Epics of the sky ~天空の叙事詩集〜 作:skyminstrel
「マスタースイッチ、オフ!」
機外に叫んで機体の完全停止を周囲に知らせると、ラファエルは引きちぎらんばかりの勢いでハーネスを外し、機体から飛び降りた。
今までのエンジン停止手順も、落ち着いて行うのに苦労した。
なぜなら。
「ラファエル!」
駐機位置に機体を停めるよりも前から、キャノピーの向こうに、すぐにでもこちらへ駆け寄ろうとしている少女の姿が見えていたからだ。
ラファエルが愛機から飛び降りると同時に、その少女は一目散にこちらへと駆けだした。
「クリス!」
彼もまたその名を呼ぶと、車輪止めを素早くかませ、やはり彼女の方へと駆けた。
数秒もかからず、二人は手を取り合う。
「また会えたね、クリス!」
「本当にありがとう、ラファエル!」
固く結んだ手を離さず、二人は満面の笑顔で語り合う。
若者の万感の叫びは、周囲のエンジン音の中でもよく通った。
「約束……果たしてくれたのね」
「……うん。それが」
「騎士の誇り、でしょ? 分かっているわ」
ふふ、と笑うクリス。
頬に切り傷が入り、泥で薄汚れていても、その顔は輝いて見えた。
「うん。それに……」
ラファエルもそれに応えようとしたとき、
「ラファエルだったか、そこの従騎士! 見事助けたお姫様との再会が嬉しいのは分かるが、先にデブリーフィングに行くぞ!」
通りすがりの騎士が、彼の頭をぽんと叩いた。
はっとして周りを見れば、たくさんの騎士や兵士たちが、遠巻きにラファエルたちを見ていた。皆、生暖かい視線を向けている。
「……」
ラファエルとクリスの顔が、ぱっと赤くなる。
握っていた手を、どちらからともなく離した。
「よかったわね、お二人さん」
「騎士を助け、その者に自らの運命を託した姫君と、姫に救われた恩を勇敢に戦い返した騎士か……これは吟遊詩人に伝えようか」
駐機場の列線から歩いてくる騎士たちが、かわるがわる好きなことを言っていく。
「姫君ではないわ。私は騎士よ!」
姫君、と言った騎士に、クリスはそう返した。
「ははは、では女騎士様と、な?」
半ば笑い飛ばすように言うその騎士に、ラファエルも振り向き告げた。
「はい。彼女は本当に、騎士の心を持っています。公正で、勇敢で……僕は先ほど、彼女のおかげで敵機を振り切れました」
あの瞬間、確かに僕は、クリスとともに戦っていた。
そう、ラファエルは強く感じている。
「そうだ。それに地上軍に同行して、戦いを助けてくれたらしい。本当に勇敢な娘だよ、その娘は」
別の騎士が、そう口添えする。
それを聞くと、先ほど笑った騎士も表情を変えた。
「それは、それは……では改めて」
騎士は芝居がかった仕草で、軽く一礼した。
「勇敢なる騎士二人の約束の物語として、伝えさせてもらおう」
そう言ってウインクすると、立ち去っていく。
これから地上軍や村人たちも交えて、この戦いの総括と、今後の話し合いを行う。ラファエルとクリスも、その場に出席しなければならない。
「さて、と……改めて、ありがとう。クリス」
建物へと向かいながら、ラファエルはクリスに言った。
「三度、命を救われたね」
「ううん。ただ、無我夢中で……あの飛行機が、ラファエルだったなんて」
クリスはそこで、少しだけ言葉を止めた。
「それよりも、私だって命を救われたわ。あの時、敵機をラファエルが落としていなかったら、私は……」
語り合いながら、二人は建物の中へ入っていく。
生き残った、その喜びを共にかみしめながら。
*
「やれやれ、係留くらいちゃんとしていけよ……」
「まあ、今回ばかりは許してやれ。ほかの場でも同じようならば叱らねばならないが」
ラファエル機の翼を地面にロープで固定しながら、マーティンがぼやく。
それを、師匠クーアフルストが苦笑しながら手伝っていた。
「だが、ラファエルは大きく成長しただろう。守るものがある。それは何よりも、人を大きくするからな」
「俺も、そういう人に出会いたいものです」
「お前ももう立派な騎士だ。近いうちに、きっと現れるさ」
*
最低限の明かりしかないこの場は、日が落ちればほとんど自然のままの夜闇に覆われる。
ラファエルは愛機の翼に寝転がり、満天の星空を無心に見つめていた。
デブリーフィングでは、マーティンや師匠と今日の飛行の反省を行った。そして今後は、この村に少数ながら騎士や兵士が常駐することとなった。これで、リグジェリアも簡単には手出しはできなくなるだろう。
そうした作業が終わった後は、宴会だった。
クリスだけでなく、クライドやウィリアムにトマス、その他の村人たちとも再会し、大いに互いの無事を喜び合った。
クリスは地上軍の人たちに散々褒めたたえられて、少々居心地が悪そうだった。だが、顔を洗い、女性騎士の一人が偶然荷物として持ってきていた少女用の服に着替えたその姿は、鮮やかな金髪と合わさってとても綺麗で、まるで本物のお姫様のようで。
「……と言ったら、やっぱり違うって言うのだろうな」
そう独りごとをつぶやき、微笑む。
「ラファエル、そこにいるの?」
ふいに、声が聞こえた。
そちらを振り向くと、飛行場の隅に小さな人影が一つ。
暗くても、見間違えようがない。
「クリスか。どうしたの?」
翼から飛び降り、彼女の方へと歩み寄る。
「ううん、外の空気を吸いに来ただけ。騒がしいのは、あまり好きではないから」
そう言い、ひらひらと手で顔を扇ぐ。
薄い色のブラウスを着たその姿は、やはり、今までとは違った印象だった。
とても、かわいい。
「僕も同じだよ。兄弟弟子のマーティンは、徹夜で騒ぎそうな勢いだったけれどね」
「私の仲間たちも同じよ。特にウィリアムは、騎士たちと一緒になって語り合っていたわ」
互いに軽く笑い、建物の方を見る。
窓から漏れる明かりとかすかに聞こえる騒ぎ声は、宴会がまだ続いていることを示していた。明日にはここから飛び立ち、それぞれの城に戻るから、皆、酒は飲んでいないはずだ。
それでも騎士に限らず飛行機乗りは、その場に仲間が集まっているだけで、「ハンガートーク」に花を咲かせられるものだ。
「じゃあ、一緒に星でも見るかい?」
「いいわね! いつも見ていたけれど……ラファエルは星、好きなの?」
「うん。小さいころから、星座の伝説をいろいろと読み聞かされていて、ね」
そう言いながら、ラファエルはクリスとともに愛機へと近づいていく。
再び翼にでも登って星を見るか、と思っていたが、
「これが……ラファエルの翼?」
その前にクリスは足を止め、目の前にたたずむ鋼鉄の鳥を眺めた。
「この前の飛行機よりも、ずっと大きい……それに、綺麗」
「練習戦闘機、TF―10フルーレ。僕たちのような新人が乗る機体だよ」
クリスの前に立ち、機体を指す。
今日共に戦い、クリスを救い、また救われたその翼を。
「これが、騎士様たちの乗る飛行機なのね」
「うん。でも、ベテランの騎士たちはあっちの戦闘機、マーリンに乗っているけれどね」
「そうなのね」
機体の周りをまわりながら、翼、エンジン、尾翼、そして反対側の翼……順に見ていく。クリスは興味津々という感じで、その一つ一つを暗い中でもしっかりと目に焼き付けようとしているようだった。
そして、ぐるりと回って機首のあたりにまで来た時。
「そうだ。クリス、乗ってみるかい?」
あることを思いつき、ラファエルは言った。
「え?」
「操縦席に、さ。どうだい?」
二人の頭上、フルーレのコクピットを指さし、ラファエルは笑った。
「……うん!」
その意味を理解するとすぐに、クリスは大きく頷いた。
ラファエルは翼に乗り、キャノピーを開ける。そして、クリスに手を差し伸べた。
「車輪に足をかけて。翼の縁は踏まないで」
「うん。ラファエルの登り方を見ていたわ。これでいい?」
どことなく慣れた様子で、クリスは正しい足運びで翼に上がる。
初めてのはずなのに、よく見ているな、とラファエルは少し感心した。
「じゃあ、前に座って。僕は後ろに座るよ」
前後に並ぶ操縦席の前の方に、クリスを導く。
「バスタブに入るように、ここに手をかけて……」
「えっと、こうね」
ラファエルの示した場所に手をつき、クリスは体を狭い操縦席にもぐりこませる。やはりなめらかに、戸惑うことなく。
そして操縦桿を脚で挟むように腰かけると、動きの邪魔にならないように、ブラウスの裾を少したくし上げた。
その拍子に、思いのほか裾が上がってしまった。
「あっ」
先に気づいたのは、ラファエルだった。月明かりに照らされた白い脚に、思わず視線を吸い寄せられた。
慌てて顔をそらす。
クリスもすぐに気づいたらしく、少し顔を伏せて赤らめ、ブラウスを引っ張って整えた。
「ご、ごめん」
あわてて謝るラファエル。
「……もう、ラファエルったら」
「いやいや、そういうつもりでは……」
訝しげに見つめるクリスに、ラファエルは大げさなほどに両手を振った。
「……使って」
そして視線を逸らすと、自らが服の中にしまっていたタオルを差し出す。
「あ、ありがとう……」
クリスもやや目を伏せがちに、それを受け取った。そして操縦桿を避ける形で膝にタオルを乗せる。
その後も数秒、二人は黙りこくっていた。
が、
「……ごめん」
ラファエルが小声で改めて言うと、
「気にしないで。別に怒っていないから」
やはり小声で、クリスの声が返ってきた。
ちらりとそちらを見ると、クリスもバツが悪そうに顔を上げる。
そして、互いの顔を見合わせると笑い合った。
「じゃあ、スイッチを入れるよ」
「うん!」
ラファエルはエンジン関係の各スイッチがすべて切れているのを確認し、
「マスタースイッチ、オン!」
機体の主電源を入れた。
ウイイン、というジャイロの音とともに、計器に光がともる。
「わあ……」
ため息をつくクリスの顔を、その明かりが照らし出した。
「これが、ラファエルのいるところね」
「うん。それで……」
説明を続けようと思ったラファエルは、そこであることに気が付き、
――え?
目を見開いた。
クリスは操縦席に腰を下ろすと、すぐに右手を操縦桿に、左手をスロットルレバーに添えていた。
操縦桿を握ろうとするのは、分かる。
だが左手はスロットルを握るものだというのは、普通、飛行機に触れたことのない人は分からないだろう。
しかもその姿は、とても……様になっていた。
「どうしたの? ラファエル」
怪訝そうにこちらを見たクリスに気が付き、ラファエルは我に返る。
「あ、いや……計器のスイッチは、絶対に触らないようにね」
「了解。分かっているわ」
そう言い、クリスはウインクする。
そして、そっと操縦桿を倒したり、ペダルを踏んだりした。彼女の操作に合わせて、主翼や尾翼の舵がぱたぱたと動く。決して乱暴にせず、程よい強さでクリスは操縦桿を動かしていた。
「ふふ、面白い。ありがとう、ラファエル」
「よかった、楽しんでもらえて」
ラファエルは微笑むと、自らも後席に乗り込んだ。
「ちょっと、操縦してみるかい? ちょっとしたごっこ遊びだけど、操作を教えるよ」
「私が? できるのかな」
苦笑するクリスだが、ラファエルは確信していた。
彼女は間違いなく、上手くやるだろうと。
「まず旋回、ね。行きたい方に操縦桿を倒して、同時にペダルを踏む。それで……」
基本中の基本、旋回の操作を軽く教える。
ラファエルが操縦桿を動かすと、クリスの方の操縦桿も連動して動くのだ。クリスは手を添えて、彼の操作をじっと見る。
「……と、こんな感じだ。分かるかな?」
「ええ、なんとなくだけれど。じゃあ、やってみるわね」
そう言い、クリスは深呼吸した。
同時に操縦桿を握りなおした。彼女の背がすっと伸びる。
そして、
「アイハブコントロール。右旋回……」
全く自然に、彼女は機体を旋回させた。
自然過ぎて、ラファエルは数秒、気が付かなかった。彼女が行ったことに。
「……え?」
「ラファエル、どうしたの? やっぱり操作、変かな?」
ラファエルの声に、戸惑った顔をこちらに向けるクリス。
だが、ラファエルはそれ以上に戸惑っていた。
クリスの操縦ごっこは、変どころか見事だった。
きちんと手足を一致させて動かし、旋回中わずかに機首上げ操作をするところまで完璧だ。
そして、それだけでなく。
「……クリス、どうして言ったの? アイハブコントロール、って」
それが一番の疑問だった。
アイハブコントロール。
それは二人の操縦士が共に操縦するとき、今現在どちらが操縦しているかを明確にするために、操縦を替わる際に言う言葉だ。
決して、一般的に知られた言葉ではない。
それを、
「なぜ、知っているの? クリス」
「えっ……何で、だろう」
クリスは目を泳がせ、そして頭に手を当てた。
「……分からない。でもなぜか、口をついて出てきたの」
しどろもどろな答えを、クリスは言った。
「クリス、ところで……飛行機に乗ったことは、あるかい?」
「ないわ、記憶がある限りでは……」
「そうか……」
そこまで言って、ラファエルはやや尋問のように問い詰めてしまったか、と反省して黙った。
だが、クリスは一体、どんな人だったのだろう。記憶を失う前に、飛行機に触れていたのだろうか。
コクピットに座る彼女の姿は、心なしかとても似合っているように見えた。
「クリス、自由にやってごらんよ」
気を取り直すと、ラファエルは笑顔でそう告げた。
「自由に?」
「うん。操縦桿とペダル、それから左手のスロットルレバー、自由に動かしていいよ。好きに飛んでごらん!」
そう言うと、ラファエルは操縦桿から手を離した。
「……わかった。じゃあ、やらせてもらおうかな」
そう言って、クリスは前を見た。
ラファエルはひそかに後席を降りると、クリスの座る前席を覗き込んだ。
「……」
クリスの手が操縦桿とスロットルレバーに置かれた時、彼女の纏う雰囲気が、かすかに変わったように見えた。
どこにでもいる少女から、今、彼女が座るコクピットを居場所とし、空の中を生きるこちら側の人間に。
無心に、しかし正確に、彼女は舵を動かす。
右旋回、左旋回。
ラファエルは手足の動きから、彼女のしていることを読みとれる。
基本操作のみだった彼女の操作は、少しずつ、だが確実に大胆になっていく。
操縦桿を引き、ついでスロットルを入れて急上昇。機体を傾け、翼を翻して降下。
その動きの一つ一つが、真に迫ったものだった。
彼女が操る機体が、青空の中を飛んでいるのが思い描けるくらいに。
「……ふう」
一通りの操作を終えると、クリスは息をつき、髪をかき上げた。
「楽しんでいるかい?」
頃合いを見計らって、ラファエルはそう声をかけた。
クリスは振り向き、満面の笑みで頷く。
「ありがとう! 面白いわね、飛行機って!」
そういうクリスの顔は、輝いていた。
まるで、楽しい飛行を終えたばかりの飛行機乗りのように。
「そうか、それはよかった!」
ラファエルも微笑みで返し、そして尋ねた。
「どうだい? ……何か、思い出した?」
「えっ」
急に真剣な顔になったラファエルに、クリスが目を丸くする。くりっとした深い青の目が、ラファエルの目と合った。
「なくなった記憶のうちで、少しでも思い出したこと、あるかい?」
ラファエルは予感していた。
クリスが行った、身についた癖としか思えない適切な操縦操作。彼女の失われた記憶のなかには、必ずや飛行機があるはず。だから、触れているうちに何かを思い出すのではないか、と。
だが、クリスは小さく首を横に振った。
「ううん。何も思い出せないわ」
「そうか……」
ラファエルはわずかだが残念に感じた。
「でも」
クリスは、さりげなく続けた。
「そうね。あえて言うなら……空が、見えた気がする。青く突き抜ける、地面から見るのとは違った空が」
そう言い、微笑んで上を仰いだ。
「空、か」
ラファエルはそう答え、同じく上を見上げた。
広がる一面の星空。
何年という時が過ぎても、全くと言っていいほど変わらないこの光景。今見ているのと同じものを、自分が生まれたばかりの頃も見ていた。そしてもちろん、記憶を失う前のクリスも見ていたはずだ。
ラファエルはそっと、機体のスイッチを切った。
計器の光がふっと消えると、より多くの星々が見えてくる。月明かりがあるのが星を見るには邪魔だが、それがあってもなお綺麗な星空が広がっていた。
数えきれないほどの光の粒たち。
それを心行くまで眺めたのち、ふと隣を見る。クリスの瞳にも、同じように星々が輝いているように見えた。
「さて……と」
どれだけ時間が経ったか忘れたころ、クリスは不意に立ち上がった。
「そろそろ、戻らないとね」
スタッ、と地面にジャンプして降り立つ。
「そうだね。明日は、僕は早いし」
「明日お別れ、かあ……」
クリスの名残惜しげな言葉。
その気持ちは、ラファエルも同じだ。
「もし、よければ……」
これからも、クリスとは会いたい。
色々と話したい。
だから。
「手紙、書くよ」
「本当? ありがとう!」
ぱっとクリスが笑う。
「私も返事を書くわ。約束する!」
「ありがとう! 出すときは、エミトリア王国の騎士団によろしく。書き方は……」
これからも話したい。
繋がり続けたい。
それは、二人の共通の思いだった。
「ありがとう、クリス」
「こちらこそ、ありがとう!」
そう言うと、クリスは去っていく。
去り際に一度立ち止まると、大きく背伸びをした。
ほっそりとしたその後ろ姿を見送りながら、
「綺麗、だな」
ラファエルは、少年心にそう思った。
そして彼女を見送ると、愛機を改めて片付けに入った。
*
朝日が、開拓村を照らす。
村人たちは今まで何度も見てきたその光景。だが、今日のそれは今までとは全く違った。
長らくぶりの、自由の日々。
その日の出だ。
「騎士団の方々、まことにありがとう」
飛行場で、開拓団の長クライドが騎士たちに頭を下げる。
エミトリア軍機はすでにエンジンに火を入れ、飛び立つ準備を進めていた。
「当然のことを行ったまでだ。また困ったことがあったら、いつでも伝えてくれ」
そう答え、騎士団長は去っていこうとし、
「そうそう、それと礼ならば、そこにいる勇敢な従騎士に言いたまえ。彼がいなければ、我々は皆、ここには来ていない」
指した方には、村人たち皆と別れを告げている少年騎士が、一人。
「達者でな。次は尾輪機でもうまく降りろよ」
ウィリアムが、ラファエルの肩を叩く。
ラファエルははにかみながらも、
「はい! ウィリアム殿も、お元気で!」
そうしっかりと答えた。
「改めて、礼を言わせてくれ。ラファエル殿、そして……クリスには、皆が感謝している」
続いてやってきたクライドが、大きな手をラファエルに差し伸べる。
ラファエルはそれを握り、
「こちらこそ、お世話になりました。命があるのは、皆様のおかげです」
そう返し、笑った。
「ラファエル、名残惜しいのは分かるが、そろそろ行くぞ!」
後ろから声。
振り向くと、師匠クーアフルストとマーティンは、すでに機体に乗り込もうとしていた。
「はい、ただいま!」
大声でそう答え、そして改めて、皆に別れを告げようとすると。
「ラファエル!」
いつの間にか、村人たちの一番前には、ラファエルがよく知る少女が立っていた。
「クリス」
「従騎士殿、やはり最後に挨拶すべきはこいつだろう?」
クライドが、心なしかにやりとしながらそう言った。
その言葉通り、ラファエルとクリスは、喧騒の響く飛行場の片隅で向き合う。
「……元気で、ね」
「そちらこそ」
交わす言葉は短い。
だが、それで十分だった。
「また、来るよ。その時は、一緒に空を飛ぼう!」
「え、いいの?! ぜひ!」
クリスが喜ぶ。
その顔を見るだけで、ラファエルの心は高鳴る。
自分の機を持たぬ従騎士の身分で、私用で飛行機を使うのは大変だが、そんなことはその時はどうでもよかった。
「ああ、待っていて!」
そう言い、ラファエルは踵を返すと駐機場へと駆けだした。
「遅いぞ!」
「すみません!」
師匠の叱責に詫びつつ、さっと飛行前点検。
乗り込んでエンジンを始動すると、聞き慣れた轟音が機体を震わせる。
師匠に続いて離陸位置に移動しながら、ラファエルはこれからに思いをはせた。
今までとは全く違うものになるであろう、今日からの日々に。
今から城に戻り、そして今までと変わらぬ、訓練の毎日だ。
実戦を経験した後だから、訓練内容はこれまでとは多少変わるだろうし、また今後も時折起こる紛争で戦いに出ることはある。
より一人前の騎士に近づいた、厳しい日々が待っているだろう。
だが、何より大きな違いはそんなものではない。
ある一人の人の存在が、これからの人生にはある。
「クーアフルスト編隊、滑走路クリア」
「滑走路クリア確認。離陸する」
師匠に続き、滑走路に入ったラファエルは、マーティンとともにスロットルを開く。
機体は勢いよく走りだす。
ラファエルの心そのままに、力強く空へと駆けあがる。
上昇しながら、ラファエルは一瞬、横を見た。
飛行場の隅、たたずむ人々の一団。その中で、ひときわ大きく手を振っている金髪の小柄な人影。
ラファエルは師匠にばれない程度に、ほんの小さく、翼を振ってそれに応えた。
そして、前を見る。
若者の未来のごとく、果てのない青空の彼方。
ラファエルの翼はまっしぐらに、そこへ向かって駆けていった。