似せ者。空っぽ。あるいは小鳥遊ホシノの■人。   作:曇った女の子の間の酸素

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おかしい。ただのシリアスだ、これじゃぁ。

遅筆すぎるのかもしれない。


買い出し。

 

 

 

 冷蔵庫を開ける。牛乳はあと半分。卵は一個。野菜も底が見え始めている。肉類も冷凍の在庫から出してたし、一週間ほど家から出られなかった影響は思ったより大きい。

 

「買い出しが必要かな」

 

 小さく独り言を漏らす。丁度いい。台風明けで不良たちが幅を利かせているかもしれないし、パトロールも兼ねよう。

 

 ホシノは頭の中にある予定表にやるべきことを書き加えた。

 

 後ろから透明な足音がする。

 

「んぅ……ホシノちゃん……?」

 

 寝癖のついた蒼白い髪。

 

 眠そうに目を擦りながら、ウツロがふらふらと台所へやって来た。

 

「おはようございます」

「おはよぉ……」

 

 まだ半分夢の中らしい。おぼつかない足取りで椅子へ座るなり、こくり、と舟を漕ぎ始める。

 

「もう少し寝てても良かったんですよ?」

「んー……ホシノちゃんが起きてるのに?」

「私のことは気にしないでください」

「気にするよぉ……ふわぁ、……あ、お買い物?」

「はい」

 

 少し身体を避けて冷蔵庫を見せる。ウツロも中を覗き込み、

 

「そうだよねぇ。結構色んなもの作ってたしね。あのお鍋、美味しかったな~」

 

 小さく声を漏らした。

 

「……普段より食べすぎちゃってたかも。いつもならもう少し持ってるよね……うう、大食いみたいで恥ずかしい……ごめんねぇ」

「言っておきますけど、ウツロの食事量は一般生徒の半分もありませんからね。なんならもっと食べてください」

 

 ホシノは一瞬だけ目を細めて、顔を両手で覆っているウツロに視線を向けた。恥ずかしそうにしながらも、指の隙間からチラチラと覗いている様子がわかる。

 

 ウツロはユメ先輩よりも子供っぽいところがある。

 

 ……私がユメ先輩と関わるようになる前から同棲していたと聞いていたけど、きっと先輩はお姉ちゃんぶってたんだろうな。生徒会室がひっちゃかめっちゃかだったのも納得できる。

 

 ジトっとホシノはその視線に圧を返すと、きゃーと言わんばかりに口を歪めて指を閉じた。

 

 全く仕方のない人だ。

 

 

「買い物に行くので、家で大人しくしていてくださいね」

「うん、わかってる。もう行くの?」

「時間は有限ですから。それにもう10時くらいですし」

 

 外出用の装備を着て、ところどころ補修された跡のある買い物袋を手に取る。

 

「そっか。……ねぇ、私も――――……ううん、行ってらっしゃい、ホシノちゃん」

 

 玄関に見送りにきたウツロは少しだけ寂しそうに笑っていて。

 

「行ってきます」

 

 何かを言いかけて辞めたウツロの笑顔を見て、ホシノは胸の中で暴れる感情を息を止めて、押しとどめた。

 

 何を言おうとしたのか、ホシノはそれを知っている。

 

 ウツロは皆で買い物に行くのが好きだから、一緒に行きたかった。きっと、間違いはない。

 

 脳裏に浮かぶ幸せな――幸せだった日々の数々。

 

 ユメ先輩と二人で何かとふわふわした理由で必要のないものを買い物かごの中に増やして、そして私に怒られて。たまにユメ先輩ですらビックリするような……いや、あの人は常日頃仰天していたけど。

 

 ウツロはそんな日常が好きだったんだよね。知ってる。知ってたよ。知ってたのに。

 

 知ってたはずだったのに。

 

 ――――それを私が壊したんだ。

 

 喉の奥に込みあがったヘドロのような重たいものを呑み込んで、ホシノは温度を失った瞳を前方に向けた。目に映るのは荒廃したアビドスが齎す、乾いた砂のみ。熱された砂に視界の先がぼやけ、荒涼とした風が吹く。

 

 ……ああ、緑なんてどこにもない。見渡す限りの砂だけだ。

 

 この世界がフィクションだったなら、苦難を乗り越えた先に希望が待っていたかもしれない。嵐を越えた果てに、緑豊かな光景が広がっていたかもしれない。

 

 机上の空論は机上の空論でしかなかった。所詮は夢物語だったってこと。

 

 

 ――いいや、違うか。

 

 

 その場の勢いで先輩を死に追いやった時から。

 己の短慮で暴言を浴びせて、ウツロに消えない後遺症を残してしまった時から。

 

 苦難なんてなかったんだ。

 

 私が殺して、私が傷付けて、私が奪った。

 

 

 私は被害者じゃない。加害者だ。

 

 

 この罪は許されない。罪を贖うことはできない。

 

 許されるべきじゃない。

 

 奪った命は戻らない。

 奪った時間は戻らない。

 

 ユメ先輩の死も。ウツロの病状の悪化も。

 

 

 なかったことには、できはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 商店街は思ったより賑わっていた。台風が過ぎたからだろう。店先には人が並び、買い物袋を抱えている。みんな考えることは同じらしい。

 

 ホシノはメモを見る。

 

 牛乳。卵。鶏肉。じゃがいも。玉ねぎ。人参。ブロッコリー。スポーツドリンク。栄養ゼリー。咳止め。体温計の電池……その他多数。

 

 どれも必要な物ばかりだ。野菜を選ぶ。なるべくウツロには良いものを食べてほしい。

 

「……目利きもなかなか難しいですね」

 

 十数秒ほど掛けて野菜の善し悪しを見分ける。鶏肉も脂身の少ない物を選ぶ。

 

 消化が良いものがいいとお医者さんからも言われている。手に取ったゼリーは少し高い。ミレニアムのちょっと良いやつだ。

 

 けれど棚へ戻す選択肢はなかった。

 

 ウツロに食欲がない日でも食べられる。それだけで十分価値がある。

 

 その隣にあるプリン。

 

「……」

 

 ウツロは甘い物が好きだった。

 

 病院の帰りに一つ買うだけで、嬉しそうに笑う。

 

 値札を見る。

 

 少し高い。それに健康にもあんまり良くないし……。糖分を取るなら野菜から取った方がいいと聞く。

 

「………」

 

 一度カゴへ入れて、数歩歩く。立ち止まって財布を見るが、残念なことに札が増えていたりはしなかった。

 

 アビドスの返済もあるから、あまり無駄遣いはできない。

 

「……」

 

 ホシノは静かに棚へ戻して、そして再び籠の中に入れた。

 

「最近、食欲落ちてますし」

 

 誰に言うでもなく呟く。

 

 それだけだった。

 

 店を出る。結構な量を買ったけど、このくらいなら小指でも持てる。

 

「おい」

 

 声がした。数人の不良生徒。中には見慣れない顔もあった。おそらくまたアビドスの外から来た新参だ。ブラックマーケットと地理的に近い関係上、アビドスには不良が流入しやすい。

 

 今も昔も、無法地帯のままだ。

 

 ……まぁ、最近じゃ私が色々懲らしめてるから多少減ったとは聞いてるけど。

 

「お前が小鳥遊ホシノだな?」

「っや、やっぱやめとこ? 勝てっこないって!」

「うるさい。お前らが情けないからアタシがこうしてツッパってんだぞ!」

 

 弱い不良が強い不良の傘下に入った、ってとこか。

 

 ホシノは路肩の石を蹴るくらいの意気ごみをした。

 

「はい」

「最近調子乗ってるらしいじゃねぇか? ああ? アタシの子分を随分イジメたって聞いたぜ」

「……はぁ。回りくどい。用があるならさっさとしてください。あなた方と長々とお喋りするほど、今の私は暇じゃないんです」

「――あぁ?」

 

 早く帰らないと。野菜類や肉も買ってるから、早めに冷蔵室に入れておきたい。

 

 昼にはウツロへ薬を飲ませる時間になるし。

 

「今なら見逃してあげますよ。面倒ですし」

「テメェ……! ふざけんなァ!!!! テメェら! 準備しろ!」

 

 銃口が向く。

 

 ホシノは小さくため息を吐いた。

 

「やるんですか」

「んなこたァ、当たり前だろう――」

 

 発砲。乾いた音。不良の持つマシンガンが回転を始め、鉛の弾丸を吐き出して――。

 

 不良の身体が地面を転がっていた。

 

「――が、……あっ、え、? は……?」

 

 不良は何が起こったのか、何も理解できなかった。

 

 小鳥遊ホシノは隙だらけだったはずだ。

 

 背中にデカいシールドを背負って、片手には買い物袋を持って。アイツは片手しか使えなかった。その状態で、抜かれたことも気付けないくらいの射撃? アタシはマシンガンをばら撒いてたはずだ。そもそも、今、どうなって――

 

「かはっ」

「まず一人。これで無力化ですね」

 

 

 マシンガンを持った不良の生徒が倒れた、その背後。

 

 小鳥遊ホシノがショットガンを抜いて立っていた。

 

 

「終わりでいいですか」

「っ、お頭ぁ!? こっ、この……!」

 

 残った三つの射線による一斉射撃。

 

 しかし弾丸は当たらない。発射された弾幕が宙を切るまま、僅か2秒の合間。

 視界から消え、銃声もないままにほぼ同時に二人が倒れ、最後の一人になった。

 

「な、なんなんだよ……意味わかんないよ! 何なんだよ、お前ぇ!!!」

「……はぁ、帰ります。次見掛けたらこの程度じゃ済まないと伝えておいてください」

 

 中の卵が割れないように、近場に置いておいた袋を持つ。

 

「ま、待てェ!」

「まだ何か用ですか? あんまりしつこいようなら、ヘイローの安全は保障しませんが――」

 

 不良のリーダーが恐怖を押し殺すように叫ぶ。

 

 このまま負けたまんまで引き下がるわけにはいかなかった。こんな化け物を相手にするなら、もっと別の手段を取るべきだった。

 

 ――そうだ、別の手段だ。

 

 ブラックマーケットに逃げ込んで来た奴らから、小鳥遊ホシノの弱点について聞いた覚えがある。数か月前、小鳥遊ホシノに唯一、怒り狂って半死半生の状態にまで追い込まれた不良が居た。

 

 普段なら適当にボコして放置するだけの小鳥遊ホシノが、何をされてそこまで怒り狂ったのか。

 

 いつも小鳥遊ホシノと馬鹿なアビドスの生徒会長と一緒に居た生徒。名前を確か――

 

「泡盛ウツロ、つったかぁ? へへ、へへへ」

 

 そいつは気絶して全身ボコボコに腫れ上がったまま砂漠で放置されてたらしい。何でも銃弾数発で気絶したとか聞いたが、いくら何でも弱すぎるから盛ってるだろう。だが弱っちいことは間違いない。

 

 その女が大事なんだろ?

 

 脅かすだけで実際やるつもりはないが、これで小鳥遊ホシノもアタシらに強く出れなくなる。コイツにアタシらの繋がりは予測できないからな。

 

「てめぇの大切なもんを壊されたくなかったら、二度とアタシらに――――ひっ」

 

 

 風が停まった。音が消えた。世界が色を喪った。

 

 

 ――違う。

 

 

 風が畏れた。音が逃げた。世界が悲鳴を上げていた。

 

 

 そう、不良たちは感じた。

 

 

 ゆっくりとホシノが振り返る。その瞳に映っていたのは敵意でも、ましてや戦意でもなかった。

 

 腹の底から冷え込んで、足元がおぼつかなくなる冷たい感覚。

 

 

 底が抜けたドス黒い殺意。

 

 

 小鳥遊ホシノの意識の焦点が自身のヘイローに向かっている。向けられている。

 

 死ぬ、殺される。

 

 何の抵抗もできずに、プチっと。きっと、羽虫のように――――

 

「――ごめっ、ごめん、悪かった、アタシらが全部悪かったぁぁぁ!!! だか、だから。ごめん、ごめんっ……!」

 

 もつれ込むように、土下座して。

 

「だっ……だからぁ、たすけてください……おねがいします……」

 

 喉から漏れたのは情けない声だった。

 

 ホシノはその前で立ち止まる。

 

「……二度と」

 

 静かな声。

 

「その言葉を口にしないでください」

 

 それだけ言って。

 

 踵を返した。

 

 去っていく背中を、不良は最後まで動けずに見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 







ホシノちゃんのえげつない俊敏性は中学生ノノミとの会話からです。ネルも素手でいけるんだから、ホシノも多分行けるとおもいます。

不良の情報で出ましたが、ウツロちゃんは誇張抜きに銃弾数発で気絶します。昔は十数発くらいなら耐えられました。根本よわっちいのです。


薬なんか飲んでも大して意味ないのに、薬を飲ませることに固執して。
対症療法に縋ってるのは可愛いですね。

あといちゃいちゃしろ、はやく。

ちなみにハピエン厨のみんなに先に言っておくと、選択肢をミスらなければ杞憂民です。安心してね。
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