Epics of the sky ~天空の叙事詩集〜   作:skyminstrel

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第1章 第6話 仲間の元で

 「ラファエル、無事だったか!」

 

 「よかった、くたばったかと思ったぜ」

 

 騎士団の城に入ったとたん、ラファエルは二人から盛大な歓迎を受けた。

 

「ありがとうございます、師匠。ありがとう、マーティン」

 

 ラファエルのペイジ以来の師匠、クーアフルスト・シュナイダー。そして同じく、訓練開始以来の兄弟弟子、マーティン・マクガイア。

 

 騎士団の中で最も身近な二人の顔を見て、ラファエルは心の底から安堵した。知らず知らずのうち、顔を綻ばせていた。

 

 「なんとか、無事に帰ってきました」

 

 ビスタ飛行場に着陸してすぐ、ラファエルは師匠たちのいる城に連絡を入れ、無事を伝えた。そしてしばらく休んだのち、近くに滞在していた騎士の機体に乗せてもらい、拠点となる城まで戻ってきたのだった。

 

 なお、やはり着陸滑走はうまくいかなかった。

 

 接地まではどうにかなった。だが減速に入った直後、尾が大きく振られ、リトルベアは滑走路上で横を向いた。主脚と尾輪を痛め、翼端も擦った。飛行機としては無事とは言いがたい。

 

 トマスやウィリアム、そして村の皆には後で詫びねばならないだろう。

 

 もっとも、ラファエルが怪我もなく地面に立てた時点で、今回は上出来と思うしかない。

 

 「いろいろと聞くべきことがあるが、まずは体を休めるがいい。話は明日に聞こう」

 

 にこやかな笑顔で、師匠が言う。

 

 飛行に関してはとても厳しいが、普段は温厚な師匠だった。

 

 「ああ、その通りだ。手続きとか俺がやっておくから、今日は楽にしていろよ」

 

 同じくマーティンが続ける。ややぶっきらぼうなところがあるが、根はやさしいラファエルの幼馴染である。

 

 が、

 

 「いえ、今すぐ話させてください」

 

 ラファエルは、疲れた体をおしてそう言った。

 

 師匠とマーティンが目を丸くする。

 

 「一つだけ、大切なことです!」

 

     *

 

 「それは、本当なのか」

 

 城の一室。

 

 ラファエルの話を聞き終えたクーアフルストは、低い声でそう問うた。

 

 「はい。神に誓って本当です。なんとしても、開拓村を解放せねば」

 

 「ひどいことしやがる! 何だよ、まったく……!」

 

 ラファエルの言葉に、マーティンが壁を叩きながら叫ぶ。

 

 「静かにせよ、マーティン」

 

 クーアフルストは、ゆっくりと首を振った。

 

 「国境の辺境では、中央の目が届かぬことをよいことに、こうした無法がまかり通ることがある。ましてや、相手が秘匿飛行場まで作っていたとなれば、ただの越境では済まぬ」

 

 その言葉は冷静だった。だが、声の奥には怒りがあった。

 

 「師匠、すぐにでも軍を送って、村人たちを助けましょう!」

 

 ラファエルは声高に言う。

 

 思わず、椅子から立ち上がっていた。

 

 「そうしたいのは勿論だが」

 

 しかし、クーアフルストの声はなお冷静だった。

 

 「軍は何もなしにいきなり動けるものではない。まずは調査などをしてから、になる」

 

 

 「それでは!」

 

 困るのだ、とラファエルは叫んだ。

 

 一刻も早く駆け付けねば、というまっすぐな思いは、あるいは若すぎる正義感によるものなのかもしれない。

 

 そして思い浮かべた、助けを待つ人々の最前列には、あの金髪の少女がいた。

 

 だが、早いほうがいいのは間違いない。ラファエルが飛行機で脱出したことは、すでに現地のリグジェリア軍は知っているかもしれない。きっと、すでに本国へひそかに逃げる準備なり、迎え撃つ準備なりを始めているはずだった。

 

 前者ならば、駄賃に何をしでかすか分からない。

 

 後者ならばもちろん、時間をかければかけるほど防備は整っていく。

 

 「すぐにでも、あの場所を領地に治める領主に連絡しましょう!」

 

 「善は急げといいますよ、師匠。どうすればすぐに動けるのですか?!」

 

 マーティンも、ラファエルとともに即時の行動を頼む。

 

 「すぐに動くとしても、まずは調査だ。相手のことが詳しく分からないのでは、作戦の立てようもあるまい。私の立場を使ったところで、よほどしっかりした証拠でもない限りは駄目だろう」

 

 だが、クーアフルストは首を縦に振らない。

 

 いや、振れないと言ったほうがいいだろう。

 

 いかに数多くの戦いを潜り抜け、敵二百機以上を撃墜した高位の騎士である彼も、自らの領地でもない場所のために、勝手に軍を動かすことなど出来はしない。

 

 くっ、とラファエルは言葉に詰まった。

 

 だが、直後にはっとした。

 

 そうだ。

 

 その時のために、託されたものがあるではないか。

 

 「……証拠なら、ここに」

 

 先ほどまでとは打って変わり、冷静な声でラファエルは言った。

 

 そして、飛行服の内ポケットから、布に包まれた写真の束を取り出す。

 

 クライドが危険を冒して撮りため、クリスがラファエルに託したものだった。

 

 「何かね、これは……っ!」

 

 何なのか聞こうとした師匠だったが、一枚目を見るなり理解したようだった。

 

 写真には、森の奥に隠された滑走路が写っていた。

 

 木々の間に並ぶリグジェリア軍機。燃料車。整備兵。兵舎らしき建物。そして、村を見下ろすように置かれた見張りの位置。

 

 どれも完璧な写真ではない。

 

 遠いものもある。手ぶれしているものもある。木の陰に半分隠れたものもある。

 

 だが、だからこそ、それが命懸けで撮られたものだと分かった。

 

 「はい。リグジェリアの秘匿飛行場の写真です。これで、不足でしょうか」

 

 クーアフルストは、しばらく黙って写真を見ていた。

 

 何十枚かの写真を一つ一つ、丁寧に見ていく。

 

 マーティンも横から覗き込み、次第にその表情を険しくしていった。

 

 「……本当に、こんなものを」

 

 「村の人たちは、ずっと耐えていました」

 

 ラファエルは言った。

 

 「いつか外へ届ける日のために、クライドさんが……開拓団長が集めていたそうです。でも、村からは出られなかった。だから、僕が持って帰るしかなかった」

 

 「……そうか」

 

 クーアフルストは低く言った。

 

 そして、全体の三割ほどを見終えた時。

 

 ぽん、とラファエルの肩に、大きな手が置かれた。

 

 「……大手柄だ、ラファエル。これならば、軍を動かすのに十分たりえるかもしれない」

 

 「本当ですか?!」

 

 「おお、師匠!」

 

 ラファエルとマーティンは、同時に目を輝かせた。

 

 「いや、せっかくこれほどのものを持ち帰ってくれたのだ。私が必ずなんとかして見せよう」

 

 そう言い、師匠はにっと笑った。

 

     *

 

 その後すぐ、クーアフルストはリグジェリアとの国境線付近を治める、ゴルディア辺境伯の元へと飛び立っていった。

 

 現状を報告し、証拠と合わせて、すぐにでも奪還作戦を発動するべく話し合いに行ったのだ。

 

 ラファエルは、あの必死の飛行の疲れが一気に押し寄せ、師匠を見送るとたちまちのうちに、懐かしく感じる自室のベッドへ吸い込まれるように倒れ込み、眠りに落ちた。

 

     *

 

 「……い。おい、ラファエル!」

 

 扉を激しくたたく音で目が覚めるまでに、わずかな時しか流れていないように感じた。

 

 だが時計を見ると、もうすでに早朝ともいえぬ朝だった。

 

 「マーティン、今開ける。どうした?」

 

 最低限の身だしなみを整え、兄弟弟子を部屋に招き入れる。

 

 が、早いか、

 

 「やったぜ、兄弟!」

 

 満面の笑みとともに、マーティンが胸を小突いてきた。

 

 「やった、って?」

 

 「師匠がやってくれた。ゴルディア辺境伯から正式に、開拓村奪還作戦の発動がなされた!」

 

 「本当に?!」

 

 眠気が一発で吹き飛ぶ。

 

 まだ寝ぼけ眼だった目は、たちまちのうちに見開いていた。

 

 「ああ。先ほど師匠が帰ってきてな、すでにゴルディア伯の城では作戦を練り進めているらしい。師匠もこの戦いに参加するから、俺たちも一緒にその城へ移動するぞ。お前の新しい機体も、師匠が用意してくれている」

 

 「わかった、すぐに支度するよ」

 

 ラファエルたち従騎士は、単に訓練だけをする身ではない。

 

 従の字が示す通り、師匠たるクーアフルストに付き従い、身の回りの世話、手伝いなども行う。師匠が戦いに出るとなれば、もちろんその拠点までついていき補佐をするのだ。

 

 手早く着替えて朝食を食べ、飛行計画を作って飛行場に出ると、そこですでにクーアフルストは待っていた。

 

 「おはようございます、師匠」

 

 二人で声を合わせて挨拶すると、クーアフルストも手を挙げて応じた。

 

 「ああ、おはよう。いい知らせを届けられて、私も嬉しい」

 

 「今回の戦い、師匠も参加なさるのですね。ご武運を祈ります。必ず、村を解放してください」

 

 ラファエルはそう言い、頭を下げる。

 

 「同じく武運を祈ります。しかし、師匠はすごいですよね。もう六十歳近いというのに、まだ戦場を飛び続けるのは」

 

 「マーティン、失礼だよ……」

 

 マーティンの言葉に、ラファエルがなだめる。

 

 が、クーアフルストは全く気にせず大きく笑った。

 

 「ははは、私の歳のことを心配するのは、一度でも私に模擬戦で勝ってからにしてもらおう。まだまだ翼は畳まんよ」

 

 そう言ってから、クーアフルストは笑みを収めた。

 

 「さて……今回の戦いについてだが、お前たちに一つ伝えることがある」

 

 さっと真面目な表情になり、言った。

 

 「何でしょうか、師匠?」

 

 「まずは単刀直入に本題から言うぞ」

 

 クーアフルストは二人を見た。

 

 「ラファエル、マーティン。この戦いに、私とともに出よ」

 

 「……え?」

 

 ラファエルとマーティンは二人、体が固まった。

 

 豆鉄砲で撃たれた鳩のように。

 

 ゴオオオッ。

 

 一機の戦闘機が、轟音とともに飛び立っていく。

 

 体の芯まで響くその音に、二人が思考を取り戻したのと同時に、クーアフルストは

続けた。エンジン音に負けない、逞しい声で。

 

 「そうだ。初陣を飾るのだ!」

 

     *

 

 すっかり慣れている、高等練習機フルーレの操縦席。

 

 撃墜されたこれまでの機体に代わり、つい先ほど与えられたものとはいえ、計器盤からスイッチ類まですべて同じのそれに違和感は全くない。

 

 けれどその機体を飛ばしながら、ラファエルはこれ以上なくそわそわしていた。

 

 初陣。

 

 騎士としての訓練を始めたその日から、ずっと待ちわびていた時。この時のために、今までの厳しい訓練のすべてはあった。

 

 師匠の口からその言葉を聞いた瞬間は、マーティンとともに手を打ち合って喜び、その気持ちのままに師匠に続いて離陸した。

 

 だが空に上がって落ち着いてくるにつれて、少しずつ不安な気持ちも湧き上がってきていた。

 

 あの時、撃墜されたときの光景は、鮮明に記憶に焼き付いている。

 

 激しい振動。迫る炎の熱さ。そしてすぐ脇を掠めていった、機銃弾の光。あれが一つでも自らの体に当たっていたならば。

 

 「ラファエル、どうした」

 

 はっと、師匠の声で我に返る。

 

 「編隊が乱れているぞ」

 

 指摘されてあわてて自分の位置を確認する。

 

 前を行く師匠の機体の右後ろにつけているはずが、いつの間にか少し下にずれていた。

 

 「すみません、師匠」

 

 「どうしたよ、ラファエル。緊張しているのか?」

 

 すぐに編隊を組みなおすラファエルに、マーティンがいつもと変わらぬ陽気な声をかける。

 

 左を見ると、編隊の反対側についているマーティン機のコクピットから、手を振る人影が見えた。

 

 「そんなことは……」

 

 ない、と言いかけたが、口籠ってしまう。

 

 戦いを前にそんなことでは、騎士として恥ずかしい。

 

 そう思ったとき、

 

 「いいのだ、ラファエル。程よい臆病さは、生き残るための大きな糧となる」

 

 クーアフルストの声が聞こえた。

 

 漣の立つラファエルの心を静かにする、落ち着いた声だった。

 

 「飛行機乗りに恐れのないものなどいない。ましてや騎士ならば尚更のこと。それが身の安全を保ち、生還するための助けとなる。そして最も素晴らしい騎士になる者とは、死なずに生き残り続ける者なのだ」

 

 「はい、師匠」

 

 クーアフルストの、四十年近い戦場での生活でしか生み得ない言葉の重さ。

 

 「もっとも、過度な恐れは足かせになるが、な。よし、不安ならば、今ここで訓練と行こう」

 

 明るい声で、師匠は告げた。

 

 「はい、ぜひ! よろしくお願いします」

 

 ラファエルは即答した。

 

 「お、俺からも、お願いします」

 

 その声の勢いにやや押されながら、しかしマーティンもしっかりと答える。

 

 「二人とも、燃料は十分だな?」

 

 「ラファエル、残り八十五」

 

 「マーティン、八十。行けます!」

 

 「了解した……管制、こちらクーアフルスト編隊。オーラン平原上空にて空戦訓練を行いたい。上限高度一万」

 

 管制に告げ、針路を変える師匠について、ラファエルたちは旋回する。

 

 三筋の飛行機雲が、晴れた空に並んで伸びていく。

 

 「さて、では今回は君たちに問おう」

 

 訓練空域への途上、ふいに師匠が言った。

 

 「この訓練では、何を学びたい? お前たち二人はすでに、一通りの技術はもっているはずだ。だから、お前たちが特に教えてほしいと言ったものを、私は教えよう」

 

 師匠の、本番前のお決まりの質問だった。

 

 初めて単独飛行に出る前にも、従騎士の試験を受ける直前にも、確かこういう質問を受けた気がする。

 

 常に、最後のところは自分に考えさせる。

 

 それが師匠のやり方であり、そして操縦士に最も大切なものだ。

 

 数秒、ラファエルとマーティンの二人は考えた。

 

 そして、

 

 「射撃を! 明日、確実に敵に当てられるよう、射撃の訓練をやりたいです!」

 

 先に答えたのはマーティンだった。

 

 元気いっぱいの声が、ヘッドフォンから響く。

 

 「わかった、マーティン。いつものお前らしいな。射撃は空戦にて最も重要な技術。では、ラファエルは?」

 

 「僕は……」

 

 ラファエルは今一度、考えたのちに口を開いた。

 

 少し前までの自分だったら間違いなく、やはり射撃と答えていただろう。

 

 かつて、ある凄腕の騎士は言った。

 

 空戦にて重要なのはまず射撃技術、ついで射撃に至る接近技術。複雑なアクロバット飛行の技術などどん尻だ、と。

 

 「……生きる術を。回避のための飛行技術をお願いします」

 

 「ほう」

 

 クーアフルストが少し高い声で答える。

 

 「危ない状況になっても生き残れるよう。もう絶対に墜とされない、そのための技術を」

 

 どうしても頭から離れぬ、墜とされたときの光景。

 

 もうあんな目には決してあいたくないという気持ちが、その答えを出した。

 

 「はは、ラファエル、やっぱり怖いのか?」

 

 マーティンの茶化す声。

 

 その言葉通り、やはり自分は臆病風に吹かれているのだろうか、と一瞬ラファエルは不安になる。

 

 が、

 

 「いや、良い答えだ」

 

 師匠が、はっきりとそう答えた。

 

 「私は戦場にまだ出ていなかったころ、日々射撃の訓練を繰り返していた。我ながら、同期の中ではだれにも負けないほどの腕になったものだ。だが、初めて実戦に出てからというもの、私は射撃と同じくらい、回避機動の訓練を行い続けた。今に至るまで、な」

 

 その結果は、ラファエルもマーティンも知っている。

 

 二百機以上の敵を落としながら、撃墜されたのはただの一度のみのクーアフルスト。

 

 「空戦で最も重要なのは、敵を確実にとらえる射撃。だが最も大切なのは、生き残ることだ」

 

 そのためには、何が大事か。

 

 それは話しているな、とクーアフルストは問うた。

 

 「はい。常に敵に対して有利を保ち」

 

 ラファエルが答える。

 

 「敵より先に敵を見つけ、不利ならば退く」

 

 マーティンが続ける。

 

 「その通りだ。そしてそれができている限り、有利ならば複雑に飛ぶまでもなく敵を倒せ、ましてや回避の技の出番はない。だからこそ、飛行技術の重要度はどん尻と言われるのだ」

 

 クーアフルストの機体が、雲の切れ間をゆっくりと越えていく。

 

 「だが、それが常にうまく行く保障などどこにもない。そんな時、最後に身を守るのは回避の技術だ。それを、ラファエルは身をもって学んだことだろう。そして、それは臆病でもなんでもない。いたって正しい、むしろこの先必要な考えだ」

 

 「はい、師匠」

 

 しみじみと、ラファエルは答えた。

 

 「というわけで、だ。ならば、射撃と回避をこれから学ぼうではないか。一番前と一番後ろを押さえておけば、どう転んでも怖いものなどあるまい、な?」

 

 少しおどけた師匠の言い方に、ラファエルの顔がほころぶ。

 

 少し、緊張も解けた気がした。

 

 

 「さて、訓練空域だ。まずは小手調べの編隊機動からいくぞ。右旋回、はじめ!」

 

 「はっ!」

 

 鋭くターンする翼が、そろって大気を切り裂いた。

 

     *

 

 夜。

 

 目的地の城についたラファエルたちは、訓練のデブリーフィングをして夕食を取ったのち、沐浴で体を清め、翌日の武運を神に祈ってから、早めの就寝としていた。

 

 明日は、わずかでも体に不調があることは許されない。

 

 だがそれでも、やはり寝つきは悪い。

 

 明日のことを考えると、どうしてもいろいろと考えてしまう。

 

 あてがわれた部屋の窓から外を見る。

 

 月明かりに照らされる飛行場には、数多くの機体が並んでいた。この度の戦のために、領主のゴルディア伯が各地から呼び寄せたものだ。

 

 騎士たちの戦闘機。兵士たちを運ぶ輸送機。整備用の車両。燃料車。

 

 それらが、明日の戦いを待ちわびるかのようにたたずんでいる。

 

 そしてその片隅には、自分の機体もあった。

 

 訓練機の印のシールはとうにはがされ、実戦機であることを示す赤帯が主翼に巻かれている。明日の朝には、機銃には訓練弾ではなく実弾が装填されているだろう。

 

 フルーレは高等練習機ではあるが、武装を施せば必要十分な性能の軽戦闘機としても使える機体だ。従騎士たちは初陣において、まず乗り慣れたこの機体で戦場に出る。

 

 決して珍しくも、大規模でもない、国境付近の小競り合い。

 

 だがそれはラファエルたちにとっては、いかなる全面戦争よりも大きな戦になるように感じられた。

 

 飛行場を見下ろした後、寝台に再び横になると、ラファエルは窓の向こう、カーテンの隙間に見える月をちらりと見た。

 

 同じ月を、今もクリスは見ているのだろうか。

 

 ――見ているに違いない。

 

 そう思った。

 

 そして、明日の夜は彼女と一緒に見よう。

 

 そう決意する。

 

 やれることはやった。あとは、ただ明日に備えるのみ。

 

 その第一は、寝ることだ。

 

 ラファエルはベッドにもぐりこむと、固く目を閉じた。

 

 寝られなくても、寝なければならない。

 

 明日も、月を見るためには。

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