似せ者。空っぽ。あるいは小鳥遊ホシノの■人。   作:曇った女の子の間の酸素

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こういうのが書きたかった。


台風。

 

 

 

 

 やけに暗い気がして、カーテンを開けて窓を見てみると空の様子がおかしかった。窓の外には分厚い雲が広がっていて、いつもなら見えるはずの青空はどこにもない。

 

 ……暗い。半分夜みたいな暗さだ。

 

 アビドスでは雨そのものが珍しいから、最初は少しだけ嬉しかった。目を瞑り、耳朶を叩く雨音を聴くと、なんだか自分も雨粒になったような気持ちになれる。

 

 なんだろう、頭が冷えたような感じがする。冷たい見えない液体が、頭の中にすっと入り込んだみたい。

 

「雨、結構降ってるねぇ」

 

 窓際に立ちながらそう呟くと、早朝からソファで書類を整理していたホシノちゃんが顔を上げる。

 

「台風だそうですよ。今日からアビドスを横断していくので、少なくとも数日は家に缶詰状態でしょう」

「知ってたんだ。へぇ~、台風かぁ。始めてかも」

 

 窓ガラスを叩く雨粒。ぽつぽつと降り始めたそれは、あっという間に勢いを増していった。乾いた砂の街を濡らしていく雨。

 

 なんだか新鮮だった。

 

「この雨で、アビドスが緑豊かになる~なんて、ないかな?」

「ない……いえ、一瞬ならあるかもしれません」

「ふむ。どういうことかなホシノちゃん」

「アビドスの砂は水を溜められるような性質じゃありませんから、数週間掛けて元の砂漠に戻ります。でも、逆に言えば数週間は水が残るので砂漠に埋まっている植物の種が発芽する……はずです」

 

 暫し考えて、そんなことを言った。すらすらと専門知識を語るホシノちゃんの横顔は酷くカッコよく見えて、自然と口元が弧を描いてしまう。

 

 雨で冷えた空気に、低温なホシノちゃんの声が滲む。こういうのも好きだなぁ。

 

「へぇ……! 見てみたいね! 緑豊かなアビドス!」

 

 そんな言葉を漏らして、影が差したホシノちゃんの顔にしまったと思った。

 

「……一時的な、幻のようなものです。意味なんてありません」

 

 さらに温度を失ったホシノちゃんの声。その言葉は脳裏に反響して、冷たい雨音と一緒に身体の中を這い回っていく。一瞬だけ、諦観の混じったそれが自分の声かと思ってしまった。

 

 意味なんてない。幻のようなもの。

 

 仮初の希望に期待する方が馬鹿らしい。

 叶うわけもない景色を信じて、裏切られて。

 

 残るのはきっと、苦しんだ末の冷たい現実だけだ。

 

 

 私はそう思ってる。多分、ホシノちゃんも。

 

 

 でも、でもね。

 

 

「幻のようなものだったとしても、だよ!」

 

 

 どうせ手が届かないとしても。

 

 目の前に希望をちらつかされるだけで、絶望しか待っていなかったとしても。

 

 

「こんな未来があるかもしれないって思ったら、ワクワクするでしょ?」

 

 

 空っぽの言葉を口に出す。

 

 何の資格があって、そう言えるのか。寒々しい自分に嗤ってしまいそうになる。

 

 窓ガラスに手を当てると、私の温度を奪って白く濁っていく。

 

 ガラスに反射して見えていたはずの私の顔も、ホシノちゃんの姿も、全部白く濁って、塗りつぶされていく。指先はすぐに冷え切ってしまって、もう何も見えなくなった。

 

 こんな私たちでも、希望に満ちた夢を見ることくらいは許されるはずだから。

 

 

 そう、ですよね。先輩。

 

 

「――――せ、んぱ……い……?」

 

 

 窓から振り返ると、ホシノちゃんは色の違った双つの瞳を限界まで開いて、呆然と何かを呟いた。唇を震わせて、まるで幽霊でも見たかのような泣きそうな顔。

 

 ……へ!?

 

「どうしたの? 大丈夫? ホシノちゃんっ」

「ぁ……い、いえ。何でもないです。……そう、ですね。そうでしたね」

 

 自分に言い聞かせるように、小さい声で話すホシノちゃんに不安がむくむくと首をもたげてしまう。

 

「……今日は体調悪かったりする? 大丈夫……?」

「……大丈夫です。心配しないでください。ウツロに心配されるほど、私は自己管理できていないわけじゃないですから」

「むー。確かにそうかもしれないけどー……むむむ」

 

 そんな様子も、次の瞬間には消えて。いつものホシノちゃんに戻っていた。ひとまず安心して、一旦パジャマから着替える。そして少し時間が経ったあと、また話しかけた。

 

「ねぇホシノちゃん。今日と言わず、数日は家でのんびりするんだよね?」

「はい。弾薬が湿気って使い物にならなくなるのも面倒ですし、そもそもヘルメット団たちも外に出られないでしょうから」

 

 そうかそうか。つまりお家でのんびりするということは、お家でのんびりするということか。

 

 それはいい。それがいい。とても良いと思う。うむうむ。

 

「そっかぁ。えへへ、そうなんだね?」

「……何だか嬉しそうですね。全く、そんなに私と居られるのが嬉しいんですか」

 

 ――――ひょぇ!? なっ、ホシノちゃんがそんなこと、えーっ!?

 

 何気ない、ローテンションに呟かれたその言葉が脳に伝わった瞬間、すぐに頬が熱くなった。そういうのじゃないってわかってるけど、わかってるけどぉ……!

 

「っば、ぶ、べっつにそういうの、じゃ……!」

 

 ある、けど!

 

「い、いや! 嬉しいよ!? うん、すっごく嬉しい! ホシノちゃんいっつも忙しいし、休んでほしいとずっと思ってたし! うん、そういうっ、うん!!!」

「……? ……まあ、こうして一緒に居られたらウツロの体調もケアできますし。それにウツロがサボりがちな勉強もできますから、楽しみにしておいてください」

 

 パタパタと顔を仰いで、熱を冷ます。

 

 ニヤリと悪戯げに微笑んだホシノちゃんはそれはもうかっこよくて、胸の奥が騒ぎだして仕方がない。静まらない呼吸から冷たい空気を吸い込んで、何とか平常心を取り戻す。

 

 そうして落ち着いた後、何か仕返しがしてやりたくなった。やられっぱなしはなんというか、不公平というか……ホシノちゃんも私に、その……ドキドキ? してほしい、というか……。

 

「……連邦生徒会も当てにはなりませんし。どうしましょうか、はぁ……」

「……ホシノちゃん」

「はい、なんですか」

「か、可愛いね」

「何言ってるんですか。帰りますよ?」

「ここ家だよ!?」

 

 追い出されそうになった。酷い。

 

 私の決死の覚悟のからかいも、全く意に介していないようだった。

 

 そんな他愛もない時間を過ごしているうちに、雨脚はますます強くなっていった。

 

 窓を叩く音が大きくなる。風も強い。ミシミシと何かが軋んで、揺れる感じがする。

 

「すごい風だね……台風ってこんなに凄いんだ」

「ですね」

「なんかちょっと……その、怖いね」

「そうですね」

 

 相変わらず書類と睨めっこしているホシノちゃん。

 

 忙しそうだ。だから邪魔しないように本でも読もうと思った。

 

 その時だった。

 

 ――ゴロゴロ。

 

 遠くで低い音が響いた。

 

 芯に響くそれに私はぴたりと動きを止められる。

 

 ……だ、大丈夫。別にそこまで私、子供じゃないし。

 

 そう思っていたのだけれど。

 

 数分後。

 

 窓の向こうが白く光った。

 

 次の瞬間。

 

 バリィィィンッ!!

 

「ひゃあっ!?」

 

 思わず声が出た。身体が跳ねる。

 

 心臓が嫌な音を立てる。

 

 怖い。

 

「……ウツロ?」

 

 ホシノちゃんが顔を上げる。

 

「だ、大丈夫だよ?」

「今思いっきり悲鳴上げましたよね」

「……うん」

「そんなに怖いんですか?」

 

 轟音。

 

「っひぅっ!? ……その、こわいっ。台風とか、雷とか始めてだから……なれてない、かも」

 

 肩が跳ねる。ホシノちゃんは数秒だけ私を見つめる。

 

 それから。少し考えるように視線を逸らし。

 

 ぽんぽん、と。

 

 自分の隣のソファを叩いた。

 

「来ます?」

「……」

「怖いんですよね」

「で、でも」

「じゃあ私が怖いので隣に座ってください」

 

 涼し気にそんなこと言われたら、もう無理だった。

 

「……行くっ」

「はい」

 

 即落ちだった。仕方ないと思う。

 

 雷は怖いし、ホシノちゃんはカッコいいし可愛いし優しいし。

 

 もう色んな要因で心臓がバクバク言って止めようがない。

 

 私はそろそろとソファへ移動した。

 

 ホシノちゃんの隣に座り込んで、私が座った分だけソファが沈み込んで、その分ホシノちゃんの身体との距離が縮んでいく。

 

 近い近い近い。

 

 いつも一緒に暮らしているのにどうしてこういう時だけ意識してしまうんだろう。いや、ずっと意識はしてるんだけど、心臓のドキドキ具合が違う。死んじゃいそう。

 

 柔らかい匂いがする。頭がくらくらしそうだ。

 

「これで少しは怖くないですね」

「う、うん」

 

 もう別の意味で怖い。緊張で落ち着けなくて、とりあえず頬に手のひらをあてるとその熱さにびっくりした。

 

 そこからしばらく静かな時間が流れた。

 

 雨音。紙をめくる音。時々鳴る雷。

 

 その度に私はびくっとしてしまう。

 

 不意に、肩へ手を回されて。

 

 ぼてん。

 

 ホシノちゃんの身体に抱き寄せられてそのまま――――

 

「ぇ、ひゃ、あのっ……!? へ、ふぇぇ……/////!?」

 

 何が何だかわからないまま、悲鳴だけぼそぼそ呟くことしかできなかった。

 

「ふふ、なんだか少し新鮮です。普段あんなにそそっかしいウツロがこんなに素直に大人しくするなんて。疲れましたし、少し休憩にします」

 

 そう言って。もう息が止まりそうだった。

 

「ほ、ほ、ホシノちゃん」

「なんですか」

「ちっ、近いかも……!?」

「嫌でした? なら離れますが」

「嫌じゃない! 嫌じゃない、けど! 安心する、けどぉ……」

 

 どうしよう、もう絶対顔真っ赤だ。恥ずかしすぎて前を向けない。

 

 好きな人に頭を撫でられて平常心でいられる人なんているんだろうか。

 

 少なくとも私は無理だ。無理だった。これからもきっと無理だ。

 

 顔が熱い。風邪を引いたときでもこうはならないと思う。

 

 たぶん耳まで赤い。幸いホシノちゃんは書類を見ている、はず。

 

 気付いていない。

 

 ……たぶん。

 

「……それにしても妙に疲れました。普段アビドスは天気が安定してるせいか、低気圧だと身体がだるい感じがします。ウツロは大丈夫そうですが、くれぐれも体調に異変を感じたら言うんですよ?」

「……うっ、う――」

 

 バリィィィンッ!!

 

「ひっ! ……あ、いや、その……ごめんなさい。邪魔だよね」

「……手でも繋ぎます? 片手があれば十分ですから」

 

 て。テ。手。手? ハンド? 手でも、繋ぐ?

 

 そんなの。そんなの――。

 

「い、いいの?」

「? はい」

「じゃ、じゃあ……」

 

 載せられるままにその誘いにホイホイ釣られた自分を殴りたくなった。

 

「あは、な、なーんてっ!」

 

 何を言ってるの本当にわたっ――!?!?!?

 

 ぴと。

 

 左手に少しだけ冷えているホシノちゃんの手が重なる。驚きで跳ねる心臓を宥める間もない。

 

 細い指先が私の指に覆いかぶさって、優しくふわりと密着する。

 

 私の震えた指を捕まえるみたいに、キュッと掴まれて。

 

 あっ。

 

「捕まえました。もう逃がしませんからね。大人しくしていてください」

 

 指も身体も密着しているのに、そこから更に耳元で囁かれる。

 

 ――――!?!?!?!?!?!?!?

 

 にげられない。しんぞうが飛び出そうだ。頭がくらくらする。好き。好き好き好き。大好き。良い匂いがする。ドキドキしてるのに酷く安心してる。幸せだ、今凄いしあわせ。すき。だいすき。すき。

 

 あ、むり、かも。

 

「ここまで雷が怖いとは思ってませんでしたが、普段私に可愛い可愛いと連呼しているウツロの方がよっぽど可愛いところありますよね」

 

 ――――。

 

「? 聞いてます?」

 

 ――。

 

「ウツロ? ……まさか安心して寝ちゃったんですか?」

 

「……起きませんね。やれやれ。ベッドに運びますよ。雨が止んでても文句言わないでください」

 

 

 

 

 






鈍感系主人公ホシノ。本人は冗談のつもりで接している。

もっとシュガーが必要だ。これでは足りぬ。
もっとビターも必要だ。シュガーにはビターもあると良い。

小鳥遊ホシノ:自己肯定感激低な人。ナイーブ。ウツロのことは友達として大切に思っているが、それよりも贖罪という面が大きい。恋愛感情はない。

最近、ウツロにユメ先輩の面影を見てしまうことが増えた。

泡盛ウツロ:自己肯定感激低な人(?)。呑気なように見えて割とホシノと近い感性。ナイーブ。ホシノのことが好き。それはそれとして贖罪は果たすつもり。

梔子ユメ:可愛い後輩2人に囲まれてとてもハッピーだった人。呪いになってることを知ったら悲しい顔をする。
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