小学生の榊勇は母親の弟にあたる田中三秀の家をいつものように訪れる。
叔父さんはかつて堕天使や魔物と戦ったって言うのだけれども……。
今日聞いた話は、叔父さんが佐藤美加さんと言う人の問題に巻き込まれて堕天使に襲われて骨とう品のお店の中川さんと言う人の刀を使って堕天使をやっつけたお話だったよ。
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初めての遭遇

 商店街を通り過ぎて角を曲がれば到着する。

 

 今日も叔父(おじ)さんの家に遊びに行く。

 叔父さんの家にはよくわからない物がいっぱいあり、それを眺めているだけで楽しくいつのまにか夕方になっている。

 

 ピンポーン

 呼び鈴を鳴らしワクワクしながらドアの前に立つ。

 

 ガチャガチャと賑やかな金属音と共にドアが開かれた。

 

「何だ、勇坊《ゆうぼう》か」

「坊やじゃないよ」

「ハハ、俺に取っちゃ坊やだよ」

 

 俺は口をへの字に曲げ不満を現すと叔父さんはくしゃくしゃとしわを折りたたんで軽く笑い謝ってくれた。

 

(でも、次に会ったらまた勇坊って言うんだよなぁ)

 

 叔父さんは俺から見たら、かーちゃんの弟で、田中 三秀(たなか みつひで)という名前だって聞いた。

 ちなみに、ボク――じゃなかった俺は、榊 勇(さかき ゆう)という名前だ。

 

「叔父さん、この間の話の続きを聞かせてよ!」

「ああ、いいぞ。まず上がれ」

「お邪魔しまーす」

 

 トン

 叔父さんにいざなわれて家に入る。ドアが閉まる音が軽く耳を掠めた。

 

「この間は、初めからじゃなかったから話が分かりにくかったろう」

「そうかな? 面白かったよ」

「今回は、俺が初めて巻き込まれた戦いの話をしようか」

「うん!」

 

 叔父さんの話はゲームの中の話みたいで面白い。

(だけど、ほんとうにあったことなのかなぁ)

 

「あの時、俺はまだ学生だった。いつものように学校から帰る道すがら駅から出た所で巻き込まれた」

「……ゴクン」

 俺は引き込まれ唾を飲み込む。

 

 遥か昔。三秀の思い出。

 

「今日もやっと授業が終わったぜ」

 陸橋のような構造の駅から急ぎ足で階段を降りる。

 空は夕焼けが目に射し込んできていた。。

 

「早く帰ってドラクエやりてぇな」

 今週は今日以外バイトを詰め込まれゲームをやる時間がない。

 

「どいつもこいつもすぐに休みやがって」

 だがバイトをしないと買ったばかりのピッチ(PHS)の通信料が払えないのは確かな事だ。

「まあ、仕方ないか」

 

 そう思いなおし線路沿いの道を早足で進む、上りの電車がガタンゴトンと遥か横を通り過ぎていく。

 

 フワッ

「スゲェ風だな」

 

 ふと風の吹く方を見やると……。

 

「何だぁ、あれ?」

 

 空に何か浮かんでいる。

 

「ひ……と?」

 

 白い衣のようなものを(まと)っている人間のようなものが浮かんでいる。

「いや、違う!」

 飛んでいるのだ。

「純白の翼が生えている」

 そう、まるで天使のように。

 

 俺の歩調は先ほどの元気を忘れたかのようにゆっくりとしたものと変わり、頭は路線の方へ固定され、ただただ天使のような物体を凝視(ぎょうし)していた。

 

「あ、あれ、俺のこと――見ている!?」

 

 視線が交わる。

 

 翼を動かすと先ほどよりも激しいつむじ風が三秀に襲い掛かり、両足が地上を離れ巻き上げられた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

 ドカァ

 線路沿いに立っている住宅の塀に身体を叩きつけられる。

 

「ううっ」

 天使のような存在はニヤリと口を歪ませると空間を切り裂き、そこから槍を取り出して俺を目掛けて羽ばたいた。

 

「やべぇ、逃げなきゃ」

 

 慌てて体を起こし、全力で駆け出す。

 幸いなことに走る分には異常はないようだ。

 

(よし、路地(ろじ)に入ろう)

 追っ手を撒くために車が通れるか通れないかの狭い路地に飛び込む。

 

「追ってきている!」

 曲がる寸前に今まで走ってきた道へと顔を向けると、余裕ありげにつかず離れずについてきている。

 

 何度か路地を曲がった先に見えたのは……。

 

「しかし、回り込まれてしまった。だな」

 そう言って天使のような人間は鼻で笑う。

 

「クソッ」

 ガバッと踵を返して走り出す。

 

「無駄だ、我は飛べるのだ」

 

「ハアハア」

 鼓動は乱れに乱れ、息は荒く、喉はひりつき、頭が働かず、足だけが必死に動いていた。

 

「うぐっ」

 パリーン

 

 何が起きたか分からない、一瞬まばゆい光に包まれた後、ただただ身体が飛ばされていた。

 

「ううっ」

 気が付くと身体の周りに大小の血だまりが出来ていた。

 

「ハハ、俺の血かな……」

 

 どうやらショーウィンドウのガラスに突っ込んだようだ。

 

 恐怖のあまり痛みはあまり感じない。ただ流れ出る血の熱さは全身から伝わって来ていた。

 

 地面に降り立った翼の生えた者の息遣いが割れたガラス越しに感じられる。

 

「俺、死ぬのかな?」

 頭の中によぎったその時、何を気付いたのかソイツは急に別の標的に向け槍を構えだした。

 

「今しかない!」

 

 ガラスを潜ると、気付かれぬよう身をかがめて逆方向へと進む。

 

「あれは」

 

 制服なのだろうか、紺のブレザーを着た少女に穂先を向け、今にも突かんとばかりに翼の者が構えている。

 

(どうしよう、逃げるか、仕方ないよな)

 

 自分に言い訳をしているのはわかっている。だけれども逃げなきゃ殺されるのだ。

 

 少女と視線が合う。

 俺は気付いた、哀願の視線を投げかけたられたのを。

 

 視線を逸らすと、骨とう品屋が目に入る。

 

 ガラス越しに武者鎧と刀が飾ってあった。

 

「これなら――いけるかも」

 

 近くに違法駐輪の札のかかっているくすんだ黒い自転車を担ぎ上げると、骨とう品屋のショーウィンドウに向け放り投げた。

 

 パリーン

 

 ガラスの弾ける音と共に空いた穴から手を突っ込み刀をおっ掴むとそれを抱いて走り出す。

 

 ガシャン、コンッコロン

 

 刀を抜き鞘を放り投げると、後ろから木材と金属の入り混じった落下音が響いた。

 

「うおおおおお」

 

「大人しく逃げていればよいものを」

 翼をもつ者があきれ顔を少しばかり傾けると、そう呟きながら槍をこちらに向け振る。

 

 なぜ助けるために刀を持って駆けているのだろう。

(理由はよくわからなねぇが、行かなきゃダメな気がする)

 

 走る速度が上がり

 

「槍が……攻撃が……来る」

 刀身が鈍く光ったかと思うと、何やら強大な力が身体を蝕むかのごとくなだれ込んできた。

 

「何だ、この刀? とにかく何でのいい、頼む一緒に戦ってくれ」

 

 まるで承知したと答えたかのように刀身が漆黒に変わり、先ほど以上に力が身体に入り込む。

 

「わかる……相手の攻撃が!」

 

 繰り出した槍を素早くかわし、間合いを詰める。

 

「うぉぉぉぉ」

 

「妖刀、か。ならばこれだな」

 

 翼をもつ者が詠唱を始めると、右手の掌から光があふれだす。

 

「おりゃぁ」

 

 掛け声とともに漆黒の刀が振り下ろされ、魔法が放たれるより早く相手の右手を切り下ろされる。

 

「なっ、何と?」

 

 光と共に翼をもつ者の右手は落下し、握っている光は徐々に失せ、しまいにはまるで初めから光っていなかったかのごとく消え失せた。

 

「おらぁぁぁあぁ」

 

 二撃目を翼の元へ叩き込むと翼をもつ者は歪めた表情を残し空気に溶け込んでいった。

 

「はあはあはあ……やったか!」

 

 パチパチパチ

 

 後ろから拍手をする音が響いた。

 

「!?」

 慌てて俺は振り返った。そこには袴のような和服を着た初老の男性が立っていた。

 

「おみごと」

 

 興奮の感情が落ち着くと同時に安堵の気持ちが沸き上がり、自然に笑みが零れる。

 

「あっ、いけね」

 

 先ほどの少女へ目を向ける。

 

「間に合わなかったんじゃねえよな」

「大丈夫だ、気を失っただけだ」

 

 少女は壁に背を預けたまま、ずるずると地面まで滑ったようで尻もちをぺたんとついたような姿で目を瞑ってそこに存在していた。

 

「あっ、これもそうだ」

 

 慌てて投げ捨てた鞘を探す。

「ほれっ、ちゃんと入れてくれ」

 

 男性から鞘を受け取ると、刀を入れようとするも……。

「刀が錆びるから血をちゃんと拭きなさい」

 

「おっ、おう」

 思わずキョロキョロと見回すもタオルのようなものは見当たらなかった。

 

「メガネ拭き持ってたわ」

 カバンからメガネ拭きを取り出すと、ケガをしないように丁寧に拭き取ってゆく。刀身がいつの間にか元の鉄の色に戻っている。

 

「さっきまで黒かったんだけどなぁ、夢でも見たのか?」

 そう言って、首を傾げる俺に対し、男性は笑いながら「そんなわけないだろう、すべて現実だぞ」と言った。

 

「現実と言ったら――ヤバい、ガラス割っちまったんだ!」

「はっはっ、あれは私の店だ、気にするな」

 

 焦る俺に対し男性は、男性は笑った。

 

「おいおい気にするだろ! 冗談止めてくれよ、弁償だよなぁ……どうするんだよ」

 

 頭を抱える俺に男性は肩をポンと叩く。

 

「まあ、いいからさ、とりあえず私の店まで来なさい」

「ハア、そうですよね」

(いくらくらいだ? あのガラス……十万円? いやもっとか!)

 俺の頭の中は弁償の金額の事で思考がグルグルと旋回し、何か他の事を考えられる余裕はなかった。

 

 男性はチラッと少女を見やり「彼女をこのままにしておくわけにもいかないから、店まで運んでくれ」と少しばかりの困り顔で言葉にだした。

 

「ああ、わかった」

「よっこいせ」

 何も考えられないまま、彼女をおぶってよたよたと歩き出す。

 

 男性は先導し店のトビラを開けると手で押さえてくれていた。

 

「うわっ、暗いな」

 骨とう品屋の中は存外暗く、視界を一時的に奪われた。

 

「はっはは、そうか、すまんな、アンティークっていう物は紫外線で変色するものもあってな、蛍光灯はなるべく使わないようにしているんだよ」

 そう笑いながら店の奥まで進んでゆく。

 

 パチッ

 

 スイッチの音と共に天井の数か所ある長細いそれらがぼんやりと光を放った。

 

「はあはあ、彼女……どうします?」

 

 俺が男性に声をかけると、ゆっくりと振り返り端にあるソファーを指さした。

「あそこに寝かせるといい」

 

「はあはあ、わかりました」

 俺は荒い息を吐きながら、何とか彼女をそこまでよろよろとおぶって連れて行きゆっくりと寝かしつけた。

 

「ふぅ」

 右腕で額の汗を拭うと男性の方へ身体を向け言葉を待った。

 

「こっちに来なさい」

 男性に促されてそこまで歩いてゆく。頭の中は多少落ち着き、室内を確認のため見回す位の余裕が出てきた。

 

(外のガラスだけかな。内側は傷ついていねぇよな? 最悪の事態は免れたって言っていいのか……ガラス、片付けねぇと……自転車は――違法駐輪だしバレねぇよな)

 

「スミマセン、刀返します」

 そう言って右手に持った刀を男性の前に突き出した。

 

 男性はニヒルな笑いを浮かべこう告げる。

「それはもうお前のもんだ! 返さなくていい」

 

 俺は怪訝な顔を浮かべていたのだろう、男性は苦笑しつつ口を開いた。

 

「コイツ――刀には意思がある」

「意思?」

「ああ、意思だ。君は先ほど刀身が黒かったって言っただろう?」

 

 そう言ってニヤリと笑うと言葉を続けた。

 

「君はその時に刀から力を貰わなかったかい?」

「確かに……何か戦い方って言うのか、流れ込んできました」

「それで体が自然に動いただろう?」

「はい」

 

 男性はうんうんと頷くと目を細めた。

 

「それが認められたってことさ」

 

「よく……意味が分からないのですが」

 俺はただただ困惑した。男性はそれも想定内だと笑いながら言葉を続けた。

 

「ああ、気にするな。私も初めはそうだった。今の君と同じように先代からそう言われて受け継いだんだ」

「先代?」

「ああ、先代も、そのまた先代も同じように受け継いだらしい」

 

 その時になって初めて、男性の右手がぎこちない動きをしている事に気付いた。

 

「あの、その右手は……」

「ああ、これか」

 男性は視線を自らの右手に向けて「若いころ、ソイツと共に戦った跡さ」と視線を俺が持つ刀に向け笑った。

 

「俺は……戦わなくちゃいけないんですか?」

 恐る恐る男性に聞いてみた……そんなことないって笑い飛ばして欲しい、そう願いながら。

 

「ああ、しばらくはな」

 返ってきた答えは残酷かつ予想通りなものだった。

 

 俺は蛍光灯へ向け視線を上げ長嘆息を吐いた。

 

(何でこんなことになったんだろう)

 

 男性は俺を見て懐かしそうな寂しそうな視線を向けていた。

 まるで、自分の過去を覗き見ているような、そんな目をしていた。

 

「うっ、うーん」

 ソファーの方から微かな声が耳に伝わり、慌てて顔を向けた。

 

「よかった、生きてるみたいだ」

「フッ、だから言ったろう」

 男性はそう言うと立ち上がり、店の奥へと去った。

 

「そうだ、せめて自転車は出しとかねぇと」

 

 店先のガラスを乗り越えると、自転車を担いで下へと降ろす。

 

「よしよし、元あった位置っと」

 線路沿いのフェンスに自転車を立てかけると、再び店の中に戻る。

 ちょうど、男性が左手になみなみと水が入ったコップを持って出てきたところだった。

 

「自転車を元の位置に戻したんだ」

 俺は頭を掻きつつ聞かれるより早くそのことに触れると、視線を少女に向けた。

 

「ああ、ご苦労さんって君がやった事だったな」

 少女がゆっくりとまぶたを上げると、すぐには状況を把握できずに強張った表情へと変わった。

 

「大丈夫だ、あの堕天使は彼が倒した」

「堕天使?」

 俺は思わず男性の言葉を拾い上げた。

 

「ああ、そうだ……、だからあやつら光の魔法を使っていただろう」

 光に包まれた後吹っ飛ばされたのは覚えている。

 

「そこで、その刀だ」

「これが!?」

 黒光りする鞘に収まった刀を見やる。

 

「翼が生えたヤツは、確か妖刀って言ってた」

「そうだ、それは魔剣の一種だ」

 

 そう言いつつ男性は少女にコップを渡した。

 

「なぁに、水以外何も入っとらんから安心して飲むといい」

 男性は少女に優しく語りかけた。

 

「魔剣ってなんなんですか!」

 少しばかり興奮した俺の問いに男性は視線を少女に向けたまま静かに答えた。

 

「堕天使もそうだが、世の中には神の側にいながらも後に敵対する方を選ぶ者たちが存在する」

「……」

「色々と事情はあるのだろう。光と光、お互い手の内が読める分戦闘が長引いた」

 

「何千年、何万年という悠久に近い時が消耗され、それでも勝敗がつかなかった」

 男性は振り返り視線をこちらに向けた。

「そこで、神は堕ちたかつてのしもべたちを迎撃する者たちを生み出し、討伐に当たらせた」

 

「この刀は……」

「その者たちが持っていた武器の一つだと伝わっている」

(おそらく事実なんだろうな)

 黒い刀身を思い出す。

 

「それは、悪魔の力ですか?」

 

 男性はゆっくりとかぶりを振る。

 

「確かに一見すると近いように感じるだろうが、同じではない」

 

 俺は良く分からないながらも納得するしかなかった。

 

「店主さん……」

「中川でいい」

 そういって中川と名乗った店主が笑った。

 

「では、中川さん」

 そう口を開き、少女の方に目を向ける。

「なんだい?」

 中川さんは俺の言葉を待つ。刺さるような鋭い視線が向けられているのが伝わる。

 

「なぜ、その娘は襲われたんですか?」

 

「このお嬢さんからは僅かながら闇の気配を感じる……恐らく、そのせいだろう」

 

「私に? 闇?」

「ああ、私ですら感じられる位だから、あの堕天使は問題なく感知できただろう」

 驚く少女に中川が断言する。少女の目が心そこにあらずとばかりに宙を彷徨った。

 

「何かの間違いでは?」

 そう縋るような口調で口を開く。

 

「なら、私の言葉をなぞってみなさい」

「??」

 

「我が中に眠れし特性よ、そも姿を現し色で示せ――」

 その後、よくわからない詠唱を繰り返すと身体から光が漏れ出て胸の前に集約してゆく。

 

「うを、何だコレは?」

 

 俺の前には水色のモヤモヤ。

 中川さんの前には赤いモヤモヤ。

 そして、少女の前には――黒いモヤモヤ。

 

「……」

 俺と少女は言葉を失う。

 

「私は色を見てわかる通り炎だ。そして君は水、この娘は……闇だ」

 

 闇で無いと分かり少しばかり安堵する自分と少女に同情する自分が心の中で交差する。それは安全を確保した自分の卑しさなのか、慌てて表情を殺し心を隠した。

 

「しかし中川さん、それが本当に正しいのかわからないじゃないですか」

 

「残念ながら、この判定は間違っていないことは先ほど襲われたことで分かるだろう」

「なら何で俺を襲ったんだよ!」

 そこが腑に落ちないと声を荒げる。

 

「純粋に姿を見られたからだ。それ以外襲う理由がない」

「じゃあ狙いは」

「ああ、最初から彼女だ」

 

 ボーン、ボーン、ボーン

 振り子時計がピアノ線を叩いて午後六時を知らせた。

 

「なぜ、堕天使が闇の物を襲うのですか? もう堕ちた者なら殺す必要はないんじゃ」

 

「遥か昔に刻まれた感覚的な物なんだろうか、それとも戻る手土産なのか、私もそれに関してはよくわからんが……」

 中川さんは肩をすくめ苦笑いを浮かべた。

 

「ただこれだけは言える」

 中川さんは姿勢を正しておもむろに口を開く。

 

「その娘が堕天使の目に留まった以上、討伐の者はまた来るだろう」

 

 少女の顔から血の気が失せてゆく。

 

「なぜ、なぜ、私が何をしたと……」

 

「何もしとらんよ。ただ闇の者と言うだけ」

 

 俺は流石に悲痛な顔の少女がいたたまれなくなった。

 

「理不尽だろ、それ!」

 

「ならば君が、この娘を守ってあげるといい」

 

「うっ」

 躊躇した俺を寂しそうに見る中川さんの瞳が心を揺さぶった。

 

「君の名は?」

「田中と言います」

 

「田中君、世の中理不尽な事だらけだよ、君だって経験があるんじゃないのかい? 学校とかバイト先とか……」

 

 思い当たることは色々ある――それらを思い出し、視線が地に落ちる。

 

 中川さんは何かに思いを馳せているのだろうか、遠い目をして天井を仰いでいた。

 

 夜の帳が降り、街灯が明るく周囲を照らす。

 

「ありがとうございました」

「……お世話になりました」

 

 店のトビラを開いて店を出た。

 

「田中君、忘れものだ」

「うおっと」

 

 中川さんは刀を投げてよこした。

 

「今日からソイツの主は君だ。ソイツが訴えている」

「しかし、お金――」

「金はいい。私も以前の使い手から無料で受け継いだ」

 

「それでも、俺は……」

 

「ソイツは求められている元に行く」

 

「はぁ、刀に意思……ホントかなあ」

 

「私には別れて去って行ったモノに未練たらしく縋る趣味は無いんでな。女だろうと刀だろうと」

 唐突に小さく吐き出した中川さんの言葉には何か寂しそうな含みを感じた。

 

「後言っておくが、田中君は堕天使を斬ったからには君も狙われるからな」

 中川さんは今だ半信半疑な俺の脳天に衝撃的な言葉をぶっこんでくる。

 

「ゲッ、マジか」

「だから言ったろう、しばらく戦うことになると」

 

「そういう意味かぁ」

 

「じゃあな、がんばれよ」

 中川さんは一方的にそう言って、力強くトビラを閉める。

 寂しそうな笑いを作りながら。

 

 俺は少女に視線を移す。

 彼女は常識外れの話に対しての混乱と堕天使のターゲットにされた絶望、そしてそれ自体が間違いなのではという疑惑が入り混じった不思議な表情をしていた。

 

「君は?」

 俺は彼女に声をかける。まるで刀に促されているかのように。

 

「私は、佐藤……佐藤 美加(さとう みか)と言います」

 少女は恐る恐ると名前を名乗る。

 

「俺は、田中 三秀」

 

「たなか……さん?」

 不思議そうな声をあげる。

 

「ああ、乗りかかった船だ。出来る範囲で助けるよ」

 

「ありがとうございます」

 戸惑いながらも美加は頭を下げた。

 

(何か、この刀も望んでいるみたいだしな)

 

「はい、コレ」

「何ですか?」

「ピッチの番号。ほらっコレの」

 胸元から買ったばかりのピッチを取り出す。

 

「何かあったら電話して」

「はいっ」

「無い方がいいのかもだけど……」

「そうですね」

 

「あっ、さっきので壊れてねぇよな? 後で試さないと!」

 先ほどガラスに叩きつけられた事を今更思い出し焦る俺を見て、美加は初めて笑顔を見せた。

 

「よろしくお願いいます」

「ああ、こちらこそよろしく」

「今日は送るよ」

 

 俺は美加に笑いかけるとゆっくりと歩き出して帰宅を促す。

 

 帰り道、お互いぎこちない会話を繰り出しつつ道を歩いていく。どうやら襲撃は無いようだ。

 

「あっ、この辺で大丈夫です」

 そう言うと美加はぺこりと頭を下げ走り去った。

 

「ははっ、警戒されているな、俺」

 

「さて、俺も帰るか」

 美加の後ろ姿を視界から消えたのを確認すると、俺は踵を返して自宅へ向かい歩き出した。

 

 

 

 幼い二つの眼がこちらを刺すような目で見ている。

 

 

「それで、どうなったの? 美加さんは無事なの?」

 

「はは、それは次回な」

 

「あと、ピッチって何?」

「それはママに聞けば分かるよ」

「ちぇっ」

 叔父さんは笑いながら俺の質問を聞き流す。

 

「ほら、勇坊、もう時間だ、帰りなさい」

「えっ、そんな時間――あっ、また勇坊って言った!」

 

「はは、すまんな」

「じゃあ、叔父さんまたね」

 

「ああ、またな」

 俺は思いっきしに手を振り脱ぎ捨ててある靴に足を通しダッシュで叔父さんの家を出た。次の休みを指折り数えながら。


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