ジョン・メイトリックスは元コマンドーである   作:乾操

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今回は時間を遡りーの。
鷲尾本読んでない人にはちょい不親切かも


7.5・鷲尾須美はコマンドーである

「撃たれたわね、血が出てるわよ」

「拭いてる暇もねぇよ」

「何はともあれ、追い返せたねぇ~」

 三人の少女が、橋の上で『壁』を見つめながら言い合った。三人は重大なお役目を受けた勇者(コマンドー)であり、たった今、そのお役目をとりあえず成し遂げたところなのだ。

 お役目……それは、人類の敵、『バーテックス』を神樹様に近づけないこと。もしもバーテックスが神樹様に接触したら、なんやかんやで人類が滅びる。

 彼女たちは幼いながらもそのお役目を見事果たすことが出来た。今回で追い返したのは二回目。それぞれ、良くもこんなとんでもない事をやってのけたものだと自分で驚いていた。

「凄いね~私達。不死身のトリオ!」

「おっ、園子中々のセンスじゃん」

「どうしてトリオなの? 三勇士にすればスッキリするのに」

「も~、わっしーったら古いんだ」

 三人は互いに顔を合わせて笑い合った。 

 この三人は元々それといった接点はない。性格もまるで違うし、趣味も違う。大赦から与えられたお役目こそが、彼女たちの共通点だった。

 そんな彼女たちは、共に戦う中で成長し、短いながらも友情を深め合うことが出来た。

 少女たちは名前をそれぞれ、鷲尾須美(わしお すみ)三ノ輪銀(みのわ ぎん)乃木園子(のぎ そのこ)といった。

 これは、三人の勇者(コマンドー)の、友情と、別れの物語。

 

 時間は、ちょっとだけ遡る。

 

 

 

「イネスのジェラートだぁ激ウマだでぇ!」

 銀が須美と園子に向かって楽しそうに言う。

 初めての戦いの後、この三人は今ショッピングモール『イネス』の一階にあるフードコートに初勝利を祝いに来ていた。

 祝勝会を提案したのは須美だった。彼女たち三人はバーテックスを追い返すお役目を持つ者同士という共通点しかない。本来は特別仲がいいわけではない、むしろ苦手意識すら持っているような仲だった。で、あるから、祝勝会なんかをやって、チームの結束力を高めようと思ったのだ。

 その提案に銀と園子……特に銀は大賛成した。イネスに行こうと言い出したのも銀である。

「あぁ~、美味しい。私クレープより美味しいお菓子があるなんて知らなかったよ~」

「私なんて、こんなところでこんな風に食べること自体初めてで……」

 園子と須美はそれぞれメロン味、宇治金時味のジェラートを食べている。

 須美なんかは厳格な家で育ったこともあって、フードコートのようなところに来たことすらなかったし、洋菓子のような類は生まれつき苦手だった。しかし、この宇治金時味のジェラートはそんな彼女のアイデンティティを崩壊させるに十分すぎる美味しさを秘めていた。  

「はふぅ、幸せ……メロン味大正解だよ~。クセになりそう」

「宇治金時味も素晴らしいわ」

「喜んでもらえて良かったよー。でもね、ここでアタシ一押しなのがこの醤油味」

 銀は手に持つ黒っぽい色のジェラートを指差していった。よっぽどお気に入りらしく、須美に一口食ってみろと強く薦める。

「どんな舌が肥えてる方でも大丈夫。ささどうぞ食べてみてください」

 須美は渋りながら(誰かの食べているものを分けてもらうというのは、彼女的に少々はしたないことだった)、一口含んで、舌の上で吟味してみる。

「余裕の味だ。素材が違いますよ」

「うーん……何というか……難しい味ね……」

 しかし、返事は銀の期待したものと違った。銀は首を傾げてあれれ~、という。

「ミノさんミノさん、私にも一口頂戴」

 園子も食べてみることにしたらしい。余談だが、彼女は須美の事を『わっしー』と呼び、銀のことを『ミノさん』と呼ぶ。

 銀はスプーンに一口ジェラートをすくって園子の口に運んでやった。

「んむ、んむ……はぁ~美味し~」

 園子はほっぺたを押えて顔を輝かせる。

「おっ、本当か、ええ?」

「いや、実を言うと真っ赤な嘘だ」

 園子は案外お茶目な女の子なのだ。

 とりあえず、醤油味のジェラートはあまりにも大人の味だったということだ。

 

 ジェラートを食べ終わった三人は銀の案内でイネスの展望台へと上がった。銀が言うにはお金をかけずに楽しむことが出来ることがあるらしい。

「わぁ……」

 屋上に上がった三人の目に飛び込んできたのは絶景だった。

 イネスは瀬戸内海に面するような形で建っており、屋上からは彼女たちが戦った場所である瀬戸大橋が見える。夕日に照らされた水面と大橋は美しく、思わず声が洩れた。

「糞溜めみたいなところだ」

「園子さ、さっきからアタシにケンカ売ってる?」

「冗談だよ~」

「綺麗なものね」

 三人には、自分たちが昨日あそこで死闘を繰り広げたということがにわかに信じられなかった。しかし、あれは夢ではない。間違いなく現実だったし、だからこそ、あの橋を壊されないようにしなければならない。

「あの橋を突破されたら、街に被害が出る」

 そのような現実的な問題もあるし、

「この町のシンボルだからね~」

という精神的な問題もある。

「いずれにせよ、ぶっ壊されないようすればいいんだよ!」

「そうね。そのためには、これからも訓練を重ねていかなきゃならないわ」

 須美が顔を引き締めて言う。園子も「そうだね~」と同意する。

「モチのロンよ。休日も訓練ってのは面倒だけど、神樹様がデストロイされたらおしまいだもんね。頑張らにゃあかん」

 三人は夕日を背景にこれからも鍛錬を怠らないよう誓い合った。

「特に銀なんて、学校みたいに遅刻しちゃダメよ?」

「分かってるよ! さすがに訓練に遅刻なんてしない!」

 

 

「遅刻しないと言ったな、あれは嘘だ」

「ふざけやがってぇ!」

 一週間後、銀は訓練に遅刻してきた。銀は三回に一回は遅刻してきている。さすがにこれは目的のためのやむを得ない遅刻ってレベルじゃないと須美はプンスカ怒っていた。

「銀には勇者(コマンドー)としての自覚が足りてないわ」

 須美は規律に厳しい。

「規律が全てよ。守らないものは……罰を受ける」

 罰というのは今のところ実行されてはいない。なんでも、蛇を生飲みするみたいなトンデモないものだという噂がある。

「何で遅刻したの?」

「いや、それがさ——」

 銀は頭を掻きながら説明しようとした。が、

「——いや、言い訳はしない」

「良い心がけね。でもだからと言って……」

 以降、須美の説教が続く。

 その後ろで、園子が気持ちよさげに眠っていた。

 

 

「遅刻の真相を探りましょう」

「お~」

 ある休日の朝、須美と園子は銀御自宅の前でコソコソしていた。ちょっと間違えれば立派な不審人物だが、まだ齢十二であるから、周りの大人たちには微笑ましく映る。

 須美としては、何故銀がこうも遅刻するのかを突き止めておきたかったのだ。もし何かのっぴきならない事情があるなら、同じ勇者(コマンドー)として、そして友人として、助けてあげるなりしなければならない。

「出発よ。五メートル間隔、音を立てないで」

「ねーわっしー」

「静かに!」

「何で私達ギリ―スーツ着こんでるの~?」

「身を潜めるためよ」

 神世紀の世ではギリ―スーツの小学生は微笑ましい存在として認識される。旧世紀では国家権力が召喚されてもおかしくないが、認識は数世紀の内に変わっている。

 二人はコソコソ動きながら銀の自宅の垣根に顔を突っ込んだ。

 銀の家である三ノ輪家は大赦内でも発言力の強い家系だ。しかし、家庭自体はそれほど裕福なわけでもなく、それが同じく大赦の有力家系である鷲尾家、乃木家との違いであった。

 銀の家は庭のついた品のいい日本家屋で、どことなく磯野さんの家を彷彿させた。

「ねーねー、わっしー」

 園子があることに気付き、中庭を指さす。

 そこでは、銀と小さな男の子が仲良さげに遊んでいた。銀には弟がいると聞いている。恐らく、その子だろう。

「あんな小さな弟がいたのね」

「あっ、今度は洗濯物干してる」

 銀は洗濯を終えると弟をあやしながら掃除を始めた。なんと、働き者なんだ……。

「私あんなのやったことないや」

 園子は少し尊敬の念を含ませて呟く。乃木家は大赦で最も発言力のある家で、財産も呆れるほどにあった。そのため家事などは家政婦や女中が全部やってしまう。園子にとって、家事手伝いをする同世代の子は新鮮だったのだ。須美は家事手伝いはするが、銀ほど本格的にはやらない。

「今度はお使いに行くみたいだよ~」

「後を付けましょう」

 須美と園子は足音を立てることなく銀の後をつけた。

 

 この後二人が見た光景は驚くべきものだった。

 

 彼女が近所のスーパーに到着するまでの五百メートルという短い距離で、様々なトラブルに見舞われたのだ。

 まず、彼女の目の前で男の子の乗った自転車が横転し、それを介抱してあげていた。

 次に、おばあさんが腰を痛めていたので荷物を持ってあげていた。

 更に、『真紅のジハード』を名乗るテログループが「これがなんだか分かるか?」と訊いてきたので「ソ連製のマーヴⅥだ」と答えてあげていた。

 

「これって、トラブル体質ってやつかなぁ?」

「遅刻する理由がわかったわね」

 須美は警察にテロリストがいることを通報しながら答える。

「あっ、ミノさん曲がり角曲がっちゃった」

「なんですって。追うわよ」

 二人は慌てて銀の曲がった曲がり角に向かった。しかし、ここで須美がハッと気づく。

「そのっち! 止まって!」

「え~?」

 園子は笑いながら曲がり角に躍り出た。その次の瞬間、物陰から突如として鉄パイプが振り下ろされ、園子の腕に直撃した。

「おおおおおおおお!?」

 突然の出来事と激痛に耐えきれず園子はのた打ち回った。

「あれ、園子?」

 鉄パイプを振り下ろしたのは銀だった。のたうち回る園子を見てポカンとしている。

「銀!」

「あれ、須美も」

 銀は少し驚いた後、鉄パイプで肩を叩きながら「もー」と頬を膨らませた。

「背後から迫ってくるから不審者だと思ったじゃん」

「ごめんなさい。でも、私たち銀の遅刻の理由を知りたくて……もし事情があるなら、手助けしたかったから」

「そういうことは口で言えよー……でも、ありがとな」

 銀は照れたように笑う。そんな彼女の足元では園子がようやく落ち着きを取り戻したところだった。須美がそんな園子に肩を貸そうとする。

「ほらそのっち起きて」

「あ、ありがとう」

 立ち上がった園子に銀は謝罪する。

「ご、ごめん園子、気付かなくて」

「も~ミノさんったら~」

 園子はずいっと銀に顔を寄せた。

「今度やってみろ。殺すぞ。おおん?」

(最近のそのっち、キツイや……)

 

 そんなこんなしていた時だった。

 

「……!?」

 三人の体をある違和感が貫いた。

 これは、バーテックスが襲来したとき特有のアレだ。周りを見ると、落ちる葉っぱが空中で静止していた。

「来たわね」

 須美が呟く。樹海化が進み、街を木の根が覆い尽くしていく。

 

 三人は勇者(コマンドー)に変身すると大橋までピョンピョン飛んでいった。

「スピードが命だ一時間で済ませよう」

「一時間もあれば余裕っしょ!」

「大橋が見えてきたよ~」

 神樹の樹海化は全四国を覆い尽くすものだ。しかし、大橋だけがその影響圏外にある。そこだけ神樹の力が弱いのだ。バーテックスはそこから侵入してくる。三人にとっての主戦場が大橋なのはそれが理由で、大橋以降の樹海で戦い、樹海に傷をつけでもしたら現実世界に影響が出る。

 大橋の向こうには、天秤みたいな奇天烈デザインのバーテックスが見える。

「なんだいありゃ」

「なんと……面白い見た目なんだ……」

 園子と銀が慄く……いや、慄いてはいない。

「見た目に気を取られてはだめよ。それと」

 須美は銀をズビシと指さして、

「銀は遮二無二突撃しちゃだめよ」

「わかってるって。訓練通り、な?」

「わかってるならよろしい。さ、戦闘開始よ!」

「久しぶりに味わうスリルだわっしー!」

(そのっちのキャラぶれぶれだなぁ)

 三人は位置についた。双斧が武器の銀と槍が武器の園子がフォアードで、弓が武器の須美がバックアップだ。

「それじゃ、まず私が射掛けてみるわ」

 須美は矢をつがえた。

(私の弓で決着をつけられるなら!)

 パシュン! という軽快な音とともに矢は放たれる。神樹の力を得ている矢は放たれた瞬間数本の光の矢に分かれ、空気を切り裂きながらバーテックスに直進する。須美渾身の一撃だ。

 が、矢はバーテックスに直撃する寸前で天秤の両側についている分銅に磁石よろしく吸い寄せられ、本体にダメージを与えることはなかった。

「なっ……もう一度!」

 弓をつがえ、放つ。しかし、結果は同じで、矢が敵の体を貫くことはなかった。

「くっ……」

 敵は、進撃をやめない。

 と、ここで園子が『ピッカーン』と閃いた。

「あそこの細い部分、脆いんじゃないかな」

 園子の示した場所は天秤の接続部分だった。なるほど、確かに脆そうなデザインをしている。

「なるほど」

「そうとわかれば~! ミノさんは左から!」

「おうよ!」

 二人は左右に分かれてバーテックスに両サイドから切り込もうとした。

 しかしここで、バーテックスは二人の意図を察したのか、分銅を振り回すように大回転を始めた。まるで竜巻のように風が巻き起こる。二人はたまらず吹き飛ばされる。

 おまけに先ほど須美の放った矢をそのまま三人に向かって放ってきた。 

 須美はかろうじて弓を避けたが、避けた矢は樹海へ飛翔していき、突き刺さった。

「わ、私の矢が樹海を……!」

「ヒデェことしやがる」

「園子、なんか手はないのか?」

 バーテックスは回転を速めて本格的に竜巻と化していた。これでは、手も足も出ない。困った。

 と、ここで再び園子が『ピッカーン』と閃いた。

「台風の目みたいにさ、頭の上がお留守なんじゃないかな~」

「おお、園子ナイスアイデア」

 それを聞くや銀は突撃の態勢に入った。しかしそれは目に見えて無謀な挑戦である。

 須美は止めようとした。

「考え直せ! 飛べば竜巻に巻き込まれてグチャグチャよ!」

「その通り!」

 銀は跳躍した。突風とバーテックスの攻撃が銀の身体を切り裂く。

「いってぇぇぇ!」

 しかし、それでも彼女は退く事なく敵に会心の一撃を撃ち込んだ。バーテックスの回転が止まり、ふらふらと身体を揺らす。

「今だよ!」

「りょーかい!」

 園子は素早くバーテックスの懐に潜り込むと槍撃をお見舞いし始めた。須美も矢が吸い取られない至近まで近づいて射ちまくる。

 あとはもうひたすらゴリ押しだった。そして、いくらか経った後、バーテックスはこりゃ堪らんといった様子で大橋を引き返して行った。

 大橋には、息も絶え絶えな三人の少女だけが残された。

「撃たれたわね、血が出てるわよ」

 須美が銀に言う。

「拭いてる暇もねぇよ」

 銀が応える。

「何はともあれ、追い返せたねぇ~」

 園子はほっと胸をなでおろす。

 三人はバーテックスが壁の向こうにすっかり消えるまで敵に目を向け続けていた。

 そして、完全に姿が見えなくなってようやくハァと息を吐いた。

「銀、ほんとに傷、大丈夫なの?」

「大丈夫だといってるだろうが!」

 とにかく、今回も勇者(コマンドー)三人に軍配が上がった。

「凄いね~私達。不死身のトリオ!」

「おっ、園子中々のセンスじゃん」

「どうしてトリオなの? 三勇士にすればスッキリするのに」

「も~、わっしーったら古いんだ」

 樹海化が溶けていく。変身を解いたら、銀は血まみれスプラッタだった。よくもまぁ生きていられるものだ。

「死んでんじゃない?」

「生きてるよ。それにしても、今回は園子が意外な能力発揮したナァ」

 血まみれの銀は笑っていった。それには須美も同意する。今回の戦いは園子の指揮のおかげと言って過言ではないだろう。

「えへへ、そ~かな~」

「そーそー。ちょっと意外だったよ」

 銀は笑って続ける。

「だっていつもの園子は何考えてるかわかんなくてのんびりポヤポヤ~としたただのカカシにしか見えないもん」「え~?」

 言うや、そんな銀に園子は顔を寄せた。

「私を怒らせると怖いぞ? 本当だ」

 

 

 

 

 




そのっちのキャラがブレブレなのは特に理由はない。趣味です。
でも「私を怒らせると怖いぞ?」は割と原作通りの性格だったりじゃなかったり。

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