☆前回までのあらすじ☆
かつて精鋭部隊コマンドー(不死身のトリオ)の隊員として名を馳せた鷲尾須美は、名前を東郷美森と変えて親友の結城友奈と二人でしっぽり静かな生活を送っていた。そんなある日、彼女の前にかつての上司である乃木園子が現れ、部活の先輩ジョン・メイトリックスの正体と、ついでにこの世の真の姿を聞かされる。真実を知らされた彼女は「もう死ぬしかないじゃない!」と
「この世界と東郷さんは、私が守る!」
と豪語している友奈さんだけれども、一体どうするつもりなのだろうか。守るべき世界を滅ぼそうとしているのは、これまた守るべき存在の東郷先輩なのに。
そのことを大佐が訊くと、
「あそこに行って、バーテックスを倒します。そうすれば、東郷さんも冷静になって話を訊いてくれます」
「ソ連式の方が能率的じゃないか?」
『ソ連式』というのは、人権とか倫理とかをひとまず無視して相手を実力でねじ伏せる方式の事である。なるほど、気は退けるけど今の東郷先輩はまともじゃないし、大佐の言う通り、能率的かもしれない。
でも、
「そんな事しても、東郷さんには意味ないですよ! それに、私は東郷さんを殴りに来たんじゃないです」
「なるほど」
大佐は素直に納得した。友奈さんが、バーテックスを見据えたまま拳を握り、私に指示を出す。
「樹ちゃんは風先輩をお願い! 大佐は援護を!」
「OK!」
友奈さんが跳躍すると同時、大佐は使い捨てのロケットランチャーを肩に担いだ。本当今更だけど、どこから取り出してるんだろうアレ。
「行くぞ! 満開!」
バーテックスに迫りながら友奈さんは躊躇なく満開する。身体の両サイドに巨大な腕が生えて、なんとも強そう。バーテックスは友奈さんを撃ち落すべく無数の星屑を発進させた。無論、それらは大佐の放ったロケットに撃墜されていく。明らかに弾数が多いけど、弾切れとかそんなみみっちいこともう気にしない。
お蔭で、友奈さんは割と素早くバーテックスの懐に飛び込んだ。
「スーパー勇者パァーンチッ!」
大きな腕が唸って、バーテックスの巨体を砕く。満開時の渾身の一撃ともなればその威力は尋常じゃない。敵はたまらず御魂を吐き出した。
「御魂っ! 封印を……」
「ダメよ友奈ちゃん!」
ここで、東郷先輩の砲が唸った。砲撃が御魂と友奈さんとの間に割って入り、封印を阻止する。
「東郷さん! やめようよこういうことはさ……何も知らないで暮らしてる人もいるんだよ!?」
友奈さんは東郷先輩の説得に入った。
「私達があきらめちゃダメなんだよ! だって、私達は——」
「勇者だから、でしょ……?」
「!」
東郷先輩は相変わらず泣いていた。目元と頬を赤くして……ああ、頬が赤いのは大佐のパンチが原因だった。とにかく、友奈さんの登場に少なからず動揺してるし、心が揺れ動きもしてる。
「他の人なんて関係ないの……友奈ちゃん、戦いは終わらないの……こんな生き地獄、終わらせるべきなのよ」
「寝言言ってんじゃないよ! 東郷さんが……勇者部のみんながいれば、どんなに苦しいことも、乗り越えられるよ! 大丈夫だよ!」
「大切な気持ちや思い出も、みんなみんな忘れてしまうのよ!? 大丈夫なわけないよ!」
東郷砲が唸る。友奈さんは紙一重のところで避けていたけど、最後の一発に当たって、地面に叩きつけられた。「……くっ……」
満開してるとは言え、痛みというのは常人と変わらない。もう声を出すだけで身体が痛むはずだ。それでも、友奈さんは声を張り続ける。
「忘れないよ! 絶対に!」
「嘘よ!」
「嘘じゃない!」
「どうしてそんなこと言えるの!?」
「忘れないって、強く思ってるから! 滅茶苦茶強く思ってるから!」
叫びながら立ち上がる。
「ていうかさぁ!」
「!?」
「こんな濃い思い出、忘れたくても忘れられないって絶対!」
「……一理あるわね……」
東郷先輩が呟く。
私とお姉ちゃんは傍にいる大佐に目をやった。「何だよ」とでも言いたげな顔で見返してくる。
「でも、それはあくまであそこいる筋肉モリモリマッチョマンの変態の思い出でしかないじゃない!」
「十分だよ! それに、それを忘れないなら、私達のことだって忘れない!」
「そんなの……! あの人が、大切な人だったということも、思い出せないのに!」
「いったい何があったのか知らないけど! 大佐を見て大切な人を思い出すとか、ちょっとした特殊能力だから!」
一理ある。
仮に思い出せたとしても、過去の東郷先輩の交友関係が気になりすぎるところだ。
友奈さんの説得に、東郷先輩は明らかに心を動かされていた。それでも、『一度決めたらどこまでも』な先輩がそうそう簡単に納得するはずもない。
「でも……でも!」
「でもでもでもでも! それしか言えないのかこの大根野郎!」
友奈さんは飛び上がった。動揺する東郷先輩の隙をついて、一気に距離を詰める。
そのまま満開の腕が、東郷先輩の砲を捕えて動きを封じ込めた。
「!?」
友奈さんは満開の腕から離れると(着脱可能だったのか)固く固く拳を握りしめた。
「歯ァ食い縛れェェェ!」
「友奈ちゃん!ぶっ!」
格闘技で鍛えている友奈さん渾身の右ストレートが、東郷先輩の頬を的確に捉えた。「私は東郷さんを殴りに来たんじゃないです」と言ったな、あれは嘘だ。
ちなみに殴られた頬は先ほど大佐に殴られたのと同じ場所。痛そう。
殴り飛ばされた東郷先輩を、友奈さんは強く抱きしめた。
「忘れないよ」
「嘘……」
「絶対忘れないよ」
「嘘よ……」
「忘れないといってるだろうが!」
「はい」
友奈さんはより強く東郷先輩を抱きしめる。半ば強引な感じだけど、そこそこ感動的な場面だ。東郷先輩の号泣が、樹海に響き渡る。
「ま、東郷も戻って来たし、良かった良かった」
痛みをこらえるように身体を起こしながらお姉ちゃんが言う。私も頷いてそれに同意した。
でも、まだ戦いは終わっていない。
「
大佐が今度はEM銃を構えながら訊いてきた。見やると、件の超巨大バーテックスが、自らの身体を巨大な火の玉へと変貌させていた。その姿は、まるで小さな太陽がそのまま現れたようで、暑苦しいなんてものじゃなかった。たぶん、自らの身体を使って神樹様を破壊する腹なんだろう。
「オオッ、ホントにでけえな! オオッ、ホントにでけえな!」
「友奈ちゃんったら何で二回も言うのよ……そんなことより、私のせいで、なんてことに……」
「うん、全部東郷さんのせいだよ。だから今度、飛び切り美味しいぼた餅を作ってね!」
東郷先輩の謝罪を打ち切らせると、二人はバーテックスに突撃した。バーテックスを押し返すつもりらしい。でも、いくら満開しているとはいえ、あのバーテックスを止められるとは到底思えない。何しろあのバーテックスは馬力が違いすぎる。
そんな二人を見て、お姉ちゃんが立ち上がりながら私に語りかけた。
「……後輩ばかりに良いカッコさせて、網の外にはなりたくないわね」
蚊帳の外だよお姉ちゃん……。
それはさておき、私も同様に満開する気満々でいた。この世界がダメになるかならないかなんだから、やってみる価値はある。
「しかし、無計画ではいけないだろう」
「じゃあジョン、アンタに何か案があるの?」
大佐にお姉ちゃんが意見をぶつけた。すると、大佐は全く不敵な笑みを浮かべて、
「俺に良い考えがある」
※
私たち二人は大佐から作戦を伝えられるとすぐさま満開して、バーテックス阻止に加勢した。この時丁度友奈さんは疲れから一度散華していた。でも、気合ですぐに回復して、再び満開していた。後遺症とかそういうのは、もう恐れではなくなっていた。
「風先輩!? 樹ちゃん!?」
「東郷! ぼた餅の件、約束よ!」
満開した
「くっ、強い……」
友奈さんが唸る。と、そこへ、
「そこかぁあああああ!」
勇ましい叫び声と共に満開した夏凜さんが刀を交叉させてバーテックスに切りかかった。これは頼もしい援軍だ。今までこれほど夏凜さんが凛々しく映ったこともあるまい。
「夏凜! 大丈夫なの!? ……夏凜!?」
お姉ちゃんが呼びかけるも、夏凜さんは反応しない。どうやら、目と耳をやられているようだった。お姉ちゃんは一旦バーテックスから離れると夏凜さんの傍に寄った。
「!? 誰!? ふ、風なの!?」
「そうよ!」
お姉ちゃんは夏凜さんの背中を叩いて返事すると、「勇者部各員へ!」と声を張り上げた。
「今からジョンの考えた作戦を伝達するから、よーく聞くように!」
「……!? はい!」
作戦は単純かつ筋肉質なものだった。
まず、全員でバーテックスの真ん中へ集中攻撃をかける。
「一点集中よ! 撃って斬って殴りまくれ!」
言われるままに私達は一点への集中攻撃を始めた。
「化け物めえええええぃ! チキショォオオオ!」
中でも東郷先輩悲しみの砲撃は効果てきめんだった。火の玉はゴリゴリ削られ、まるでクレーターか何かのような穴が開き始める。
次に、友奈さんの力でクレーターを起点に掘削していく。
「友奈、頼んだわよ!」
「穴掘りなら任せてください!」
友奈さんの装備する両腕が、火を払いながらみるみるバーテックスの体内を掘り進んでいく。その姿は圧巻そのもので、人類の力を見た気がした。
さて、ここで賢明な
そう、宇宙にまで達する大きさの御霊に引導を渡した、大佐の究極奥義!
「見えた! 御魂!」
「よーし全員退散!」
お姉ちゃんの号令で
バーテックスの進路上、そこには鉄パイプを構えたマッチョの姿がある。
「地獄に落ちろバーテックス!」
はち切れんばかりの筋肉を躍動させて、大佐は鮮やかなフォームで鉄パイプを投擲した。投げられたパイプは裕に音速を越えて、樹海の根を千切れ飛ばす勢いのソニックウェーブを発生させながら、バーテックスに空けられた穴にスポッと進入。そのまま後ろに突き抜けて、遠く『壁』に突き刺さった。
——一瞬の静寂が樹海を包む。
そして、静寂を引き裂くような断末魔が世界に響き渡り、閃光が、樹海全体を覆い尽くすように広がった。
「何!? うっ!」
爆発のような閃光は、私達の意思をいとも簡単にはぎとって行く。
※
あの戦いは夢物語ではなかった。
それは、ニュースが伝える山火事の被害と、見えなくなった右目が証明してくれている。
外を見れば、何の変哲もない日常が広がっていた。この先変わることのない不変な日常。私達が守り抜いたのはそれだった。
でも、この日常は、私達の払った犠牲に見合うほどに尊いものなのか。
戦いの後、勇者部の部室には誰一人として来ることは無かった。あんなに賑やかだった部室には、今はシーンと寂し気な音が響くだけ。
私の周りはこんなに変わったのに、世界は、永久に不変であるかのようにサイクルを繰り返している。
時折ふと考えることがある。東郷先輩は言う通り、こんな世界は滅ぼしてしまった方が良かったんじゃないかと。大切なものを失ってまで守るべきものは無かったんじゃないかと。
でも、その度に思い出すのは部のみんなの顔で、何の他愛もない無価値なこの日常が、私にはエメラルドより貴重なものであったという事実を脳裏に蘇らせてくれる。
「はい、肉うどんお待ち」
ウェイトレスのおばちゃんに私は頭を下げてお礼した。相変わらずかめやのうどんは美味しくて、学校帰り、何かに付けては訪れている。
「それにしても、最近は一人だねぇ。何かあったのかい?」
『ちょっとみんな手が離せないんです』
私はスケッチブックにそう書いておばさんに見せた。
「そうかい。でも、根の詰めすぎは良くないからね。美味しいうどん、用意しとくよ」
おばさんはそう言うと他のお客さんに呼ばれて駆けていった。
私はお代を払うと店を出て、そのまま真っ直ぐ病院へと向かった。そこは大赦系列の病院で、四人の
正門を通り、エレベーターを使って特別病棟へ向かう。
特別病棟は豪奢な作りの病棟だった。でも、それはホテルや旅館で言う豪華さではなく、神社のような祈祷施設を彷彿とさせる、非人間的な荘厳さを持った造りだった。
病室に入ると、まず入って右手前のベッドに横たわる東郷先輩が私を出迎えてくれる。
「あっ、樹ちゃんいらっしゃい」
すると、今度は向かいに横たわるお姉ちゃんが声を上げる。
「おお、妹よよく来てくれたわねー。ほら、夏凜、樹が来てくれたわよ」
お姉ちゃんが隣で横になる夏凜さんの身体を手探りで叩き、私の来訪を知らせる。
「ん……何……? あぁ、樹が来てくれたのね」
その光景は、いつ見ても痛々しかった。
まず、夏凜さんは度重なる満開で聴力に視力、両足の機能に右腕の機能を失った。動くのは左腕だけで、そこだけを頼りにコミュニケーションを取っている。
「訓練してたからね。何てことないわ!」
とは言っていたものの、明らかに元気がなかった。それに、突然泣き出してしまうこともあるらしい。
お姉ちゃんは両目の機能を失った。今は盲人リハビリの真っ最中で、私が来るたびに盲導犬どうしよっか―と楽し気に話している。でも、同時に、
「もう樹やみんなの顔は見れないのか……」
とも言っていた。
東郷先輩は今までの物に加えて両腕の機能を奪われた。これでは車いすを転がすこともできない。
そして、いつも東郷先輩の車いすを押していた友奈さんは、『魂そのもの』を、持っていかれた。
東郷先輩の隣で横たわる友奈さんの瞳はどこもみておらず、いつも笑顔を象っていた口元は真一文字に閉じられたまま開かない、植物人間となっている。
私の日課は、毎日この病室を訪れ、学校であったことや様々なことをみんなに教えてあげるということだ。スケッチブックを東郷先輩に見せて、それを読み上げてもらいお姉ちゃんにも伝える。夏凛さんは、そっと手を握って声にならない思いを伝える。友奈さんにも、同様に。
「ごめんね樹ちゃん、迷惑かけて」
東郷先輩が言った。
『気にしないでください』
「いやー、甲斐甲斐しい妹を持ってお姉ちゃん、幸せだわー!」
お姉ちゃんが笑いながら言う。
もし、私の声が出たならば、病室の窓を開けて、世界中の人に叫び伝えたやりたい。
ここにいる四人の女の子たちは、皆さんの明日を守るためにこうなりました! どうか憐れんで、感謝して、そして、忘れないでいてあげてください! と。
そうこうしている内に日は暮れて、帰らなければならない時間となる。
私は東郷先輩に挨拶をして、お姉ちゃん、夏凜さん、友奈さんの手を握って行く。その度に、お姉ちゃんと夏凜さんは「あっ」と消え入りそうな声を上げて、何かを言おうとする。でも結局、「気を付けて帰りなさいよ」とだけ言う。
私達が取り戻した日常は、これからこうやって永遠に続いて行くのだろうか——。
私はそんな思いを胸に抱き、名残惜しみながら今日も病室を後にする。
~完~
『完』と言ったな、あれは嘘だ。
しんみりした気持ちのまま病室を出ると、そこには制服姿の巨大な筋肉がいた。
「いい天気なので、シリアスムードを殺しに来た」
『どうしたんですか。上腕筋をいからせて』
「このまま終わらせるのは、俺のスタイルじゃない」
大佐は私についてくるように言った。言われるままについて行き、そのまま病院の外に出る。正面玄関のロータリーには大佐の愛車である『第四のエコカー』こと位置エネルギー車が停めてあった。この病院は坂の上にある筈なのだけれども、相変わらずどういう原理で登ってきたのか予想もつかない。
大佐は運転席に乗りこむと、助手席のドアを開けて、
「樹、早く乗れ」
『家まで送って行ってくれるんですか?』
「いいや、まだだ」
『じゃあどこへ?』
「『交渉』だ」
交渉……?
一体誰と、何の交渉をするというのだろう。これから夜になるという時に、私のようないたいけな制服姿の少女を連れだして。
私は様々な疑問を込めて訊いた。
『何が始まるんです?』
大佐は不敵に笑って答えた。
「第三次大戦だ」
公式のゲーム動画見てたら樹がビーム撃っててびっくり。なんやあの子そんな汎用性高い設定だったのか。使いやすそう。
ところで、次回はたぶん最終回だ。