死神遊戯 ―ダイの大冒険の壊し方― 作:メイドインコ【アビス】
魔界の最奥、バーンパレスの玉座の間。
大魔王バーンの御前に置かれた巨大な観測水晶には、地上の凄惨な光景が映し出されていた。
焦土と化した大地。周囲の地形すら変えかねない途方もないエネルギーの激突の果てに、一つの決着がついていた。
魔界を二分する実力者であった冥竜王ヴェルザーが、たった一人の戦士――若き竜の騎士、バランの手によって討ち果たされたのだ。
「……ふむ。冥竜王ヴェルザー。余と魔界を二分したほどの男が、こうもあっさり散るか」
水晶越しにその死闘を見下ろしながら、大魔王バーンが静かに呟く。
その傍らでミストバーンが無言で控えていたが、やがて低い声で同調した。
「……竜の騎士を侮りすぎたのです。己の不死性と驕り切った慢心が、奴の命取りとなったのでしょう……」
「いかにも。ヴェルザーは竜の騎士という存在を軽んじすぎた。ヤツらの厄介なところは、神に創られた戦いの遺伝子ゆえ、思いもよらぬ一手を放ってくる不確定要素……そこにある」
大魔王バーンは事もなげにそう言い放ち、グラスを傾けた。
だが傍らで恭しく頭を下げるボクは冷たく嗤っていた。
(……言うねェ、大魔王サマ。不確定要素とは、実に聞こえのいい言葉だ。結局は、自分の理屈では測れない『奇跡』を恐れているだけじゃないか)
愛する者を守るために命を燃やし、仲間のために限界を超える。
魔界の覇者たちは、常識をブチ破る『奇跡』の本質を理解できないのだろう。だからこそ、この大魔王は後で言葉巧みにバランを軍団長として引き入れるのだが。
大魔王と腹心による、魔界の行く末を案じる厳粛な空気。
だが、その静寂を嘲笑うかのように、ボクは気味の悪い笑い声をハモらせた。
「キャハ! もし真竜の戦いでボリクス様が勝っていたら、バランとやり合ったのはボリクス様だったのにね!」
「まったくだよピロロ。相手があの雷竜だったら、勝敗は逆だったかもしれないのに。ヴェルザー様も、巡り合わせが悪かったねェ」
ヴェルザーには忠告を与えてみた。歴史がどこまで揺らぐのか試したかったから。だが、結局、結末は変わらなかった。なら、それはそれで構わない。
むしろ、そのおかげで面白いおもちゃが手に入るのだから。
「……ヤツはいずれ人間どもに迫害されるだろう。その時、もし人間に絶望し、牙を剥くようなことがあれば……我が魔王軍の強力な軍団長になるやもしれんな」
水晶を見つめたまま、バーンが独り言のように呟いた。
大魔王は竜の騎士を懐柔し、手駒に加えようと考えている。だが、ボクは恭しく一歩前へと進み出て、その言葉を遮った。
「……それはおすすめしませんねェ、バーン様」
「ほう……?」
「天界の精霊や、あの竜の騎士……あれらは所詮、神々が地上に残した遺産ですよ。いかに人間に絶望し、闇に堕ちようとも……最終的には人間の味方へと回る。どこまで堕ちても、真の同志にはなり得ないのさ」
「……なるほど。妙に確信めいた口ぶりだが、一理ある」
「えぇ。ですから、懐柔など必要ありません。あれには、ボクの方から礼儀を尽くしておきますよ。ヴェルザー様には色々と世話になりましたからねェ」
「フッ……。お前の言う礼儀ほど、相手にとって迷惑なものもあるまい」
「ウフフ……。もっとも、ご安心ください。バーン様がお望みの戦力でしたら、もっと面白い駒をご用意してご覧に入れます」
勿体ぶった芝居がかった一礼。
バーンは面白そうに口元を歪めると、深く玉座に背を預けた。
「……よかろう。ならばキルバーンよ、お前の好きにするがいい」
「御意に」
頭を下げながら、ボクは醜く口角を吊り上げた。
(ボクはアイツに真っ二つにされているんだ。ボクはねェ、そういうのはキッチリお返ししないと気が済まないタチでね)
大魔王が欲しがる戦力なら、名前だけは立派な負け犬でも放り込んでやればいい。
これで大魔王の承認のもと、心置きなくバランを絶望のどん底へ叩き落とせる。
バランには、人間側の最高戦力として残ってもらわなければならない。
ボクへ永遠に牙を剥き続ける復讐鬼へと仕立て上げるのさ。
* * *
冥竜王ヴェルザーの敗北から幾ばくの時が流れた。地上の人々もようやく平穏を取り戻しつつある。
そして今――。
地上世界、アルキード王国。緑豊かな森の奥深くに隠された小さな小屋。
バランは愛する妻ソアラと、生まれたばかりの赤子ディーノと共に静かに暮らしていた。
彼らの顔に浮かぶのは、ただ純粋で穏やかな幸福。
だが、そのささやかな平和は踏みにじられようとしていた。
「……この魔物め!よくも我が娘をたぶらかし、悪魔の赤子を産ませたな……!」
小屋を完全に取り囲んだ多数の兵士たち。
彼らを率いるアルキード王は憎悪と恐怖に顔を歪ませ、バランを怒鳴りつけていた。
「おやめください、お父様! バランは何も悪いことなど……!」
「ソアラ、もういい。私が……私が行く。だから、ソアラとディーノだけは手を出さないと約束してくれ……!」
兵士たちの槍の穂先を前に、バランは愛する妻を背に庇い、抵抗することなく両手を差し出そうとしていた。愛する者のために己の命を投げ出そうとする、あまりにも悲しく美しい自己犠牲。
森の木々の枝の上。
人間たちの松明が届かない深い闇の中、ボクは呆れたように首を振った。
(……自分たちを救った英雄を、悪者に仕立て上げるなんて。三流の劇作家でも書かない、退屈なシナリオじゃないか)
嗤いながら、ボクは指先で軽く虚空を弾く。
「せっかくだ。ボクが君たちに、もっと面白い配役を与えてあげるよ」
次の瞬間――惨劇は起きた。
前列にいた三人の兵士の四肢が、不自然な角度へと吊り上げられる。
「え……? あ、俺の腕が勝手に……ッ!」
トラップ発動――【デス・マリオネット】
彼らが握っていた槍が、互いの仲間の首筋を貫き合った。
「な、何をしているお前たちッ!」
「ち、違います! 体が勝手に……ぎゃあっ!」
突如として吹き上がった血飛沫。それを浴びた兵士たちは、一瞬で恐慌状態に陥った。
「ま、魔物の呪いだッ!」
「やめろ、俺に武器を向けるな!」
「違う、俺じゃない! 近づくなァッ!」
「こいつも操られてるぞ! 殺される前に殺せ!」
ボクが操ったのは、最初の三人だけ。
だが恐怖に呑まれた人間の疑心暗鬼は、ボクのトラップ以上の効果を生む。あっという間に同士討ちの連鎖が広がり、森は絶叫と血の匂いに包まれていく。
「ソアラ、目を閉じろッ! 私の背から絶対に離れるな!!」
突如として始まった狂気の惨劇。バランはすぐさまソアラを背へ引き寄せ、己の背中で彼女の視界を遮った。ほどなくして、森を満たしていた絶叫がふつりと途絶える。
「お、おまえの仕業だな……! この悪魔め、化け物めェッ!」
不気味な静寂が落ちた森の中で、アルキード王が顔を引きつらせて喚き散らす。
「だ、誰かおらんか! ワシを守れ! 盾にならんかァッ!」
必死に助けを求める王。だが、返事はない。
周囲を見渡した彼の目に映ったのは、互いに武器を突き立て合い、血の海に沈んだ屍の山だけだ。
王はようやく、自分だけが生き残っていることに気づいた。
「残念だったね王様! もう身代わりは一枚もないよォ!」
「本当に安い忠誠心だ。ボクがほんの少し背中を押しただけで、見事に全滅とはね」
闇の中から響いた無邪気な声と、酷薄な囁き。
「ひっ……だ、誰――」
――シュッ。
王が視認するよりも早く。闇から伸びた大鎌が、その首を呆気なく刈り取った。
血の雨が降る森を抜け、ボクは悠然と小さな山小屋へと歩み寄った。
「……外道め……何者だッ!!」
ただならぬ殺気にバランが戦闘態勢に入る。その手には真魔剛竜剣が握られていた。
ボクはアルキード王の生首を、バランの足元へと蹴り転がす。
「せっかく掃除してあげたのに、酷い挨拶だねェ。初めまして、竜の騎士サマ。ボクは魔界から来た……キルバーン」
「魔界……まさか、ヴェルザーの残党か!」
「残党とは人聞きの悪い。ボクはただ、偉大なる冥竜王様から『祝いの品』を預かってきただけさ」
嗤いながら、ボクは指先で軽く宙を弾いた。
「――それが、これさ」
ボクの周囲に漆黒闘気を纏った魔性の刃が十二本、音もなく顕現する。
「……ッ!!」
ボクが指先を振るうと同時。十二の刃――『ドゥームレイザー』が、小屋の奥、ディーノの眠る揺り籠へと一斉に射出された。
バランは反射的に地を蹴る。
開け放たれた小屋の入り口へと跳び込み、揺り籠への射線を完全に塞ぐように立ち塞がった。
「ふぅんッ!!」
裂帛の気合と共に、真魔剛竜剣が閃く。
キィィィンッ!!
竜の騎士の剣速は、瞬きほどの間に飛来する十二の刃を一つ残らず、完璧に叩き割る。
すべての脅威を絶ち切った。これで終わりだ――バランの背中が、そう確信して僅かに安堵の息をついたのが分かった。
「ソアラ、急げ!」
敵はまだ目の前にいる。バランの叫びに呼応し、我が子を守りたい一心でソアラが小屋の中へと駆け込む。
早くディーノを抱き上げ、バランの背中へと下がらなければ。
彼女はバランの脇をすり抜け、最短距離――揺り籠の『真正面』へと飛び込み、迷うことなくその身を屈め――。
ザシュッ。
肉を裂く、ひどく無惨な音が響いた。
「――ぁ、……」
「ソ、アラ……?」
声にならない掠れた吐息。ディーノに手を伸ばした体勢のまま、ソアラの胸の真ん中から、深紅の血が噴き出している。
揺り籠の真正面。母親が我が子を抱き上げるため、必ず通らなければならない唯一の導線。
そこには不可視の『十三本目』の刃が、待ち構えていたのだ。
「完璧な迎撃だったよ、バラン君」
ボクはチッチッと人差し指を振って笑う。
「でもねェ。ドゥームレイザーは破滅を告げる刃――」
ソアラの胸から、どくりと血が溢れた。
「そして、誰にも気づかれぬまま運命を断つのが……ファントムレイザーさ」
あえて飛来物を見せつけたのは、「すべて叩き落とした」と錯覚させるための目くらまし。
本命は、安心しきって我が子へ駆け寄る母親を仕留める――
見えない刃から解放され、どさりと崩れ落ちるソアラ。
バランは剣を放り出し、血だまりに沈む愛妻の身体を抱きとめた。
「……バラン……。逃げ……て……、おねがい……ディーノ、を……」
「ソアラァァァァァァァァッ!!!」
血を吐きながら崩れ落ちる愛妻。バランの絶叫が、森を震わせた。
「クックックッ……これで遠慮はいらないねェ」
愛する者を守るために剣を振るっていた男。
その瞳から最後の躊躇いが消える。
「許さん……! キサマァッ……! キサマァァァァァァッ!!」
竜の紋章がバランの額で激しく明滅し、怒り狂った闘気が暴風のように吹き荒れる。 その圧力だけで周囲の木々は大きくしなり、森の鳥たちは一斉に飛び立った。
「ウフフ……せっかくだ。少しだけ踊ろうじゃないか」
ボクは大鎌――死神の笛を奏でた。
本来の歴史であれば、バランの強靭な竜闘気の前に弾かれてしまった代物だ。だが、極限まで練り上げた今の笛は音色は違うんだ。
ピィィィィィィィン……ッ!!
「ぐ、がああぁぁっ!?」
殺意のままに突撃してきたバランが顔を歪め、体勢を大きく崩す。
だが――。
「ぐっ……!」
ギリ、と奥歯を噛み締める音が響いた。
「……その首……もぎ取ってくれるわァァァッ!!」
(……へェ。これでも止まらないか)
バランは血を吐きながらも強引に足を踏み出し、剣を振り下ろしてきた。怒りと竜闘気だけで、無理やり肉体を駆動させている。流石は竜の騎士といったところか。
「……でも不思議だなァ。そんなに怒ったって、彼女はもう返ってこないのにねェ」
ボクはワルツのように軽やかなステップで躱していく。力任せの大振りな剣戟など、ボクに当たるはずもないのだから。
ボクはすれ違いざまにバランの肩や太ももを幾度も切り裂く。生かさず殺さず、嬲るように。
幾筋もの裂傷から血を流し、息を荒らげるバランはやがて悟ったのだろう。怒りに任せた剣では、この死神の舞を捕らえきれないと。
「おおおおおおおおっ!!」
額の紋章が限界を超えて発光し、彼を包む竜闘気がすべて真魔剛竜剣へと収束していく。
回避すら許さない、絶対不可避の超高密度エネルギー。自らの命を削ってでも、外道を消し飛ばすという凄まじい執念だった。
「消え去れェッ!! キルバーーーンッ!!」
放たれたのは、究極の一撃――ギガブレイク。
「おっと」
――ドゴォォォォォォンッ!!!
凄まじい閃光が森を白く染め上げる。
怒りに任せて放たれた一撃でありながら、その破壊の奔流は異様なほど一点にのみ収束していた。
だが、光の嵐が晴れた後。大鎌の柄で真魔剛竜剣を真正面から受け止めたボクが、何事もなかったかのように立っていた。
(……冗談じゃない。あと数センチずれていたら終わっていたよ)
ボクは内心で微かに息を吐く。
以前のボクなら笛ごと両断されていただろう。そして今の一撃が仮面の奥へ届き、黒の核晶が誘発でもしていれば、何もかも吹き飛んでいた。
せっかくの舞台も何もかも台無し。そう考えると、かえって背筋がゾクゾクと震えてくる。
絶望のどん底だろうが、平然とこちらを殺しに来る。これだから竜の騎士は困るのだ。
もっとも、受け止められたのも偶然じゃない。
黒の核晶の出力と、魔界最高の鍛冶師が打ち直した大鎌。
さらに真魔剛竜剣へ凝縮された超高密度の竜闘気を、ボクの暗黒闘気が泥沼のように絡め取り、中和していた。
「渾身の一撃を止められて、絶望したかい?」
「が、あ……ッ!?」
驚愕に見開かれたバランの眼。その隙を見逃す死神ではない。
ボクは大鎌を返し、無防備な鳩尾へ石突を容赦なく叩き込んだ。
――メキィッ!!
「ガハッ……!!」
石突が鳩尾へ深々とめり込み、衝撃が竜闘気の鎧越しに内臓を激しく揺さぶる。
バランの身体が大きくよろめいた。
数歩たたらを踏み、それでも踏み止まろうとする。けれど流石の竜の騎士も限界か。
ギガブレイクに全竜闘気を注ぎ込み、死神の笛まで喰らってなお平然としていろという方が無茶な話だ。
真魔剛竜剣を地面へ突き立て、どうにか身体を支えようとする。
「ぐっ……!」
だが、その膝がついに崩れた。
「が、あ……っ」
大量の血が口から零れ落ちる。それでもなお、血走った眼だけは少しも死んでいない。
ボクを殺そうと、這ってでも立ち上がろうとしている。
肉体はとっくに悲鳴を上げているというのに、その憎悪だけは少しも衰えないらしい。
ボクは大鎌を肩に担ぎ直すと、血だまりの中で泣き叫ぶ赤子――ディーノの元へ歩み寄り、無造作にひょいと抱き上げた。
「泣かないでおくれよ、可哀想に。パパとママの滑稽な喜劇は、まだ終わってないんだからさァ」
ボクは血濡れた手のひらで、その小さな頭を撫でてやる。
だが赤子は、本能的な恐怖から火がついたようにさらに激しく泣き叫び始めた。
『オギャアアアッ!アアアアアアッ!!』
「ディーノに……触れるな……ッ!」
這いつくばりながら、必死に手を伸ばすバラン。
その無様で悲痛な姿を見下ろしながら、ボクはわざとらしく小首を傾げた。
「……元気な赤ん坊だ。でもこれじゃあ、ボクの出し物が聞こえないじゃないか」
ボクは人差し指と親指で、泣きわめくディーノの頬を優しくつまみ――研ぎ澄まされた純粋な殺気を、未発達な赤子の本能へと直接叩き込んだ。
『――ッ、……』
声にならない引きつりが、小さな喉の奥で鳴った。
死の気配に塗り潰された赤子は、呼吸の仕方すら忘れたようにピタリと泣き止む。見開かれた瞳からポロポロと涙をこぼし、声もなく震え出した。
「……ウフフ、いい子だね。これならよく聞こえるだろう」
静寂を取り戻した凄惨な空間。
ディーノを片腕に抱いたまま、ボクは静かにソアラの亡骸へ目を向けた。
「……そういえば」
不意に、ボクは口を開く。
「キミの奥さん、最期に何か言っていたっけねェ」
「……ッ!」
バランの肩が震えた。
ボクはわざとらしく咳払いをすると甲高く、ひどく安っぽい芝居がかった声を出した。
「『……バラン……。逃げ……て……、おねがい……ディーノ、を……』」
「や、めろ……」
「『ディーノ、を……』」
「やめろォ……ッ!!」
「『……バラン……。逃げ……て……』」
「それ以上……言うなァァッ!!」
「『ディーノ、を……』」
繰り返す。何度も。何度も。何度も。
死の淵で振り絞られた最期の願いが、安っぽい猿真似によって塗り潰されていく。
ボクの腕の中で震える赤子の無意識下へ、永遠の恐怖として刷り込むように。
這いつくばる父親の魂に、決して消えない呪いを刻みつけるように。
たっぷりと同じ傷口を抉り続け、バランの瞳から完全に理性の光が消え失せたのを確認してから――ようやくボクは嗤った。
「……いい言葉だよねェ。だから、忘れないようにしてあげてるのさ」
「あ、あぁ……ッ、あぁぁぁ……ッ!!」
もはやバランの口からは、意味のある言葉すら紡がれない。ただ喉を掻き毟り、血の涙を流して慟哭するだけだ。
ボクはバランの目の前へ、震える赤子をゴミでも捨てるように放り投げた。
すんでのところで我が子を抱き留めるバラン。血走った眼だけは、なおもボクを睨み続けている。
その無様で愛おしい姿に――
「ウッ……クックックッ……!」
思わず肩が震えた。そうだ。その顔だ。
愛も希望もすべて失った者だけが浮かべる、その顔。
ボクが見たかったのは、まさにそれだった。
「ウフフフッ……では――シー・ユー・アゲイン!」
狂気じみた笑いを漏らしながら、ボクの姿は闇へ溶けるように掻き消えていく。
「……許さん…… 地の果てまで追って必ず……八つ裂きにしてくれるわァァァァッ!! キルバーーーーンッ!!!」
森に響き渡る、血を吐くようなバランの絶叫。
その余韻を背に受けながら、ボクは魔界へと帰還した。
玉座の間の暗がりで、堪えきれない喜悦に肩を震わせる。
「フフフフフッ……見たかいピロロ、あの顔を」
「傑作だったねェ!愛する奥さんを失って、希望も未来も全部なくなったのに……それでもアイツ、まだ立ち上がろうとしてたんだよ?」
「クックックッ……そう、だからこそ価値がある」
あれほど見事な絶望も、そうそうお目にかかれるものじゃない。
人間を憎む未来は消え去った。今や彼を突き動かすものはただ一つ。
愛する家族を奪った死神への憎悪だけだ。これで彼はもう立ち止まれない。
復讐を果たすその日まで、最強の戦士としてボクの遊戯盤の上を走り続ける。
「ああ、待ち遠しいなァ……復讐だけを支えに立ち続ける竜の騎士が――」
「今度はどんな顔を見せてくれるんだろうねェ!」
「ウフフフフッ……!」
狂気に染まった二つの笑い声が、魔界の闇の底でいつまでもこだましていた。
次回はスカウトしにいきます