先代から引き継いだ工場を閉鎖する事になる。
別の委託先への引き継ぎや、閉鎖までの資金繰り、
そして何よりも今まで苦楽を共にしてきた従業員達の
受け入れ先も探さなければならない。
日々を忙しく奔走する「私」の前に
派遣会社の営業マンを名乗る男が現れる。


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ハイエナ派遣会社

「いやぁ、せっかく来て貰っても、うち人を雇う余裕ないんですよ。」

私の工場に、派遣会社の営業を名乗る、

井上という男が突然やって来る。

今年の末にはこの工場は閉鎖する。

従業員私を含め、19人の小さな工場。

それでも閉鎖となればやる事は多い。

閉鎖前の事務処理や、顧客との打ち合わせ、

従業員との面談でただでさえ忙しいのに、

派遣会社の営業対応なんかやっている暇は無い!と断る。

そんな私に、井上は

「それはよーく存じ上げております」

とヘラヘラとした表情に口だけは丁寧に言う。、

「知ってるのに来たの?冷やかしなら帰ってくれ!」

井上は少し腹を立てている私を、

「まあまあ」

と宥めながら、勝手に話をはじめた。

「今は従業員達の受け入れ先探しや、退職者への退職金の資金繰りなどでバタバタされているんですよね」

何故、お前がそんな事を知っている?と疑問に困ったが、

この一年くらい、取引先に「ご迷惑をお掛け致します」と頭を下げたり、

人材紹介の会社に働き口がないか聞き回ったりと、

各方面にこの工場の閉鎖は知れ渡っているので、

「こういう話はあっという間に広がるのだな」

と、否が応でも自分の工場の終焉を痛感させられる。

その、事実と多忙のイライラも相まって、

「分かっているならもう帰ってもらって良いかな?」

と八つ当たりの様に少しキツい言い方をする。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、井上は

「おたくの従業員さん、うちの会社で引き受けまひょか?」

単刀直入に用件を切り出す。

「引き受ける…とは?」

私はいきなり過ぎて頭が追いつかない。

「社長さん、今、あっちゃこっちゃで従業員さんの再就職先探してはんねんやろ?それ、うちで面倒みましょいうてまんねん」

井上はパタパタと扇子で扇ぎながら、

真っ直ぐ私を見据えてそう言った。

ニヤニヤ顔はそのままで。

現金なもので、途端に井上が『救いの主』の様に見える。

今の私は藁にもすがりたいのだ。

「なるほど、そういう話でしたか。嫌だなぁ井上さん。それならそうと始めからおっしゃって頂ければ!あっ今、お茶をお出ししますね。」

と言うと、事務の吉田くんに、

「吉田くん!ごめん、お客様にお茶出して!冷たいやつ」

私の井上の態度を見て吉田くんも迅速にお茶を出してくれる。

「どうぞ、今日は一段と暑かったでしょう。お茶、冷たいうちに、さあ」

先程までの横柄な態度を改めて、

私は手の平を返した様に丁寧な姿勢で井上に対する。

自分でもみっともないと思うが、今は従業員達の働き口の方が

最優先に決まっている。

工場の閉鎖が決まってからこの1年。

こうやって頭を下げ続けてきた。今更、こんなの屁でもない。

ただ、ぬか喜びした後で、

「やっぱり受け入れ先は見つかりませんでした」

と断られてはショックが大き過ぎるので、

「ただね、はじめに言っておきますが、実は、以前うちもお世話になった大手人材紹介会社の、えーと名前は、確かー、そうそう岩尾さんに相談したけど、『倒産する会社の従業員は縁起が悪いと敬遠される』って断られちゃたんですよね。大丈夫でしょうか?」

と予防線は張っておく。

すると井上は

「そうでんな。馬鹿正直にあんさんの会社の名前出してやったら、そら、嫌がられますわ。」

と、少しも悪びれずに、当たり前の様に言う。

「それじゃあ貴方の所にお願いしても結果は同じじゃ無いですか?」

救いの主が現れたと思ったが、

どうやらぬか喜びになりそうだと意気消沈していると、

「せやから、うちの名前使うて貰うんですわ。あんさんはあくまでうちの会社として、うちの会社に登録された人材を派遣社員として紹介するんですわ」

と事も無さげにいうので、心配になり、

「それって法律的に大丈夫なんですか?うちに人材派遣業の認証なんて当然無いですし」

従業員を路頭に迷わせない為にやっているのに、

今、私が逮捕されたら「倒産企業の元社員」から

「犯罪者の会社の元従業員」に格上げされてしまう。

そうなったら再就職はさらに難易度が増す。

これでは本末転倒だ。

「そら、あんさんが先方さんに出向いてもうたら問題になりまっしゃろな。けどな、交渉やら先方さんとの顔合わせやらは全部ワテがやらせて貰いまっさかい、何も問題あらへん。あんさんはリストの会社に電話して興味のありそうな会社見つけるだけ。この工場の名前は出まへん。安心しなはれ」

井上は「心配し過ぎやで」と笑いながら言っている。

その様子に、

「そう言うものなのかな…」

と少し安心する。

「お互い、認証新たに取るとか手続きやら書類作ったりやら面倒な事したくないでっしゃろ?時間的にもそんな余裕ありまっか?ありまへんやろ。せやから、おたくはんはうちの協力者っちゅう事にして、うちの会社の取引先リストを元にアポ取ってくれるだけ。な、問題無いやろ?」

井上の説明に暗礁に乗り上げていた従業員の再雇用先探しに

一筋の光明が刺していく思いがした。

従業員の為なら何百だって、何千だって電話をかけてやる!

「分かりました!やらせて頂きます!」

派遣会社の名簿とプロの交渉人の力を貸して頂ける。

これは間違いなくチャンスだと確信した。

その一言に、井上はその日一番の笑顔を見せ、

「よし!よう言うた社長はん!時は金なりや!早速、今日からガンガンアポ取り頼んまっせ!そしたら、ワテがバッチリええ条件で働ける場所、しっかり交渉しまっさかいな!」

そう言うと井上は毛深い腕を差し出す。

私もその手をしっかりと掴む。

固く結ばれた握手が、井上がこの職探しを必ず成功させる為に

本気で取り組もうとしている事を証明してくれている様だった。

その後、リストの取り扱い上の注意や井上の動ける日時など

細かい打ち合わせを行う。

打ち合わせの時、井上が、

「ワテも会社に雇われとる身やから派遣料とかはうちの会社に入ってまうけど、そこは堪忍やで。その代わり再就職についてはええ所見つけるよってな!」

と水臭い事を言うので、

「何言ってるんですか!私は従業員の再雇用さえ見つかれば良いんです。宜しくお願いします」

と深々と頭を下げた。

その姿を見て、

「ほんま、ここの工場の従業員は経営者に恵まれて幸せもんやで!」

と井上が言ってくれた事が何よりも嬉しかった。

 

兎にも角にも、その日からリストの企業に電話を掛ける日々が続いた。

そんなに簡単に見つかりはしなかったが、

挫けずに掛け続ける事でなんとか、1日に2件、3件と

会っても良いという企業に繋がる様になった。

そうやってアポを取ると、偉いもので、流石はプロ。

井上は2件に1件は派遣社員として働き口を決めてくれた。

そこで数ヶ月実際に働いてみて、最終的に正社員登用して貰えるか

判断して貰うのだ。

それから、うちの従業員が派遣社員として他所の現場へ向かう事になる。

その間、工場は働き手がいなくなったが、

元々倒産前で仕事も減っていたので、私一人で対応出来た。

派遣先で、実際働いてみて従業員が断りを入れるケースも

あるにはあったが、皆んな、会社が倒産する前に次の働き口を

確保しようと前向きに頑張ってくれた。

 

その頑張りのせいか、井上の派遣会社の方針が、

「派遣社員の移籍金は戴きません!企業と働く側のマッチングこそ我が社の喜び」

というものだった為なのか分からないが、

3ヶ月後にうちでも若手社員だった浜松と、

ベテランで保有する資格も多い矢野が正社員として働ける事になる。

その時は、会社の皆んなで、

「良かった!おめでとう!」

と缶ビールで祝杯をあげたものだ。

それからポツリ、ポツリと派遣先で正社員登用される従業員が増え続け、

見事、倒産までに18人全員がそれぞれの企業で正社員として働ける事になった。

最後の従業員を見送った後、

私は井上にお礼を言おうと電話を掛けたが、

今日も忙しくあちらこちらで飛び回っているのだろう、

留守番電話に繋がった為、

「ありがとうございました!おかげさまで従業員全員が再就職決まりました」

とメッセージを入れた。

 

翌日、私は墓地にいた。

「従業員は家族と同じ」

と言い続けた先代のお墓に従業員全員が落ち着き先を見つけた旨、

報告する為だ。

報告を済ませ、その帰路についていると、偶然、

大手人材会社の営業マン岩尾に会う。

 

従業員の再就職先探しを全く手伝ってくれなかった岩尾に

「皆んな頑張って働き口を見つけたぞ」

と一言いってやろうと思っていると、岩尾の方から、

「いやー聞きましたよ。上手い事やりましたね。18人全員なら正社員への移籍金だけでも3000万円はいったんじゃ無いですか?」

と言ってくる。

「移籍金?何を言ってるんですか?貰いませんよそんなもの」

と正直に答えたが、

「えっ?移籍金、発生しないはずないじゃ無いですか!ボランティアじゃ無いんだから。」

と信じて貰えない。

岩尾の様子から移籍金を貰うのが常識の様だ。

嫌な予感がする。

まだ何か言いたそうな岩尾をそのまま放置して私は工場は急いだ。

工場の棚から従業員の受け入れ先名簿を引っ張り出し、

受け入れ先の企業に確認してみると、

どこの会社も口を揃えて

「移籍金は払った」

との回答だった。

 

それを聞いて井上に連絡を取ろうとするも、

やはり連絡はつか無い。

遂には井上の会社に連絡をしてみると、

既に退職したとの返答だった。

「騙されたのか?」

ふとそう思ったが、そういう訳ではない。

もちろん移籍金の話が有れば、

少しは分けて欲しいと考えたかもしれないが、

当時は再就職先の確保の事しか頭に無かったから、

いらないと突っぱねたかもしれない。

損はしていないのだ。

元々、従業員達の働き口が見つかれば良かっただけなのだから。

しかし、なんだか釈然としない想いが胸の中に渦巻いている。

そのモヤモヤを吐き出す様に、

「3000万円か…」

と呟いた。


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