次の日の放課後、私はお姉ちゃんの周辺を探るべく東郷先輩の家を訪ねることにした。幸いにしてお姉ちゃんは私のクラスの担任の先生に呼び出されており、私の行動が知られることもなく、また怪しまれることは無かった。それにしても、何故呼びだされたんだろう。
そんなことはさておき、東郷先輩への事情聴取だ。私は家に帰るとパソコンのメールボックスを確認して(お気に入りのサイトからメールが来てることが多々あるのだ)、制服を着替えることなくそのまま自転車乗って東郷邸へと赴いた。
東郷先輩の家は豪邸というほど立派な作りではないにせよ荘厳な雰囲気のある佇まいだった。ドアチャイムを鳴らすと上品な音がした。しばらくしてドアが開き、太っちょのオジサン(氷の上を自在に滑りながら特製のスティックで敵をぶった切り血の滴る寿司を作る天才料理人)が出てきた。
「何か御用ですか」
『いい天気なので、東郷美森先輩に会いに来た』
書いて見せると、オジサンはヌフフと笑って家の中に消えていき、代わってサングラスをかけた危ない雰囲気のオジサンが出てきた。
「東郷美森に興味があるそうだな」
『先輩のお父さんですか?』
「いや、忠実な使用人だ」
忠実な使用人のオジサンが言うには、東郷先輩は大赦に用事があるらしく家にいないらしい。なんと、間が悪いんだ……。
私はオジサンにひとつ礼をすると踵を返して東郷邸を後にした。
(困った……)
東郷邸と並んで立つ家に目をやる。
東郷先輩の家の隣には友奈さんの家がある。東郷先輩がだめだとすると、友奈さんに訊くしかない。
(友奈さんかぁ)
明るくて、能天気な友奈さん。情報を聞き出すなら、友奈さんに訊いたほうがよさそうな感じがする。
でも、私は知っている。こういう時の友奈さんは口が堅い。
うーん。
少なくとも友奈さんと東郷先輩はお姉ちゃんに何かしらの秘密を話したはずだ。そして、お姉ちゃんがそのことを私に話さないということは、三人のうち誰かが口止めしているからだ。そしてその『誰か』というのはお姉ちゃんだろう。
(大佐は知っているかな)
戦いの後、友奈さん、東郷先輩と共に大佐も姿を消していた。もしかしたら彼も秘密を知っているのかもしれない……。もっとも、大佐の家がどこにあるのかは知らないのだけど。
私は友奈さんの家の前に自転車を移動させると、意を決してドアチャイムを鳴らした。ドンパーチと上品な音が響く。「はーい」という返事の後、男の人が玄関の引き戸を開けて現れた。大佐に負けず劣らずな偉丈夫だ。
「はい」
『友奈さんはおられますか』
紙に書いた文句を見せる。男の人は家の奥に向かって呼びかけた。
「おーい、友達が来たぜー!」
「はーい!」
トタトタと軽やかな足音が近づいてきて、男の人の影からひょっこり友奈さんが現れた。
「あれ、樹ちゃん。どうしたの?」
『実は、訊きたいことがありまして』
「そっか。まぁ、上がって上がってー」
「なんだ? 二人でしっぽりか? このスケベ野郎」
「もーお父さんったら百合厨なんだ」
偉丈夫は友奈さんのお父さんだったようだ。
私はお邪魔しますとジェスチャーして友奈さんの後ろについて行く。部屋に入ると、彼女は飲み物とお菓子を取りに行った。
友奈さんの部屋は歳相応といった感じで別段変わったことは無い。カーペットの上に据えられた小さなテーブルの上にはスマートフォンが置かれていた。もしかして、あの中にはお姉ちゃんとのやり取りなんかが入っていたりするのだろうか。
「おまたせー」
そうこうしてる内に友奈さんがジュースとポテトチップスを持って来た。コップはしっかり二人分。これだから、友奈さんは抜け目ないんだ。
「こんなのしかなくてね。ごめんね」
そう言いながらポテチの袋を開けて、ひょいと一つを口に放り込む。
「で、訊きたいことって?」
友奈さんが私の前に座る。
私はスケッチブックに訊きたいことを率直に書いた。ここは下手に前置きを書くより、はっきりと突き付けてしまった方が良い。
『お姉ちゃんや東郷先輩との間で、何か隠し事してませんか?』
「え?」
友奈さんがコップにジュースを注ぎながらキョトンとした顔を見せる。そしてすぐに笑顔にもどって、「樹ちゃんったら、どうしたの?」と少しおどけて見せた。いつも通りの友奈さん通り。
『実は、昨日友奈さんと東郷先輩に呼び出された後からお姉ちゃん元気がないんです』
「風先輩が?」
『お姉ちゃんは何も話してくれないし、もしかしたら、友奈さんは何か知ってると思って』
「う~ん」
首を捻りながら、パクリとポテチを頬張る。私はそれを見ながらジュースを一口含んだ。
「ごめん、分かんないや……あの時も、話した内容は文化祭の事だったし」
何で私に秘密なんですか……と訊き返そうとしたけど、やめた。返答は分かってる。「樹ちゃんは声が出ないし、そうなると疎外感があると思うから」……。
でも、私はもうそんなに弱くないし、声が出ないのだって、いつか治るのだからそんなに気を使ってもらう必要はない。
『ホントに何も知らないんですか?』
「うん、ごめんね」
いかにも申し訳なさそうに言う友奈さん。思わず本当に知らないのかな、と思ってしまいそうになる。しかし、状況的に考えて絶対に友奈さんは知っているはずなんだ。
窓の外はいつの間にか夕焼け模様となっていた。お姉ちゃんも先生から解放されて家に帰ってきている頃だろう。
「ごめんね、力になれなくて」
友奈さんはまたそう言って手を合わせた。
『いえ』
「送ってくよ」
私達はよいしょと立ち上がった。
やはり、友奈さんの口は固かった。結局秘密は聞けないままだった。
ちょうどそんな時、テーブルの上に置かれた友奈さんスマートフォンが暴れ出して、着信を知らせた。
「あれ、夏凜ちゃんからだ」
着信画面を確認してから電話に出た。
「もしもしー。どうしたの?」
電話の内容は聞きとれないけど、こぼれる夏凜さんの声はえらく切羽詰まった感じだ。それを聞いている友奈さんの顔も驚きと緊張の入り混じったものになっていった。
「えっ!? ……う、うん、分かった!」
電話を切る。
『何かあったんですか?』
「うん、ふ、風先輩が……」
友奈さんはスマホを慌ただしくポケットにしまいこんだ。
『お姉ちゃんが?』
「国道をブルドーザーで暴走してるって……!」
※
「大赦ぶっ潰してやあぁぁぁある!」
「やめなさい風!」
夕闇に沈もうとする国道は不思議と交通量が少なかった。そんな静かな街並みを、ドーザーブレードを振り上げながら風の駆るブルドーザーが走り抜ける。
「何考えてんのよアンタは!」
夏凜は運転席から落ちないようにしがみ付いている。
「大赦をぶっ潰してやるのよ! アイツら、私達を騙してたんだ!」
「何を騙されてたのは分からないけどとにかく降りなさいよ! 泣きじゃくりながらブルドーザーで暴走とか変な人みたいでシュールよ!」
風は夏凜を振り落とそうとブルドーザーを蛇行運転させる。その最中、ドーザーブレードが国道沿いのうどん屋の一部を破壊した。
「このマヌケ! 今のは四国名物のうどん屋よ!」
夏凜は運転席に無理やり身体を入れて、諭すように言う。
「どうしたのよ風らしくもない! そりゃ今の時期嫌なことだってあるわよ。でも
「受け止めれるわけないでしょ! 私達の障害……樹の声は治らないのよ!」
「はぁ!?」
「大赦は私達にこのことを隠してきたんだ! 満開は、代償に身体の一部を神樹様に捧げることだって、捧げたものはもう帰ってこないって……」
「嘘だわ!」
「嘘じゃない!」
風はアクセルを踏みこむ。夏凜は「ブルドーザーってこんな速度でたっけ」などと思いながらしがみ付いていた。ブルドーザーは国道を抜け、大赦へ向かう海岸線に入った。
「大赦はこのことを隠して私達を縛り付けていたのよ! 世界を救う代償が、こんなのなんて……!」
「だからって、ブルドーザーで暴走はどうなのよ……あっ! あんたこれで大赦に突っ込むつもりね!?」
「その通り!」
大赦の施設の警備システムは非常に厳重だ。しかし、
「コイツで神樹を掘り出して、材木屋に売り払ってやるのよ!」
「落ち着きなさい!」
ついに夏凜は風に飛び掛かった。二人はそのままブルドーザーの外に転げ出して、ブルドーザー自体は近くの臨海公園の並木に激突して動きを止めた。
態勢を整えながら、二人は武器を構える。
※
「夏凜ちゃんの話だと、風先輩は臨海公園の辺りにいるよ!」
自転車の後ろに乗る友奈さんが風の音に負けない声で私に言った。
国道沿いの臨海公園と言えばここから結構な距離がある。私の自転車の行動範囲としてはそこそこ遠い。
こういう時は友奈さんにハンドルを握らせて私が後ろに乗った方が良いのかもしれない。でも、この自転車は私用に調整されているし、私自身、ここしばらくの間でずいぶん体力がついた。変に筋肉をつけると背が伸びなくなるというからちょっと心配。
私がペダルをこぐ最中、さすがにこうなっては隠していても仕方がないと判断したのか、友奈さんは昨日知ったことを話してくれた。
なるほど、お姉ちゃんが私達に秘密にしたわけだ。それが納得できるほどに、真実は残酷だった。
「風先輩は樹ちゃんのことを思って秘密にしようと思ったんだ。樹ちゃんの希望を、奪いたくなかったから」
「…………」
やっぱり、お姉ちゃんは優しい。私やみんなのことを考えてくれて、大切にしてくれる。それは、とてもうれしいことだ。
声が戻らない……それが真実でも、お姉ちゃんと一緒なら前向きに生きていける。絶望なんてしない。
それをお姉ちゃんに伝えて、安心させてあげなくちゃ。
私はそんな決意と共に顔を上げて、右手に広がる輝く海を見据えようとした。
「…………」
「やあ」
でも、海と私の間には大佐の濃ゆい顔があった。
「あっ、メイトリックス大佐」
「風が大変だと聞いたからな。俺も行かせてもらう」
いつの間にやら、大佐が私達の自転車と並走するように走っていた。アスファルトを蹴るたびに躍動する隆々たる筋肉が夕日に輝いている。何てことだ、シリアスに感動的な場面が台無しだ。
「それにしても、二人は自転車で臨海公園に行くつもりなのか」
「はい」
友奈さんが私に変わって頷く」
「フム。しかし、自転車では些か遅いだろう」
そう言うや大佐は走りながら突如私達に腕を伸ばし、そのまま掴んで自転車から引きはがすと両脇に抱えこんでしまった。私の自転車は主を失った挙句近くの電柱にぶつかって壊れた。
「なな何するんですか!?」
「おっと友奈、あまり暴れるなよ。そっちは利き腕じゃないんだぜ」
大佐は私達を両脇に抱えたまま走る速度を上げた。そして、
「行くぞ! ターボタイム!」
ジェットの轟きと共に飛び上がった。地表がみるみる離れていく。私の声が出たなら、思わず悲鳴を上げていただろう。友奈さんは悲鳴の一つも上げなかった。でもこれは恐怖のあまりとかそう言うのじゃなくて、単なる慣れだと思われる。
「待ってろよ風!」
大佐と私達は夕焼けに染まる空を飛行した。そこから見える景色は、ため息が出るほど美しかった。
しばらくせずと臨海公園の上空まで到達した。下には、なるほど、お姉ちゃんと夏凜さんの姿が見えて、互いの武器を交わらせているようだ。
「本当の事を知っていれば、みんなを
「風!」
夏凜さんはお姉ちゃんの覇気に押され気味なようだった。
「お友達みたいだね。ボディーランゲージで愛情を示してる」
『そうでしょうか』
「友奈、取りえずお前をここで降下させるから、あの二人の間に入るんだ」
「えっ、ここで?」
現在、私達は高度百数十メートル地点を飛行している。こんなことをしようものなら地面に叩きつけられてめちゃくちゃだ。しかし大佐はYESと答える。
「
「え」
「オリルンダ」
言うや大佐は友奈さんを放してやった。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
友奈さんの悲鳴が海岸線に響き渡る。でも、問題ないはずだ。
事実、友奈さんはギリギリのところで変身して、着地と同時にお姉ちゃんの夏凜さんへの斬撃を受けとめた。
「樹、お前も放すぞ」
私はコクンと頷く。
「姉を説得できるのは妹だけだ」
大佐の腕が緩められて、私は大空に身を投げ出された。放されると、地面がすさまじい勢いで迫って来る。
「……樹!?」
お姉ちゃんが私に気付いて驚愕の表情を浮かべる。私は構わず変身して、そのままお姉ちゃんへ腕を広げた。
『お姉ちゃん!』
声が出ないのは分かっているけど、私の口はそんな風に動いた。
お姉ちゃんは大剣を放り出すと落下地点に駆け寄って、私を受け止めてくれた。
「!」
私は広げていた腕でそのままお姉ちゃんに抱き付いた。
「樹……」
んで、そのままぎゅーっと絞めつけた。
「アッ、アァッー!?」
「樹ちゃん何してんの」
私はお姉ちゃんを解放すると、懐からメモ帳を取り出して、腰を押えてオウオウ唸っているお姉ちゃんに伝えたいことを記した。
「い、樹、何を……ウン?」
そして、そっと差し出した。
『私は昔と違ってこんなに強くなったんだから、何も心配しなくてもいいんだよ』
「いや……そういうことじゃなくね……」
『そういうことだよ。夢なんて、いくらでも変えられるもん』
私が勇者部に入ってよかったことは、みんなが私に勇気を与えてくれたことだった。いつもお姉ちゃんの後ろに隠れていた私だけど、今はそれだけじゃない。お姉ちゃんと並んで立って、自分で自分の道を切り開いて行く勇気があるんだから。
『それに、勇者の仕事は誰かがやらなきゃいけないことだし、例え満開の事を全て知っていても、私はお姉ちゃんと一緒に戦っていたよ』
「樹……」
「樹ちゃんの言う通りですよ。私たちは知っていても戦っていました。だって、それが世界を救う方法だから。私たちは、勇者部だから!」
「友奈……」
「その通りだ」
そう言いながら大佐がシュゴオォォと降下してきた。
「樹は風が思うほどもう弱くない。現に、樹はお前を心配して走り回ったり、ここにも友奈を後ろに乗せて自転車で来ようとしていたんだ」
「ジョン……」
姉ちゃんは柄にもなく諭すようなことを言った様子な大佐に少し驚きながら、険しかった顔をほぐした。そして、それと同時に涙がとめどなく溢れてきて、私にしがみ付きながら崩れ落ちてしまった。
私はお姉ちゃんに慰めの言葉をかける代わりに頭を抱きかかえるように撫でた。いつもお姉ちゃんが私を慰める時にしてくれたことだ。あの時のお姉ちゃんは笑顔だった。
でも、人を慰める時に笑顔でいるというのは、なんと難しいことか。
※
犬吠埼風の暴走劇が開幕する少し前、美森は先代の勇者である乃木園子の元を訪れていた。
「わっしー……じゃなかった」
「いいえ、わっしーで構わないわ」
美森の言葉に園子は少し驚いて、すぐに表情を穏やかな笑顔に戻した。
「真実を知るというのは、とっても残酷なことだし、知らない方がいいということもある」
「分かってるわ」
「それでも、わっしーは知りたいんだね」
「ええ。この世界の真実を……」
園子はゆっくりと瞳を閉じた。そして、数秒の思考の後、再び開いた。
「この世界の真実は、実際に見てもらった方が早いんだけどね~。まぁ、そのことは一旦置いといて」
「……?」
「わっしーの部活仲間に、筋肉モリモリマッチョマンの変態がいるでしょ~?」
「ええ。メイトリックス大佐……良く知ってるわね」
美森が首を傾げる。園子はうんうんと満足そうに頷いた。
「一緒にいて、変だと思ったことは無い?」
「まぁ、無いと言えば嘘になるわ。中三にしては妙に大人びてるし」
「大人びてるってレベルじゃないような気もするけど、まぁいいや」
園子は身体をよじらせると大橋に目をやった。途中でひしゃげて、先が天に向かって聳える、不思議な橋だ。美森は、彼女が理由は分からないでも、その橋に特別な思いを抱いていることを感じ取っていた。
「……乃木さん?」
「ジョン・メイトリックス大佐……。あの人は——」
園子は再び瞳を閉じる。
「私達の夢なんだ」
アニメのこのシーンは大好きです。風を抱きしめる樹が唇をかみしめているのが印象的でしたね。あの時樹はどこに行ってたんだろう。
あと、ここで出てきた重機(ブルドーザー)ですけど、覚えておいてください。