスの指導を受けるようになってから数日後の夜~

 

(ケケケケ……。沢村のヤツ、携帯開けっぱで風呂に行きやがった)

 

 机の上に置きっぱなしの携帯を見て、口の端から笑いが零れ出る。我ながら悪い笑いだと、倉持は思った。

 

「沢村のヤツだらしねーな。どれ、先輩が片づけてやろう」

「おい倉持。あんまりプライバシーに立ち入るのは……」

 

 見かねた増子は、参考書から顔を上げて咎める。

 

「増子先輩、メール相手はどうせ幼馴染の女の子すよ。許せます?」

「……そう言えば国語の復習をしなきゃいけなかった。しばらくは何にも気づかんかもしれんな」

 

 彼女持ちに人権は無い。例え彼女じゃなくても女子と頻繁にメールしているヤツも同様。

 運動部における不文律である。

 

「おっと、手が滑って携帯が増子先輩の机に」

「ケガはないか、倉持」

「大丈夫です先輩。でも沢村の携帯に異常がないか確認しないといけませんね」

「そうだな。大事な事だ。俺は集中してるから何も見てないぞ」

 

 倉持は携帯を操作し、メールボックスを開き、受信ボックスの一番上のメールを開く。増子は参考書こそ開いているが、目線は携帯に釘付けだった。

 

 

 

 

From 蒼月若菜

Re.先輩から相談されたんだけど

 

 だから私のことは気にするなって! もうアンタの方がバッターとして上なんだから。私は別に自分の代わりになんてこれっぽっちも思ってない。

 女だって野球やるのは高校行ってもやるのよ。私が勝手に見切りをつけて、勝手にやめただけ。そこに性別は関係ない。確かに0じゃないし、アンタのことを羨ましいと思う気持ちもある。でも、こんなのよくある話でしょ。

 それに最初と矛盾はするけど、私のやったことはアンタに伝えられた。だからもう私のことは終わりで良いの。

ピッチャーとしての自分に集中して。ピッチャーを指導できる人は多くないんだから、言われたことは素直に聞いて、一つ一つ実行すること。迷った時は私も一緒に考えるから。右側に重心が偏りがちな左投手に、壁の作り方の指導から入った片岡監督の目は間違いないと思う。あと、クリス先輩っていう人も相当なプレーヤーよ。メニューもそうだけど、その片岡監督からピッチャーの指導を任せられるんだから。

先輩からの相談内容については、私もアンタもそれしか出来なかったから、応用範囲が狭いことは前もって言っておきなさい。聞く限り、アンタの感性はそう間違ってないと思う。ただ自分が意図してることが、相手に正しく伝わってないこともあるから、出来るだけ色んな言葉で教えた方が良いかも。ボールを最後まで見るを、本当にミットに収まるまで見てたアンタなら意味分かるでしょ。

あと同室の先輩はメチャクチャ良い人だから、もっと敬意を持つこと。仮に自分が先輩になった時、同じことを後輩にしてあげられるの? それだけ目立てば、虐められても不思議じゃないんだから。もちろんそれ以外の先輩にもね。プレイだけじゃなくて、アンタの軽はずみな行動や言動が先輩の夏を台無しにしてしまうことがあるってことは、よく肝に銘じておきなさい。

 最後に。エースになりたいっていうのが、栄純の夢でしょ。誰かの夢を叶えられるほど、高校生活は長くない。まずピッチャーとしてチームの役に立てる様になりなさい。栄純の飛び込んでいく性格は、バッターよりピッチャーに向いてる。

 

 

「「……」」

 

 覗いていた二人は無言で顔を見合わせた。パタリと携帯を閉じる。師匠、幼馴染、世話焼き、ツンデレ、そして闇要素。ギャルゲーレベルの属性過多ヒロインがそこにいた。

 しばらくして、倉持は黙って携帯を机に置いた。2人の間に未だ会話はない。無の表情で自分の席に大人しく座っている。

 これが同室のメチャクチャ良い先輩の姿だった。

 いたたまれない空気の中、部屋にノック音が響く。

 

「センパーイ。今戻りました……って」

「沢村ぁ」

「沢村ちゃん」

 

 ユラリと、幽鬼の様に立ち上がった2人は、おもむろに沢村へ襲い掛かった。

 

「いででで!? ちょ、なんで俺こんな目に」

「るせえ! 先輩からのかわいがりってやつだ。ありがたく頂戴しやがれ!」

「悪いな沢村ちゃん。愛の鞭ってやつだ」

「り、理不尽過ぎるっ! ギブギブギブ! 流石に二人がかりはシャレになってませんって!」

 

 それぞれ沢村の上下に4の字固めと、ヘッドロックを決めながら、2人は内心絶叫していた。

 

(蒼月さん……!)

(蒼月ちゃん……!)

 

((今日だけは、今日だけはこのバカを殴らせてくれ!!))

 




 憑依若菜
「なんでこう、おっさんの昔話を生真面目に捉えるんだよ。この良い子ちゃんどもが!」

 ちなみに基本沢村ルートが有力ですが、一応別ルートの可能性があります。具体的に言えば下は奥村ルートから上は鉄心、雷蔵ルートまで。

 なお成宮ルートのみ存在しない模様。
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