Epics of the sky ~天空の叙事詩集〜 作:skyminstrel
「何するの、いきなり!」
自らの腕をつかむ男を、クリスは睨みつけた。
リグジェリアの国章をつけた服を着るその男は、だが冷ややかに少女を見下ろす。村のはずれでストーブのための薪を拾っていたクリスは、突如現れた一人のリグジェリア兵に捕まっていた。
「喜べよ、俺たちはまもなくここを去る。お前たちは自由の身さ」
「え?」
「墜落機の操縦士が見つからない以上、ここが明るみに出る可能性もあるからな。とっとと逃げさせてもらうさ」
――よかった。
それを聞き、クリスは安堵した。彼らが出ていくのであれば、もうこれまでの押さえつけられるような生活はしなくていい。
「あら、そう。それはご愁傷様」
やや皮肉を込めて、クリスは返す。だが、その時点では彼女には分からなかった。なぜ、その前にわざわざリグジェリアの兵士たちはここへと来たのか。
「何をする、おい!」
「やめて! お願い!」
直後、村人たちの叫びが耳に届いた。はっとして村の方を振り返れば、大勢のリグジェリア兵が村に押し入り、そして村人たちの家を片っ端から荒らし始めていた。
「ちょっと、何のつもり?!」
クリスは改めて目の前の男をにらみつける。だが男はそれを意に介していないように答える。
「お前たちのヘマのせいでここを離れるのだ、詫びはしてもらわないとな。価値のありそうなものはすべて持って行かせてもらう」
「無茶苦茶なことを言わないで! もとはと言えばあなたたちが……」
「そして、お前も、だ」
クリスの腕をつかむ男の腕に力が入る。クリスは一瞬ヒヤリとしたが、
「……残念ながら、私の家に入っても何もないわよ。せいぜい鍋と皿くらいのものね」
勇気を振り絞り、そう答える。そうだ、自分は一切取られて困るようなものはもっていない。そうとわかればこの男も……
「ああ、そんなものはいらないな。代わりに……ふむ、どうやら俺は役得のようだ」
リグジェリア兵はそう言うと、クリスの体を値踏みするように見る。そして、にやりと笑った。
「……っ!」
そこで、彼女は初めて男の意図を理解した。背筋に冷たいものが走る。
「やめて! 離して!」
気が付くのが遅すぎた。身をよじって逃げようとするが、男はぐいと彼女の服の襟をつかんだ。
「離しなさいよ! 後でただで済むと思って……」
「無駄だよ。お前を助けてくれるような騎士様は、ここにはいない……」
男がそこまで言ったときだった。
大音量のサイレンが、あたり一帯に響きわたる。
「な、なんだ! こんな時に!」
男は驚き、飛行場のある方角を振り向いた。
「警報! 南方より多数のエミトリア機が接近! 空襲と思われる、迎撃準備を急げ! 繰り返す、迎撃準備だ!」
サイレンと重なり、緊迫した声が流れる。
「くそっ、もう来やがっただと?! 早すぎるぞ……」
悪態をつく男。一方、クリスの心の中では、先ほどをはるかに上回る喜びと、安堵が沸き上がっていた。
どうやら、男の言葉は間違いのようだ。私を、私たちを助けてくれる騎士は、すぐそこにいる。
「ええい、仕方がない。女、俺に付いて……」
村を襲っていた兵士たちは、一目散に自分たちの飛行場へと戻っていく。クリスの前の男もここで悪事を働くのはやめ、彼女をひきずって戻ろうとしたが……
「やあっ!」
男が再びこちらを振り向いた瞬間、クリスは手にしていた薪の一本を、思い切りその顔めがけて突き出した。
「うわあっ!」
それは、男の右目の至近に突き刺さる。激痛に顔をゆがめ、男はクリスをつかんでいた手を離した。
「俺の、俺の目がああああ!」
瞬間、クリスは一目散にその場を離れると、うめく男を後に、手近の茂みに飛び込んだ。このあたりは自分の庭だ。一度身を隠してしまえば、見つかることはないだろう。
木々の間で息をひそめていると、上空から爆音が響き渡る。見上げれば、リグジェリア軍の戦闘機が、次々と南へ向かって飛び立っていくところだった。
彼らが行く先に、エミトリア騎士団がいるのだろう。そして、勝つのは間違いなく……
「ラファエル、早かったわね」
南の空を見ながら、クリスはつぶやいた。
*
「アストリア山脈を越える。全機、戦闘用意!」
開拓村の南、アストリア山脈上空。
主力戦闘機マーリンを中心とする、数十機のエミトリア天空騎士団機が、一糸乱れぬ編隊を組み、北を目指していた。
「第一飛行隊、よし。腕が鳴るぜ!」
「第二飛行隊、いつでもいい。どこからでも来い、リグジェリア野郎」
機体に描かれたエミトリア王国の、そしてゴルディア辺境伯の紋章が陽光に煌めく。たとえ寸土であっても、王国の一部を不法占拠するリグジェリア王国の者どもを叩き出さんとする、彼ら天空騎士たちの士気は旺盛だ。
そして。
「第十飛行隊、準備完了。勇気ある従騎士殿の願い、我らが叶えましょう」
一人の騎士の言葉に、その「勇気ある従騎士」こと、ラファエル・マノックはコクピットの中で微笑んだ。
「今日は初陣さんが二人だったな。幸運を祈るぜ」
「まずは生き残ることを考えていればいいわ。勝つための戦いは私たち先輩に任せなさい」
一人前の騎士たちから、応援の言葉が浴びせられる。
「こいつはやられたら格好悪いな、ラファエル」
「そうだね、マーティン。しっかり生き残ろう」
横を飛ぶ親友に答えつつ、ラファエルは自らも決意を新たにする。
彼の操る機体フルーレは今、正規の武装を施されて戦闘機となり、戦いへ向けて飛んでいる。
フルーレは一線級の戦闘機ではない。だが、高等練習機としての扱いやすさと、武装時には軽戦闘機として通用するだけの速力と運動性を備えている。従騎士が師匠の監督下で初陣を飾るには、最も適した機体だった。
前を見れば、数多くの頼もしき仲間たちが翼を並べ、一路、敵陣へと進んでいく。
眼下には、アストリア山脈の山々がある。この前、必死になって越えたあの山脈。それを楽々飛び越える力強い翼を剣に、今日、ラファエルは戦う。
初陣。ついに、その時が来た。
昨日の夜は不安もあったが、今朝にいざ飛び立ってみると、不思議と心は平静だった。
「こちらクーアフルスト。ラファエル、マーティン、聞こえるか?」
すぐ前を飛ぶ師匠の機体が、軽く翼を振った。
「いいな。戦いが始まったら、余計なことは考えなくていい。ただ私の後ろについてくるのだ。毎朝の編隊飛行訓練の通りに、な。間違っても、一人で戦おうなどと思うな」
「分かりました、師匠!」
訓練は実戦のように、しかし実戦は訓練のように。師匠の教えのとおり、いつも通りに、落ち着いて飛ぼう。そう自らに言い聞かせる。
そして、再び会おう。
自分を救ってくれた、あの少女に。受けた恩を、今こそ返す。
決意とともに、前方の空を見た時だった。
「敵機発見!」
編隊の前方を行くベテラン騎士の一人が叫んだ声に、全員にさっと緊張が走った。
「一時やや下方、機影多数!」
ラファエルはそちらを見るが、何も見えない。ただ、青い空と茶色の大地が広がっ
ているのみ。
「グレゴリー、誘導しろ! 全機、彼に続け!」
指揮官のゴルディア辺境伯が叫ぶ。
敵を発見した騎士が先頭に立ち、旋回する。それについていきながら、ラファエルはなおも目を凝らす。が、依然として敵らしき影は見つからない。
「こちらクーアフルスト。確認した」
師匠も敵を見つけたらしい。あたりを探るように左右に傾いていた彼の機体が、一つの方角に向けて加速を始める。
「どこですか、師匠!」
「先ほど言われたとおりだ。一時下方、敵の高度は約一万か」
「本当かよ。視力は俺たちの方が上だっていうのに」
マーティンがつぶやく。自慢ではないが、ラファエルと彼の視力は共に二はある。師匠のそれは、今は一程度のはず。これが経験の差だろうか。
と、そこで計器が音を上げる。レーダー画面を見たならば、ようやく敵機らしき影がその上に映り始めていた。人の目よりもはるかに優れるレーダー、だがそれよりも早く、ベテランたちは敵に気が付いたのだ。さすがとしか言いようがない。
「レーダーにて確認! 敵は四十機程度、高度は約八千」
「よし、戦だ。第一飛行隊から第五は私に続け。第六から第十は上空から援護。数はこちらが上だ、一気に蹴散らすぞ!」
「了解! 行くぞ!」
ゴルディア辺境伯の号令とともに、戦闘機たちのエンジンが一斉にうなりを上げる。二手に分かれ、一つは敵へ向けてまっすぐ突っ込んでいく。もう一つは高度を上げ、敵の頭を押さえるべく動く。
その後者の一員として、ラファエルは上昇を続ける。
「見えた!」
コクピットの中で、ラファエルは叫んだ。ようやく自分たちの眼下、前方に、きらきらと輝くものの集団が見え始めた。間違いない、敵機だ。
「こちらも確認したぜ! 味方機、もう間もなくぶつかるな」
マーティンも答える。
その通り、先行する味方部隊は、真一文字にその敵集団目がけて突き進んでいた。エンジンを唸らせ、雲を切り裂き、全くひるむことなく進む彼らは、まさに騎馬にまたがり疾駆する騎士そのもの。
ラファエルが幼いころから聞かせられてきた、天空騎士の姿。それを始めて、間近で見ていた。
エミトリア軍とリグジェリア軍、向かい合う二つの鋼鉄の鳥の群れ。その先鋒と先鋒が、見る見るうちに近づき……
「かかれ! 不死鳥の加護を!」
「接敵するぞ」
辺境伯が叫び、クーアフルストが、小さくつぶやいた時だった。
ガガガガガッ!
空に、赤い稲妻が走った。二本、三本。いや、もっと多く。
数十の戦闘機から放たれる機銃弾の太刀筋が、縦横に空間を切り裂く。死の光を互いに放ち合い、互いにかわしつつ、二つの戦闘機隊はぶつかり合った。
爆炎が巻き起こる。敵弾をかわし損ねた機体が翼に穴を穿たれ、炎に包まれ、そして砕け散る。
咲き乱れる炎の花と四散する金属片の合間を縫って、敵味方の機影はぱっと散開した。
続いて、乱舞が始まる。
あるものは急旋回で、あるものは宙返りで相手の背を狙い、またあるものは横転機動で攻撃をやりすごす。無数の機体がつかみ合い、噛み合うように戦うさまは、まさに「闘犬」すなわち“ドッグファイト“の名の通り。繰り広げられる命がけの戦舞。
もつれた毛糸のような飛行機雲が、そして時折現出する黒煙が青空を満たしていく。
「こ、これが……」
思わず、ラファエルはつぶやいていた。
「本物の、戦い……」
遠目にしか見えないあの戦いからでも、分かる。今までの訓練とは、次元が全く異なる。あまりにも激しく、そして美しくすら見える死の舞踏。切り結ぶ騎士たちの気迫が、ここまで押し寄せてくるかのよう。
――ここに、今から僕は……
無意識のうちに、右手に左手を重ねていた。
「こちら第二大隊長リゲル。これより我々は、敵上空より攻撃をかける」
同時に、無線から声が伝わった。気が付けば、ラファエルたちは空戦を見下ろす位置に移動を完了していた。
ここから敵の頭上に、鉄槌を振り下ろす。そしてすでに交戦中の第一大隊とともに、混乱した敵を追い込むのだ。
「よし、行くぞ!」
「やつらの腰を抜かしてやれ!」
口々に叫ぶ、周りの騎士たち。突撃の時を、今か今かと待っているのが、ありありと伝わってくる。
そして。
「増槽投棄!」
大隊長の声に合わせ、各機から補助燃料タンクが切り離される。ラファエルもコクピット左の投下レバーを引いた。ガコッ、という音と共に、機体が一瞬ふわりと浮く。
タンクを切り離し、機体を軽くした。その次に続く命令は、一つしかない。
「攻撃、開始!」
編隊長の機体が鋭く翼を立てる。そして、隼のように戦場へ向けて急降下を開始した。
「続け!」
「おお!」
後れを取らず、次々と続く周囲の騎士たち。陽光に翼とエミトリア王国の紋章を煌めかせながら、数十機のマーリン戦闘機は空を駆け下っていく。
「つい、に……」
操縦桿を握る手に力がこもる。無意識に、つばを飲み込んだ。
と。
「ラファエル、緊張しているな」
この状況でも穏やかな、師匠の声。
「無線ボタンを先ほど押していたぞ。力を抜きなさい」
「は、はい」
ラファエルは、慌てて操縦桿を握りなおす。
「マーティン、お前も、だ。編隊がずれている、落ち着け」
「す、すみません」
隣を飛ぶマーティンも、バツが悪そうに頭を掻き、飛行位置を修正する。
「忘れるな、いつも通りにやればいい。一度練習しよう」
いつの間にか、上空に残っているのはクーアフルストと二人の弟子だけになっていた。だがクーアフルストは気にせず、眼下の戦いなど無いかのようにゆっくりと旋回した。
「そうだ、その調子だ。次は宙返り」
やはりゆっくりと機首を上げる師匠の機体に、ラファエルとマーティンは追従する。
師匠は徐々に宙返りの半径を小さくしていく。それに合わせてラファエルたちも操縦桿を引き、旋回の重圧に体をなじませる。
宙返りの頂点で、上……すなわち大地の方向をちらりと見る。
すでに第二大隊がリグジェリア軍機たちの頭上から襲い掛かり、相手の隊列を散り散りにしていた。こうなっては、数で劣るリグジェリア軍に勝ち目はないだろう。
だが、それとラファエルたちが生き残れるかは、別問題だ。
「ようし、その調子だ」
宙返りを終えると共に、クーアフルストが言った。
「どうだ、まだ自信がないか? ならば、もう一度練習と行こう」
穏やかな声。どこまでも、弟子を気遣ってくれているのが分かる。
「……いえ!」
ラファエルは、はっきりと答えた。
「もう大丈夫です。行きましょう!」
「こちらマーティン、俺もです。今の感覚を忘れずに行きます!」
今の一度の宙返りをやっただけでも、ずいぶんと落ち着いた。
いつも通りに、訓練通りに、師匠についていけばいい。そのことを、改めて心が納得できた。
「いいだろう。では、行くとしよう」
クーアフルストの機体が、ゆっくりと機首を下げる。そして、螺旋を描くように降下開始。
先ほどの荒々しい騎士達の動きとは異なり、ゆったりと廊下を歩くように、クーアフルストは戦場へと向かっていく。
その動きに、ラファエルたちは続く。彼らのために、無理のない動きを選んでくれているのは、ラファエルにもわかった。
降下とともに、速度が上がっていく。風切り音が大きくなり、体への重圧が増していく。
師匠の機体の動きが変わった。戦場の端あたりに向けて、まっすぐ加速していく。
「前方、敵が一機。やるぞ」
師匠の声にはっとし、あわてて前方を見る。そこには一機の敵が、ゆっくりと旋回していた。ちょうど態勢を立て直そうとしていたのだろうか。
そこまで考える余裕があるほど、ラファエルは落ち着けていた。
クーアフルストはぐんぐんその敵に迫っていく。敵機は戦場の方に気を取られているのか、まったく逃げるそぶりを見せない。
そして、リグジェリア軍機シュライクの機影が照準器いっぱいに見えた、その時。
「撃て!」
師匠の機体の機銃が、轟然と火を噴いた。
「っ!」
とっさに、ラファエルも引き金を引く。
ドドドドッ!
機体が震える。機首、コクピットの先に備えられた二門の機銃が、力強い振動とともに銃弾を吐き出した。
と思ったとたん、敵機は彼らを掠め、後ろへと流れ去った。あまりに一瞬の出来事に、ラファエルは頭の整理が追いつかない。ただ、師匠の背中をひたすらに追うのみ。
「撃墜した」
短く告げる声。はっとして振り向くと、先ほどの敵機と思しき機影は、そのエンジンから炎を噴き出し、地面へと吸い込まれていくところだった。
「お、お見事、です……」
自分たちは引き金を引くので精いっぱいだった。あのほんの一瞬のうちに、師匠は弾を当てたのか。あんな芸当を、自分たちもしなければならないのか……
「何、お前たちとの共同撃墜だ。援護、感謝する」
振り向き、そう言って笑う師匠。そして、
「さて、次だ。同じように頼むぞ。絶対に離れるな」
そう言い、再び翼を翻す。今度は先ほどよりも若干激しい動きだったが、ラファエルたちはしっかりと付いていく。
「前下方、敵機。こちらに背を向けている」
「確認した!」
クーアフルストの声に、マーティンが素早くこたえる。ラファエルも、しっかりと師匠の示した敵を見ていた。一回目よりも、しっかりとその姿をとらえられている。
どうやら、上昇する味方を追っているようだ。やはり、こちらに気が付いていない。
降下するクーアフルストは、見る見るうちに距離を詰めていき……
その時、敵は慌てたように機首を下げ、機体をひねった。
「気が付いた!」
「遅い!」
マーティンが叫んだが、構わず師匠は弾を放った。一拍遅れて、ラファエルたちも銃弾を放つ。
ドドドド!
激しい音とともに放たれる機銃弾。今度は、しっかりと見えた。師匠の放った弾が、敵機の翼の付け根に突き刺さり、それを根元から引きちぎるのが。
ラファエルも、すぐさま自らの狙いを修正しようとする。自らの狙いがどれだけずれているかも、今回は測れた。
が、
ビュオッ!
修正するよりも早く、敵機の……いや、真二つに千切れた敵機の残骸の脇をラファエルたちは駆け抜けていた。
「撃墜」
クーアフルストの短い報告。敵機は木の葉のようにくるくると回りながら、岩だらけの大地に落ちていく。
「見えたようだな、今度は」
「はい!」
「しっかりと!」
師匠の言葉に、ラファエルとマーティンは元気に答えた。まだ、自らの弾を当てられてはいない。だが少しずつ心と目が、実戦の流れに慣れてきている。そのことが、よくわかった。
「では次、行くぞ!」
「はっ!」
クーアフルストの三度目の降下。戦場の中を突っ切っていく。
「こちら第一大隊。最初に接敵した敵はほぼ片付いた。地上部隊、展開可能!」
「了解、こちら輸送機隊だ。計画通りの場所に着陸、兵士を下ろす!」
すでにエミトリア天空騎士団は、空の戦いを制しつつあった。
*
無数のエンジン音がまじりあい、耳を弄する轟音が鳴り響く。木々の間から、クリスは身を隠しつつ戦いの空を見上げていた。
狭い視界の中を、次々と横切る銀翼たち。戦いの様子がどうなっているか、彼女にはわからない。
だがこのあたりで見慣れた灰色のリグジェリア軍機よりも、緑色の見慣れない機体――すなわちエミトリア軍機の方が、明らかに「追う側」に回っているものが多かった。
「頑張って、騎士さんたち!」
あの中に、ラファエルもいるのだろうか。そう、ふとクリスは思った。
と。
「……人?」
クリスは、茂みの外に人の気配を感じた。再び身をかがめ、外の様子をうかがう。
枝の間から覗くと、その向こうには一群の兵士たちがいた。
だが、リグジェリアの者たちではない。腕に着けた紋章が、明らかに違う。
ということは……
「周辺、異常なし。上空は、我らエミトリアの騎士団が押さえています」
その中の一人が発した声で、彼女の想定は確信に変わる。
――よかった。もう、ここまで味方が来てくれている。
が、
「よし、このまま各部隊と連携を取って攻め込むぞ。村の様子はどうだ?」
「はっ、それが……誰もいません。どの家も空っぽです」
次に交わされた会話に、クリスははっとする。
――村が空っぽ。ということは……
「皆、連れ去られたの?!」
ここに隠れる前に会ったリグジェリア兵の言葉が思い出される。村の人たちはあの後、連れていかれたのか……
「だったら……!」
クリスは意を決すると、立ち上がった。
「そうか……仕方ないな、このあたりの道案内を頼もうと思っていたのだが……」
地上部隊の隊長は舌打ちすると、地図を広げようとした。
その時。
「私に任せて!」
上空からの轟音に負けぬ、よく通る声がその場に響いた。
兵士たちが振り向くと、そこにいたのは一人の少女。
「お嬢さん……君は?」
「村人の一人です。話は聞いていました」
大柄な男たちに臆することなく、少女は答える。
「私を連れて行ってください。そして、村の皆を助けてください!」
彼女が言うと、隊長はその前に歩み寄った。
「……娘、分かっているのか? これから俺たちは……」
「クリス、です」
「……失礼、クリス。死ぬかもしれない、ぞ?」
「分かっています」
一瞬の間も開けず、クリスは答えた。その目は幼さを残しながらも、さながら騎士のよう。
「……いいだろう」
その目を見、隊長は答えた。
「では、リグジェリアの奴らの拠点までの道を頼む。クリス」
そうクリスに言うと、隊長は振り向いて部下たちに叫んだ。
「ようし、野郎ども! この娘の決意がわかるだろう? 何としてもこの娘に弾を当てるな、エミトリア兵の誇りにかけて、な!」
「おお!」
鬨の声を上げる兵士たち。クリスもそれに合わせて、小さく右手を握りしめた。
「では、早速教えてくれ。ここからどこを通ればいい?」
「はい、やや西に行くと、このように獣道があるので……」
クリスの誘導に従い、彼らは森の中へと入っていく。その上空では、依然多くの戦闘機たちが、旋回でしのぎを削っていた。